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不死の夫婦の迷宮探索  作者: 森野フクロー
第五章 三ツ星の夫婦
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第113話 挑戦の理由

「≪赤き宝珠≫……そのようなものを求めてここに?」


 ガネルが語った迷宮の秘宝の存在に、ソフィーリアが表情を曇らせた。アレクセイとしても、心情としては彼がそれを求めた理由は分かる。だがそれは人の理からは外れた行いだ。


≪蘇生≫の奇跡でさえも、誰彼構わず蘇らせられるわけではない。天上の神々はそうと許した相手にしか力を貸さず、彼らが認めなければソフィーリアであっても奇跡を成功させることは適わないのだ。でなければ奇跡を使える人間の数だけ、この世の生死の決まりごとが崩れてしまうからだ。

 ましてやそれが、奇跡ならぬ魔法の道具によって行われるのならば、なおさらである。


「そんな顔すんない。わぁってるよ、我ながらアホなもんに縋ったってな。だがよォ、俺は会いたかったんだよ、オマエラにな……叔父貴も死んで、友人(ダチ)もいねぇ。加えて戦争が終わって、世の中は只人様の天下ときてる。なんかもう、全部しんどくなっちまってなぁ……つい、魔が差したんだよ」


 俯くガネルの声は、アレクセイの知るどの彼のものよりも弱弱しかった。

 ガネルは、偏屈な男なのである。長きに渡って、同族の中でさえ気の合う友人を見つけることができなかったような奴なのだ。そうして命を懸けた冒険の末に、アレクセイたちという友を得たのである。


「おうアレクセイ!オマエらの墓は俺が作ってやるからよ!それまでせいぜい長生きしろや!」


 酒の席で、酔った彼がそのように言っていたのをアレクセイは鮮明に思い出すことができた。多くのドワーフは友情に厚いが、長命種ゆえの思い切りのよさも持ち合わせている。だが長く同胞との付き合いを避けてきたガネルは、彼ら独自の死生観を持ち合わせてはいなかったのだ。

 頑強に見えて、その内心は人一倍繊細な男である。アレクセイたちと結んだ友情が、かえって彼の目を曇らせたのだろう。


「ですがガネル、貴方がこの迷宮に入ったのは魔王との戦いが終わってからのことでしょう?でしたらたとえそのような秘宝が手に入っても、死者を蘇らせるには遅すぎるのではありませんか?」


 ソフィーリアの呈した疑問は、聖職者の間では常識とされるものであった。

 彼女らは神の力を借りた奇跡によって死者を復活させる。だがそれはどんな相手でも可能なわけではない。いかに力ある聖者であっても、死後三日を過ぎた人間を蘇生させることはできないのである。


 これは"魂の期限"と呼ばれるもので、死者の魂が天の国に召されるまでの猶予、または道程にかかる時間とされていた。どれほどの神力を注ぎ込もうとも、既に向こうに行ってしまった魂を呼び戻すことはできないのである。

 さもなくば蘇生の奇跡を使えるソフィーリアが、こうまで息子の行く末を気にする筈がない。自らの手で蘇らせることができれば、いつでもウィリアムに会えるのだから。


「それくらいのことは門外漢の俺だって知っとるわ。なんせ昔、お前さんから直接教わったのだからな。だがここの宝は違う。そうした理を越えて、死した魂を呼び戻すことができるのだ」


「馬鹿な……そのようなものが?」


 ガネルが語った話に、アレクセイは驚きを隠せなかった。ソフィーリアもまた言葉が出せないでいるようだ。


 魂の期限に関わらず、死者を蘇らせられる秘宝。


 そのようなものが本当に実在するというのなら、それを欲しがる人間は星の数ほどいることだろう。そしてそれはアレクセイたちとて例外ではないのだ。


(我々の旅の目的はウィリアムの消息を知ることだ……その宝さえあれば、全てを飛ばしてあの子に会うことさえできるというのか)


 無論、故郷ヴォルデンのその後を知ること。そしてその跡地に巣くうという、"白の王フィアド"なる魔王の残党のことも気がかりではある。だがそれは言ってしまえば、直接アレクセイたちに関係することではないのだ。

