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盗賊少女の憂鬱・上

幕間です。

何話か投稿してから、第五章を始めたいと思います。

「ほんと、飽きずによくやるわねぇ……」


 ベラは短剣をいじくりながら、小さくため息をついた。

 彼女の視線の先では、上半身裸のアーサーとロゼッタが向かい合っている。アーサーはびしょっりと汗をかき、ロゼッタもまた頬を上気させている。


 当然ながら、二人はやましいことをしているわけではない。

 彼らは修行に励んでおり、それも覚えたばかりの≪スキル≫訓練の真っただ中であった。


「また怪我しない程度に、ほどほどにしておきなさいよ~」


「わぁーってるよ!」


 折角心配してやったというのに、返ってきたのはいかにも煩わし気といった風な返事だ。怪我をしたらその手当をするのが誰なのか、あの幼馴染はいまだに分かってはいないようである。


(そんなにしゃかりきになって覚えたいものなのかしらね)


 つまらなそうに二人の様を眺めるベラの首元には、星が一つだけ刻まれた銅板が下げられていた。半人前を卒業した証である、一ツ星冒険者のプレートであった。


 ロゼッタを仲間に入れた一行はそれからしばらくの間、ラゾーナの街に滞在していた。というのもかの街の傍には、初心者向けの迷宮として名高い≪ポリン平原≫があったからである。スライムばかりが出現するそこは、血を見ると暴走してしまうロゼッタにとって都合がよい。


 なのでベラたちはエルサの追跡を一旦脇に置いて、≪ポリン平原≫にてひたすらにスライムを狩っていたのだ。半ツ星とはいえ戦士二人に斥候一人、魔術師もいるベラたちがスライムに後れを取る理由はない。ギルドから出禁になる寸前までスライムを倒しまくったベラたちは、そうしてめでたく昇級できたのだった。


 そして一ツ星になった冒険者は、ギルドから≪スキル≫の講習を受けることができる。そうしてベラたちは、ここサルビアンの街へとやってきたのだ。ラゾーナでそれをしなかったのは、この街に有名な女戦士の教官がいるとアーサーが耳にしていたからであった。


「それなのに、出てきたのはむっさいオッサンだなんて聞いてねーよ!」


 だが件の女教官とやらは、少し前にその職を辞してしまっていた。街の近くの迷宮で起きた異変の解決に関わったというから、そのときに心境の変化でもあったのだろう。変なすけべ心を持つからこんなことになるのだと、ベラは内心で舌を出したものである。


 そんなわけでベラたちは折角覚えたスキルを我が物とすべく、こうして訓練に励んでいた。


 もっとも本気でそうしているのはアーサーくらいである。ロゼッタなどは冒険者になる前からスキルを覚えていたし(特殊な症状持ち故の特例として許可は得ていたらしい)、魔術師のクロエにはあまり関係のない話だ。


 そしてベラはといえば、講習を受けて三日ほどで全てのスキルを習得できてしまっていた。戦士と斥候では教えられる内容は異なるが、それでも通常はスキルをものにするまで一週間ほどかかるとされているのだ。それを考えれば、彼女の習得速度は実に優秀なものと言えた。


教官(せんせい)にも褒められたけど、こうして暇してるのも考え物よね)


 ベラは昔から器用な性質であった。

 弓も短剣も叔父に教えられるとすぐにコツをつかんだし、農民の娘としてもなんでもそつなくこなすことができた。こう見えて炊事洗濯針仕事と、家のことは一通り修めているのだ。男兄弟ばかりに囲まれていたこともあって、母親の仕事を手伝うのはもっぱらベラの役目であった。


(それなのに家を飛び出しちゃって、母さんには悪いと思ってるけどさ……あいつを放っておくことなんてできないでしょ)


 幸い実家には長男の嫁がいるので、そちらの方は心配ないだろう。だからベラは心置きなくアーサーに付いていくことができたのだ。もちろん、冒険者になることは子どものころからのベラの夢でもあったわけなのだが。


