いざ、鬼退治へ!④
その後、物陰に隠れた俺達の前で、駆けつけた教師達が救急車を呼び、高橋達は病院に運ばれていった。どうやら大人達は熱中症を疑っているようなので、まずは一安心だ。
一つ大きな不安は消えてないが。
「ナオ、みんな、どこ~?」
教師達の去った校舎裏でキョロキョロするミワ坊の前に、俺とローズ達は物陰から出ていった。ミワ坊は目を丸くする。
「ナオは元に戻らないの?」
「いや、それが、俺もよくわかんないんだけどさ……」
ミワ坊に事情を話し、今後の対応を協議する。とりあえず、燕さんに連絡を取ってみるしかないだろうということになり、俺達はミワ坊のカバンに入れられて家に向かった。
「うぐぐ……気持ち悪い……」
「マギーもこういうのダメなのだです~」
フィギュアサイズの俺達には自転車の揺れが結構厳しい。特に俺とマーガレットは胃の中のものを戻しそうになったが、なんとか耐えきることができた。
俺の母親に挨拶して俺の部屋に入り込んだ三和は、俺達をカバンから出して机の上に移動させると、「着替えてくる」と言って、一旦自分の家へ帰っていった。
「とりあえず、パソコンを起動させるか」
「わかりました」
俺とローズ達は机の上に置かれたノートパソコンを起動させるべく奮闘を始める。これがなかなかに大変な作業で、どうして三和が部屋を出る前にパソコンの起動を頼んでおかなかったのかと後悔することになった。
まず、閉じたディスプレイを押し上げるのだけで一苦労。さらにスライド式の電源スイッチが固くて、なかなか動かすことができない。
「イライラいするねえ、この野郎は。もうコレでやっちまおうか?」
「待って、待って、梔子! 壊れるから!」
槍でスイッチを突こうとする梔子を止めるのはもっと大変だった。
ようやくホーム画面が表示され、俺の指示でローズとマーガレットがマウスを操作し、梔子にはキーボードを踏んでもらう。
ゆったりしたTシャツと短パン姿に着替えたミワ坊が戻って来る頃には、俺達はもうへとへとになっていた。
「とりあえずSNSで燕さんに連絡取ってみたら、詳しいことは動画通話で話そうってさ」
「わかった!」
三和がマウスを操り、素早く画面を切り替える。人間って、本当に便利な体だ……。
内心でやさぐれながらも、俺は黒縁メガネの縁をクイッと動かしつつ、パソコン画面を覗き込んだ。だが、三和に指先で頭をつつかれる。
「何だよ?」
「ナオがそこにいると、わたしがキーボードを打ちにくいんだよ」
「あ、悪い!」
ローズ達はパソコンの左右に立っているのに対し、俺は真正面に立っていた。慌てて移動しようとすると、ミワ坊に胴体を掴まれる。
「うおおおおお!」
未だに慣れない空中浮遊感を味わった後、俺はミワ坊の肩に乗せられた。
「ここなら見やすいでしょ」
「お、おう」
確かに見やすい。でも、別のものも見えちゃってるんだけど……。
そう。三和は今、随分と襟ぐりの開いたデザインのTシャツを着ている。だから、この場所から視線を少し下に移すと……。
「うぐ……!」
ミワ坊は少年みたいな体の女だ。クラスの女子に比べても、ものすごく、まな板に近いつるんぺたっとした体形をしている。
なのに。
「ブ、ブラジャーとか付けてるのか……」
「ん? ナオ、なんか言った?」
心の中の呟きだったはずが、声に出ていたらしい。俺は慌てて大きく首を横に振った。
「いやいや! なんでもない! なんにも言ってない!」
