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不死の夫婦の迷宮探索  作者: 森野フクロー
第五章 三ツ星の夫婦
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第103話 古城の守り手

 迷宮≪エンツの古城≫は、巨大な石造りの城である。

 だが城といっても、一般的にイメージされるものとは異なる。平地や丘の上に建築されるそれとは違い、この古城は恐ろしく高い岩壁を背にして建てられていた。


 砂塵の舞う荒れ地に広がる、百メートルはあろうかという巨大な岩壁だ。その両端が伺い知れることはなく、視界を覆う褐色の壁はどこまでも続いている。そんな中で壁にへばりつくように建てられているのが≪エンツの古城≫であった。

 離れてこの城の威容を見上げてみれば、目に見えるのは城壁や城門、射手が立つであろう見張り台ばかりなことが分かる。つまり城の大部分は城壁の内側にあるのだ。これをもって冒険者の中には、『この迷宮は城ではなく人口の洞窟である』と言う者もいる。


 だがそれでもやはり、ここは"城"なのだ。

 外部から見る城の表層は実に立派な造りだ。どれほどの労力がかけられたのか、巨大な石のブロックを積み上げて造られた城壁は、投石機の雨を受けてもびくともしないに違いない。迷宮に挑む冒険者を呑み込むかのように開け放たれた城門も、由来の分からぬ金属製である。戦時にあれが下ろされたならば、生半可な攻城兵器では打ち破ることはできないだろう。


 内部もまた同じである。ただ岩壁をくり抜いただけではない。その上で場外と同様に石塊を積んで壁としており、人の手によって見栄えと補強が兼ねられている証であった。そもそも場内に様々な罠が仕掛けられている時点で、侵入者に対する城主の意図がはっきりと見ることができるのだ。

 人の手によって、確たる目的を持って造られた建造物。それを"洞窟"などと形容するのは、実に愚かな意見だと言わざるをえないだろう。


 そんな異世界の誰かが作り上げた城の中に、立て続けに剣劇音が鳴り響いていた。


「ぬぅん!」


 漆黒の亡者騎士、アレクセイである。その剛腕をもって振るわれた"炭のような"剣が、目の前の骸骨剣士に迫る。相手はそれを大曲剣で受け止めると、しかし刃を逸らすことで衝撃を逃がしていた。そしてそのまま剣を翻して反撃へと転じる。流れるような、見事な動きであった。


 返しの一撃を、アレクセイは大盾でもって受け止めた。魔法によって強化された相手の刀身が青白く光る。だが斬撃に特化した曲剣では、堅牢な聖竜の大盾を切り裂くことは不可能だ。刃に魔法が込められててもなお、それは同じである。衝撃で態勢が崩れた相手に、アレクセイは盾ごとぶちかましをお見舞いしてやった。骨の魔物は頑丈な石壁へと勢いよく叩きつけられ、その場に片膝を突いた。


「む」


 そんな相手の様子を見て、アレクセイは小さく唸った。

 並みの相手であれば粉々に砕け散るほどの体当たりである。今の攻撃でも原型を留めていることに、アレクセイは小さな驚きを感じていた。いかに鎖帷子を纏っているとはいえ、あれは衝撃に弱い。いわんや相手は骨だけのスケルトンなのだ。ただ蘇っただけの骨ではない、何らかの強化が施されていることは明白であった。


 ならばそんな骨が砕けるほどに、強い衝撃を加えてやればよいだけのこと。

 アレクセイは盾に闘気を込めると、よろめきながら立ち上がる相手に再び突進した。骸骨剣士は回避しようとするが、漆黒の騎士の動きはそれよりなお早かった。鉄塊と化したアレクセイの盾と身体がぶち当たると、そのまま相手を石壁へと押し付けた。

 敢えて褒めるならば、それはこの≪エンツの古城≫の堅牢な造りであろう。なにせアレクセイの一撃を受けても僅かに壁にひびが入るのみで、間の骸骨剣士を見事にすり潰したのだから。


 アレクセイは僅かに盾をずらして、今度こそ相手が"粉"になったことを確認する。そんな姿を好機ととらえたのか、もう一体の骸骨剣士がアレクセイの背後から飛びかかった。だがもちろんのこと、それに気づかぬアレクセイではない。


 くるりと剣を逆手に持ち変えると、そのまま相手を見ずに後ろへと突き刺した。切っ先は見事に魔物の胸骨を貫いた。

 だが相手とて不死の魔物である。ましてスケルトンは刺突に強い。多少胸の骨を砕かれた程度では止まらぬのだ。骸骨剣士は胸に剣を突き刺したまま、剣を引いた。アレクセイの甲冑の隙間を狙わんとする、刺突の構えである。曲剣とて切っ先は鋭い。撫で斬るばかりが芸ではないということだ。

