第104話 エンツの古城
「やはり、なかなかの手練れであったな」
アレクセイは剣を鞘へと戻しながら、今しがた打ち倒した敵を見下ろして呟いた。足元に散らばるのは、粉々になった骸骨剣士たちの骨である。
エンツの古城に潜ってから三度目の襲撃である。話に聞いていた罠にはまだ遭遇していない代わりに、分隊を組んだスケルトンたちが立て続けに現れていた。そのいずれもが前衛の剣士、中衛の射手、後衛の魔術師によって構成されていた。あたかも冒険者のパーティのように徒党を組むそれらの練度はなかなかのものであり、これまで戦ってきた魔物たちとは明らかに違うことをアレクセイに印象付けた。
≪廃墟都市マジュラ≫で戦った亡者は武装こそしていたものの、自我が崩壊していたために組織的な動きはしてはこなかった。≪ミリア坑道≫のゴブリンたちは数が頼みなだけで、力も技術も比較にならない。≪アガディン大墳墓≫の玉ねぎゴーレムは強力ではあったが、その性質上知性というものは感じられなかった。前回の≪ヴァート湿原≫の亜竜らはそもそも野生の魔物であるのだ。そこにあるのは純然たる肉体の力のみである。
「だが、こやつらは違う。おそらく生前は、私と同じ軍人だったのだろう」
転がっていた骸骨剣士の兜を拾いながら、アレクセイはそのような感想を漏らした。それは古い物ではあるが、よく手入れされた防具であった。独特な紋様が施された金属製の兜である。それらの紋様は他の武器や防具を見ても刻まれており、それらが揃いの装備であることが分かる。訓練され連携のとれた動きもそうだが、彼らの持ち物からも骸骨たちが規律ある集団に属していたことが判ぜられた。
実際のところ、アレクセイと比べればその強さはさほどでもないのだ。だがそれは生前英雄と呼ばれ、今は伝説級の武具を肉体とするアレクセイと比した場合の話である。ここまでの全ての襲撃を危うげなく撃退できているのは、アレクセイとソフィーリアが揃っているからに他ならない。並みの冒険者ではこうはいかないであろうことは、アレクセイにも十分に想像できることであった。
「骨の身体になっても、ここまで生前の技能を有しているものなのですね」
ソフィーリアが感嘆の声を上げながら、散らばる骨の前に膝を突いて祈りを捧げていた。敵として現れた以上、倒すほかはない。だが死してなお兵士としての責務を果たす彼らに思うところがあるのだろう。ゾーラ教には全ての死者を分け隔てなく悼むような教義はない。だが戦士として戦いで散った命には敬意を表するのが習わしであった。
『まぁピンキリだよね。自然発生するようなアンデットじゃあこうはいかないよ。ここのスケルトンたちの強さからして、力ある死霊術師によるものなのかな?まぁ迷宮の魔物の起源なんて分からないけどね。ハハッ』
どことなく感傷的な空気の夫婦をよそに、モルドバは乾いた笑い声をあげてそんなことを言っている。実際その声はエルサの腰に吊られた頭蓋骨から出ているのだから、乾燥していると言えなくもないのだが。
「もう、モル先輩ってば」
「ふむ。そう考えると君の伴侶では、この迷宮は荷が重かったのではないか?それなりの剣士ではあるようにお見受けしたが、それだけで一部隊を相手取れるわけではないだろう」
モルドバの夫であるヘクターは、恍惚骸骨旅団で一番の剣腕の持ち主だという。剣を抜いたところを見たわけではないが、アレクセイにもある程度のことは分かる。だがそれでも骸骨剣士の部隊とやり合えるとは思えなかった。
結果として彼は命を落として骨となったわけだが、ある程度は迷宮の中を進むことができたのだそうだ。そしてそこにはとある"からくり"があるのだとモルドバは言う。
『私は≪骸骨術師≫だからね。自分たちを"骨"にすることなんてワケないさ』
それはスケルトンに対し、自らを同族のアンデットだと誤認識させる術なのだという。それによってこの迷宮では、魔物の存在を気にすることなく進むことができるのだそうだ。
「随分と便利な術があったものなのだな」
『そうでもないよ?スケルトン相手じゃないと意味がないし、姿形が変化するわけじゃあないからね。まぁほとんどのアンデットは肉眼で相手を認識してはいないから、大抵の術師は使えるんじゃないかな』
確かにアレクセイもソフィーリアも、肉の目玉があるわけではない。そこはいわゆる"アンデット的感覚"によって相手を認識しているのだ。彼女らのような人間にかかれば、そこが弱点になることがあるのだろう。
