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戦乙女ドールズ、ただ今参上!  作者: フミヅキ
第四章 いざ、戦いの日々へ!
17/25

いざ、戦いの日々へ!⑦

 特に事故があったわけではないとわかり、近所の人達は徐々に帰っていった。樹利亜ちゃんのお母さんも落ち着いてきたところで、家の中に入ってもらう。


 しばらくすると、花ヶ塚第一高等学校教員のキムタカ先生が、三和と一緒に自転車で駆け付けてきた。二人は途中で市役所や児童相談所に寄ったために遅くなったらしい。自転車の籠には子育て支援や母子家庭補助制度の資料が山のように積み込まれていた。

 樹利亜ちゃんのお母さんはキムタカ先生を見てびっくりしていたが、逃げ出す気力も反抗する力もないようで、おとなしく先生を家に入れた。


「お前は優秀な生徒だった。だから、考えることができるはずだ。自分の大切なものが何か、それを守るために何を選択するのがいいか。人の助けを借りることは決して悪いことじゃないんだ。もし生活や心を立て直すのに時間がいるのなら、しばらくの間、俺と女房とで娘さんを預かってもいいから」


 キムタカ先生は、小さなちゃぶ台で樹利亜ちゃんのお母さんと向かい合って座り、滔々と語りかけた。最初は樹利亜ちゃんを抱っこしたまま俯いていたお母さんも、やがて顔を上げ、キムタカ先生が勧めるままに、ちゃぶ台の上に置かれた各種の資料に手を伸ばし始める。


 俺と三和は部屋の端に座ってその様子を眺めていたが、心は半分上の空だった。


「あの、先生、俺達そろそろ……」

「おお、そうだな。これ以上は先生が話し合うから。ありがとな、二人とも。今度アイス奢ってやるから」


 樹利亜ちゃん親子のことが気がかりなのは事実だが、俺達にはもっと気がかりなことがあった。

 頭を下げながら樹利亜ちゃんのお家から出ようとすると、樹利亜ちゃんのお母さんが何かを訊きたげに俺の方を見ていた。


「すみません。さっきのことの詳しい事態は後でまた話しに来るので……先生もいますし」


 俺の言葉に、樹利亜ちゃんのお母さんは小さく頷いた。樹利亜ちゃんと一緒に手を振って俺達を見送ってくれたその背後には、もうあの暗い闇は見えなかった。



 俺と三和はとり急ぎ人気のない場所を目指して、再び「迷いの森」へとやって来た。雑木林の奥、誰かが持ち込んだのか捨てたのか、ボロボロにくたびれたソファに座る。


 俺が斜め掛けカバンを開くとローズと梔子が飛び出てきた。二人の腕にはロケットランチャーに抱きついて眠るマーガレットが抱えられている。


「マーガレットはどうしたの……?」


 事情がわからず混乱する三和に樹利亜ちゃん宅で起こったことを説明してから、俺はローズと梔子に向き直る。


「マーガレットは大丈夫なのか?」


 二人は複雑な表情を浮かべて顔を見合わせた。


「力を使い果たして眠っています。マーガレットの魔法弾は通常は一日二発、多くても三発が限界のはずなのです。ですが、今回は三弾目がロケットランチャーなしでの砲撃でした」

「魔法の発射にはたくさんのエネルギーを食うからね。それを補助するのがあの砲身なんだけど、ナイフから直発なんかするから、一気に干上がっちまったのさ」


 梔子はマーガレットの顔にかかるおかっぱの金髪を優しく掻き分けた。


「でもね、そんな電池切れは寝れば回復するんだ。今回はそれともちょっと違うんだよ。マーガレットの顔に触ってごらんよ」

「え?」


 俺とミワ坊は戸惑いながら梔子に言われたとおり、ぷにっと膨らんだマーガレットの小さな頬に指を寄せる。


「な、なんだ……!」


 指先に期待していたふにふにと柔らかな感触とは違う感覚があった。俺と三和は目を見開く。


「これ……樹脂的な……」


 三和の瞳が不安げに揺れている。マーガレットの頬は普通のガレージキットと同じように固く冷たい感触だったのだ。


「いったい……?」


 その時、閉じていたマーガレットの目が開き、エメラルドみたいにキラキラした緑色の瞳が覗いた。


「みわさま、パパ……」


 けれども、微笑んだその顔は、少しひきつったように固かった。


「マーガレット、大丈夫なのか……?」

「マギー、樹利亜ちゃんを見ていて思い出したのだです、ママのこと」


 マーガレットはローズと梔子の腕の中で横たわったまま、ぼんやりとした表情で言った。


「ママのこと……?」

「マギーも樹利亜ちゃんと同じだったのだです。マギーのママもあんまりマギーのお話聞いてくれなくて、ご飯もあんまりくれなくて、マギーはいつもお腹空いてて、外に出されてふらふら歩いてたのだです」

「マーガレット……それって……」


 マーガレットは悲しげに目を伏せた。


「お外でご飯を見つけて食べてたけど、そうすると、みんなマギーのこと怒ったのだです。たぶん、それ、食べちゃダメなもの……だれかのごはんとか、売りものとか……。マギーは悪い子だったのだです……」


