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不死の夫婦の迷宮探索  作者: 森野フクロー
第五章 三ツ星の夫婦
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第112話 旧友

「ンナハハハハハッ!まさかオマエらと出くわすとは思わんかったぞ!!」


 迷宮≪エンツの古城≫の一室にて、豪快な笑い声が響き渡る。

 その主は何を隠そう、アレクセイたちが探していた且つての戦友、"杭打ちのガネル"その人であった。ただしその肉体は骨と化し、愉快そうに笑う頭はつるりとした頭蓋骨であった。


「それは……こちらの台詞だ」


「まさかあなたがスケルトンになっているだなんて、思いもしませんでしたわ」


 アレクセイたち夫婦もまた驚愕していた。

 そもそも彼の遺骨を探しにこの迷宮へと入ったのである。よもや当人が"動く骸骨(スケルトン)"となって目の前に現れるなど、想像だにしていなかったのだ。


「しかもいきなり襲い掛かってくるなど、どういうつもりであったのだ?」


 そう問いかけるアレクセイに、ガネルは毛一つない己の額を叩きながら理由を述べた。


「いやなに、久しぶりに骨玉の罠が動いたからな。またぞろ物好きな冒険者が来たかと覗いてみたわけよ!そうしたらどうだ!?死霊術師がものすげぇ力を持ったアンデットを従えてそこにいるじゃねぇか!」


「それで成敗しにきたわけですか?」


「おうよ!死者なんぞを使うのはロクでもない連中と、相場が決まってるからな。善良そうに見えたところでアテにはならんがな」


「あ、ちょっと!動かないでくださいっ」


 ガネルの背後で慌てたようにそう言うのはエルサである。

 ソフィーリアによって首を飛ばされたガネルは、死霊術師であるエルサによって頭を付け直す治療の真っ最中であるのだ。

 胡坐をかいて座るガネルの後ろで、エルサは慣れない作業に四苦八苦している。ドワーフであるガネルの上背は小柄な彼女と同じくらいであるので、体格差がそれに影響することはない。だがせわしなく動くこの骸骨を大人しくさせるのは、文字通り骨が折れることだろう。


「ほら、ガネル。エルサさんが困っていますから、少しくらいジッとしていてください」


「フンッ!」


 先ほどからこのような具合である。どうやらこのドワーフはエルサのことをあまり快くは思っていないらしい。


 もとよりアンデットは嫌われるものである。それを使役する人間であればなおさらだろう。職業としてある程度認められているこの時代においてもそうなのだから、五百年前の戦士である彼ならば当然である。戦乱の時代、死者を手駒として使う輩は大抵、救いようもない下衆ばかりであったからだ。


(それにこ奴は、その中でもいっとう偏屈な男だからな)


 なんだかんだ文句を言いながら治療を受ける友を眺めながら、アレクセイは内心でそう一人ごちる。


 ガネルは頑固一徹で知られるドワーフ族の中でも、ひと際変わり者で知られた男であった。彼らの一族は只人(ヒューム)よりも遥かに背が低いが、その代わりに頑強な身体を持つことで知られている。

 力持ちの多いドワーフをして"怪力"と言わしめたガネルは、同族の中でも少々浮いた存在であったと聞いている。そのせいで若い頃は随分と肩身の狭い思いをしたともだ。偏屈な性格はそれらによって形成されたのだという。


(もっとも、それらの大部分は生来のせっかちさと喧嘩っ早さからだとは思うがな)


 変わらぬ友人の姿に、アレクセイは声なき苦笑を漏らした。

 短気で粗暴、下品で無礼。坊主と悪人が大嫌いで、酒と戦を何より好む。それがガネルという男なのだ。


『しかしかのドワーフ族の大英雄がアンデットになっていたとは、まったく驚きだね』


 アレクセイの思考を打ち切ったのは、実に楽し気に話すモルドバの声であった。その心情を表すかのように、石塊の上に置かれた彼女の頭蓋骨はゆらゆらと揺れている。

 そもそも今回の依頼を持ち込んだのはモルドバなのである。その対象が向こうからスケルトンとなって現れたことで、彼女は狂喜乱舞していた。もっともその姿は骸骨越しには見えないが、見えずとも分かろうかという声色であった。


『しかもスケルトンとはね。≪骸骨遣い(スカルマンサー)≫冥利に尽きるってものだよ』


 霊体を専門に扱うエルサではガネルの治療を行うことができなかった。それゆえに今行っている治療は、頭骨の向こうにいるモルドバの指導によるものである。


「フンッ!死人遣いに話すことなんてないわっ!!」


 ガネルの態度はつれないものだ。当初の目的は彼の遺骨を探し出し、モルドバの術によって過去の出来事を聞き出すというものであった。だが自発的にアンデットになったガネル相手には、モルドバの力も及ばないらしい。