「そうか。では私も≪リビングメイルコンジュラー≫が現れたときは注意することとしよう」
『そうした方がいいと思うよ』
(……いるのか)
そうして一同はエンツの古城の中を進んで行った。アンデットであるアレクセイやソフィーリアが含まれている以上、モルドバの言っていた術を使うことはできない。なので現れる敵を回避する術はない。ぞろぞろと湧いてくる骸骨部隊を、アレクセイたちは着実に潰していった。
そしてこの辺りになると、迷宮の罠も顔を覗かせるようになってきた。それはある戦闘直後、再び迷宮探索を再開しようとしたそのときであった。
「アレクセイさん、止まってください!」
「む?」
エルサから飛んだ鋭い声に、アレクセイは出しかけた足を引っ込めた。
「そこに罠のスイッチがあります!」
「お、おぁ……む、これか」
アレクセイが視線を落としてみると確かに、石の廊下に僅かに出っ張っている部分があった。これが彼女の言う罠の仕掛けなのだろう。その存在に全く気付かなかったことをアレクセイが詫びると、彼女は首を横に振った。
「いえ。でもこれがあってよかったです。やっぱり迷宮には地図が必要ですよね」
そう言うエルサの手には一枚の地図があった。モルドバから借り受けた、ここエンツ古城の地図である。先人たちが調べ上げた古城内部の見取り図には、迷宮内に仕掛けられた罠の位置が記されている。これによってアレクセイたちはここまでの道中、罠を回避することができていたのだ。
『でもそこに書かれているのは、迷宮の入り口付近のものだけだからね。結局は自分たちで見つけるしかないんだよ』
モルドバの言う通り、判明しているのはあくまで迷宮の手前部分のみであるのだ。この≪エンツの古城≫は広大な迷宮であり、かつ非常に複雑な構造をしているためその全てを地図にすることは難しい。迷宮の人気が廃れたことと相まって、出回っている地図は未完成であり流通数自体も少ないという話であった。
「ちなみにこれは、どのような罠なのだ?」
そう尋ねるとどうやらこれは"吹き矢"の罠なのだという。壁に仕掛けられた射出口から矢が吹き出し、冒険者を襲うというものだ。仕掛けとしては初歩的なものだが、その威力は鋼鉄の甲冑すら貫くというのだから馬鹿にはできない。
そう聞いて目を凝らしてみると、確かに向かいの壁に穴が空いているのが確認できた。石壁に刻まれた蛇の紋様の口のあたりにそれらしきものがあったのである。
「あれか……みな、離れていてくれ」
アレクセイは仲間たちを下がらせると大盾を構え直した。そしておもむろに床のスイッチを踏みつけてみる。
「アレクセイさん!?」
すると件の射出口から、勢いよく吹き矢が飛び出してきたのである。いや、吹き矢というよりもちょっとした銛のような大きさだ。目にも止まらぬ速さで、しかも三連で射出された吹き銛が構えられた聖竜の大盾にぶち当たる。盛大な反響音がその場に響き渡り、その後アレクセイの足元に先が折れ曲がったそれらが転がり落ちた。
それを見、これ以上攻撃が来ないのを確認してからアレクセイは構えを解いた。
「想像より強力なもののようだな。確かにこれならば並みの防具では歯が立つまい」
吹き矢というより大型弩砲のような罠だ。神竜の攻撃にすら耐えうる聖竜の大盾を抜けるとは思わなかったが、大抵の魔物の攻撃には勝る威力である。
また銛を拾ってみると、刃先にぬらぬらと光る液体が塗られているのが確認できた。威力もさるものながらご丁寧に毒まで仕込まれているらしい。もっとも肉の身体を持たないアレクセイには関係のないことだ。とはいえこちらにはエルサがいるので、用心はするに越したことはない。
「うむ。みな気を付けていこう」
アレクセイが振り向いてそう言うと、そこには腰に手を当てた少女二人の姿があった。
「アレクセイさん!勝手に罠を起動しないでください!仕掛けの中には他と連動して動くものもあるんですよ!?」
「久方ぶりの城攻めだからといって浮かれてはいませんか?あなた」
ぷんすかと怒る彼女らを前に、アレクセイには返す言葉がなかった。確かに軽率な行いであっただろう。ソフィーリアの言う通り、手練れの骸骨部隊や強固な迷宮を前に興が乗り過ぎていたようだ。
「……うむ、気を付けよう」
罠より強力な少女たちを前に、アレクセイは改めて気を引き締めたのであった。