いざ、運命に決着を!①
なんだか急に静かになってしまった気がする。いつもの俺の部屋で、朝に棚の美少女達を撮影していても、放課後にローズと梔子と話していても、何かが――誰かが足りなくて寂しい空気が流れるのだ。
俺の部屋に、ポリポリと俺と三和がクッキーをかじる音と、バリバリとローズと梔子に分けるためにクッキーを砕く音だけが響く。
これじゃダメだ! なんとか、みんなを元気付けないと!
俺は息を限界まで吸い込み、続いて努めて明るい声を発する。
「なあ、さっき母ちゃんに聞いたんだけどさ、国道のとこに新しいお菓子屋ができたんだってさ!」
三人の注目が集まったところで、俺はさらに言葉の調子をあげる。
「ローズも梔子もミワ坊も食べてみたいだろ? ちょっと遠いけど、俺、自転車でひとっ走り行ってくるからさ!」
「直蔵様、そんな……わざわざ行って頂かなくても」
「そうだよ。今日はこれで十分さ」
ローズと梔子が心配そうな表情で俺を見る。これはイカンと、俺はさらに笑顔に力を入れた。
「遠慮しなくていいって! ちょっと待ってろよ。すぐ買ってくるから!」
「だったらわたしも行くよ、ナオ」
「いいって。ミワ坊も待ってろって」
立ち上がりかけたミワ坊を座らせようとするが、三和は憮然とした表情で俺を見る。
「ナオってば、そんなこと言って、女の子が好きなスイーツをちゃんと選べる自信あるの?」
「え……えっと……」
痛いところを突かれて黙り込んだ俺に対して、ミワ坊は意地の悪い笑みを浮かべた。
「というわけで、この見栄っ張りと一緒にお菓子屋さん行ってくるから、ローズ達は安心してお留守番しててね。ちゃーんと美味しくてカワイイやつを期待していいからね」
「さすが三和だねえ」
「三和様がご一緒なら安心です」
ローズと梔子から賞賛を受けて、三和は得意げに鼻の穴をふくらませる。
くそ、コイツ、いいとこをぶんどりやがって!
俺がやさぐれながら廊下に出たところで、後ろに立つ三和に服の裾を引っ張られた。
「なんだよ!」
「ねえ、ナオ。無理しなくていいんだよ?」
三和はさっきの意地の悪い笑みとは違う、穏やかな微笑みを浮かべていた。
「昔はナオがわたしのこと慰めてくれたけど、今はわたしだってナオのこと慰めてあげられると思う」
三和は黒目がちの目でまっすぐに俺を見つめながら言った。瞬間的に、俺は心臓の辺りをぎゅっと掴まれたような感覚があった。
「……は? なんだそりゃ?」
俺はつい不機嫌な顔を作って目を逸らした。
「照れないでよ、ナオってば」
そう言ってミワ坊が手を伸ばし、ぐりぐりと俺の頭を撫でてくる。
「ちょ、やめろよ!」
「よいではないか、よいではないか!」
「やめろ、マジで! この変態女!」
「デュフフフフフフ!」
生理的嫌悪感を引き起こす声で笑うミワ坊。
そんな三和のバカっぽい笑い声を聴きながら、俺の頭の中で十年近く昔の思い出が蘇る。俺と三和がまだ幼稚園生だった頃の記憶だ。
※
ある日、母ちゃんが俺に「お隣のおじさんとおばさんの家に、ナオと近い年の男の子と女の子が引っ越してくるらしいから仲良くするのよ」と言った。俺は「ふーん」と言って、特に興味を引かれるでもなく、いつもみたいに庭で遊ぼうと外に出た。
すると、門の外に俺と同い年くらいの子供がいた。短い髪にTシャツと短パン姿の、見かけたことのない顔だった。俺は「ははーん。コイツが噂の引っ越してきたとかいう男の子だな」と推理した。
「お前、名前なんて言うの?」
話し掛けると、そいつはビクッとして俺を見た。でも、すぐにオドオドした顔で下を向いてしまう。よく見ると、そいつの手はちょっと前に終わった女児向け魔法少女アニメのキャラクター人形を握っていた。
「なあ、なんで男なのに女の人形なんか持ってんの?」
問いかけると、そいつは顔を上げてびっくりしたように俺を見た。その瞳に少しずつ涙が溜まっていく。
「な、なんだよ……?」
「……じゃないもん……」
「え?」
「みわ、男じゃないもん。女の子だもん!」
「えええ!」
俺がびっくりしてひっくり返ると、そいつの顔がさらに泣き顔に近付いてしまった。俺は慌てて頭を下げた。
「ご、ごめん……勘違いだ……ホント、ごめん! 許してくれ!」
「別に……もういいよ……」
「ホント? あ、じゃあ、一緒に遊ぼうぜ! 何する? 砂場もあるぜ!」
「え、すごい! みわも遊んでいいの?」
「もちろん」
「わあ、ありがとう!」
それは砂場とはいっても、工事業の父親が気紛れにうちの庭の隅に砂をぶちまけただけの場所だったが、子供の俺らにとっては十分魅力的だった。俺達は泥団子や山を作ってしばし遊興に耽った。その間も三和は片手に人形を持ったまま。
しばらくすると、「夕焼け小焼け」の鐘が鳴った。子供に帰る時間を教える市の公共放送だ。だが、三和は黙々と砂の城の建築に勤しみ、帰ろうとする素振りを見せなかった。
「お前、帰んなくていいの?」
「帰れないから……」
ポツリと呟かれた言葉に俺は目を丸くする。
「どうして?」
「ゆうじ兄さんが帰って来なくていいって言ったから……」
「なんだよ、それ?」
