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ファイブ  作者: 彩月莉音
M-1
13/31

第11話

 外ではライト代わりに、弓張り月が輝いている。

 ライトなしでも、バルコニーを歩くことができた。

 広いバルコニーに、数台のテーブルと椅子が置いてあった。


 その一つの椅子に、パトリシアに勧める。

 優しい微笑みを絶やさないルイ。

 逆に、胡散臭さを感じさせ、警戒を怠らない。


「ありがとう。……えーと……」

 早く新しいドレスが届き、この場から離れたいと巡らせながら、向かい側に座ったルイを傍観している。

 まだ、名前を聞いていないと抱き、その先の言葉が続かない。


「ルイと呼んでください。パトリシアさん」

 すでに自分の名前を知っている事実に、目を丸くする。

 そして、次の瞬間、絶対にそりが合わないと、肌と第六感で感じずにはいられない。

 胡乱げな眼差しを注いでしまう。

 だが、ルイは平然としていた。


「よくご存知ですね。私の名前を」

「えぇ。パーティーにいらっしゃっている八割の方の名前を知っていますね」

「そ、そうですの」

 サラッと答える姿に、さらに目を見張る。


(なぜ、私に近づいたの? お父様に取り入ろうとしているの?)


 パトリシア自身でさえ、パーティーに来ている半数の人しか、名前を知らなかったからだ。さらに付け加えれば、その半数のさらに半分の人は、顔と名前が一致するか怪しかった。


「大半の方々は、名前だけ呼んだだけでしょうが」

「……」

「面白みがないパーティーです」

「……」

「パトリシアさん、面白いパーティーだと思いますか?」

 どう解釈していいのかわからない微笑みに、一瞬だけ見惚れてしまった。


(あまり見ていなかったけど、……綺麗な人ね)


