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ファイブ  作者: 彩月莉音
M-1
15/31

第13話

 書斎での会話を聞いてしまったが、そんなことは億尾にも匂わせない。

 隙を見せないように育てられていたのである。

 心の中で鬱屈しながらも、何もなかったかのようにパトリシアは日常を振舞っていた。

 でも、その内側では隙間風が吹き抜けていたのである。


 父と兄のことが気になって、頭から離れようとはしない。

 兄が戻ってくることは嬉しいが、それを手放しで喜べることができなかった。

 父親の話し振りでは、とてもいい話には思えない。

 兄エリックが父親に利益をもたらすようなことだ。

 いいことではない、悪いことだと確信してしまう。


 後部座席に座って、ずっと俯いたままだった。

 誰かに話を聞いて貰いたい気分が増していく。

「何しているのかしら……」

 不意にルイのことが頭を掠めた。


 何度か、電話をしようとしたが、最後の決断ができずに数日が過ぎていく。

 誰かに相談したいと思った時、なぜかルイの顔が浮かんだのである。


 そんな憂鬱な時間を過ごす中で、父親の代理として知人のガーデンパーティーに出向いていった。

 卒がない仕草で、パーティーに溶け込んでいく。

 いくつもの集団ができ上がっている群れから少し離れ、シャンパンを持ったまま、呆然と立ち尽くしていたのである。


 珍しい光景だった。

 いつもは誰かと談笑していたのである。

 それなのに、一人で過ごしていたのだ。


 幾度目かの溜息を吐く。

 どうしても、最後の一線を越えることができない。

 立場と感情が複雑に入り混じっていた。

 自分に対し、嫌悪せずにいられない。

 幾重にも色が輝きをみせるビーズが施してある、小さなバックに視線を傾ける。


「ご気分でも、悪いのですか?」

 いきなり声をかけられ、その場を取り繕うとする。

「いいえ。だいじょ……ぶ……」


 最後まで言葉が出せない。

 瞬きを数回繰り返す。

 電話をしようかと悩んでいた相手が、数センチ前に立っていたからだ。


「こんにちは」

 目を丸くしているパトリシアが、挨拶したルイに返事をしない。

 辛うじて持っているシャンパンを落とさずに済んでいた。


「寂しいですね。お返事もしてくれないなんて」

 憂いを滲ませる表情を覗かせる。

「あっ、……ご、ごめんなさい。ちょっと、驚いてしまって」

 慌てふためくパトリシアに、軽く笑う。


「それでは改めて。こんにちは」

「こんにちは」

 先日よりも、軽装のルイに別な印象を得た。

 衣装だけのせいで印象が変わった訳ではなく、ルイ自身を窺い、印象が変わったことに気づかなかったのである。


 嫌な印象が、どこかへ消えていた。

 会いたいと言う思いが強い中で、会えたので、自然の流れで頬を緩む。


「どうかしましたか?」

「えっ?」

「ボーと、していらっしゃったから」

「別に……」

 恥ずかしそうに答えた。

 立場を弁えると言うプライドが邪魔し、気持ちとは裏腹な言葉が口をついていた。


「そうですか」

 柔和な微笑みを崩さないルイ。

 消沈しているパトリシアが立ち尽くしていた様子を、ボーイに化けているクロードと共に窺っていたのである。普段の様子とは違い、気落ちしている姿に、何かあったことを察し、ルイが声をかけたのだった。


