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不死の夫婦の迷宮探索  作者: 森野フクロー
第五章 三ツ星の夫婦
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第94話 姉弟子

「モル先輩とは、父から一緒に死霊術を教わった仲なんです」


 街道を歩きながら、エルサはそのように言った。


 アレクセイたちの前に突如として死霊術師のモルドバが現れた、次の日のことである。とある依頼をされた一行は、彼女のいる街へと向かうべく歩を進めていた。


 ついこの間息子の消息に関する手がかりを得たアレクセイたちが、わざわざこうして寄り道をしているのには訳がある。それはエルサ曰くモルドバは優れた死霊術師であり、彼女ならばアレクセイたちのアンデット化の秘密が分かるかもしれないと主張したからだ。


「それに先輩なら、ソフィーリアさんの身体のことも分かるかもしれません」


「うむ。それが分かるのならば甲斐はあるというものだな」


 エルサへの憑依の影響で、ソフィーリアの外見年齢は彼女と同年齢のものに変化してしまっている。霊魂の見た目は基本的に死んだときの姿に固定されるそうなので、ソフィーリアで言えば二十代中頃の姿であるべきなのだ。


「君としても、今のままでは収まりが悪いだろう?」


「私は別に、このままでもいいのですけれど……」


 妻としては、自分のことよりもやはりウィリアムのことを優先したいらしい。だがモルドバ曰く、魂が本来あるべき姿から長い間離れていると、魂そのものがそれに影響されることも多いのだという。ソフィーリアで言えば精神年齢が退行したり、下手をすれば記憶が見た目の頃にまで戻ってしまうことも考えられるのだとか。


 アレクセイやウィリアムのことも忘れてしまうと聞かされれば、ソフィーリアも否とは言えまい。そういった理由から、アレクセイたちは本来の道行から外れることにしたのである。


「ふむ。しかし死霊術師の技というのは、不可思議なものだな」


 アレクセイはそう呟きながら、昨夜のことを思い返した。

 突然アレクセイたちの元に現れたモルドバは、もちろん本人ではない。その姿はいわゆる"生霊"というものであったのだ。


「驚かせて申し訳ないね。私はモルドバ。その子の姉弟子にあたる、死霊術師さ」


 飄飄とそう言う彼女からは、なんの気配も感じられない。魔物であれ人間であれ、歴戦の戦士であるアレクセイは相手の気配を読む技術に長けている。それは大盾で視界を塞がれるヴォルデン騎士の戦い方からくるものであるが、とにかく自分以外の存在に敏感であるのだ。


 そんなアレクセイが目の前に現れるまで相手の姿に気づくことができなかったというのは、決して普通のことではないだろう。

 案の定モルドバは、それが死霊術師特有の交信の術によるものだと説明した。それ単体で活動する死霊とは違い、生霊の実体はあくまでも本人の肉体である。ゆえに身体から離れた霊の気配はかなり希薄で、現実への干渉力を持たない代わりに同じ霊ですら直前まで気づかれることはないのだという。≪闇霊(ダークレイス)≫であるソフィーリアもが気が付かなかったのには、それが理由であった。


 そうしてエルサが取り出したのは、鳥のものらしき小さな頭蓋骨であった。


「これは渡り鳥の(つがい)の骨を使った秘術でね。お互いの元に自らの生霊を飛ばして会話ができるというものなのさ。番だから当然ながら二人用だし、あまり汎用性のあるものではないんだけどね」


 それでも霊というものは時間や距離に影響を受けないので、信頼する者同士の間では有用な技なのだという。


「それで先輩、今日はどういった用事で?助けてほしいというのは、一体……」


「うん、それなんだけどね。エルサの力を貸してほしいんだよ。より端的に言えば、そちらの二人の力をだね」


 モルドバはお道化たように両手の人差し指をくるりと回すと、それをアレクセイたちの方へと向けた。


「ふむ、君に会うのはこれが初めてのはずだが?」


「もちろんそうだとも。だが、少々こちらが厄介なことになってしまってね。そんなときに、エルサが強力なアンデットの手がかりを得て、南に向かったことを思い出したのさ」


 モルドバはアレクセイの元までやってくると、眼鏡を抑えながらその姿を上下して見ている。


「ダメ元で連絡してみたんだが、なるほどなるほど……確かにこれは相当強そうなアンデットだ。よくこんなのを従えられたねぇ、エルサ」


「せ、先輩っ!アレクセイさんたちはそうゆうのじゃ!」


 姉弟子の言葉にエルサは慌てたようにこちらを見る。アレクセイは気にしていないと手を振りつつ、眼下の女に問いかけた。


「して?我らの力を求めるということは、何か荒事かな?」


 とりあえず彼女の言い分を聞いてみることにする。いきなり現れては不躾なことを言ってはきたが、不思議と憎めない雰囲気ではあるのだ。どこかとぼけた表情に締まりのない顔つきは、妙に愛嬌がある。ぼさぼさに生えっぱなしの茶色の髪やだぶついたローブなどを見ると、彼女からは"だらしのない隠遁者"といった印象を受ける。だがそこには世捨て人の陰気さなどは感じられない。死霊術師だと言うが、自堕落な学者や研究者といった雰囲気の方が近いだろう。


「あ~、うん。エルサは、うちの旦那のヘクターのこと、知ってるよね?」


 アレクセイの問いには答えずに、モルドバはそう言ってエルサの方を振り向いた。なんと彼女は既婚者であるらしい。驚きではあるが、顔立ち自体は整っている方だろうから、まぁ分からないではない。相手の職業さえ気にしなければ、彼女のような女性を好む男も少なくはないだろう。


