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不死の夫婦の迷宮探索  作者: 森野フクロー
第五章 三ツ星の夫婦
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第109話 罠を越えて

「おじちゃん、そこに何かあるよー」


「む?……おぉ、これは気づかなんだ。助かったぞ」


 罠の起動スイッチを大足で跨いだアレクセイは、背後の少女に礼を言った。それを受けた少女は自慢げに歯を見せて笑っている。瞳を粗末な眼帯で覆っていても表情がよく分かるほどに、この少女は感情豊かであった。


 エルサによって召喚されたアイの力を借りて、一行は迷宮を進んでいた。これまでと比べて随分と道幅の広い通路へ行き当たり、魔物とは随分と戦いやすくなった。そして逆に足元の罠への注意がしづらくなったのは、もしかしたらこの城の設計者の思惑かもしれない。人の視界は限られている。道が広くなれば本職でもない限り隅々まで目を凝らすことは難しい。その点を複数の視界を持つアイが補ってくれていた。


 実際のところ盲目の幽霊少女、アイの活躍は目覚ましかった。彼女が使役する無数の光体(ウィスプ)によって、道中の罠はことごとく看破されていたのだ。アイ、あるいは彼女の視界を借りたエルサが次々と仕掛けの存在を見抜いてくれるおかげで、アレクセイたちはそれらのほとんどを回避することができていた。

 無論のこと、斥候役のいない一同では罠自体を解除することはできない。だが必要以上に警戒しなくてもよいというのは、一党の前衛役であるアレクセイには大変ありがたいことであった。


 またこの少女のことも、アレクセイはなかなかに気に入っていた。生前の記憶から言うと、実はアレクセイはあまり子供受けが良くないのだ。巨人と見まがうほどの体躯を持つアレクセイのことを怖がる子供が多かったからである。顔の見えぬ黒兜を被る今のアレクセイであれば、尚更だろう。

 だが同じ生きぬ者(アンデット)であるよしみなのか、彼女はすぐにアレクセイへと懐いていた。召喚された当初こそ警戒されていたが、今では「おじちゃん」などと呼んでは引っ付いてくる。

 きっかけは、彼女が喚ばれてから最初の戦闘であった。


「ふむ、今度は少しばかり毛色の違う相手が出て来たな」


 そのときアレクセイたちの前に現れたのは、八本の足を持つ骸骨剣士であった。剣士と言うからには、上半身は人のそれである。これまでと同様に軽鎧を纏った骸骨ではあるが、腰から下にはまるで蜘蛛の如き四対の足が蠢いていたのだ。そんな明らかに尋常の存在ではない魔物が五体、石畳みの向こうの暗がりから襲い掛かってきた。


 相手はそれこそ蟲のような足運びで、壁や天井を走っている。人では決してできない軌道を描きながら、曲刀やクロスボウを何不自由なく振るうさまは、いかにも歪であった。それらも当然のように魔法の武器であったが、最高位の防御力を誇るアレクセイの甲冑に通じることもない。多少動きが不規則であったとしても、それで怯むようなアレクセイではないのだ。


「ぬぅん!」


 天上から逆さまに飛びかかってきた蜘蛛骨剣士を、アレクセイは一刀のもとに斬り捨てる。返す刀でもう一体、文字通り地を這って急接近してきた敵を脳天から両断した。この魔物たちの骨の身体も何らかの魔術で強化されているようだが、アレクセイの剣技と剛腕、そして赤熱する炭の剣の前では何の意味も成さなかった。


「すごぉい……」


 エルサの背後から顔を覗かせていたアイが、小さくそう呟いている。これらの魔物の接近にいち早く気が付いたのは彼女であり、それは光体を飛ばしていたからに他ならなかった。人魂を介して蜘蛛骨剣士を発見した彼女は、その異様な姿に恐れ戦いていたものだ。あるいは、気味悪がっていたとも言えるだろう。虫の類を嫌がる女性は少なくない。どうみてもそれらを連想させる蜘蛛骨剣士たちの動きは、彼女の生理的嫌悪感を煽るには十分であったようである。

 自身が≪人魂の母(ウィプスマザー)≫であるとはいえ、性格や思考まで魔物なわけではないということだ。その感性はごく一般的な少女のそれであるらしい。


 だがアレクセイが次々と異形の剣士たちを屠るのを見て、彼女は瞳を輝かせて黒騎士を見上げるようになった。いやもちろん彼女に目玉はないのだが、そういった尊敬のまなざしというものは分かるものだ。特に子どもが向けるものは分かりやすい。アイ自身が感情表現豊かであるので尚更であった。


「私も二体倒したのですけれど……」


 戦いの後、ソフィーリアなどはそう零していた。夫であるアレクセイはすぐにアイからの尊敬を勝ち取っていたが、その伴侶たる彼女はいまいち信頼を得てはいないらしい。生来子供好きであるソフィーリアにしてみれば悲しいことであろう。嫌われているというわけではなさそうなのだが、彼女が近づくと小走りで距離を置かれてしまうのである。


「あなた~~……」


「おぉ、よしよし」


 瞳を潤ませて腰にしがみついてきた妻を、その背を撫でて慰めてやる。エルサはああ言っていたが、やはり格上である闇霊に対しては近づき難いようだ。。すぐに懐かれたアレクセイが言えたことではないが、時間をかけて少女からの信頼を勝ち得るしかないだろう。伴侶にそのように諭され、ソフィーリアは目の端を擦りながら頷いた。