「お父上の代理ですか」

「えぇ」

「大変ですね。今日も友人の代理です。いかがですか? おいしいですよ」

 皿の上に何種類もの料理が少量ずつ、綺麗に盛り付けられていた。

 硬くなっているパトリシアに、安らかな笑顔を振りまく。

 その笑みにつられるように、心の重さも少しだけ軽くなっていった。


「ありがとう。いただきます」

 皿を受け取った。

 その皿にあったアボカドのサラダを口にする。

「おいしい」


 数日振りに、料理をおいしいと感じていた。

 それまで料理を口にしても、父親と兄の電話を耳にして以来、食事があまり喉を通らなかったのである。

 久しぶりに食事を取ったような感覚を憶えた。


「そのように喜んで貰えると、選んだかいがありましたね」

 皿に視線を注ぐと、好きな食べ物が多く盛り付けられていたのである。

 思わず、眉間にしわが寄ってしまう。


「また、調べたんですか」

「いいえ。勘です。直感で選んでみました」

「面白い方ですね。矛盾していません? 調べてみたり、勘だったりと」

「男とは、そういう生き物なんですよ。両極端の行動こそ、似ている行動だと思いませんか?」


 首を傾げるパトリシアに話を続ける。

 その流れるような仕草に無駄がない。

「その奥底を覗くと、人に嫌われたくないと思うからこそ、両極端の行動をその時に応じてできるんですよ。男とは女性に愛されたいと思い続ける、弱い生き物なんです」


 まっすぐにルイを見据えている。

「……それは女性だって同じだと思いますよ。人には嫌われたくないですから。特に自分が好きな人だったら、なおさら……」

 徐々に視線が沈んでいった。


 皿に視線を注いでいるだけで、いっこうにルイに視線を傾けようとはしない。

 どこか遠くを眺めている視線だ。

 何か思いつめている表情に気づいていたが、それについて触れようとはしない。

 彼女から話すのを待っていたからだ。


「兄弟いますか? 私には兄がいます」

「……兄弟ですか。一応、いると答えるべきでしょうか」

 意味がわからず、きょとんとした顔を覗かせる。


「どういう意味ですか?」

「私たちは、特殊なんです」

「特殊?」

「悪いようで、悪くないって感じですよ。それぞれに、干渉しないだけ……と言った方が早いかな。だから、兄弟なのか、そうじゃないのか、わからない関係なんですよ」

 笑って答えた。


 言葉の意味がよくわからず、パトリシアが眉を潜める。

「あなたにしては、抽象的な表現ですね」

「そうですか」

「えぇ」

「自分自身、よくわからないと、答えた方がよかったでしょうか」


 さらに眉を潜めた。

 全然、ルイの真意がわからない。

 ズバズバと歯に着ぬ言い方をするのが、ルイのイメージだったからだ。


 どんな兄弟がいるんだろうと巡らせていると、先ほどの表情より一段明るくなった微笑みでルイが尋ねる。

「パトリシア。あなたはお兄さんと仲がよろしいですか?」

「それはどうでしょうか。兄がどう思っているのかはわかりません。けれど、私は兄を好きです。その気持ちだけは変わりません」


 遠い目をしているパトリシアに、哀れみを憶える。

 妹が兄であるエリックをこんなにも心配しているのに、それとは気づかずに、バカなことをしでかそうとしているからだ。


(バカを見捨てることができないか……)


 ふと、視線を前に傾ける。

 そこに見知った婦人の姿を視界に捉えた。

 そろそろ潮時かと思い、その場から姿を消すことにする。


「さぁ、お父さんの代理で来たのならば、その役目を果たさなくては」

「えぇ。勿論です」

 促され、当初の目的を思い出したのである。


 いくつもの集団があるうちの一つの群れに、視線を注いだ。

 その視線につられるように視線を傾け、すぐさまにルイに視線を戻した。

「一つ、よろしいですか?」


 離れたい気持ちを出さずに、ゆっくりとその言葉を汲み取り、話を聞く体勢をしなやかにとったのだ。

「もし、あなたなら……」

 真摯なパトリシアから、視線をはがさない。

「悪いことを起こそうとしている、親しい人がいたら、諌めますか?」


「親しい人ですか……」

 ルイが右手で自分の顎に触れる。

 苦悩を窺わせる言葉で、エリックが何かしでかそうとしているのかと頭を巡らせていた。


 食い入るように、言葉を待つ。

 その表情は、何かを期待するような表情だ。


「わかりません」

 ルイの一言に、がっくりと肩を落としてしまう。

 何か答えを出してくれるだろうと期待していたのだ。

 だが、結果はそれを遥かに超える答えが返ってきてしまった。


「今の僕だったら、流れにそのまま身を任せるでしょうね」

「……任せる?」

 不透明な返答に、首を傾げた。


 優雅に微笑むルイ。

 美しいルイの顔に見惚れている。


「でも、決断するのは、その時にある思いじゃないでしょうか」

「思い?」

「思い、もしくは勇気。今の僕には欠けている。必要ないですから」

「どうして?」

 揺らぐことなく、ルイに視線を注いでいる。


「何か、勇気を持って行動したいなんて思わないからです。現状のままがいい、それだけです。変ですか?」

 何気にルイが笑ってみせた。

「面白い方ですね。やはり、あなたは」

「そうですか」


 知りたいと思えば思うほど、わからなくなり、もっと深く知りたいと思うようになっていた。

「えぇ。それでは、私、参ります」

 軽くお辞儀してから、パトリシアが一つの集団の群れに入っていった。


読んでいただき、ありがとうございます。

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