「このお人形を捨てたら帰ってきてもいいって。でも……みわ、捨てたくない。だって――にもらったお人形なのに……」
下を向いて片手で砂をいじり続ける三和は、さっきみたいに目に涙を溜めていた。口をぎゅっと結んで泣かないように我慢しているみたいに見えた。
その姿を見て、俺はなぜだか無性に腹がたった。
「人形捨てないと帰ってきちゃダメとか、なんだよそれ。俺がそのゆうじ兄さんとかいう奴に文句言ってきてやるよ!」
相手が誰なのかもわからずに立ち上がった俺の手を、三和が掴んだ。
「そんなのしなくていいよ!」
「よくねーよ。だってお前、泣いてるし……」
「泣いてないよ!」
「泣いてんじゃん」
「泣いてはないもん!」
「泣いてるよ!」
俺が振り払って行こうとすると、三和はもっと強い力で俺の手首を掴んだ。
「違うの! みわが悪いの」
「は?」
「み、みわが悪い子だから……みんながいなくなって……ゆうじ兄さんが怒って……」
俺の腕を掴んだまま、三和は泣いていた。幾筋も幾筋も目から涙が溢れて頬を伝ってく。三和はそれを服の袖口で拭うが、拭いきれる量ではなかった。
「みわが……みわが悪い子だから……」
しゃくりあげる合間に、三和はそんな言葉をこぼし続けた。俺はオロオロすることしかできない。
「な、なんだよ……。お前、どうしたんだよ……」
俺は慌ててポケットを漁ったが、残念ながら自堕落な子供だった俺はハンカチを供えていなかった。とにかくどうにかしないとと思い、俺の手を掴んでいた三和の手を両手で掴んで軽く揺すった。
「泣くなよ……お前、悪い奴なんかじゃないよ」
「でも……ゆうじ兄さんは……みわは悪い子って……悪魔だって……」
「なんだよ、それ! そんなのウソだよ!」
「ほんと……?」
「うん。お前、いい奴だし」
俺がそう言うと、三和はホッとしたように息をつき、少し泣き声が収まった。
「でも、お人形を捨てないとダメって……」
「だったら、それウチで預かるよ」
「え……?」
「俺が大事にする。お前、いつでもウチに来ていいからさ。そしたら好きな時にそれで遊べるだろ?」
「いいの……?」
「ああ。他にもなんかあったら俺に言えよ」
パチクリと目を瞬かせて三和は俺を見た。俺は母ちゃんがしてくれるみたいに、三和の頭をがしがしと撫でた。
「俺がお前を守ってやるからさ」
三和は手の甲でぐしぐしと顔を拭うと、顔を上げて俺の顔を覗き込んだ。
「ありがと」
そう言って、小さい三和はやっと笑ってくれた。
※
夜、寝静まった時刻になってもなんとなく寝付けず、俺は寝返りを打ち続けていた。ちらりとドールハウスの方を見ると、豆電球が消えているからローズ達はとっくに夢の中なのだろう。
俺は音をたてないように気を付けて起き上がり、美少女フィギュア達の並ぶ棚の前に移動する。棚はガレージキットとドールが並んでいるが、その中に少し雰囲気の違う人形が一体だけいる。
プラスチック製の少し安物っぽい作りの低年齢女児向けのおもちゃだ。昔の魔法少女アニメの主人公で、変身後のコスチュームを着た赤い髪の女の子がにっこりと笑っている。祐二くんの目を逃れるために俺の家で預かることになった人形で、俺と会う以前、ミワ坊が家族からもらったものだ。
三和は今も時々この子に話しかけたり、世話をしたりしている。だから、多少経年は見られても、赤髪の魔法少女は綺麗な姿を保っている。
俺はそっとその子を手に取って呟く。
「バカだよな、ミワ坊の奴は。マーガレットがいなくなって、俺でさえ寂しいのに、泣き虫のアイツが辛くない訳ないじゃんか。バカバカバーカ!」
俺の小さな独り言を、赤い髪の魔法少女――そういえば、少しだけローズと面立ちが似ているかもしれない――は黙って聞いてくれた。
(俺、何言ってんだろ……)
さすがにちょっと恥ずかしくなって、苦笑いしながら魔法少女を元に戻した。
音をたてないように布団へ戻り、ブランケットを頭まですっぽりと被って目を閉じる。
(アイツに情けない姿を見せるわけにはいかないしな。俺が守るって約束しちゃったし)
そんなことを考えているうちに、気がつくと俺は眠りに落ちていた。
※
翌日の登校時、自転車の籠にリュックを詰め込んでいる三和の横顔に俺は声を掛けた。
「なあ、ミワ坊」
「うん?」
「なんか、気ぃ遣わせて悪かったな」
「うへ?」
俺を見るミワ坊の表情は油断しすぎのマヌケ面だった。
「ありがとな、お前も辛いのにさ。俺を慰めようとか、無理させて悪かった。……な、なんつって……へへ、へ……」
改まった言葉なんかコイツにはほとんど言ったことがない。きまりが悪くて、俺は頭を掻いたり、黒縁メガネの位置をずらしたり落ち着かなかった。
ミワ坊はそんな俺をポカンとして見ていたが、やがて口の端を吊り上げて意地悪く笑った。
「にひひ。ナオってば、顔赤いよ」
「あ、赤くなんてなってねえよ!」
「照れちゃって可愛い奴ぅ~!」
「やめろ! 行くぞ、もう!」
「あ、待ってよー!」
がむしゃらに自転車のペダルを漕ぎ始めた俺の後ろを、おそらくニヤニヤ笑いながら三和が追いかけてくる。
くそ、なんかカッコ悪いな、俺。
憮然としながら、俺は秋の始まりの登校路を急いだ。