 空気を変えるために、アレクセイは努めて明るい調子でエルサへと向き直った。


「しかしその能力は大したものだな。霊狼(ネッド)以外にも呼び出せるとは、改めて君が霊魂遣いであることを思い知らされたよ」


 実際のところ、アイの示した力にアレクセイは大いに感心していた。物理的な障害に関わらず、複数の視点から情報を集めることができるというのは非常に有用な能力であるのだ。罠の看破に限らず、先ほどのような索敵においてもその有効性は証明されている。

 それにアレクセイたちは気配の有無によって相手の接近を感知できるが、やはり視覚的な情報には敵わない。この二人がいれば相手の数、構成、装備の詳細まで分かるのだ。その気になれば光体を透明化させることもできるというのだから、こと閉所や建物内においては無類の強さを発揮することだろう。


(顔を突き合わせるような合戦ではあまり意味がないが……冒険者のような小規模の部隊では効果的な技だ)


 霊狼のネッドにしても、高い機動力と透明化によって純粋な攻撃役以上の力を有している。このような霊を何種類も使役できるというのなら、冒険者としてのエルサの力量はかなりのものになるだろう。アレクセイたちと出会うまで最下位の半ツ星で燻っていたのが信じられないほどである。アレクセイがそのことを伝えると、彼女は傍らの少女に抱きしめるように腕を回した。


「……教会から認可されているとはいえ、そもそも死霊術師をパーティに入れたがる人の方が少ないですから」


「そうか……そうであったな」


 アレクセイは廃墟都市マジュラで助けた少年少女たちを思い出した。そうしてようやっと自分を受け入れてくれた仲間も、不意に遭遇したデーモンに奪われかけたのだ。ソフィーリアの奇跡で蘇生していなければそれすらも失っていた。何事も全てうまくいくとは限らないということだ。


「でも今は私たちがいるでしょう?その子に私と夫が加われば、怖いものなどありませんわ」


 気を取り直したソフィーリアが微笑みながらそう言うと、エルサの顔にも笑みが戻ってきた。アレクセイも彼女を力づけるように大きく頷いた。


 平野で囲まれるならばともかく、空間の限られた城内ならば骸骨剣士がどれだけ来ようとも対処できる。鬼門である罠の数々もアイの操る光体で早期発見が可能だ。そこにあると分かったならば、解除ができずとも対応はできる。この迷宮攻略の未来は明るいだろう。

 そんな中、廊下の先を眺めていたアイがエルサの裾を引いた。


「お姉ちゃん、向こうにまた骸骨さんがいるよ?」


「え?また骸骨の衛士でしょうか」


 エルサはそう言いながら少女の手を取ると目を閉じた。続けていくつもの光体が廊下の奥へと飛んでいく。

 アレクセイは盾を構えなおすと剣の柄に手を添えた。物の数ではないとは言ったが、迷宮を進むにつれて骸骨剣士の強さは上がってきている。というよりも曲がりなりにもヒトの姿をしていたものから、異形の戦士へと変化してきているのだ。先の蜘蛛骨剣士しかり、その後にも四本腕の剣士やら頭が二つの骸骨魔術師やらが出現していた。それらは明らかに尋常の存在ではない。そう考えるとこの迷宮も、ただ罠を張り巡らせただけの城というわけではなさそうだ。


 エルサからの報告を待つ間、アレクセイはふと思いついたことを妻へと零してみた。


「……ガネルは、何故このような迷宮へ挑んだのであろうな」


 アレクセイはずっとそのことが気にかかっていた。あの偏屈なドワーフの男が迷宮へと潜った目的が見えないのである。武功を求めてのようには思えない。それらは竜狩りの旅を経て十分であっただろうし、そもそもそれらに執着するような性格ではなかった。財宝の類も同様だ。


「単純に迷宮の罠に興味があったのではないですか?」


「うぅむ」


 妻の言うことも分かる。ガネルは手先が器用なドワーフ族の中でも一際異彩を放っていた。それは"絡繰りガネル"と呼ばれるほどに機構作りの才が秀でていたからであり、"杭打ち"の異名ともなったその武器もガネルお手製の獲物であった。

 だが機構士としての彼の技量を知るアレクセイからすれば、この迷宮の仕掛けは少々単純に過ぎるのだ。罠も見抜けぬ自身がどの口で言うのかと思いもするが、ガネルはもっと複雑な仕掛けを好んでいたように思う。第一ガネルは機構士であって建築家ではないのだ。彼の嗜好には合わない気がした。


「……ガネルの遺体が見つかれば、分かることですわ」


「そうだな」


 まずは彼の骨なりを見つけることが先決だろう。そしてそのためには迷宮の奥まで進まねばならぬ。

 アレクセイが決意も新たに剣を抜き放つのと、エルサとアイが揃って「あ」と声を上げたのは同時であった。


「どうした?」


「……スケルトンがいました。普通の、ですけど」


 骸骨剣士でもないらしい。下働きとか、そういった巡回の衛士以外のアンデットもいるのだろうか。


「何か……レバーのようなものを引きました」


「何?」


「あなた、何か聞こえてきませんか?」


 ソフィーリアの言う通り、通路の向こうから地響きのようなものが聞こえてくる。またぞろ何かの仕掛けのようだ。アレクセイたちが罠を踏まぬのならと、向こうから発動してきたらしい。


「……っ!!お二人とも、急いで逃げましょうっ!!」


 一足先に迫りくるモノの正体を視たらしいエルサが、慌てて振り向いた。


「どうした、何を視たのだ?」


「岩が、骨の岩が転がって来ます!!」

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