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不死の夫婦の迷宮探索  作者: 森野フクロー
第一章 不死の夫婦
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第9話 半人半獣

 扉の先は領主の間であった。


 広々とした空間は往時は沢山の貴族たちが集うダンスホールとしても使われていたのだろうが、それも今は昔の話。

絢爛豪華であった装飾は剥がれ、あるいは錆びて年月の経過を感じさせている。そんな廃墟都市の最奥にふさわしい場所で、この部屋の主が転がっていた。


 くたびれてボロボロになりつついかにも上等な装飾のついたローブを纏ったこの死体が、迷宮主である"名も無き伯爵"であろう。これまでの亡者たちと同じように乾いた肌を持ち、真っ赤な瞳を驚愕に見開きながら命果てている。そしてそんな死体の前に佇む者たちがいた。


「"サテュロス"…」


 そこにいたのはアレクセイの見知った魔物であった。人の身体に山羊の下半身を持ち、頭部にやはり山羊のように曲がりくねった角を持つ半人半獣の魔物だ。

その手に禍々しい斧を持ち、奇怪な鎧に上半身を包んでいる。獲物の刃が血に濡れていることから見て、迷宮主を討ったのはこの魔物なのだろう。サテュロスの他にも四体の下級(レッサー)デーモンがその後ろに控えている。


「デーモンに続きサテュロスとは、この迷宮は随分と魔界の者と縁深いのだな」


 サテュロスもまたデーモンと同じように神話の時代の産物だ。デーモンが最初の魔物ならば、サテュロスは最初に闇に堕ちた人の姿だと言われている。

この魔物もまたアレクセイは魔王との戦いの中で剣を交えている。魔王は自身が率いた魔族や闇森人(ダークエルフ)のほかにもこういった神話時代の魔物を使役していた。その数は決して多くはなかったが、それゆえに強力であった。


「さて、懐かしくも憎むべき魔性の者よ。なにゆえ迷宮主をその手にかけたのか?」


「………」


 剣の切っ先を突き付けてアレクセイは問いかけたが、半人半獣の魔物は答えない。アレクセイの記憶ではサテュロスはデーモンと違って共通語を話すことができたはずだ。


 しかしこちらを睨む相手は憎々し気にその顔を歪めると、手を振って下級デーモンになにやら指示したようだった。すると四体の下級デーモンは武器を携えこちらへと近づいてくる。


 これらの魔物もまた神話時代の魔物だ。ただし魔王出現以前のアレクセイの時代においても山深い古城や邪悪な魔術師に召喚されたりと、その姿を見ることは少なくなかった。ガリガリに痩せこけたデーモンのような見た目はいかにも頼りなく、その力はデーモンやサテュロスに比べると遥かに劣る。

 それでもこれまで見てきた亡者騎士などとは比べるべくもないであろう。下級とは言え"デーモン"の名は伊達ではない。


「ソフィーリア、君はエルサ君を頼む」


「はい、あなた」


 アレクセイはエルサを妻に任すと、大盾を構えなおして駆け出した。サテュロスの目的は分からないが、ここで見逃す道理はない。何かするよりも前に一気に叩き潰すに限る。


 疾風の如く駆けるアレクセイの進路を塞ぐように一体の下級デーモンが飛び出してくる。奇妙に曲がりくねった槍を突き出すべく引いたところを、一気に懐まで入り込み斜め下から切り上げる。声を上げる間もなく上下に両断されたデーモンには目もくれず、アレクセイはサテュロス目掛けひた走った。


 さらに二体のデーモンがアレクセイ目掛けて槍から稲妻を飛ばしてくるが、これを大盾を掲げることで防ぐと正面に立ちふさがった残る一体に斬りかかった。下級デーモンは禍々しい翼をはためかせひらりと身をかわしたが、それで相手を逃すアレクセイでもない。さらに続けて剣を振るうと、相手は反撃をする間もなく切り刻まれた。


