いざ、運命に決着を!⑧
次に目を開けると、廊下に祐二くんが倒れていた。『鎧』も『鉈』も纏わず、悪霊たる黒い靄も消滅している。呼吸は荒いが、ケガや火傷はなさそうだ。
俺の後ろ側には苦しげに呻く三和、俺の肩の上にはフィギュアサイズの半透明な梔子、そして、正面には、半透明なマーガレットを肩に乗せたローズが立っていた。
「ミワ坊、大丈夫か?」
「うん……たぶん、少し休めば……」
俺は起き上がろうとする三和の肩に手を回して助けた。ミワ坊は壁に背中をつけながら廊下にぺたんと座ったが、やはりまだ辛いのか、頭がフラフラと揺れている。
「無理すんなよ」
俺はミワ坊にひっつくように隣に座って体を支え、頭には肩を貸してやる。俺の顔のすぐ隣に三和の顔があって、短いふわふわした髪が俺の頬に触れた。
「ごめんね……ナオ……」
「大丈夫だって」
少し顔が赤い三和を見ていると、なぜだか俺も恥ずかしくなって、心の奥がむずむずした。なんだろう、これは。
一方、ローズはさっきの攻撃で乱れた赤髪を直しながら、青い瞳を祐二くんに向けていた。
「祐二――ゆうちゃん。もう人を苦しめるのは……自分自身を苦しめるのはやめて。あなたは優しい子だったはずよ」
「ローズ?」
今までと違うローズの口調に驚いていると、ローズは俺の方に向き直って、困ったような顔で小さく笑った。
「直蔵様。私は思い出しました」
「思い出した……?」
「はい。私が死ぬ前、どんな人間だったか、どんな人に囲まれて生きてきたかということを、です」
俺はハッとして祐二くんを、続いて、隣のミワ坊を見た。まさか――。
俺が口を開くより先に、祐二くんが体を起こしてローズを凝視した。
「まさか、一花姉さん……?」
「え……それって、ミワ坊のお姉さん……?」
ローズは呆然として固まる祐二くんの前にしゃがみ込むと、優しく笑った。
「そうだよ。ゆうちゃん、姉さんだよ」
「まさか……姉さん! その呼び方、その表情、姉さんだ!」
祐二くんはローズ達がどういう存在かは知らないはずだが、肉親の勘でわかる部分があるのかもしれない。
「ゆうちゃん。どうしてこんなことしたの」
「う……」
祐二くんは口を噤んで下を向く。その顔はずいぶん幼く見えて、叱られた子供みたいだった。
「だって……だって、姉さんが死んだのは、三和が声を出したからで……」
「わたしはそうは思わないわ。犯人には憎い気持ちがあるけど、わたしはみーちゃんのことは恨んでない。今でも大好きよ。もちろん、ゆうちゃんのこともね」
祐二くんはハッとしたように顔を上げた。
「ゆうちゃん、何を苦しんでいるの? ゆうちゃんは苦しむ必要ないんだよ」
「ごめん……ごめんなさい……」
祐二くんは俯き、呟くように謝罪の言葉を繰り返した。
「三和が泣き出したのは、本当は僕のせいなんだ……。あの時、僕は怖くて、気持ちが高ぶっていた。だから……クローゼットの中で、怖くて僕に抱き着いてきた三和を突き飛ばしたんだ。それで……三和が泣き出して……」
ぶつぶつと途切れ途切れに吐き出された祐二くんの言葉に、ローズはゆっくりと頷く。
「みーちゃんを見てると、そのことを思い出して辛かったのね?」
「僕が一番の原因なんじゃないかって……不安で……今考えれば、それを否定するために、三和への怒りで心を塗り潰していた。そうすれば何も考えないで済んだから……」
「だったらわかるわね。ゆうちゃんが本当に謝らなければならない相手は私ではないはず。それに、いくら自暴自棄になっていたからといって、他人様に迷惑をかけていいはずもない。わかるわね?」