 だが剣に異なる使い方があるのは、アレクセイも同じであった。


「ハッ!」


 アレクセイが裂帛の気合を込めると、真っ黒だった刀身が赤く発光した。まさにかまどの中の炭の如く熱を帯びた刀身が、突き刺さった相手の身体を焼き尽くしたのである。一瞬で凄まじい高温に達したアレクセイの剣によって、骸骨剣士の上半身は瞬く間に灰へと変わった。術も解けたのであろう、残った下半身がバラバラとその場に散らばる。


 二体の骸骨剣士は倒された。が、まだ敵は残っている。アレクセイがすかさず大盾を構えてエルサの前に立ちふさがると、丁度そこに音を立ててぶつかる物があった。床に転がったそれは、矢じりに奇怪な紋様が刻まれたクロスボウのボルトであった。

 アレクセイがそれを確認するのと同時に、ソフィーリアが飛び出した。


「射手は私が!」


「頼んだ!」


 夫に防御を任せ、槍を携えたソフィーリアが滑るように地面を移動する。向かう先は、高台の陰からクロスボウを構える骸骨射手であった。

 相手はアンデットとは思えぬ洗練された動きで次のボルトを装填すると、自身に迫る少女へと狙いをつけた。そして間髪入れず引き金を引く。


 これもまた魔法が込められているのだろう。青い軌跡を描きながら射出されたボルトを、ソフィーリアは僅かに身体をずらすことで回避する。

 一射を躱され、また相手の速さが落ちることのないのを見て、骸骨射手はクロスボウを捨て去ると腰の半月刀(シミター)に手をかけた。


「そうは、させませんわ!」


 相手の判断は早い。だが彼女の槍はもっと早かった。手槍による神速の一撃は、剣の柄に掛けられた魔物の手を腕の付け根から切り離した。たたらを踏む骸骨射手目掛け、ソフィーリアはもう一度突きを放つ。今度は相手の首が飛んだが、構わず連続で槍を振るった。そうして都合五度の猛攻で、骸骨射手は今度こそ地面に沈んだ。


 相手が完全に沈黙したのを見てなお、アレクセイとソフィーリアは警戒の姿勢を崩さなかった。

 この迷宮に入って最初に襲ってきたのは骸骨剣士ではない。初めに受けたのは"雷撃"だ。となれば魔術師の類が近くにいるはずである。アレクセイたちの知覚をもってしても気配が掴めないということは、相手は何がしかの魔術によって身を隠しているということだ。

 すると、ここまでずっと目を瞑っていたエルサが顔を上げ、通路の一点を指さした。何の変哲もない、火の消えた石造りの燭台である。


「そこです!」


 彼女が声を上げ、アレクセイがそちらに視線を向けると同時に、半透明の狼が地を駆けた。霊狼のネッドである。矢の如くひた走る彼は、勢いそのままに燭台へと"噛みついた"。


「ガアッ!」


 するとどうだろう。燭台全体から煙が出たかと思うと、一瞬でローブを纏ったスケルトンに変わったではないか。


「擬態の魔法か!」


 そう叫ぶアレクセイが魔物へと向かう間に、ネッドは骸骨魔術師の首を齧り取った。骨ゆえに喉笛がないため、そうなったのであろう。大狼の鋭い牙と顎の力は恐るべきものだが、相手もまたさるものである。頭部を失いつつも、その身体は魔術を行使せんとしているのだ。複雑な印を結び続ける骨の指が、その証拠であった。


 だが、みすみすそれを許すアレクセイではない。ネッドが時を稼いだ間に距離を詰めると、相手目掛け大盾を振り下ろした。そうして強烈な打ち下ろしによって、術を行う前に魔物は粉々になった。


「……どうやら、今ので終わりのようですね」


 夫と入れ替わるようにエルサの守りに入っていたソフィーリアが、構えを解く。しばらく残心していたアレクセイも、それを受けて剣を鞘へと仕舞った。


 骸骨剣士はソフィーリアが討ち取ったのも含めて三体。中衛の骸骨射手が一に、後衛の骸骨魔術師が一体。合わせて五体と、どうやら相手は分隊単位で行動しているようである。先の戦闘から、彼らがアンデットでありながら部隊を意識して動いていることが察せられた。


 アレクセイらにしてみれば、強敵ではない。だが弱兵でないのもまた確かであった。

 "城"に"兵"。かつて戦乱の時代を生きたアレクセイには、思うところがある。


「……面白いではないか」


 闇をたたえた通路の奥を見据えながら、アレクセイは期待を込めてそう呟くのであった。

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