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戦乙女ドールズ、ただ今参上!  作者: フミヅキ
第五章 いざ、運命に決着を!
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いざ、運命に決着を!⑥

 バスを乗り継いて一時間。海沿いの地区にその家は建っていた。


「ここがミワ坊が暮らしてたところなのか」

「うん……」


 目の前の庭付き一戸建ては、なかなか立派な門構えの、大きな屋敷だった。


「事件があってからもこのままなの。この家をどうするかは、祐二兄さんとわたしが成人してから決めなさいっておじさんが」

「ふうん」


 今でも、おばさんがたまに来て掃除と空気の入れ替えなどしているそうだ。


「わたしね、実は事件の時の記憶が途切れ途切れで……ここも怖くて、あれからあんまり来たことないの……」

「そうだったのですか……」


 緊張気味のミワ坊の顔をローズが心配そうに覗き込んでいた。


 施錠されていたはずの門も玄関の扉も鍵が開いていた。やはり祐二くんはここに来ているのだろうか。俺達はしんと静まり返っている暗い家に恐る恐る足を踏み入れた。


「祐二兄さん……いるの……?」


 リビングやキッチンを覗きながら声を掛けるが、返事はなかった。チラリと覗いたそれらの部屋は、家具も雑貨も生活していた頃のままの様子だったが、それを使う家族がいないせいか、暗く澱んだ空気を纏っているように見えた。


「祐二くん、本当にここにいるのかな?」

「うん……」

「しかし、広い家だな。祐二くんがいるとしたら、どこだろ?」

「もしかして……」


 ミワ坊はハッとしたように階段を駆け上がった。


「おい待てよ!」


 慌てて追いかける俺の前で、三和はある部屋のドアを開いた。


「祐二兄さん……」


 立ち尽くす三和の背後から、俺も部屋の中を覗く。

 女の子の部屋だろうか。机や本棚など学生らしい家具には、教科書や辞書の他にたくさんのぬいぐるみや人形が飾られていた。子供用の部屋にしては広いが、一花さんの部屋だろう。


 まだ誰かが使っていそうな雰囲気の残ったその部屋。可愛らしいキャラクターもののカバーの掛けられたベッドには、パーカーを着た男が俯きながら座っていた。


「なんで、お前がここに……?」


 聞いただけで凍り付いてしまうような声だった。わずかに顔を上げた祐二くんの目は真っ黒で、その色に負けないほどに黒々とした悪霊達を体の周囲に纏っていた。


 ゆらりと立ち上がった祐二くんは、ゆっくりと俺達に近づいてくる。


 突然、バチンと乾いた音がした。祐二くんがいきなり三和の頬を平手で殴りつけたのだ。


「痛……!」

「三和!」


 手加減のない一撃だった。殴られた勢いで廊下の上で跪いてしまったミワ坊を庇うように、俺は祐二くんの前に立つ。


「祐二くん、なんてことするんだ!」

「三和……お前、ここに来る資格ないだろ。お前のせいで、姉さんはここで死んだんだからな」

「やめろ祐二くん!」


 俺の後ろでミワ坊が泣き崩れた。俺は祐二くんに背中を向けて、三和を助け起こそうと手を伸ばす。


「三和、大丈夫か? 祐二くんの言葉は気にするな。とりあえず、今日はもう帰ろ……うわ!」

「ナ、ナオ……!」


 いきなり背中を蹴り倒されて、俺は無様に廊下の床面に突っ伏した。そんな俺をゴミみたいにさらに蹴り飛ばし、祐二くんがミワ坊に近づく。纏う悪霊はさらに濃度を増し、大きく膨れ上がっていた。


「やめろ!」


 祐二くんが蹲ったままの三和の頭を何度も殴りつける。その度に祐二くんの纏う暗闇が不気味に蠢いた。俺は慌てて祐二くんに組み付いて止めようとするが、ものすごい力で止めきれない。


