第99話 元の姿への道のり
「結論から言うとね、奥さんを元の姿に戻すことは可能だよ」
事情を聞いたモルドバは、開口一番にそう言った。
エルサの姉弟子である彼女と出会った、次の日のことである。モルドバからガネルの遺骨の捜索を請け負ったアレクセイたちは、その仕事の対価としてソフィーリアの少女化を治す方法を問いただした。
その回答が先のものであった。
「おお、それは誠か!」
アレクセイが思わず浮き立った声を出してしまうのも仕方がないことであった。伴侶であるソフィーリアの現在の外見年齢は十五歳程。対してアレクセイは二メートルを超える巨体の持ち主なのだ。見かけ上の身長差はかなりのものである。
今も昔も成人とされる年齢は変わらないので、二人が夫婦であっても法的には何の問題もない。
だがここはヴォルデンではなく、アレクセイのような巨漢は珍しいのだ。そんな二人が並んで夫婦と称していれば、どうしても奇異の目で見られてしまう。エルサ曰くこの時代で言うところの"ロリコン"ではないかと。
アレクセイはあまり余人の目を気にしない性質だが、流石に少女趣味と呼ばれるのは騎士の沽券に拘るのだ。
「何だが、ソフィーリアさんよりアレクセイさんの方が嬉しそうですね?」
「私はこのままでも構わないのですけれど……」
ソフィーリアとしては少女の姿でいるのも嫌いではないらしい。彼女とて生前は二十五歳と、まだまだ老いを気にするような年齢ではなかったはずだが、女性の心というのはなかなか難しいらしい。
「そうは言うが、記憶までその歳になってしまっては困るだろう?好き嫌いの問題ではないのだ」
「そうだね。エルサから聞いたかもだけれど、霊体というのは非常に不安定なものなんだ。それが想いの力で形を保っているに過ぎない。そしてその姿形は死の直前の姿に固定される。それが一番、当人にとって印象の強いものだからだ」
それを聞いたアレクセイは、かつて出会った少女のマユのことを思い出していた。≪アガディン大墳墓≫で出会った冒険者の少女は、数百年前に死んだ霊体であったのだ。普段は生者と変わらない姿をしていたが、その実彼女の胸には死の原因となった大穴が開いていたのである。あれこそモルドバの言う、本人が最も記憶に残っている姿に違いない。
「では今回の場合はどうか。私が見るに、憑依した際に強力な法力を行使したのが原因かと思われるね」
憑依の術は、死霊術の中においては決して難しい術ではない。降ろす霊さえしっかりと選べば、そうそう影響が出るようなものではないのだ。エルサとソフィーリアの場合でも、憑依自体はかなりスムーズに行えていた。
「≪蘇生≫の奇跡は、聖職者が行うものの中でも非常に多くの法力を必要とするものだ。聖女や聖人に列せられる者が、長い祈祷を経てようやっと行えるというようなね。蘇らせる人数が多ければ多いだけ、その消費量は増えていく。エルサの身体を通して流れ出た力は、相当なものになったはずだ」
あのときはエルサの仲間の少年たちを合わせて三人ほど復活させた。歴代最高の神官戦士と呼ばれたソフィーリアにとって、常であれば大きな負担というほどでもない。だが慣れぬ憑依と闇霊の身体にあっては、そうでもなかったのだろう。
「して、元に戻す方法とはいかに?」
「あぁ、前置きが長くなったね。つまりその姿になったときと同じことをすればいい」
「つまり、当時の私と同じくらいの方に憑依して、再び力を行使すればいいということですか?」
ということは二十代半ばの女性に乗り移るということか。話を聞いた一同の視線は、自ずとモルドバへと集約された。
「うん、まぁそうくるよね。でも生憎と私ではダメなんだ」
どうやら話はそう簡単なものでもないらしい。死霊術にはいくつもの流派があり、モルドバは≪骸骨遣い≫という流れに属する術師である。そのため術の体系が霊魂遣いであるエルサとはだいぶ異なるのだという。つまりはモルドバには、憑依の術が使えないということだ。
