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ファイブ  作者: 彩月莉音
M-1
16/31

第14話

 エリックの進言によって、地下がある程度綺麗に改善されたものの、数時間後に元の汚れが舞い戻っていたのだ。

 その数日後に、地下に漂う悪臭も戻っていたのである。


 地下の中を何食わぬ顔で、武装しているアルフレッドとシオンが廊下を闊歩していた。

 二人の顔は平然としている。

 ブライアン同様に、地下に潜入していたのだ。

 ただし、互いの立場が違っていた。


 普段の二人の格好とは、まるで違っている。

 軽装のシャツに汗や泥がつき、何日もシャワーを浴びてない。

 どんなに汗や泥がついたシャツを着ていても、爽やかさが失われていなかった。

 むしろ、地味に装っても、二人は際立っていたのである。


「臭い」

 顰めっ面で、一言漏らした。

 先を歩いているアルフレッドが嘆息を零す。

「我慢しろ。俺たちは下っ端なんだぞ」

「やだ」


 駄々をこねるシオンを軽く諌める。

「シオン」

「臭い、臭い、臭い」

 これ以上は面倒だと、無視を決め込む。

 アルフレッドの背後で臭いと連発しながら、楽しげな表情で歩いていた。


 気取られないように隅々まで監視カメラや武器庫、どの部屋が何に使われているか、チェックしていたのである。

 眼光だけ鋭く、四方八方を巡らせていたのだ。

 監視カメラに映っている二人の映像が、普通に会話しているように映っている。

 カメラがついていても、音声が届いていない。


「シャワー浴びたい」

「……」

「もう少し、いい待遇にして貰おうかな」

 自分の身体の匂いを嗅ぎ、まるっきり危機感が感じられない。

 ほとほと疲れ顔をアルフレッドが覗かせる。


「不満を言うな」

「いやだ」

「状況を考えろ」

「遊ぼうよ、アル」

「まだ、おとなしくしていろ」

「えー、まだおとなしくしていないと、いけないの」

 口を尖らせ、つまらないと愚痴を吐く。


「シオン」

 ただ単純に暴れたいと請うていたのである。

 それをアルフレッドが制していたのだった。


 ずっと同じことを繰り返し、真面目に仕事をしない態度に、少し苛立ちを憶える。

 だが、顔色一つ変えずに、無視を敢行し、黙々と仕事を続行していた。

 頭に地下の地図をインプットしていったのだ。


 負けじと、変な節をつけ、ぼやき始める。

 何か言ったところで、変わらないと承知していたので、ただ単にアルフレッドで遊んでいたのだ。

 そのことにも気づいていたが、注意したところで、やめないことを痛感していた。


(のん気なものだ)


 意識を完全に仕事へ向けようとした瞬間、シオンが別な話を始めたので、意識の半分を楽しげに話す声音に耳を傾けてしまった。

「あっ、そうだ。食べ物もおいしくないんだよな。ケチ臭いよね、ここ」

 食べ物の件では、同意見だった。


(確かに。ここのメシは不味いな)


 下の立場から入った二人に、いい食事が出るはずがない。

 そうした面を考慮しても、ここは酷い環境と言うことを感じていたのである。


「どこからか、調達して来ようかな」

「好きにしろ。けど、あまり目立つことはするな」

 遊び感覚が抜けないシオンに、軽めに注意を促した。

 真面目に聞いている様子がない。

 心の中で嘆息を零した。


(久しぶりのシオンはキツい。あれの口を止めてくれ、クロード)


 機関銃のように喋る口が、先ほどから止まらないのだ。

 それを延々と聞いているアルフレッド。

 ある程度好きにやらせていた方が、静かで仕事がラクできると、長年シオンとコンビを組んで学んだ答えだったのである。

 それでも疲れるのであった。


「俺の話、聞いていたか?」

「あいあいさ」

 のん気に答える仕草に呆れる。

 それ以上、言う必要がないとわかっていたので、次の仕事の話題に移った。


 注意すること自体、無意味なのである。

 どんな時でも、シオンはおどけていた。

 何があっても、このスタンスを崩すことがない。

 どんな危険に落とされようが、笑っているのだった。


「で、わかったのか」

「うん。いる場所はちゃんと聞いたから、大丈夫」

「そうか。じゃ、後で面会に行くとするか」

「いい食べ物があるかな?」

 浮き立つシオン。


「待遇がいい分、美味いものが出ているだろうな」

「じゃ、分けて貰おうと」

「必要以上に、接触はするな」

 きつく窘めても、どこ吹く風だ。

「大丈夫」

 後ろを振り向かないでも、無邪気に笑っている姿が想像できた。


(疲れる。ゆっくりと、飲みたいな)


