第17話
あけましておめでとうございます。
爆弾作りの部屋を出て、食堂がある部屋に向かう途中、マークとメグが他愛無い会話をしながら歩いていく。
その間、地下にいる者たちからの視線を傾けられていたが、二人は一切気にしない。
そこへ、荷物を持ったアルフレッドが前方から歩いてくる。
二人とすれ違う寸前に、軽く会釈し、そのまま歩みを止めずに歩いて行こうとした。
「落ちたよ」
会釈する前に、落ちたバンダナに、マークが気づく。
無造作にバンダナがポケットに入っていたのだ。
落ちたバンダナを拾い上げ、立ち止まっているアルフレッドに手渡した。
「どうも」
受け取り、そのまま礼を言って歩いていった。
バンダナをポケットに無造作に突っ込み、マークからのメモを監視カメラに悟られないように広げて目を通したのである。
渡されたバンダナの中に、メモが仕込んであった。
拾い上げたと同時に、情報を書き込んだメモを隠したのだった。
そこにいろいろな詳細が書かれていたのだ。
(近々、決行か)
頼まれた荷物を届けに、下っ端としての仕事をこなしているアルフレッドが足を進めた。
「さっさと仕事を片づけるか……」
マークとメグが食堂へ行くと、疎らな人影しかない。
食事の時間が、とうに過ぎていた。
どこへ座ろうかと辺りを見回すと、大きく手を振って近づいてくるシオンの姿が目に飛び込んでくる。
「……」
「やぁ、メグ。それにマーク」
屈託のないシオンの笑み。
ドキッと、マークが身を構えてしまった。
何を仕出かすか、全然読めないのだ。
そんな反応に気づかずに、メグが気さくに声をかける。
「いつも元気ね。シオン」
「うん。いつだって、元気だよ」
「メグは?」
楽しそうに会話している二人を尻目に、困惑の色が薄らいでいるマークが静かに傍観者を決め込む。
単純に、二人の会話に入っていくのが面倒だった。
それに迂闊に入って、読めないシオンと話したくなかったと言う思惑も大きな要因の一つだ。
素知らぬ振りをしつつも、仲間でもあるシオンを警戒していた。
あえて、危険な状況に持ち込むことがあったのだ。
ただ、面白いと思ったからと言う理由だけで。
無邪気なシオンのおしゃべりが止まらないと思ったし、何気ないことで面識があると言うことが知られる恐れがあったからである。
極力、突拍子もない行動に巻き込まれないように、近づかないようにしていた。
「私?……」
「うん。仕事、大変? なんか元気ないから」
「……大丈夫よ」
首を傾げているシオンに、微笑みを返した。
心配かけたくなかったのである。
(……出ないように、気をつけているのに)
「ホント?」
「えぇ。ホントよ」
「いっぱい食べると、元気になるよ」
両腕を肘から曲げて、元気なポーズをしておどけてみせた。
そんな子供のような仕草に、自然と笑みを零す。
「そうね。じゃ、いっぱい食べるわ」
「うん。マークもいっぱい食べてね」
(僕に振らないでよ、シオン)
無邪気な顔を、無表情のまま立っているマークに傾けた。
返事をしないでいると、シオンが次の行動に移そうとしない。
ずっと、言葉を待っている姿勢だ。
「……」
ようやくマークの重い口が開く。
(シオン、僕で遊ばないでほしいな。顔に出ちゃうだろう)
「……ああ」
「約束だよ」
「約束だ」
「じゃね。メグ、マーク」
二人に手を振り、足取りも軽やかに食堂を出て行った。
「ルッソやエリックのようには、いかないわね」
やり込められているマークの姿が新鮮だった。
とても先ほどまでエリックと話していた人物とは思えない。
今日初めて、メグが笑った。
何も答えず、ブスッとした顔のままで近くの席に腰掛ける。
ランチを終え、部屋に戻って来たマークが次の工程へと移った。
複雑な工程を意図も簡単に組み立てていくのである。
その鮮やかな手さばきに、詳細がわからないメグでも称賛してしまうほどだ。
「上手いものね」
いつもの席に座り、仕事に集中している背中と話し始めた。
近頃は、こうした時間が多くなっていたのである。
「エリックね、優しいの。でも最近、何かよそよそしくって」
「そういうのは、僕にはわからないが?」
「ごめん。そういう話は、不味いわよね」
落胆しているメグの顔が想像できた。
もうすでに話す声が落ち込んでいたからだ。
(少し突き放し過ぎちゃったかな? 距離感が難しいな、ルイじゃないから)