「もうやめよう、祐二くん! 三和もすごく苦しんでる……。それに、その黒い悪霊をなんとかしないと!」


 俺の言葉に驚いたように祐二くんが振り返った。


「お前、これが見えるのか?」

「それは悪霊なんだ。人の負の感情に集まる……。あんまり貯め込むと、人を襲う『鬼』を生んでしまうんだよ! もうやめよう!」

「なるほど……あれは『鬼』というのか……」


 祐二くんは三和への興味を失ったように俺を見た。なるべくこっちに注意を引くため、俺はしゃべり続けることにした。


「ねえ、祐二くん。どうして他人に悪霊を押し付けてまで『鬼』を作って回ってたの?」

「そんなことも知ってるのか。そうか、だからお前ら、あの病院にいたのか……」


 祐二くんは薄く笑みを浮かべた。


「全員不幸になればいいと思ったからだよ」

「え……」

「姉さんの死んだ世界でぬくぬく楽しそうに暮らしてる奴らは全員嫌いだ。全員、僕みたいに苦しめばいい」

「死人だって出るかもしれないのに!」

「姉さんだって死んだんだから、他の奴が死んだって仕方ないだろ」

「祐二くん……なんてことを言うんだ!」

「ハハハ。お前も死ねばいいんじゃないか? アハハハハハハ!」


 祐二くんは笑った。顔は笑っていないのに、笑い声だけが楽しげに響いていて、その姿に俺はゾッとした。


 同時に祐二くんを取り巻く悪霊の靄が大きく膨れ上がる。風など吹いていないはずなのに、強い風圧を感じて俺の髪が逆立った。


「祐二くん!」


 祐二くんを包み込む闇は、タールのようにドロドロと濁り、粘り気を帯びていた。それは祐二くんを囲んだまま、『鬼』の形状を象り始める。


「な……いったい……?」


 祐二くんはまるで『鎧』を纏っているようだった。黒いマグマのようにドロドロした悪霊達の靄は、祐二くんから離れることなく『鬼』の強靭な体躯を形成したのだ。


 さらに、その手にはドロドロの闇で形成された『鉈』のような武器が握られている。


「みんな、死ねばいい……」


 凍えるほどに冷えた声と共に、『鬼』を纏った祐二くんが俺に向かって突っ込んでくる。

 戦うしかないのか……!


「ローズ、戦闘を許可する!」


 俺の宣言により、俺自身はフィギュア並みの大きさに縮み、逆にカバンの中から飛び出したローズが巨大化して双剣を構える。

 ローズは右手の剣で祐二くんの『鉈』を受け止めた。だが、片手では受けきれず、両方の剣を交差させて負荷に耐える。


 いきなり登場した女剣士の姿に驚く祐二くんの顔が『鎧』の下に見えた。


「この女はなんだ!」

「私の名前はローズ。戦女神に仕え、『鬼』を滅するのを使命としている者です!」


 大きな負荷に四肢を震わせながらも、ローズは祐二くんを睨む。


 その傍らでは、半分放心状態の三和が二人の激突を眺めていた。できるだけ、ミワ坊とは距離を取らせたい。


「ローズ、祐二くんを部屋の中に押し返すんだ!」

「はい!」


 ローズの二つの剣、その刀身が臙脂色に輝いた。


炎鬼閃スカーレット・グロー!」


 双剣から燃え上がった炎が、『鉈』もろとも祐二くんの『鎧』の右手部分を焼き払った。ローズは続く斬撃により祐二くんを廊下から一花さんの部屋の中へと押しやることに成功する。


「よし……!」


 部屋の中の祐二くんは『鉈』と『鎧』の右手部分が消失し、素手が覗いている。しかし、声音は冷静だった。


「なるほど。最近、前より『鬼』を多く生んでるはずなのに、全然人が倒れた話を聞かなくなったのは、お前らのせいだったんだな。だが、無駄だ」


『鎧』に覆われた祐二くんの口元がニヤリと笑った。同時に、『鎧』から黒くドロドロしたものが溶け出して右手を覆い、『鎧』の右手部分と『鉈』が新たに形成される。


「ローズ、祐二くんはいったいどういう状態なんだ……?」

「非常に珍しいですが、自分の生んだ『鬼』を意のままに操る人間が稀にいるのです。三和様の兄上殿の場合、『鬼』の体を『鎧』や『武具』として使役することができるのでしょう」

