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不死の夫婦の迷宮探索  作者: 森野フクロー
第五章 三ツ星の夫婦
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第101話 招かれざる者

「ふむ、変化の術もだいぶ様になったのではないか?」


 手合わせを終えて、アレクセイは剣を仕舞いながらソフィーリアへとそう言った。彼女もまた手槍を虚空へと消しながら夫に振り向く。その姿は重装の鎧姿ではなく、身軽な神官服である。


「そうですね。やはり鍛錬するときはこの姿の方が合っていますし……何より軽くていいですわ」


 モルドバから新たな術を教わったソフィーリアは、三日もすればいくつかの装束に着替えることができるようになっていた。

 霊体である彼女に物質的な重さはない。だが鎧の重さを魂が覚えている以上、その動きには装備重量が反映されるのだ。場合によっては防御力よりも身軽さが有効なときもある。この世ならざる存在でありながら、現実の物理法則からは逃れられないというのは、不思議なものであった。


「エルサさんの方も調子はいいみたいですね」


「そう聞いているな。明日か明後日には、迷宮へと潜れることだろう」


 エルサはいま姉弟子であるモルドバから、霊魂遣い(ソウルコンジュラー)の奥義について教授されているところである。師であった彼女の父が亡くなったことで、彼女は全ての術を教わる前に冒険者となったのだという。同じ師から死霊術を教わったモルドバは、同時にエルサへの父からの教えも授けられていたらしい。今はその特訓中というわけであった。


「お、噂をすればだな」


 すると天幕からその二人が出てきた。エルサの手には、父の残したという分厚い死霊術本(ネクロノミコン)があった。


「首尾はどうだ、エルサ君」


「もうバッチリだとも!」


 そう元気よく答えたのは当人ではなく、モルドバである。どうやらエルサはああ見えて、死霊術師としての才はかなりある方らしい。


「だというのにこの子は冒険に突っ走っちゃうしね。実に勿体ないことだよ」


「もう、先輩……」


 冒険者に戦いは避けられないが、死霊術師は必ずしもそうではない。モルドバは妹弟子に命の危険が伴う迷宮の探索者よりも、知の探究に励む研究者になってほしいようであった。


「まぁいいさ。君たちが付いてくれている間は、この子の命の心配はしなくてもよさそうだしね。さて、休憩がてら二人からまた話を聞かせてもらおうかな。昨日は邪竜教団との戦いまでだったから、今日はいよいよ邪神竜との戦いを……」


「団長!」


 モルドバが喜色満面で言った、その時であった。慌てた様子の骸骨旅団の団員がこちらへと駆けてきたのである。ただならぬ様子の彼に、気勢を削がれたモルドバの顔色が一気に渋くなった。


「もう、これからお楽しみだってのに……何だい?」


「それが……」


 団員が話を始めようとすると、天幕の向こうから騒がしい声が聞こえてきた。押し問答をするようなやり取りが聞こえた後、一人の女がそこから現れた。制止する他の団員を無視して、その女は真っすぐにこちらへと歩いてくる。聖職者のような法衣を纏った彼女の傍には、武器を携えた二人の少女が付き従っていた。


「フン、相変わらず汚いテントね、モルドバ」


「やぁやぁ、誰かと思えばオリアスじゃないか。太陽教会の司祭様が、その汚いところに何の御用だい?」


 やはりこの女は教会の人間であるらしい。歳の頃はモルドバと同じくらいといったところか。顔立ちは整っているが、モルドバとは異なる鋭角的な眼鏡がその印象を固いものに見せていた。どうやら既知の間柄のようだが、きっちりと着こなした式服といい、二人の雰囲気は正反対と言えた。


 教会の人間というからには、アンデットであるアレクセイたちにとっては用心すべき相手なのだろう。だがアレクセイの目下の関心は、彼女の後ろに影のように立つ二人の少女にあった。


(この娘らは、一体……)


 恐らくは双子だろう、よく似た顔立ちの少女たちである。体格も年齢もほとんどエルサと同じくらいに見えるから、まだまだ子どもの域を出ない年代だ。だというのにそこに溌剌とした生命力は感じられず、終始無表情なのも相まって異様な雰囲気を醸し出していた。


 またその手にある武器も、可憐な容姿には相応しくなかった。もみあげの一方を青いリボンで纏めた少女が持つのは、精緻な紋様が描かれた斧槍(ハルバード)であった。背の低い彼女の二倍近い長さを持つ長柄武器を振り回すには、本来相当な筋力が必要なはずである。見栄えもいいため儀式用などにも使われることがあるが、彼女が持つのはどう見えても実用的な獲物であった。少なくとも、見た目通りの膂力ではまともに持つことさえできないはずである。


