いざ、運命に決着を!④
早弥子ちゃんを病棟に送り届けた翌日、俺とミワ坊は再び早弥子ちゃんの病室を訪れた。
「三和ちゃん、直蔵くん、いろいろ迷惑かけちゃってごめんね。ありがとう」
早弥子ちゃんはツインテールにパジャマ姿で個室のベッドに腰掛けていた。その姿は、この前、青井くん達と一緒に来た時と同じだったが、表情は比べものにならないくらい穏やかになっていた。
「今日も検査だったの?」
「うん。来週の手術のために、血管の位置の確認とか」
「そっか、来週なんだ」
「うん。ちょっと怖いけど、大丈夫」
ミワ坊と会話する早弥子ちゃんの手には梔子のフィギュアがいた。
あの日、病室へ送る道すがら、俺達や『鬼』について大まかな説明をした後、梔子のフィギュアを渡して俺達は別れた。それで今日、俺とミワ坊は改めてここを訪れたのだった。
「早弥子ちゃんは始めから『鬼』が見える人だったのか?」
俺の問い掛けに早弥子ちゃんは首を横に振る。
「ううん。この街に来て見えるようになったの。不思議な男の子が話しかけてきて……それから」
その言葉に俺とミワ坊は顔を見合わせる。
「そ、それって、花ヶ塚第一高校の生徒じゃなかった……?」
「さあ……? 制服……夏服でシャツに紺のズボンだった気がするけど、わたしにはどこの生徒かはわからないから……」
申し訳なさそうな早弥子ちゃんの姿に、俺達は恐縮する。そりゃそうだ。うちの制服はありふれたデザインだから、遠い街から来た早弥子ちゃんに見分けがつくはずがない。
「ソイツはどんな風に話しかけてきた?」
「えーと、入院のためにお母さんと一緒に花ヶ塚駅に来た時で。お母さんがバスの時刻を調べるって言って離れてて、わたしはベンチに座ってたの。そしたら……」
早弥子ちゃん曰く、制服姿の男子は「キミ、もしかして死にたいって思ってる?」と話しかけてきたそうだ。
「わたし、びっくりして、『え?』って固まっちゃって。そうしたら、勝手にわたしカバンをガサガサ漁りだしたの。わたし、怖くなって動けなくなっちゃって……」
「なにそれ!」
ミワ坊がしかめっ面で怒りの声をあげた。
「男の子は鞄の中からこの病院の診察券を見つけて、『ふうん。早弥子って言うんだ』って言って、入院のためのものを詰め込んだバッグを見て、『入院するの?』って」
でも、早弥子ちゃんは怖くなって何も受け答えができなかったらしい。
「男の子は『まあそれはどうでもいい。これあげるから、楽しんでよ』って言って。そしたら、いつの間にか、わたしのまわりにあの黒い靄が取り巻いてたの……」
早弥子ちゃんは体を震わせて目を伏せた。
「入院してるうちに黒い靄はどんどん大きくなっていって怖くて……。三和ちゃん達が青井くん達と来てくれた日、その靄が中庭で『鬼』になったけど、わたしから離れてくれて正直ホッとしたの。あれは二人を襲ってたんだよね。ごめんね」
「早弥子ちゃんのせいじゃないさ。全然大丈夫だったし!」
「うん!」
俺達が笑うと、強張っていた早弥子ちゃんの表情は安堵したように少しだけ緩んだ。
「その後しばらくは黒いのがない状態でいたんだけど、わたしが本当に手術を受けていいのか悩んでいるうちに、ちょっとずつまた黒いのが増えていって……」
「そうなんだ……」
きっと梔子が生前に言ってしまった内容について、早弥子ちゃんはベッドの上で反芻し続けていたのだろう。苦しかったに違いない。
「そしたら、ある日、この病室にあの男の子が来たの……」
「え! マジかよ!」
「あ! 診察券で病院と早弥子ちゃんの名前を知ったから……?」
ミワ坊の言葉に、早弥子ちゃんが不安げに頷いた。
「その人は『その様子だと、無事に化け物を生んだみたいだな』って言って、またあの黒いものをわたしに移していったの……」
それを聞いてミワ坊が顔を顰めた。
「なんてことする奴なんだろう! ね、ナオも腹が立つよね! ナオってば……どうしたの?」
黒縁メガネの位置をずらしながら考え込む俺を見て、ミワ坊が首を傾げた。
「いや……ひょっとして、ソイツ、またここに来るんじゃないか?」
三和と早弥子ちゃんがハッとしたように目を見開く。
「ソイツの目的はわからんけどさ、ソイツは悪霊を配りまわっていて、『鬼』を作り出していってるわけだろ。だけど、誰でも彼でも悪霊を見たり、纏ったりできるわけじゃないんだろ? だから、ソイツは悪霊を渡すことに成功した相手に繰り返し接触することにしたんじゃないか?」