「祐二くんを攻撃しないといけないのか?」

「ご安心ください。わたしの武器でダメージを与えられるのは『鬼』のみで人体に影響はありません。『鬼』の部分を破壊しつくせば、止めることができるはずです」


 そう言うと、ローズは祐二くんを追って一花さんの部屋に入った。


「こ、ここは……?」


 突然、ローズは驚いたような声をあげた。


「どうした!」

「い、いえ。なんでもありません。戦闘中に気を散らしてしまい、申し訳ありません」


 気合いを入れ直すようにローズは双剣を構え直した。そのまま、祐二くんに向かって斬りかかる。


「ハアアアアア! ヤア!」


 目にも止まらぬ斬撃が続いた。ローズはさらに畳みかける。


燦鬼散斬ダンスマカブラ!」


 俺の目ではこの技の太刀筋を追うことができない。何十という太刀筋が一斉に『鎧』を切り結ぶように見えた。


 祐二くんはそれらの攻撃を受けるがままだった。『鎧』はローズの双剣に次々と斬り刻まれていく。それはそうだろう。素人が捌ける剣技ではないのだから。


 しかし、祐二くんは焦っている様子はない。『鎧』の下でニヤリと笑ってすらいる。

 見る間に、ローズの付けた『鎧』の傷痕からドロドロとした闇が吹き出した。それは傷を埋め、あっという間に『鎧』を補修してしまう。


「無駄だよ。僕の溜め込んでる黒いやつはこの程度でなくならない」

「なんという量の悪霊を纏って……!」


 ローズが目を見開いて絶句する。


「そろそろこちらから行く」


 祐二くんは右手の『鉈』を振り上げた。


「な……!」

「速い……!」


 それは人間離れした速度だった。瞬きの間すらなくローズとの距離を詰め、祐二くんは右手に握った『鉈』を振り下ろす。


「く……!」


 ローズはなんとかそれを双剣でいなした。


「大丈夫か、ローズ! あの『鎧』のせいで力も速さも普通の人間以上になっているのかもしれない!」


 続く二撃目で、祐二くんは『鉈』を両手で構えて薙ぎ払った。


「しまった……!」


 ガキン!

 硬質の音と共に、ローズの双剣のうちの一本が吹き飛ばされた。部屋から飛び出したそれは、壁にバウンドし、勢いよく廊下を転がっていく。


「アハハハハハ!」


 祐二くんは『鎧』の下で嗤いながら、ローズへの攻撃を継続する。『鉈』を振り下ろし、『鉈』で薙ぎ払い、『鉈』を撃ちつける。ローズはギリギリ紙一重でそれらを交わし、一本になってしまった剣で懸命に捌く。


「やばい、ローズが! 三和、剣を!」

「う、うん! 拾ってくる!」


 三和はなんとか気力を振り絞り、廊下に転がるローズの剣に近寄ろうとした。


「邪魔するな」


 凍てつく声と共に、祐二くんが『鉈』を部屋の外に向かって投げ飛ばす。


「うわ、うわああああ!」

「三和!」


 ミワ坊が悲鳴をあげた。祐二くんの投げた『鉈』が三和の左腕に突き刺さったのだ。


「ち、力が……入らない……」


 血の気の失せた真っ青な顔で三和は苦しそうに呻いた。刺さった場所から血は出ていないが、明らかに様子がおかしい。


「『鉈』が『鬼』の力で三和様の生命力を食っているのです! 早くそれを抜かないと!」

「お前の相手は僕だろう」

「く……!」


 再びドロドロした闇で『鉈』を作り出した祐二くんがローズに攻撃を仕掛ける。そのせいでローズは部屋から出られそうにない。


「ミワ坊、しっかりしろ!」

「うぅ……寒い、寒いよ、ナオ……」


 ミワ坊は苦しそうに呻きながらガクガクと震えている。なんとかしてやりたいのに、小型化した俺は三和の『鉈』を抜くことはおろか、体を支えることもできない。


 なんていう役立たずだ、俺は! こんな時に三和を助けてやれないなんて!

 自分に腹が立って仕方なかった。


「ナオ、わたし、このまま死ぬのかな……?」

「バカなこと言うな! そんなわけないだろ!」

「死んだら一花姉さんにごめんって言える……祐二兄さんも許してくれるかも……」

「やめろ! 大丈夫だ! お前は死なないよ。俺が守ってやるから、だから、そんなこと言うなよ!」

「ナオ……」


 ミワ坊の真っ赤に染まった瞳から何粒も涙が零れ落ちた。


「大丈夫だ!」


 三和に近寄って、それしか言えない自分が情けなかった。でも、言い続けるしかない。だって、そうだろ。コイツは死ななきゃいけないほど悪いことなんてしてないんだから!