 所詮この時代のことと割り切ってしまえば、どうしても執着の度合いは低くなる。


「なるほどな。その秘宝ならば、確かに我らを蘇らせることはできるだろう。しかし、そんなものが本当に実在するのか?」


 いまだ思い悩む妻に代わって、アレクセイは友へと尋ねた。


「あぁ、オマエがそう思うのも無理はねぇ。だが俺は確かな筋からその話を聞いたんだ。そいつは誰だと思う?……魔王殺しの、勇者サマだよ」


『なんと、あの勇者カイトかい?』


 興味をそそられたのか、モルドバの頭蓋骨が楽しそうに反応する。

 魔王殺しの勇者カイトといえば、アレクセイたちでさえ成し遂げられなかった偉業を達成した、救世の英雄だ。そして今日の冒険者ギルドの祖を築いた人物とも聞いている。そんな人間であれば、自ら迷宮に潜っていても不思議ではないだろう。


「そう、あのいけ好かない野郎さ。だが言ってることはマジだったぜ。あいつは宝珠を使って、死んだ仲間を復活させやがった。そいつを見て、俺ぁここに入ることを決心したんだ」


『あぁ、それはカイトのパーティメンバーとして知られる、魔術師レイラのことだね。魔王との戦いで命を落としたが、後に奇跡にて蘇ったと伝えられていたけれど……そうか、魔道具によって復活していたんだね』


 ガネルの話を、モルドバが補足する。魔王殺しの英雄の名はこの時代でも広く知られているという。であればその仲間に関しても同様なのだろう。そして伝えられた話と史実が異なるというのも、ままあることだ。

 魔道具よりも奇跡の方が聞こえがいい。カイトの伝説を教会が主導して残したとなれば、尚更であろう。


『そうして秘宝を目指して、貴方は志半ばで亡くなったというわけなんだね』


「ケッ!嫌なことをハッキリと言いやがる!」


 そう言うとガネルは不機嫌そうにそっぽを向いた。それを気にした風でもなく、モルドバは続ける。


『それで、貴方はどうするのかな?目的のご友人たちは、こうして目の前にいる。思っていた形とは違うかもしれないけれど、今となっては互いにアンデットの身で、かえって都合がいいだろう?これからどうするつもりなのか聞かせて頂きたいね。私としては、かつての話が聞ければなんでもいいのだけれど』


 それを聞いて、アレクセイもまたガネルを注視する。

 アレクセイたちとしても、ここに来た目的はガネルの遺骨の回収であったのだ。それがこのような形で達成されるとは思わなかったが、これでこの迷宮にいる必要もなくなった。ガネルの意向次第では、彼と共に旅をすることも十分考えられた。


(少なくとも私は、それを望んでいる)


 友としても戦士としても、頼りになる男なのだ。共に行ければ、心強いことこの上ない。

 ガネルが迷っているのであれば、誘ってみようか。アレクセイはそう思い、声を上げようとした。だがその機先を制したのは、愛する伴侶の言葉であった。


「あの……それならば、このままその宝珠を探してはいけませんか?」


「ソフィーリア?」


 初めはおずおずと声を上げた妻の言葉は、次第に語気が高まっていった。


「私は、その宝珠とやらを見つけたいと思います。見つけたい……私はあの子に、ウィルに会いたいのです!」


 そう懇願するソフィーリアの紅い瞳は、必死さと悲壮さに揺れていた。他には罪悪感もあることだろう。


 アレクセイの妻は、聖職者なのである。神の力を借り、時に人の命を操ることもある。それ故に、命の尊さを忘れてはならないと、彼女は常々言っていたものだ。

 そんな彼女が、神の目の外で息子の命を蘇らせたいという。それは敬虔な信徒としては、間違いなく相応しい行いではないはずだ。

 それでもなお、ソフィーリアはウィリアムの蘇生を望んでいた。それは聖女としての規範を破るほどに、彼女にとって大きな望みなのである。


「……オメェも、そうなんか?アレクセイ」


 彼女の訴えには答えず、ガネルは正面の黒騎士に向き直った。アレクセイもまた彼の真っ暗な眼窩を真っすぐ見つめ、はっきりと答える。愛する妻の望みがそうであるならば、自身の答えはすでに決まっていた。


「あぁ……あぁ。私も、同じ気持ちだ」


「そうかい」


 ガネルはそうとだけ呟くと膝を打ち、そのまま立ち上がった。


「なら俺の新しい目的は決まりだ!オメェラを助ける!それが杭打ちガネル様の、生きる道よ!!」


 そう宣言する彼の瞳には、不死らしからぬ、明るい火が灯っていた。



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