 そんな幼馴染は先日からずっとロゼッタと修練を共にしていた。それを横で見続けていたベラとしては、なんだかおもしろくないのである。


(こっちの気も知らないであのアホは……そりゃあロゼは可愛いし、いい娘だけどさ)


 じっとりとした眼でアーサーを眺めていたベラは、次いで視線をその向かいに立つ金髪の少女へと移した。


 先の騒動から一党(パーティ)に加わったロゼッタは、実に可憐な容姿をした少女である。年齢こそベラたちと同じだが、その生まれには天と地ほどの開きがある。なにせ彼女はこの帝国でも有数の大貴族の娘であるからだ。


(フツーの農家生まれのあたしたちとは大違いよね)


 まず髪からしてベラとは違うのだ。前衛職であるゆえに短く切り揃えてこそいるが、陽の光を受けてキラキラと輝く黄金の髪は同じ女から見ても美しい。戯れにその髪に触れた時は、あまりの手触りのよさに心底驚いたくらいだ。母親譲りの赤髪を適当に洗っているだけの自分とは大違いである。


(それにシミひとつない真っ白なお肌!おまけにモチモチスベスベときたもんだ)


 美肌は貴族女性の嗜みだとどこかで聞いた覚えがあるが、それにしたって彼女の肌の心地よさは物凄かった。湯浴みを共にしたときは、クロエと一緒に思わず頬ずりしてしまったほどであった。


(危うく何かに目覚めるところだったわ……)


 ベラはそのときの感触を思い出して僅かに頬を染めつつ、自身の腕に目を落とした。農作業でこんがりと日に焼けた肌は、平民の娘としては実に標準的である。それはそれで魅力に思う男子も世にはいるのだろうが、いち乙女としては美白肌は憧れではあるのだ。


(それに筋肉もついちゃってるし……まぁそれはロゼもだけど)


 ただ流石のロゼッタも、身体つきだけは一般的貴族淑女からはかけ離れていた。あれで意外と、脱ぐとすごいのである。主に筋肉的な意味でなのだが。


(お肌はぷるぷるなのに、お腹の筋肉なんかガッチガチなんだものね。びっくりしちゃったわ)


 普段は鎖帷子の上にゆったりとした僧衣を着ているので分からないが、ロゼッタは非常に鍛えられた肉体をしているのだ。本人は恥ずかしがっているし、まぁその気持ちも分かるのだが、とにかくベラからは色々と"すごい"という感想しか出てこないのである。


 それでいて性格はとても淑やかなのだ。また正義感に溢れ、情にも篤い。貴族階級らしい特権意識もないので、平民だからといって見下されたりすることもない。むしろ世俗に疎い彼女に何かを教えてあげたときは、とても素直に感謝されるのである。話していてこれほど気持ちがいい少女は平民の中でだってなかなかいないだろう。

 アーサーが先輩風を吹かせる、というか何くれと世話を焼きたくなる気持ちも分かるというものだ。


「だからってアーサーってば、ヘラヘラ鼻の下伸ばしちゃってさ……バカ」


 ベラは誰にも聞こえぬ小さい声で、そんな風に呟いた。

 ここのところはあの幼馴染の少年はロゼッタにべったりであった。今は≪強固な身体(ハードスキン)≫の練習を重点的にやっているようで、スキルを発動させた自分にひたすら拳を打ち込むよう頼んでいる。


 ちなみに半裸なのは、一度服を駄目にしたからである。特別製の籠手を着けていなくとも、ロゼッタの拳打は強烈だ。アーサーの未熟なスキルではその威力をすべて殺すのは難しく、哀れ彼の上着はぼろきれと化してしまっていた。


 だから他意がないのはベラも分かってはいる。わかってはいるのだ。それでも上裸のアーサーが同年代の可愛い女の子と一緒にいるさまというのは、ベラにはなぜか面白くはなかった。


(ま、ほんとはなんでか、自分でも分かっているんだけどね)


 そんなことを考えながら、彼女にしては珍しく切なげな瞳で、ベラは少年の姿を見続けていたのであった。

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