 思わず、綺麗な顔を凝視していたのである。

 美しいと表現するのは、まさにこれだと抱いてしまう。


「!」

 我に戻り、身構える。

 勘のいいパトリシアは、今回のパーティーの本当の目的にも、ルイが気づいていると確信してしまう。


 警戒心を増しながらも、言葉を紡いでいく。

「……私も、面白みがないパーティーだと思います」

「よかった、私と同じ意見の人がいて」


 このパーティーの目的は上流階級と深く繋がろうとして、多額のお金が裏で暗躍していた。それを隠そうと、あらゆる多方面から客を招待して目隠しを施していたのである。

 そして、パトリシアの父親も一枚噛んでいたのだった。


「はっきりと言いますね」

「そうですか」

「じゃ、なぜ来たのですか」

「友人の代理です」

「友人?」

「えぇ。単なる代理です。友人に恥をかかしたくないので、このことは内緒にして貰えますか?」

「構いません」


 本当か、嘘か、判別がつかない。

 追求をしても、嬌笑で受け流されるだけだと、勘の鋭いパトリシアが推測する。

 それ以上の追求をしなかった。

「ありがとう」


 それからしばらくの間、二人が他愛ない会話をし、時間が流れていった。

 その間、一秒たりとも気を許さずに、警戒していたのである。


 自分から視線が外れ、その方向に視線を傾けた。

 すると、ルイに付き添っていた老人が戻ってきたのだ。

 あまりの速さに驚愕しつつ、年老いた老人が呼吸が乱れていないのにも驚かされた。

 手早く手渡すと、老人が先程と同様に軽い足取りで姿を消した。


 どこから調達してきたのだろうと言う疑問だけが、脳裏に焼きつく。

「部屋の前まで、案内させてください」

 そっと立ち上がり、手を差し伸べる。


 無言のまま、着替え室まで案内された。

 部屋に入り、ルイから手渡された箱を開ける、

 自分の嫌いなオックスブラット色のドレスが入っていた。

 開けた箱を、思わず閉じてしまう。


 小さい頃から血を連想させる赤系の色を極力避けていた。

 もっとも嫌いな色だった。


「……どうしょう」

 着替えないで、このまま出てしまおうかと脳裏を掠めた。

 失礼な真似はできないと思い止まり、用意されたドレスを仕方なく着始める。




 鏡を通し、自分の姿を確かめるが似合わないと抱く。

 小さな嘆息を零した。

「見せたら、着替えよう」

 部屋を出て、ドアの前で待っていたルイに姿を見せた。


「似合いませんね」

 開口一番、否定されたことに、ムッと素直に感情が表に出る。

「用意したのは、ルイ、あなたでしょう」

「ちょっと、よろしいですか」

 非難めいた視線を送っているパトリシアを、部屋へと連れ込む。


 黙ったまま、鏡の前に椅子を置く。

「どうぞ」

「……」

 置かれた椅子と、平静なルイを見比べる。

 状況を飲み込めず、首を傾げるばかりだ。


「こちらに座ってください」

 促されるまま、素直に椅子に腰掛けた。


 セットしてあった髪を、器用にいじり始める。

 驚愕している彼女を無視し、てきぱきと髪をアレンジしていった。

 化粧も、少しばかり手を加える。

「どうです?」


 鏡に映っている自分に言葉が出てこない。

 自分とは思えない姿が、目の前の鏡に映っていたのだ。

 パトリシアの美しさを艶やかに変身させ、同性、異性から見ても嫌がられない魅力を引き出していたのである。


「似合っていますよ」

 素直な反応を見せる顔で、これを作り上げたルイを見上げる。

 満足げな笑みを覗かせていた。


「そうだ」

 零したワインと、同じ色した深紅の薔薇を一輪だけ抜く。

 透き通るような綺麗なブロンドの髪に、ルイが挿した。

 その仕草を、ただ目で追っていただけだ。


「さぁ、行きましょう。皆さん、あなたをお待ちになっていますよ」

 驚きを隠せないパトリシアの耳元で囁いた。

「ちょ、ちょっと待って」

「何か? 気になることでも」

「なぜ? この色を選択したの?」

 首を傾げるルイ。


「それに髪のセットやお化粧まで」

 上流社会の男性に、到底できない髪のセットや化粧のやり方まで知っていることに、素直に驚きが表面に現していたのである。

 不信感がますます増大していった。

「髪や化粧が、なぜできるかは秘密です」

 ニコッと鷹揚に笑って濁した。


「……」

「色はあなたに似合っていると思ったからです。それにこの手の色したドレスは、初めてじゃないですか?」

「どうして、初めてだとわかったの? 調べたの、私のこと」

 眉間にしわが寄っていく。


「多少は」

 その表情に悪びれる様子がない。

 咄嗟に咎めるような視線を注いだ。

 けれど、表情が一切変わらず、どこか尊大のままだった。


「数回前のパーティーで何を着ていたのか、それくらいは。話題づくりのために必要だと思いませんか? 付け加えさせて貰えれば、あなただけではありません。パーティーに来られた方は、調べさせていただきました」

 いつのまにか、不敵な笑みに変っていた。


(嘘でしょ!)


 倣岸な感じを漂わせているルイから、視線がはがせない。

「もしかして、全員の?」

「えぇ。勿論です」

 シラッと答える姿に、呆れて思わず笑ってしまう。

 強張っていた緊張が取れている。


「なぜ嫌いかは知りません。けれど、あなたには似合った色だと思いますよ」

「……ありがとう」

「いいえ」

「赤は血の色を連想させて、どうしても好きになれなかったの。昔は嫌いな色じゃなかったんだけど」

 段々と萎んでいく声音に、表情も暗澹な空のように沈んでいった。


 話を聞いて嫌いな理由に察しがつく。

 調査しているうちに、もしかしてと言う疑念が浮かんでいたのだ。

「血ですか」


「いやな色でしょ?」

「確かに血の色を連想させますが。他にもありますよ、連想させるものが」

 不意に顔を上げ、優しい微笑みのルイを見つめる。

「リンゴとかイチゴ。それに情熱なんて、どうでしょうか」

「……」


「悪いものばかり連想するのではなく、楽しいものを連想すればいいですよ」

「そうね。そうすれば、赤、好きに慣れるかしら?」

 逆回りしていた時計の針が、何かのきっかけで素直に動き始めたように、心が少しずつ動き始める。


「慣れると思いますよ」

「……私も慣れる気がしてきた」

「それじゃ、参りましょうか」

「えぇ」

 素直にルイの手に、自分の手を重ねた。


 パーティー会場の扉の前に立つと、隣にいるパトリシアに話しかける。

「申し訳ありません。私はここまでです」

 すぐにはルイの言葉を飲み込めなかった。

 微かに眉が動いた瞬間、さらに言葉を付け加える。

「怒らないでください。あなたの笑顔がとても綺麗ですよ」


 文句の一つでも言おうとしたけれど、何も言えなくなってしまう。

「もし、よろしければ、今度お茶でもどうですか? いつでもお話は聞きますよ」

 受け取ったメモに視線を落とすと、そこに電話番号が書かれていたのである。


「失礼します」

 一礼してから、背を向けて歩き始める。


 その後ろ姿を見送りながら、貰ったメモを綺麗に折りたたみ仕舞い込んだ。

 一人でパーティー会場へ入っていく。


読んでいただき、ありがとうございます。

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