 ついでとばかりに地に落ちた槍を拾い上げると、先ほど雷撃を放ってきた下級デーモンの一体に投げつける。槍は凄まじい速さで空を切って飛ぶと、魔物の胸に突き立った。そればかりか下級デーモンを貫いたまま勢いよく飛び続けると、魔物の身体を壁に縫い付けた。


「あとは任せる!」


「はい!」


 残る一体をソフィーリアに任せると、アレクセイは迷宮主の死体の前に跪くサテュロスに勢いよく斬り込んだ。山羊の足を持つ相手はその脚力を用いて飛びずさることでその攻撃を回避する。斬るべき相手を失ったアレクセイの剣は、哀れにもその先にあった倒れ伏す迷宮主の首を切り落とした。


「逃がさん!」


「#$%&!?」


 サテュロスは魔物の言葉で何か喚いていたが、アレクセイは攻撃の手を緩めない。相手もまた斧でもって応戦するが、その一撃一撃は先のデーモンより遥かに軽い。戦いは一方的にアレクセイが押すかたちで進んでいく。


「やっぱり凄い…」


 アレクセイの戦いを眺めていたエルサが呟く。戦士ならぬエルサではアレクセイの動きの全てを捕らえることはできないが、尋常な戦いぶりではないことはわかるようだ。


「サテュロス相手ならば、あの人が遅れをとることはありませんわ」


 ソフィーリアもまた夫の戦いぶりを見て微笑んだ。彼女の前では頭部を吹き飛ばされた下級デーモンが痙攣している。闇霊たる彼女の念力は下級デーモンにも有効らしい。サテュロスの力量を知っているのは、彼女もまた神官戦士として夫と共に魔王らと戦っていたからだ。


 ソフィーリアの言葉通りアレクセイが魔物の片腕を斬り飛ばすと、サテュロスはうめき声をあげてその場に蹲った。戦いの優勢は決したようだ。


「さて悪魔よ。貴様がなぜこのような場所にいるか答えてもらおう」


 アレクセイは眼下のサテュロスに剣を突き付けながらそう問いかけた。もっともそれで素直に相手が答えるとは考えていない。おかしな真似をすればすぐさま首を飛ばすつもりであった。


 しばしサテュロスと視線を交差させ相手に何も話す気がないことを感じとると、アレクセイは相手の息の根を止めるべく剣を振り上げた。


「む!」




 その時である。




 先ほど倒したはずの下級デーモンが奇声を上げて背後から飛び掛かってきたのだ。アレクセイは慌てることなく、襲い掛かる悪魔を左手の大盾で打ち据えた。分厚い塔の盾(タワーシールド)をぶち当てられた下級デーモンは、手足を明後日の方向に捻じ曲げながら地面をバウンドして転がって行く。


「存外にしぶとい…む?」


 アレクセイが一瞬目を離した隙に、サテュロスは右手に斧ではなく何かを握りしめていた。人の拳ほどの赤黒いそれは、どうやら魔結晶のようであった。


「魔結晶…?いけない!アレクセイさん!」


 まるでエルサの声が切欠であるように、サテュロスが魔結晶を砕き割ると半ばから断ち切られていた左腕からどす黒い血が噴き出した。血は奔流となって渦を巻くと、巨大な蛇の形を成す。そして半人半獣の魔物が腕を振るうと、異常を見て距離をとっていたアレクセイの元に蛇頭が襲い掛かる。


「面妖な」


 アレクセイが盾でもってこれを打ち払ったが、弾き飛ばされた蛇頭はぐるりとうねって再びこちらへと急接近してくる。盾では通じぬと見て今度は剣にて切り払う。斬り飛ばされた蛇頭は黒い霧となって宙に消えたが、サテュロスの腕から流れ出る血によってすぐさま再生してしまった。


「これは、どういうことなのでしょう…?」


 ソフィーリアが首を傾げると、エルサが不安そうな顔で目の前の戦況を見つめながら話し始めた。


「恐らく魔結晶のせいです。迷宮の魔物から採れる魔結晶は純粋な魔力の集まりなんです。今の時代ではそれを利用した魔道具も多いですし、魔術師なんかは魔法の触媒なんかに使ったりもします。あの魔物が砕いたのはたぶん迷宮主の魔結晶でしょうから、本質的な力がかなり強化されているのだと思います!」