「正確な解答はできない。それでいいのならば、話は聞く」
「ありがとう」
ニコッと、微笑む。
マークの優しさが、冷たくなり始めているメグの心を温めた。
今のメグに話を聞いてくれる相手がほしかったのだ。
それを受け入れてくれたことを、心から感謝している。
「聞いてもいい?」
「ああ」
「マーク。彼女とかいないの?」
「いない」
即座に返答を返した。
「なぜ、いないの?」
「……必要ないと思うから。今の僕には」
踏み込んでいくメグ。
それに対し、簡潔で短く返すマーク。
「付き合ったこととか、あるんでしょ?」
「どうなんだろう、よくわからない」
(こういう女性の話題は、ルイじゃないとダメだ)
「どういうこと?」
中途半端な返答に、メグが訝しげた。
不意に、人間よりも爆弾作りにのめり込んでいたからと巡らせるのだった。
「とにかく、どこから付き合ったことになるのか、よくわからない」
率直に抱いていることを口に出した。
(ルイと、変わってほしい)
「そうなの……」
嘆息を零しているメグに気づく。
チラリと、ガラスに映っている視線を伏せているメグを捉えた。
(こういった話は、同姓と話した方がいいんじゃないか?)
「悪かったな。疎くって」
「いいのよ」
いっこうに鮮やかな手さばきが止まらない。
そんな背中に、クスッと笑みが零れていた。
話すことで、傷つき始めていた心が癒されていたのである。
「私、避けられているみたいの」
声音が弱々しかった。
「……」
頭の中にエリックの女性関係のことが浮かんでいた。
(きっと、何か感じ取っているのかな? 女性の勘は当たるって言うし……)
「どう思う?」
(デリケートな話を僕に聞かないでよ。ルイにして!)
「僕には避けているのか、仕事のせいなのか、それはわからない。ただ、言えるのは距離を置き始めていると言うのが明確なことだ」
慰めの言葉ではなく、感じたことを、そのまま述べた。
嘘は、彼女を傷つけるような気がした。
「……マークも、そう思う」
返ってきた答えは、ずっと出していた答え、そのものだった。
だが、その答えを受け入れられず、蓋を閉めて隠してきたのだ。
(見も蓋もない言い方するわね。マークって)
「嫌われちゃったのかな」
「わからない」
「そうか」
明後日の方向に、メグが視線を傾ける。
マークの背中を、直視することができない。
虚ろな眼差しだ。
やりきれなかったのである。
わかっていたこととは言え。
黙り込んでいる姿に、自分の意見を伝える。
「自分が納得できるまで、話し合うべきだと思う」
「……そうね。そうかもしれない。話し合ってくれるかな」
思わず、自嘲気味な笑みが漏れてしまった。
声音から、何となく痛々しく思うマークだった。
それでも嘘を言いたくなかったのだ。
「それは、わからない」
自分に言い聞かせるように、気丈に振舞おうとするメグが言葉を紡ぐ。
「大丈夫よ、きっと。エリックはいつでも話を聞いてくれたんだから」
何も答えない。
黙って、独り言のようなメグの呟きを耳にしていた。
マークに相談していた頃、当事者であるエリックはメグとは違う女性とベッドの中にいた。それも、メグの部屋とは三つしか離れていない部屋だったのである。
メグとは正反対のタイプの女性で、フェロモンを身体中から出しているような女性だ。
すでに起き上がっていたエリックに、女性が抱きつき、妖艶な視線で注いでいる。
「メグに知られたら、困るんじゃないの?」
上目遣いの女性を、尊大にエリックが見下ろした。
余裕がある顔だ。
「困るな、今は」
「悪い男」
そんなふうに思っていない声音だ。
愉悦に浸っているような顔を覗かせている。
「お互い様だろう」
「私はあなたほどじゃ、ないわよ」
楽しげに、口の端が笑っている。
メグにも知らせていないエリックたちの計画が、着々と水面下で動き始めていた。
その計画を、女性が把握していたのだ。
知っていたと言うより、その女性も加わっていたのである。
「メグと、仲いいだろう。それなのに俺と」
「それと、これとは違うわ」
悪びれる様子がない。
ただ、微笑んでいる。
「悪女が」
言われた女性が、クスクスと笑っているだけだ。
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