ローズの碧く澄んだ瞳に射抜かれた祐二くんは、身動き一つとらず、ローズの顔を凝視していた。
「ゆうちゃんにこんな厳しいこと言いたくないよ。でも、ゆうちゃんならちゃんと理解できると思うから言ったよ。よく考えてみて。ね?」
祐二くんはがっくりと項垂れた。ローズは項垂れたまま固まる祐二くんの前を通り過ぎ、俺と三和の前にしゃがみ込む。
「みーちゃん」
「まさか……本当に一花姉さんなの?」
ローズはミワ坊の手を取って、自分の頬に触れさせた。
「そうだよ。なかなか思い出せなくてごめんね」
「一花姉さん!」
三和は大きく口を開けて泣き始めた。ローズは子供みたいにわんわん泣く三和を優しく抱き寄せる。
「私はみーちゃんが大好きよ」
「一花姉さん!」
胸に顔を埋めて泣きじゃくる三和を、ローズは優しく抱き止め、髪を撫でる。
「私は死んでからも、ゆうちゃんとみーちゃんが心配でこの世を漂っていたの。でもね、ある時、先に死後の世界に行っていた父さんと母さんが、このままじゃ、わたしが悪霊になってしまうって心配して迎えに来てくれたことがあったの」
「父さんと母さんが!」
「でも、わたしの心残りが強すぎたせいかな。途中でやっぱりこの世に引き返そうとして、ちょっと失敗して記憶を失ってしまったのね。それでふらふらしている時に燕先生が拾ってくださったのよ」
ローズは涙でぐしゃぐしゃのミワ坊の顔を覗き込む。
「みーちゃん、私はそろそろ行かないといけないみたい。大丈夫かな?」
心配そうな顔のローズの言葉に、三和の目からひときわ大きな涙が零れ落ちた。
「だ、大、大丈夫……! 心配いらない……よ!」
そう言いながらも、ミワ坊は全然大丈夫じゃない表情を隠すためか、俺の肩に顔を埋めた。ローズは立ち上がりながらミワ坊の頭を撫でて、俺に向かって頭を下げた。
「直蔵様、三和をどうかよろしくお願いします」
「ローズ……お姉さん、大丈夫です。三和は俺が守ります!」
ローズは嬉しそうに微笑んだが、首を傾げて少し寂しそうな顔をした。
「でも、時々、私のことも思い出してくださったら嬉しいのですが……」
ローズは、はにかんだような、ちょっと苦しげな顔で俺に言った。
「当たり前だろ! 俺がローズを忘れるわけがないじゃないか!」
「ふふふ。ありがとうございます」
ローズは今度は満面の笑みで微笑んだ。
「それでは、梔子、マーガレット、行きましょうか」
「はいよ」
「はい、なのだです!」
俺の肩に乗っていた梔子はジャンプしてローズに移る。両肩に梔子とマーガレットを乗せたローズの体は、まばゆい光を放ち始めた。
「直蔵様、三和様。私達はお二人に出会って救われました。ありがとう」
やがて光となったローズ達はゆっくりと上昇し始める。薄暗い廊下が、暖かな光で照らされて、幸せな家族が暮らしていた頃の穏やかな世界が蘇ったように見えた。
「ローズ! 俺達も三人と過ごして楽しかったぜ! な、ミワ坊!」
「うん!」
ミワ坊は真っ赤な目で淡く優しい光をしっかりと見つめていた。
ローズ達の光は、俺達の声が届いたようにぐるぐると円を描く。その暖かい光は上昇し続け、やがて空間に消えていった。
「ローズ、梔子、マーガレット……」
後には、組み上げた時と同じ、双剣を凛々しく構えたローズのフィギュアだけが床の上に残っていた。
※
その後、俺もミワ坊も祐二くんから丁寧な謝罪を受けた。
俺は別に気にしない。三和がその謝罪に納得していて、今後は辛い思いをしないで済むなら、それ以上望むことは何もないから。