「まぁ、あの石にはそのような用途もあるのですね」


 神話時代の魔物がより強力になったというに、どこか間延びした声を上げたソフィーリアをエルサは驚きの表情で見上げた。そんな少女を優しく見下ろしソフィーリアは言う。


「心配ありませんわエルサさん。先ほども申しましたでしょう?サテュロス相手にあの人が遅れをとることはありませんわ」


「そ、そうなんですか?」


 エルサがまたしても驚愕の表情で視線をアレクセイへと戻すと、巨漢の騎士は血の蛇頭を斬り飛ばしながら一歩ずつサテュロスへと歩みを進めていた。何度再生しようともその度に蛇頭を黒い霧に変えさせられ、半人半獣の魔物の顔が徐々に歪められていく。アレクセイを止めるべくもう一方の手から魔術らしき炎の矢を放つものの、デーモンの黒炎すら防いだ大盾の前に効果はない。


「さて、そろそろ幕だ、闇に堕ちし人の末裔よ!」


「ガァァァァ!」


 サテュロスはいかにも獣じみた咆哮を上げると正面から血の蛇を放ってくる。アレクセイはそこに剣を振り下ろすと、当てた刃はそのままに相手の左手の付け根まで"斬り進んだ"。そして先端から根本までをぱっくりと切り裂かれた相手の右腕を、さらに肩口から斬り飛ばす。それにも関わらずサテュロスが至近距離から魔術を撃ち込んできたことで、アレクセイの身体は爆炎に包まれてしまう。


「はっ!」


 しかし燃え盛る炎の中から盾を構えて現れたアレクセイが剣を一閃すると、魔物の身体が上下に分かたれた。神速の剛剣に切り裂かれたサテュロスの上半身は勢いよく吹き飛んで壁へと叩きつけられる。そしてそのまま血の跡を残してずるすると地に落ちた。


 力なく崩れ落ちたサテュロスにもはや反撃する力はないように見える。しかし何度でも再生した蛇頭のこともあるため、アレクセイは油断なく盾を構えると一歩ずつ近づいて行った。不死の身となってからこっち不意を打たれる機会が多い気がしたので、アレクセイは一層気を引き締めていた。


「最後にもう一度問おう。貴様らの目的はなんなのだ?」


 血を吐き弱弱しく喘ぐサテュロスが真紅の双眸を眼前の騎士に向ける。そうして口の端を僅かに歪めた。サテュロスの顔の下半分は獣の如き毛に覆われているためにわかりずらいが、おそらく笑ったのだろう。サテュロスは最期に大きく息を吸うと、それを吐き出すことはなかった。


「最期まで何も言わぬとは、魔物であっても戦士は戦士か」


 瞳の光が完全に消えたのを確認してからアレクセイは剣を鞘へと戻した。結局相手の目的は分からずじまいだが、目の前のこれと最初に戦ったデーモンが全く関係ないということはあるまい。あるいは自分がこのマジュラ迷宮で目を覚ましたことも無関係ではないのかもしれない。


「お疲れさまでした、あなた」


 ソフィーリアがエルサを伴ってこちらにやってくる。アレクセイは妻に向かって頷くと視線を眼下のサテュロスへと戻した。


「不意を打たれたとはいえみっともないところを見せてしまったな」


「そんなことはありませんわ。むしろ魔結晶というものの有用な使い方を見れたことは決して無駄ではありませんから。それに相手は仮にも伝説の半人半獣の魔物です。討滅はしたのですから誉れになりこそすれ恥にはなりませんわ」


「助かる」


 そう話すアレクセイたちの横でエルサは恐々と死体を見下ろしている。


「サテュロス…伝説の魔物なんて初めて見ました」


「なに、その機会はない方がよい」


「…それもそうですね」


 エルサは死体から顔を上げるとアレクセイとソフィーリアを見上げた。


「ではいきましょう。目当ての財宝(お宝)はすぐそこです」

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