 またもう一人の赤いリボンの少女の腰には、二本の剣が吊られていた。恐らくは聖剣の類なのだろう。アンデットであるアレクセイには、妙に嫌な気配がそこから感じられるのだ。そちらも細身とはいえ直剣である以上、相応の重さはある。エルサとそう変わらぬ細腕で二刀を扱えるようには見えなかった。


(だが使えるのだろうな)


 アレクセイは彼女らを相応の使い手と看破していた。度々例に出して悪いとは思うが、四ツ星冒険者のセリーヌに劣る腕前ではないだろう。聖なる加護を受けた武器を持つということは、それ以上に警戒すべき相手ということでもあった。

 そうしてアレクセイが少女らの力量を分析している間にも、モルドバたちの話は続いていた。


「いやなに、貴方が結婚したと聞いてね。お祝いに来てあげたのよ」


「いやぁ、嬉しくて泣けてくるね。君と知り合って十数年になるけど、そんなにいい奴だったなんて初めて知ったよ」


 半笑いでのたまうモルドバに、オリアスは面白くもなさそうに鼻を鳴らした。


「皮肉も通じないなんて、骨の旦那を持つと知性も劣化するのね」


「へぇ、耳が早いね。そんな骨の夫婦に会いにはるばる聖都から来てもらえるなんて、君も随分と暇なんだねぇ」


 低く笑い合う二人の間に、見えない火花のようなものが見えた。聖職者と死霊術師という間柄もあるだろうが、単純にこの二人の場合は仲が悪いようだ。

 またオリアスは、つい最近命を落としたというヘクターについても把握しているようである。いつの時代も、情報の収集において教会は抜きん出た能力を持つものだ。彼女もまたその筋で知り得たのだろうか。オリアスは煩わし気に手を振ると、さも嫌そうに顔を逸らした。


「そんなわけないでしょう。貴方のところに顔を出したのはついでよ。私が用があるのは迷宮の方だもの」


「へぇ?迷宮に否定的な枢機卿派の君が、あそこにどんな用事だい?」


「言えるわけないでしょ、そんなこと。それに枢機卿派だなんて、一体いつの話をしているのかしら。そもそも太陽教会の頂点におわすのは教皇様よ?私たちはみな等しくあの御方の子なのだから、猊下の御心のままに動くのみよ」


 この時代の教会にもまた複雑な権力闘争があるようだ。その点ゾーラ教は幾分単純というか、武力と信仰心がすべてのようなところがあるので、他国のそれと比べれば陰湿な政治争いというものは少なかった。少なくともアレクセイは、妻からその類の話を聞いたことはなかった。


「でも教会は迷宮には……ああ、それでそっちの二人というわけか。彼女らは教会騎士かい?」


「そうよ。私の愛しい子たち。そこらの冒険者なんか眼じゃないわ」


 オリアスはそう言ってアレクセイたちを見、陶然とした顔で護衛の少女たちの頬を撫でた。不機嫌そうにモルドバと会話していたときとは随分と違う態度である。

 アレクセイにはそれが、信頼する部下に対するものだけのようには思えなかった。頬を染め、まるで愛撫するかのように少女らに接する彼女の姿は、なぜか怖気のようなものを感じさせた。少女たちが変わらず人形のような表情を保っているのも原因だろう。

 ゾーラ教は戦と共に、愛を司る神でもある。だが女色と男色を寛容とするものではなかった。


 オリアスは少女の身体を抱きしめながら、アレクセイたちを見上げて忠告した。


「貴方たちも、命が惜しいのならそんな女に関わるのは止めることね。骨と黴びた古書しか愛せないような女の頼みなんて、聞いてもなんの儲けにはならないのだから。冒険者なら冒険者らしく、金だけを追っていればいいのよ」


「ご忠告痛み入る。だが目的は人それぞれだ。互いにそれを果たせるよう、神に祈るとしよう」


 オリアスの言葉を意に介さずそう言ってのけたアレクセイに、彼女は僅かに鼻白んだようであった。彼女はまた不機嫌そうな顔つきに戻ると、少女から手を放して立ち上がった。そして何も言わずに天幕から出て行った。護衛の少女たちもまたそれに付き従っていく。


「まったく、何しに来たんだろうね、あの女は」


 モルドバはそう言うとどこからか塩を取り出し、彼女らの去った方角に振りまいたのだった。

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