『そこらのスケルトンが相手なら、いくらでも強制的に従えることはできるんだけどね。流石の私でも、大英雄の魂を従属させることはできそうにないよ』


 ガネルを見つけながらうまく話を聞けない状況に、モルドバも歯噛みしているようであった。

 エルサにしてもそうだが、死霊術師が操る死者との関係については大別して二つが挙げられる。それは術者が自らの手で蘇生させたか否かだ。術によってアンデット化した不死者は、ほとんどの場合術者に抵抗することはない。たとえ自我が残っていてもだ。それだけ不死化の術の強制力と言うのは強力なのである。


 対して既にアンデットとなっているものを従える場合には、相応の手順や実力が求められる。痛めつけ弱らせてから従属化させるか、あるいは対話によって僕とするかである。この場合は当然ながら危険が伴うし、多くの場合そうしたアンデットは強力かつ有害なので、成功する例自体少ないらしい。


 ちなみにアレクセイとソフィーリアはそのどちらでもない。エルサと行動を共にしているが、彼女に使役されているわけではない。不死化したのも彼女によるわけではないし、また正式に契約を交わしたわけでもないのだ。アレクセイに関しては出会った時の経緯から彼女と僅かな繋がりがあるらしいが、それもほとんどあってないようなものである。


「何度も言うが、よもやこのような再会の仕方をするとは思わなかったぞ。お互いに……難儀な身体になったものだな」


さまよう鎧(リビングアーマー)≫と≪動く骸骨(スケルトン)≫。かつての戦友同士がお互いにアンデットになり果てるなど、実に数奇な運命であろう。


「それでガネル……あなたはどうして迷宮に挑んだのですか?」


 ソフィーリアの言う通り、疑問なのはそれである。それに死してなお動き続けるなどよほどのことだ。自発的なアンデット化の理由など、この世に対する未練しかないのだ。アンデットを嫌うガネルがスケルトンになるなど、相当に強い執着があったに違いない。


 彼女の言葉を聞いたガネルはぴたりと騒ぐのを止めた。そうして肩を落とし、消沈した様子で言ったのである。


「それは……オマエらのためだ」


「え?」


 予想外の言葉に、アレクセイも息を飲む。


「オマエら、殺されたんだろ?魔王によ……それを聞いて俺は、正直信じられんかった。俺たちはあの邪神竜すらぶっ倒したんだぜ?邪神竜といやぁ神サマの分身みたいなもんだ。いわば神殺しよ。それが魔王なんざ魔族の一人にやられやがってよ……チクショウが、何やってんだよ、オマエら」


 その言葉はアレクセイたちを責めるかのようなものだ。だがそう話すガネルの声音はひとく辛そうで、また多分に悔しさを孕んだものであった。


「ガネル……」


「オマエらが死んだと聞かされたとき、俺ぁすぐさま仇を討とうと思った。だがそれは叔父貴に止められたよ。あのときは大きな戦が近かったからな、少しでも戦力は多い方がいいと言われてよ」


 ヴォルデンが滅ぼされた後、残された人とエルフ、ドワーフの連合軍と魔族たちの間で激しい戦いが繰り広げられたのだと聞いている。ドワーフの王であったガネルの叔父が彼を引き留めたのはそのためだろう。英雄と呼ばれたガネルの戦闘力と影響力は小さくないのだ。


「だが結局そこでも負け戦だったぜ……それからもずっとな。結局大勢死んだよ。オマエらだけじゃねぇ、ラ・ルーもレイリスも、梟の爺も逝っちまった。結局俺くらいさ、生き残ったのは」


「そうか……やはり皆も……」


 ガネルの語ったかつての仲間の最期に、アレクセイたちは気を落とすことになった。分かっていたこととはいえ、こうして事実を聞くのはやはり辛かった。かつて竜殺しの英雄と呼ばれた者たちが、対魔王の最前線に立たぬわけがない。そうして後世に伝わったのが勇者カイトの名のみとなれば、彼らがどうなったかは明白であった。


「生き死には戦の常とはいえ、俺もしんどくなっちまってなぁ。魔王がおっ死んだ後も、穴倉に籠ってたんだ。そしたら聞いたんだ、この迷宮のお宝の噂をな」


「お宝ですか?」


「ああ。どんな死者でも蘇らせる、≪赤き宝珠≫ってやつよ」


 そう言うガネルの眼窩に、きらりと暗い光が灯ったのであった。

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