「え、ええ。先輩の結婚式にも出ましたからね……それで旦那さんが、どうされたんですか?」


「いやぁ、それがさぁ……うちの旦那、こないだ死んじゃってね」


「ええっ!?」


 あっけらかんとそう言ってのけたモルドバに、エルサは仰天していた。声こそ出さないが、アレクセイもまた驚いていた。さもなんでもないことのように話す彼女の態度もそうであるし、彼女の様子からは未亡人という印象があまりにも遠かったからだ。

 最初は奇妙なものを見るような目でモルドバを見ていたソフィーリアも、夫に先立たれたと聞いて今は顔色を変えていた。


「せ、せ、先輩!それは、どういう……」


「あ~、まぁまぁ。そのことは一旦置いておくとしてね?()()()の中じゃ、ヘクターは数少ない戦える人間だったからさ……護衛がいないんよ」


「君もやはり、冒険者を生業としているのか?」


「う~ん、微妙に違うかなぁ。私たちは、この世界の歴史を研究しているのさ」


 モルドバは、失われたこの世界の記録を探求する一団に所属しているらしい。普段は普通の遺跡などを巡っているのだが、時折迷宮に潜ってはそこに眠っている書物などを探し出して解読しているのだという。迷宮はこことは違う異世界のものだと言われているが、彼女らに言わせるとどうにもそれも違うようであるらしい。


「詳しいことは省くけど……折角手がかりを得たというのに、その迷宮が手強くってねぇ。探索に出た旦那たちがみ~んな死んじゃったからさ。どうにも困っちゃってね、はは」


 これはまいったと頭を掻くモルドバに、アレクセイとソフィーリアは声も出ない。伴侶の死よりも自らの知的欲求を優先するかのような彼女の口ぶりは、どうにも理解できないものであったからだ。妻などはいくらか不快そうに眉をひそめてさえいる。


「それでエルサ、どうだろう!?今はどのあたりにいるんだい?見たところかなり屈強そうなアンデットみたいだし、できればこっちを手伝ってほしいんだけど……」


 モルドバはエルサに向かって手を合わせつつ、ちらちらとアレクセイたちの方へと視線を飛ばしてくる。

 そうしてエルサがこちらの事情を掻い摘んで説明したところ、モルドバから先のような少女化の危険性を説かれた次第なのである。

 彼女の態度には思うところもあるが、伴侶を失くした境遇には同情を禁じ得ない。どうやらエルサとも懇意の間柄であるようだし、アレクセイたちにとっても理のない話ではないのだ。

 こうしてアレクセイたちは、いくぶん仕方なしに彼女の依頼を受けるに至ったのである。


「すみません……失礼な先輩で」


 モルドバの生霊が消えてから、エルサはこのように謝りっ放しであった。奔放かつこちらの弱みを突くような姉弟子の非礼を、気にしているようである。アレクセイはともかくとして、現にソフィーリアなどはいくらか機嫌を損ねているようであった。昨夜までご機嫌で夫婦の昔話をしていたというのに、今はその表情は決して明るいものではなかった。どうも夫の死を軽視するようなモルドバの様子が、あまり好ましく思えないようである。


「なに、君が気にすることではないさ。そもそも魔術師の類はみな変わり者だと相場が決まっているのだ。それに、悪い人間ではないのだろう?」


「はい」


 そこだけははっきりと断言するエルサに、アレクセイは力強く頷いてみせた。


「ならばよい。彼女を信じる、君を信じよう。だからソフィーリアよ、もうそのような顔をするな」


 アレクセイは自身にしては珍しく、諫めるような口調でそう妻に言い放った。ソフィーリアはちらとアレクセイを見やると、ぷるぷると頭を振った。そしてエルサに向かって頭を下げた。


「そうですわね……ごめんなさい、エルサさん。私も少し、過敏に反応し過ぎてしまいました」


「い、いえそんな!先輩が失礼な人なのは事実ですから、そんな頭を上げてくださいっ!」


 言葉通り面を上げたソフィーリアはエルサと視線を交わしてから、小さく笑みをこぼした。どうやら妻の機嫌も直ってくれたようである。


 するとそのとき、アレクセイの肩ににゅるりと這い上がるモノがあった。スライムのミューである。昨夜も大人しかったこの魔物は、モルドバが現れてもあまり反応を示さなかった。ただ彼女の姿を、じっと見つめていたようには思う。


「む、どうしたミューよ。食事の時間にはちと早いぞ?」


 アレクセイがそう言うと、ミューはその青い身体の一部を伸ばして前方を指し示した。気づけばその触手の先が、人の手のような形になっている。

 そうしてアレクセイがその先を見てみれば、そこには目当ての街があったのである。話しているうちにいつの間にか到着してしまったようだ。


 あまり大きな街ではない。サルビアンよりも小さく、ラゾーナやバルダーとは比べるべくもない。市壁も実にささやかな規模だ。街の周りに市ができている様子もなく、まだ昼前だというのに人通りもまばらであった。この分だと街の中もあまり賑わってはいないだろう。


「思ったよりも近かったな。それで、ミューよ。いつまで身体を伸ばしているのだ?人の目もあるのだからそろそろ大人しく……む?」


 いつまでも触手で前方を指さすミューを訝しんでいると、アレクセイはそこに信じられないものを見つけてしまった。続いて気づいたソフィーリアたちも、呆然と言葉を失くしている。


「エルサさん、あれは、なんなのでしょう?」


 そこにいたのは、なんと赤子を背負った一体の骸骨(スケルトン)であったのだ。

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