「そっか。きっと、樹利亜ちゃんのお母さんは住んでる場所を知らなかったから、あれ以降現れないんだね。でも、早弥子ちゃんは場所も把握されてるし、病院を出るわけにもいかないから……」
早弥子ちゃんが恐ろしそうに体を震わせた。
「大丈夫、俺達が守るよ、な、ミワ坊!」
「うん! ローズと一緒にね!」
俺とミワ坊がガッツポーズを見せると、俺の斜めがけカバンからローズが顔だけ出して小さく手を振った。看護師さんなんかの急な入室に備えて、ローズはカバンの中に隠れてもらっていたのだ。
「ソイツが花一高生だっていうなら、俺達と行動時間はだいたい同じはず。俺達、放課後はここに毎日来るよ! 休みの日もできるだけ」
早弥子ちゃんはホッとした表情を浮かべたものの、すぐに申し訳なさそうな顔をする。
「でも……悪いよ」
「何言ってんだよ、早弥子ちゃん。俺達、友達だろ!」
「そうだよ。友達が困ってたら心配だし、助けたいって思うのは当たり前だもん」
言いながら、ミワ坊はリュックから色紙を取り出す。
「その気持ちはきっと青井くん達も一緒だよ。元気になったら、みんなで一緒に遊ぼうね」
青井くん達から預かっていた色紙を受け取った早弥子ちゃんは、少し目が赤く、潤んだようになっていた。
「ごめんね……ありがとう……ごめんね……」
ベッドの上で色紙と梔子のフィギュアを見つめながら、早弥子ちゃんは感謝と謝罪の言葉を繰り返した。
※
その日から俺と三和は早弥子ちゃんの病室に通いつめた。
「早弥子ちゃん、髪、きれーい! さらさら~!」
ミワ坊は椅子に座った早弥子ちゃんの後ろに立って、つやつやと流れるような美しい髪をブラシで梳かす。早弥子ちゃんは照れ臭そうに笑った。
「そんなことないよー。三和ちゃんのふわふわ猫っ毛の方が可愛いよ」
「えー、だって、早弥子ちゃんの髪、長くて真っ直ぐでさらさらで女の子の憧れだもーん」
そう言いながら、ミワ坊は早弥子ちゃんの髪をきれいに二つに結っていく。
「ツインテールがゆらゆら~、ツインテールがゆらゆら~。早弥子ちゃん、めっちゃ可愛い~! うふふふ! うふ! デュフ、デュフフフフフフフ……」
ミワ坊の笑い声がどんどん卑猥な響きを増していくのだが、大丈夫だろうか。
「そんなに誉められたら照れちゃうよ」
「だって、本当に可愛いもん。触り心地も最高……ゲヘヘヘヘ……デュフ、デュフフフフフフフ……」
早弥子ちゃんはまったく気付いていないが、背後のミワ坊は鼻の穴をおっぴろげた上に鼻の下をだらしなく伸ばしていて、到底女子高生とは思えないゲスい顔をしている。でも、これは教えないでいてあげた方が互いに幸せなのかもしれない。
「じゃ、今日はそろそろ帰るか」
病室の窓の外は暗くなり始めていた。俺とミワ坊は早弥子ちゃんにサヨナラの挨拶をして病院のエントランスに向かう。
「今日も怪しい人、来なかったね」
「つーか、俺達が中で騒いでたら入ってこれないだろ」
「そっか。まあ、それならそれで、早弥子ちゃん安全だからいいよね」
この病院は入院患者のいる病棟と外来患者が訪れる診療棟とは別棟となっているが、エントランスは合同だ。出入り口はメインゲートの他に、少し離れたところに救急車が横付けられるサブゲートがある。救急車がいない時にはそこからの出入りも可能だ。
俺はミワ坊と一緒にメインゲートに向かって歩きつつ、なんとなくサブゲートの方向に目を向けた。そこから入ってきたらしい男の後ろ姿を見つけて、俺は動きが止まる。
「アイツ……!」
俺の声につられてその男を見た三和も目を見開く。
男はパーカーにジーンズというごく普通の格好だったが、体の周りに今まで見たことのない量と濃度で黒い靄が大きな渦を巻いていた。
「アイツ、もしかして……! 怪しい花一高生かも!」
男は制服姿ではない上にパーカーのフードを被った後ろ姿だったが、雰囲気や歩き方から俺達と同世代ぐらいに感じられた。しかし、詳細を確認する前に男は角を曲がり、早弥子ちゃんのいる入院病棟の方へ消えてしまう。
「追いかけるぞ!」
俺は慌わてて体の向きを変えてパーカー男を追う体勢をとった。だが、隣から反応がない。
「ミワ坊、どうした?」