 三年ぶりのやりとりに、すでに疲労感が半端ない。

 歩いている二人の背後から、人相が悪く、筋肉隆々の男二人が声をかける。

 声だけで、アルフレッドは誰なのか見当がついていたのだ。

 立ち止まって、二人が気軽に挨拶を返した。


 ここに来て、親しくなった男たちなのである。

 さばさばして、気さくな二人をアルフレッドとシオンが気に入っていた。

 新参者を冷たく見る傾向が多い中で、二人が早々に声を掛けてきたのだった。


「酒でも飲まないか? 上から美味い酒が手に入ったからよ」

 あまりの酒臭さに顔を顰める。

 離れようとするアルフレッドの肩を軽く叩いた。


 辟易した顔で対応する。

「朝だぞ」

「いいじゃないか。硬いこと言うなよ」


 大酒飲みで筋肉隆々の男が、逃げようと試みるアルフレッドの肩に腕を回し、これでもかとばかりに赤い顔を近づける。

 せせら笑う男。


 大酒飲みで筋肉隆々の男が吐く息で、酔ってしまいそうな感覚を憶えた。

 大酒飲みの部類に入るアルフレッドさえ、顔を顰めるほど酒を煽っていたのである。

 声をかける前に、すでにボトルを何本も開けてしまっていたのだ。


「シオン、お前も来い。女たちがお前に会いたがっているからな」

「うん」

 楽しそうに返事をした。


(これ以上の面倒事は、御免蒙りたい……)


「そうか、そうか。お前は素直でいい。他の連中ときたら、俺のこと避けたがるからな。お前はホント、偉いぞ」

 巻きついている男の腕を、ようやく自分から離した。


 大酒飲みで筋肉隆々の男は、酒とケンカ、それに賑やかに騒ぐことをこよなく愛していたのだ。

 視線を傾けた先に、シオンとじゃれ合っている姿がある。


 女は二の次で酒さえあれば、とにかく満足していたが、酒癖の悪い男を地下のメンバーが避けていたのだ。

 地下の中でも、浮いている存在だったのである。


「そお?」

「偉い、偉い」

 陽気にシオンを褒め称えていた。

 屈託のない笑顔で返しているシオン。

「嬉しいな」

「そうか、そうか」

 大酒飲みで筋肉隆々の男は、身長が高く、シオンの頭をこれでもかと言うぐらいに、ぐしゃぐしゃに撫で回す。


 もう一人の男が、アルフレッドの逆の肩を軽く置いた。

「気をつけろ。女たち、お前の弟を狙っているぞ」

 無邪気に笑っているシオンを目で指す。


(どこでも、同じだな……)


 思わず、遠い目をしてしまう。

 地下に女たちの姿が、ちらほらとあった。

 あまり地上に上がれないために、地下の男たちが勝手に呼び寄せていたのである。そして、それを地上の者たちが黙認していたのだ。


「大丈夫だろう」

「女は怖いぞ。弟君、心配じゃないのか」

 意味ありげな視線を注いでくる。

 けれど、何とも思っていない。

 ただ、シオンが遊びにかまけて、仕事を忘れる可能性があると、心配がそこにあっただけだ。


「子供じゃない。それぐらいの分別は……たぶんある」

 忠告してくれた男とは、違う意味で不安げな双眸を一瞬だけ覗かせていた。

 つい先だっても、ルーシーたちと遊び、帰ってこなかった記憶が頭の中に蘇っていたのである。


(大丈夫だなよ……。けど、不安だ、自信がない)