「ふーん? 変なナオ!」
三和の無邪気な微笑みに良心の呵責を覚え、視線を逸らして下を向くと、再び、三和の胸元が覗いて見えた。
「ぐぐぐ……!」
いや、その、なんと言いましょうか。「無い」なりに「在る」と表現すればいいのでしょうか。白くて、柔らかそうで、張りもありそうな小振りものが二つ、慎ましくも自己主張しているわけです。それらから目が離せなくなりまして、わたくしは……。
「って、バカ! 何考えてんだ、俺は!」
俺は煩悩を吹き飛ばそうと、慌てて頭を振った。
だが、ハッとして周りを見れば、今度は三和だけではなく、ローズ達にも不思議そうな目で見られていた。俺は取り繕うようにコホンと咳払いをする。
「と、とにかく、燕さんにコンタクトを!」
「オッケー!」
しばらくすると、パソコンの画面ににこやかな微笑みを浮かべる燕さんが現れた。
「やあ。どうやら無事に事が進んだようだね」
「やあ、じゃないですよ! 無事じゃないっすよ! 一体ぜんたい、どういうことなんですか、これは!」
俺がミワ坊の肩の上で飛び跳ねると、燕さんは苦笑しながら頭を下げた。
「ごめんごめん。いや、彼女たちが無事に覚醒できたことが嬉しくてね。やっぱり僕の目に狂いはなかったなって」
それから燕さんは彼女達のこと、そして、彼女達が戦う『鬼』のことについて話し始めた。
※
燕さん曰く、この世には普通の人には見えないものが存在するらしい。
さっき俺と三和が見た『鬼』は、成仏できなかった人間の魂のなれの果てなのだとか。年月を経て自我を失い黒く濁った悪霊達で、人の心の中から漏れ出した悪意に引き寄せられて集い、形を取ったものなのだそうだ。
「この『鬼』達は、人の魂を食べて存在を維持する。そして、『鬼』に魂を食べ尽くされた人間は死んでしまうこともあるんだ」
画面越しの燕さんの言葉に俺と三和は言葉を失った。
「そんな恐ろしい『鬼』に対抗するために僕が作り出したのが、この戦乙女【ヴァルキリー】シリーズという仕組みなんだ。彼女達に退治された『鬼』は分解されて、植物や虫の魂へと生まれ変わる。巡りめぐっていつか人の魂となることもあるだろう」
普通のフィギュアとは異なる特殊な材料で作り上げられた戦乙女【ヴァルキリー】シリーズは、製作者の生命エネルギーを糧として『鬼』と戦う戦士となる。その代り、彼女達にエネルギーを与えた製作者は、しばらくの間縮小化してしまう。
「エネルギーの授受に慣れていない人は、元の身体に戻るのに時間がかかることもあるんだ。でも、多分、明日には直蔵くんは元に戻れると思うよ。次からはもっとスムーズに小型化・巨大化できるはず」
「よかったああああ」
俺とミワ坊、そしてローズ達も安堵の息をこぼした。
「いつもは僕自身が戦乙女達にエネルギーを与えて『鬼』退治をしているんだけどね。でも、今回は君達にローズとマーガレットと梔子を託してみたんだ」
「それはどうしてですか?」
首を傾げたミワ坊に、燕さんは表情をわずかに険しくする。
「最近、花ヶ塚市で倒れる人が増えてるってネット上で噂になっているのは知ってる?」
「あ! 倒れた人の近くで黒い影を見たって噂……まさか!」
「そう。おそらく、なんらかの影響で、花ヶ塚市に『鬼』が大量発生している」
「そんな……!」
絶句する俺とミワ坊。
さっき見たような奴が、この街にたくさんいるということなのか? 大変なことじゃないか!