先に述べたように憑依の術は難度の高いものではないが、それでも適正というものは存在する。可能な者には簡単に、適合しない者には命の危険が伴うものなのだそうだ。
「まぁ私の場合は、感度が低すぎて憑依できないというか、霊魂が素通りしちゃうんだよね。私の魂を消し去る気でなら憑依できるだろうけど、それは御免被る。これでも子持ちなんでね」
「お仲間には、可能な方はおられないのですか?」
ソフィーリアがそう尋ねると、モルドバはすまなそうに首を振った。≪恍惚骸骨旅団≫には十五人の死霊術師が所属しているが、骨の名を冠するだけあってそのほとんどが骸骨遣いなのだそうだ。逆に数少ない他系統の術師はみな、男性であるのだという。
「性別が違っても問題ないっちゃないんだけど、ソフィーリア君の場合は霊格が高いからねぇ。術者への影響が強すぎて、彼らが"オネェ"になっても困る。それにみんな、おじさんだしね」
「私も、それは少し……遠慮したいですね」
そうすると彼女かエルサの伝手を辿って、同年代の霊魂遣いを探すしかないということだろうか。話を聞くに死霊術師自体が数が多いようではなさそうだから、その中で妙齢の憑依の術の使い手を探すのは困難かもしれない。確実なのはエルサが成長するのを待つことだが、あと十年は流石に長い。
アレクセイたちが腕を組んで唸っていると、それを見ていたモルドバがエルサへと尋ねた。
「そういえばエルサは、彼女に変化の術とかは教えていないのかい?」
「む、なんだそれは?」
アレクセイがそう反応すると、エルサは少し気まずそうに口を開いた。
「実は霊体には、自在に姿を変える方法があるんです」
「なぜそれを今まで言わなかった?」
彼女を批判するわけではないが、アレクセイにはそこが気になった。聞く限りは非常に便利な技に思えるのだ。それができるのならば、同年齢の術師を探さなくとも元の姿に戻れるだろう。ただエルサが隠す以上は、その理由が気になるのもまた必然であった。
「さっきモル先輩も言いましたが、霊体は想いの力が形を持ったものです。つまり理論的には、当人が思い描くどんな姿にでもなれるんです。いわば自分の好きな夢を見ているときと同じように、ですね」
「だが形を崩すというのは、相応に危険な行為でもある。手本となる肉体は既にないんだ。下手をすれば自らの身体を保てなくなってしまう。いわゆる≪悪霊≫なんかは、そうして霊が暴走し続けた末の姿ともいわれているね」
確かに聞いたことがある。狂った霊魂は生前の姿に戻れなくなった霊の姿であり、浄化することでしか彼らを鎮める方法はないとされていた。
それを聞くと、エルサがこの方法を口にしなかったことも理解できた。特にアレクセイたちは普通のアンデットではない。魔物でありながら善の気質を保ったままの例外なのである。その力をアテにしているエルサからそれば、おいそれと冒険はできないだろう。
「生前の品か何かがあれば、意識を誘導しやすいんだけどねぇ」
いわゆる"遺品"である。それらには死者の想いが色濃く残されているため、変化の術を行う際の補助具として最適なのだという。
「ソフィーリアさんゆかりの品というと……これしかありませんね」
そう言ってエルサが取り出したのは彼女の頭蓋骨である。ソフィーリアの魂が封じられていた半身の頭骨だ。そこに≪廃墟都市マジュラ≫で見つけたもう半分の骨を継ぎ足して、一個の骨としたものである。霊体であるソフィーリアには物質を所持できないため、代わりにエルサが保管していたのいだ。
「これを見て昔の姿を思い出すのは……少し難しそうです」
「まぁ、私の方でももう少し調べてみるよ。適合しそうな術師の居場所もね」
「ふむ。まだまだ、道行は遠そうだな」
この世はなかなか儘ならぬ。
不死になって久方ぶりに、アレクセイは世の中の難しさを実感したのだった。