「そっか」

 渋い表情のアルフレッドに、男が笑った。

 ただ、アルフレッドは苦笑するだけだ。


「……これを置いてから行く。先に行ってくれ」

 ライフル銃の弾丸が入った箱を、5ケース持った手を上げて示した。

 別な男たちから、入ったばかりの新人である二人をこき使われていたのだ。


「早く来ないと、このバカが全部飲んでしまうぞ」

「ああ。わかった。できるだけ早くいく」

「なら、いい」

 男二人がアルフレッドとシオンの前から立ち去った。


 見送っていたアルフレッドが、どうせ戻ってくる頃には、すでにほとんどの酒がなくなっていると、数分後の現実がはっきり見て取れたのである。

 二人のピッチの速さを、把握するほど飲み明かしていたのだった。


「ま、しょうがないな」

「それじゃ、おいしい食べ物へと行きますか?」

 ワクワクとしながら、シオンが言葉を紡いだ。

 無邪気に歩き出す背中を見て、首を竦めるアルフレッドだった。


「先に、片づけだ」

 頭の中に食べ物しかない様子に、ふと笑みを零した。

 二人が再び歩き始めた。

 しばらく歩くと、突如シオンが立ち止まる。

 それを気配で感じ取ったアルフレッドも、同じように立ち止まった。

 一人ワクワクしているシオンの方へ、身体を傾けさせる。


「どうした?」

「俺たちのように、新人さんが入ったんだって。この部屋に」

 声のボリュームを上げ、屈託ない笑顔で頑丈そうな扉を指差す。

 それに促されるように、扉に視線を注いだ。


「おい!」

「挨拶していこうよ」

「後にしろ。これがあるだろう」

「ちょっとぐらい、大丈夫だって」

「ダメ……」

 制止しようとしたが、いたずらっ子のような表情を覗かせ、力いっぱい扉を叩き始めてしまった。


 バカ……と呟きながら、後戻りができなくなった状況にうな垂れる。

 成り行きに身を任せるしかないかと、無邪気に扉を叩くシオンの後ろ姿を傍観していた。

「こんにちは。いますか」

 応答がない。


 それでも諦めなかった。

「こんにちは。誰かいませんか?」

 何度も叩いているうちに、ようやく頑丈な扉が開く。


 その隙間から、眉を少し潜めているメグが顔を出した。

 関係者以外立ち入り禁止と書かれたプレートが扉につけられているにもかかわらず、シオンは誰かが反応するまで叩いていたのだ。

 地下の者たちは、不必要に近づかないようにしていたのである。


 黒い瞳を輝かせているシオン。

 嘆息を零しているアルフレッドの顔を、訝しげにメグが交互に見比べる。

 この突然の出来事に、把握し切れていない。

「何? ここは関係者以外、立ち入り禁止よ」

 厳しい声音で注意を促した。


 しゅんと肩を落とす。

「ごめんなさい。俺たちつい最近ここに入ってきたから、同じ新人さんに挨拶に来たんだ。俺、シオン。で、こっちがアル」

 落ち込みながらも、用件をしっかりと伝えた。

「……」


 勝手に接近してしまったシオンに、頭を抱え込む。

 戸惑い気味のメグの視線に気づき、軽く頭を下げて挨拶をする。


 扉の向こうから、微かに声が聞こえ、メグと二言、三言交わしているところに、マークが姿を現した。

 一瞬の隙を見逃さずに、いきなりシオンが言葉をかける。

「こんにちは。俺、シオン。よろしく」


 無邪気な笑顔と、右手を差し出した。

 逡巡しているマークが、握手をするのを待つ。

「……」


 待っても握手してくれないので、もう一度挨拶を繰り返す。

「こんにちは。俺、シオン。よろしく」

 マークの口が閉じたままだ。


 あどけない表情を覗かせていた。

 許可なく来たことを怒ることも忘れ、メグがしょうがないわねと苦笑を滲ませている。

 その一方、隣にいるマークが、無邪気な笑顔と右手を見比べていた。

 渋い表情が、思いっきり表れている。


「こういうの、嫌い?」

 無邪気な姿を憎めないと思ったメグ。

 挨拶を待っているシオンに成り代わって、困惑しているマークに声をかけた。

「別に」

「挨拶しないと、終わらないわよ。きっと」

 ウインクする。

 諦めの境地に入り、恐る恐る手を出す。


 すると、マークの右手を掴み、ブンブンと楽しそうに何度も大きく振って挨拶した。

 あまりに大きく振るシオンに、思わず立っていた体勢が崩れる。

 気にする様子もなく、ただ話しかける。

「えー……、名前は?」

「マークよ」

 眉間にしわを寄せているマークを尻目に、無邪気な行動を楽しそうに眺めていたメグが代わりに答えた。


「よろしく、マーク。で、こっちがアルだよ」

 すいませんと言う顔で右手を出し、不信の色が隠せないマークに挨拶する。

 ぎこちなく挨拶を交わす二人を無視し、この状況を楽しんでいるシオンの口が開く。

「何か、いい匂いがするね」

 言葉に促され、メグが辺りを見渡した。

 テーブルに置いてあるポトフに視線が止まる。


「これね」

「そのようだね」

 マークのために用意された食事だった。

 それをメグが上から運んで来たのである。

 上と下とでは、食事の内容が全然違っていたのだ。


 入ったばかりの二人では残り物しかなく、粗末なものしか口にしていない。

 そのために最近のシオンの口癖が、おいしいものが食べたいだった。

 ポトフに注視し、食べたそうなシオン。

 そんな可愛らしい仕草に、微かに笑みを零した。


「食べたいの?」

「うん。おいしそう」

 素直に受け答えをする態度に、メグの警戒心はどこかへ吹き飛んでしまっていた。

 完全にシオンに対し、心を許していたのである。

 そんな立ち居振舞いに呆れるアルフレッドとブライアンだった。


「明日、持ってきてあげる」

「ホント?」

「嘘は言わないわ」

 目を輝かせ、はしゃぐ。


「ありがとう」

 満面の笑みが漏れていた。

 さらに警戒心が解けていく。


「すいません」

 遠慮のない行動に、真摯にアルフレッドが謝罪した。

「いいのよ。気にしないで」

 それからシオンと、メグがしばらく話した。


 終わる頃を見計らって、アルフレッドが挨拶する。

「失礼します」

「じゃね」

 朗らかなメグが軽く手を振って、頑丈な扉を閉じた。


 歩き始める二人。

「明日が楽しみ」

「行くぞ」


読んでいただき、ありがとうございます。

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