「え……? あ、あの服……もしかして……」
「知ってる奴か!」
「う、ううん……! たぶん、勘違い! 追いかけよう!」
俺はいまいち歯切れの悪い三和の様子に首を傾げつつ、一緒に男の消えた方に向かった。
「くそ……!」
パーカー男が一足先に早弥子ちゃんの病室に入るところが見えた。不安げな表情の三和に、俺は人差し指を口に当て、アイコンタクトでちょっと様子を見ようと伝える。三和は緊張気味に頷いた。
俺は病室の扉を薄く開いてそっと中を窺う。
しかし、パーカー男はやけに勘が鋭いらしい。
「うわ……!」
パーカー男は扉を開けた瞬間にちらっとこっちを見たかと思うと、勢いよく部屋を飛び出して来た。俺は体当たりされる格好となり、無様に廊下に倒れ込む。
「いってえ!」
「ナオ!」
パーカー男は乱暴に俺を蹴り飛ばし、廊下を走って逃げていった。
「くそ!」
慌てて追いかけようとすると、般若の顔をした女性看護師がやって来る。
「病院では走らないでください! 危険です!」
「すす、す、すみません!」
「ごめんなさい!」
俺とミワ坊とで謝っているうちに、パーカー男は消えてしまった。
「見えなくなっちゃったね……」
「それより、早弥子ちゃんだ!」
「あ!」
慌てて病室に入ると、早弥子ちゃんは少し緊張した表情だったが、落ち着いた様子だった。
「早弥子ちゃん、大丈夫だった?」
「うん。あの人が入ってきた瞬間に直蔵くんが覗いてるのに気づいたみたいで、何かをする前に逃げていったの」
「よかった……!」
俺とミワ坊はふうと安堵の息を吐く。
「でもね、たぶん撮れたと思うよ」
「マジで!」
「やった!」
早弥子ちゃんの言葉に俺とミワ坊はガッツポーズを作った。実は病室の戸棚に、三和のハンディーカムをこっそり設置しておいたのだ。しかも、早弥子ちゃんの手元のリモコン一つで録画開始できるように設定してある。
俺は急いでカメラを回収し、画面を引っ張り出して再生ボタンを押した。
「うわ……カメラにも真っ黒に映ってるな」
心霊写真みたいに、パーカー男の周囲に悪霊が真っ黒な靄になって取り巻いている様子が撮影されていた。
靄が濃すぎてパーカー男の姿が見えないほどで、隙間から男の容貌がやっと少し見て取れる。背は高い方で、色白の顔はイケメンそうな雰囲気。はっきりしない映像ながら、俺は心の中で引っ掛かるものがあった。
「なんか……この男、見たことある奴な気が……?」
不安そうな顔のミワ坊も、俺の隣に来て画面を覗き込んだ。
その瞬間、三和の体が硬直した。
「祐二兄さん……!」
三和の呟いた声は悲鳴のようだった。
「え、これ……祐二くん……?」
俺の声は戸惑っていたが、心の中の引っ掛かりが確信に変わっていた。言われてみれば、確かに画面の中のパーカー男は三和の兄である祐二くんにしか見えなかった。
隣を窺うと、ミワ坊が震えながら項垂れていた。
「やっぱり……そうだったんだ……」
「やっぱり……って、なんだよ……?」
「あのパーカー、見覚えがあったの……。わたし、祐二兄さんには家でも避けられてるけど、よく着てる服くらいは知ってる……」
初めて会った時みたいな泣きそうな顔の三和は目に涙を溜めていた。
「これが祐二兄さんなら……きっと、わたしのせいだ……」
「三和ちゃん?」
暗く沈むミワ坊の様子に、早弥子ちゃんが心配そうに三和の背中を摩った。
長いこと沈黙が続いた。
「早弥子ちゃん……ありがとう……」
しばらくして、ミワ坊が顔を上げた。
「心配かけてごめんね、早弥子ちゃん。わたしは……大丈夫。でも、今日はあんまり話せないんだ……ごめん。今日はもう帰るね」
「うん。落ち着いたら、また会おうね」
早弥子ちゃんは深くは訊かずに微笑んだ。
「うん。ありがと!」
明らかに無理をしている顔で、三和は笑った。俺達はさよならを言って病室を出る。
その瞬間、三和の目が真っ赤になった。唇を噛んで涙が流れ出ないように耐えている。
「ミワ坊」
「うぅぅ……ごめんね、ナオ……」
「ばーか。謝る必要なんてどこにもないだろ」
俺は三和の手を掴む。三和の手は何かに体温を奪われたように冷たくて、小さく震えていた。
なんでコイツがこんな思いをしなきゃならないんだ!
腹が立った。
俺は手を掴む力を強めて、三和の手を引いて病院を出た。