「それで、花ヶ塚市民の君達に聖乙女騎士団の三人を託してみようと思ったんだ」
「そうだったんですか」
「でも、それだけじゃないよ」
一旦言葉を切ると、燕さんは優しい微笑みを浮かべた。
「フィギュアに対する深い愛情、そして、熱い正義感を持った君達二人だからこそ、僕はローズ達を預けたんだ。そもそも、フィギュア製作の技術があるだけじゃ、ローズ達が動けるようにならないからね。たっぷりの愛情をかけられないと、彼女達は意志を持つことすらできないんだ。だから、君達は素晴らしい作り手ということだね」
燕さんの言葉を聞いて、俺と三和は顔を見合わせて照れ笑いを浮かべた。ローズ達を見ると、三人とも嬉しそうに笑っている。
「本当だったら、僕が直接花ヶ塚に行くはずなんだけどね。前にも言ったけど、師匠の指示で、今、修行のために遠くにいるんだ」
「燕さん、今どこにいるんですか?」
ミワ坊の問いに、燕さんはにこりと微笑んだ。
「今はニューオリンズ。でも、もう少ししたらハイチに渡る予定」
「え?」
修行とはいえ、てっきり国内にいると思っていた俺は目を瞠る。
「どうしてまた、そんなところへ?」
「僕の師匠に紹介してもらってね、現地の先生にしばらくの間、師事することになって」
「師匠? 現地の先生?」
ハテナマークに埋まる俺とミワ坊に、画面の向こうの燕さんがにこりと微笑む。
「僕の師匠は陰陽道の大家で、海外のシャーマン達とも親交があるんだ」
「え じゃ、じゃあ、つまり……」
「陰陽道の式神技術や、海外の土着信仰の死者蘇生術、死体操作術などなど、色々な技術を僕なりにアレンジしてブレンドした結果が、戦乙女【ヴァルキリー】システムなんだよ。もちろん、僕の趣味がガレキ製作だっていうのもすごく大きいけどね」
燕さんはチャーミングに片目を瞑ってみせたが、すぐに真面目な表情になる。
「戦乙女【ヴァルキリー】システムの女の子達の魂はね、何らかの理由で成仏できずに漂っていた霊体が元になっているんだ。放っておいたら、彼女達もいつか悪霊になって、『鬼』の一部になっていたかもしれない」
「そうなんですか!」
俺が思わずローズ達に目をやると、ローズは少し困ったように微笑み、マーガレットはあどけなくも少し寂しそうな表情を浮かべ、梔子は不機嫌そうにそっぽを向いた。
「僕が彼女達の魂のイメージに合わせて戦士としての原型を作り上げて、型にとる。一般の販売用にはその型に通常のレジンキャストを流し込んで形成するんだけど、戦士とするためには特別な樹脂を使うんだ」
「特別な樹脂?」
「うん。成仏できずに漂っていた彼女達の魂をブレンドした特別な樹脂。詳しい製造方法は企業秘密だけどね」
「魂……なるほど……」
にわかには信じられないが、ローズ達が今こうして動いているからには納得するしかない。
「彼女達は、その戦士の身体で善行を積めば、いつか死者の国へ旅立ち、輪廻の輪に戻ることができるようになる。戦乙女【ヴァルキリー】システムは『鬼』を退治するためだけじゃなく、彼女達に成仏の機会を与えるためのシステムでもあるんだ」
「なるほど……」
俺と三和は難しい顔で頷き合った。すると、燕さんは表情を緩めて微笑んだ。
「でもね、そんな難しいことはどうでもいいんだ。直蔵くんと三和ちゃんには、ローズとマーガレットと梔子の製作者として、彼女達を優しく見守ってほしいんだ」
「優しく見守る……?」
「三人は成仏できなかった魂。生きているときにはきっと色々なことがあったんだろうね。これから戦う上でも厳しい場面があるかもしれない。だから、そばで彼女達を見守ってくれる人がいてほしいんだよ」
「燕さん……」
「三人のこと、任せても大丈夫かな?」
燕さんは真剣な表情で画面越しに俺と三和を見た。俺達二人は視線を交わし、大きく頷き合う。
「任せてください!」
こうして、俺とミワ坊のこれまでとは少し違う新たなる日々が始まったのだった。