「そこをどきなさい! 私は三和様を助けなければならないのです!」


 室内では、ローズが一本になってしまった剣を必死に振るっていた。懸命に祐二くんの『鎧』と『鉈』を削るが、いくら傷をつけても、祐二くんから湧き出すドロドロの悪霊が再生をし続けてキリがない。


「そこをどけぇ!」


 絶叫したローズは、大きく振りかぶった剣を祐二くんに全身全霊の力を込めて撃ちつける。


 だが、祐二くんは避けもせずにそれを『鎧』で受け止めた。そして、ガラ空きとなったローズの脇腹に、『鉈』を勢いよく叩きつける。


「ぐふ……」


 ローズの顔が苦痛に歪み、口から血が吹き出した。『鉈』が深々と突き刺さった脇腹には血の染みがすごい勢いで広がっていく。


「ローズ!」

「ハハハ! お前、三和のせいで焦ったのか? 僕でもわかるくらいに隙だらけだった」


 剣を支えにしてなんとか立っているローズに対し、祐二くんは顔を歪めて笑う。


「やっぱり疫病神だな。あの女は」


 祐二くんの言葉に、真っ青な顔のミワ坊が涙を流しながらローズを見つめる。


「ローズ、ごめん……わたしのせい……」

「三和様……違いま……」


 ローズは『鉈』を腹に食い込ませたまま、倒れ込んだ。


「ローズ!」


 ダメージが大きすぎたのか、ローズは床の上で小型化してしまい、そのせいか、俺の体が元のサイズに戻った。ローズは小さな体で『鉈』の傷に呻いている。


「さて、どうする?」


 祐二くんは再び『鉈』を再生させると、『鎧』を纏った体を俺と三和に向けた。ゆらりと体を揺らしながら、ゆっくりと近づいてくる。

 俺はまずは三和を助けなければと、三和の腕に突き刺さっている『鉈』を抜こうと手を掛けた。


「ぐうううう!」


『鉈』に触れた瞬間、ものすごい虚脱感を感じて気が遠くなりかけた。なんとか気合でふんばり、ミワ坊から『鉈』を抜き去る。


「ナオ……」

「大丈夫だからな、ミワ坊!」


 今にも意識を失いそうな三和を背中に庇い、俺は祐二くんに向き直った。廊下に投げ出されたまま、幸いにも小型サイズに戻っていないローズの剣を拾って構える。


「直蔵。お前は他人だからな。今逃げるなら見逃してやってもいい」


 凍てついた声と共に祐二くんが一歩近づく。


「逃げない! ミワ坊を見捨てたりできるかよ!」

「ナオ……やめてよ……わたしなんか、いいから……」

「バカ言うな!」


 正直な話、体中から冷たい汗が吹き出していたし、剣を構える腕も震えていた。でも、だからって幼馴染を捨てて逃げるなんていう選択肢は俺にはない。


「なら死ねばいい」


 目の前まで来た祐二くんが『鉈』を振り上げた。


――ガキィィィン!


 振り下ろされた『鉈』を俺はローズの剣でなんとか受け止める。だが、受け止めた瞬間、体中を電撃みたいなショックが走り抜けた。


「く……!」


 瞬間的なショックにはなんとか耐えて剣を落とさずには済んだが、祐二くんがグリグリと押し込めてくる圧力がものすごい。『鉈』を受け止める俺の腕も、それを支える俺の体も、強烈な負荷に耐えかねてぶるぶると震えた。


 そうしているうちに、祐二くんの纏う黒い靄が膨れ上がり、さらに力を上乗せしてきた。


「いつまでもつ?」


 これはもたない。でも、もたせなければ俺がやられる。俺がやられれば、俺の後ろのミワ坊も。だから俺は何が何でも耐えなければならない。


「ナオ……ごめん……わたしのせい……祐二兄さんも、ごめんなさい……」

「ミワ坊、心配するな……だ、大丈夫だ!」

「ふん……」


 祐二くんはつまらなそうな顔をすると、『鉈』を俺の剣から離した。諦めてくれたのかとホッとしたのも束の間、『鉈』を再び振り上げて構え、猛烈な勢いで振り下ろした。


――ガキィィィン!


「ぎゅあおお!」


 口から変な声が出た。手がビリビリと痺れた。剣を取り落とさなかったのが奇跡だった。

 祐二くんはまたすぐに『鉈』を振り上げ、振り下ろす。それを何度も何度も繰り返す。


「もう諦めろよ、直蔵」

「くそ、くそおおおおお!」


 剣を掲げる腕の筋肉が悲鳴を上げている。攻撃を受け止めすぎて手の感覚がない。剣を弾き飛ばされるのも時間の問題だ。


 もう限界なのか?

 俺は三和を守ることができないのか?

 いや、それは許されない。

 なんとかしてコイツだけは守らないと……俺は三和を守るって約束したんだから!


 俺が絶望の中、心で叫んだその時――。

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