「祐二兄さん、これから奨学金をとって留学するって言ってた」
「そうなのか」
「うん。やっぱり気まずいのかなあ……」
ミワ坊は少し寂しそうにしていたが、お互い少し距離と時間を挟んだ方が兄妹の関係修復はうまくいくのかもしれない。
「メールとか手紙はくれるって言ってた」
「そっか。ならペン習字始めた方がいいかもな。お前の壊滅的に下手な字を考えるとさ」
「もう! やめてよ、ナオってば!」
季節が移り、冬服になった制服を着たミワ坊が唇を尖らせた。
今日も学校終わりにミワ坊は俺の部屋に来ていた。フィギュアやドールが並ぶ棚には、ローズが加わり、その隣には、三和が昔、一花さんからもらったという魔法少女の人形が並べて置いてある。
「じゃ、今回のこと、燕さんに報告するか」
「うん」
今もまだ海外にいる燕さんと話すため、俺と三和はパソコンを立ち上げて動画通話をスタートさせた。
「なるほど。そんなことがあったのか……」
俺達から顛末を聞いた燕さんは驚きの表情を浮かべていた。
「予想以上に込み行った事情があったんだね。君達のことも危険な目に合わせてしまった。すまなかったね」
頭を下げる燕さんに、俺もミワ坊も恐縮する。
「でも、だからこそ、一花姉さんに会えたし、祐二兄さんを止めることもできたんです!」
「うん。そうだよな。うーん、でも……」
俺はミワ坊の意見に頷きつつ、ふと湧いた疑問を口にする。
「燕さん、もしかして、ローズと三和の関係とか、すべてわかっていたんですか?」
燕さんは苦笑しながら首を横に振る。
「いいや。僕が花ヶ塚で出会った時からローズは記憶を失っていたし、梔子は口を閉ざしていたし、マーガレットは幼すぎて記憶は曖昧だったんだ」
「そうですよね」
「でも、人は『縁』で繋がっているからね。花ヶ塚でローズ達に出会って、その後、同じ街から来た直蔵くん達に出会った。僕はそれに運命的な『縁』を感じたんだ。だから、あの三人を君達に託したんだよ」
俺達は神妙に燕さんの話を聞いた。
「受け取ってくれたのが、君達みたいな優しい子達でよかった」
「いやあ……」
「そんな……」
照れて頭を掻く俺達に、画面の中の燕さんがにこりと微笑んだ。
「あ、そうそう。実はこっちで新しい子を作ったんだけど、見てもらえるかな?」
「え、マジっすか! 見たいっす」
燕さんは、組み上げる前の、いくつかのパーツを画面に映した。
「ローズ達と同じ、『特別』な材料で作った子だよ。完成形はこんな感じ」
燕さんが自分で組み上げて塗装したらしいフィギュアをカメラに映す。これは通常のレジンキャストで作られたものなのだろう。ゴシックロリータなドレスを纏い、魔法杖を構えたおとなしそうな女の子と、鎧を纏い、大剣を構えた勝気そうな女の子だった。
「ちなみに、双子ちゃんです」
確かに、二人は顔と髪型はそっくりだった。
「なかなか難しい性格の二人なんだ。それに、『鬼』との戦いもまたあるかもしれない。でも、君達がよければ、ぜひ受け取ってほしいんだけど……」
燕さんの申し出に、俺は一瞬固まる。
だが、隣を見ると、涎を垂らして食い入るように画面を見つめる変態女がいた。
「あれ? ナオってば、涎垂れてるよ」
「それはお前だろ!」
俺は自分の涎をこっそり服の裾で拭きながら反論した。
「で、ミワ坊、どうする?」
「決まってるでしょ!」
俺達はニヤリと笑顔を交わし合った。
『新しい子、お迎えします!』
俺とミワ坊のわくわくした声が、きれいにハモったのだった。
【終わり】