 マーガレットの目の縁から涙が一筋こぼれた。


「マギーが悪い子だから、ママもお話してくれなくなって、他のみんなもマギーが近付くと逃げていって、マギーはこの森に来るようになったのだです」


 この森に……ということは、マーガレットもこの辺りの子供だったのか。


「そしたら、いつからか、ここから出られなくなったのだです」

「出られなくなった……?」


 三和の問いに、マーガレットは小さく頷く。


「どうしても森から出られなくて、それに、遊びに来る子達はマギーのこと見えないし、聞こえないみたいに無視するのだです。たまにマギーのことちゃんと見てくれる子もいたけど、きゃーって叫んでどっかいっちゃったのだです。なぜだかお腹は空かなくなってたけど、寂しくていつも泣いてたのだです」


 俺と三和はハッとして顔を見合わせる。


「それって……」

「もしかして……」


 マーガレットは泣きそうな顔で言葉を続ける。


「でも、この前、つばめせんせーが来てくれて、マギーを連れ出してくれて、この形をくれたのだです」

「じゃあ、この『迷いの森』の幽霊の正体は……」


 続きを言おうとした俺の口をミワ坊が慌てたように手で覆う。


「ナオのバカ。わざわざそんなこと言わなくていいよ」

「そ、そっか……」


 慌ててマーガレットに視線をやると、目に涙を溜めて俺達の方を見つめていた。心臓に針が刺されたみたいに、胸がきゅっと痛んだ気がした。


「マーガレット、ごめん、俺、全然気遣いがなってなくて……」

「違うのだです……!」


 マーガレットは泣いてしゃくり上げるようにしながら言った。


「マギーは楽しかったのだです。パパとみわさまがマギーを大切に作ってくれて、いつもマギーに笑って話しかけてくれて、ローズも梔子も優しくて……。マギー、嬉しくて楽しくて、ずっとずっとこのままでもいいって思ったのだです」


 そう言って、マーガレットは子供のようにわんわんと泣き始めた。ローズと梔子はマーガレットを強く抱き締めながら、頭や背中を優しく撫でる。


 いったいどうしたんだろう。


 俺と三和が不安げに三人を覗き混むと、ローズが顔を上げた。その青い瞳はわずかに潤んでいるように見えた。


「マーガレットは……旅立つときが来たのです」

「旅立つとき……?」


 俺が恐る恐る問い返すと、マーガレットが手でごしごしと涙を拭いながら答える。


「マギー、樹利亜ちゃんと樹利亜ちゃんのママを助けてあの『鬼』を倒したとき、お空に続く道が見えるようになったのだです」

「お空……?」

「マギーは天国にいく方法を思い出したのだです」

「天国……!」


 それって、前に燕さんが言っていたことか? ローズ達は『鬼』退治をして善行を積むことで輪廻の輪に戻ることができるっていう……。

 でも、もしかして、マーガレットが成仏したら、今までみたいに話すことも動くこともできなくなる……?


 展開が急すぎて頭が追い付かなかった。


「ねえ、パパ、みわさま、これから樹利亜ちゃんと樹利亜ちゃんのママは仲良くなるのだです?」


 マーガレットに訊かれて俺は困惑しながら三和の方を見る。三和の目を見れば俺と同じくらい動揺しているのがわかった。


「パパ、みわさま……?」


 マーガレットに視線を戻すと、緑色の瞳が不安そうに揺れていた。俺はグッと拳を握り混む。


「ああ! 大丈夫だ! あのあと、樹利亜ちゃんのママは樹利亜ちゃんのこと、ぎゅーって抱きしめてたから! な、ミワ坊?」


 とにかく、マーガレットを安心させてやりたいと思った。マーガレットが頑張ったことが報われたことをちゃんと伝えたかった。

 ミワ坊にアイコンタクトすると、俺の考えが伝わったようで、大きく頷いた。


「うん! わたしがおうちに行ったらずっと樹利亜ちゃんのこと抱っこしてたよ」

「それに、これからも俺達で樹利亜ちゃんのこと見守っていくから大丈夫だ。な?」

「うん。大丈夫。それも全部、マギーが頑張って『鬼』から二人を守ってくれたおかげだね」


 三和の言葉に、マーガレットはくすぐったそうに笑った。


「ねえ、パパ、みわさま、今度マギーが生まれ変わったら、マギーのママになる人はマギーのお話、たくさん聞いてくれるのだです……?」

「あたりまえだろ!」

「そうだよ。こんなにいい子のお話を聞いてあげない親なんていないよ!」


 マーガレットは微笑みながら瞼を閉じた。


「マギーは、パパもみわさまも、ローズも梔子もみーんなが大好きなのだです」

「俺もマーガレットが大好きだぜ」

「わたしも!」

「私もです」

「あたしもだよ」


 ローズと梔子が俺にマーガレットの体を差し出すように向けたので、俺と三和はマーガレットの小さな小さな体を手のひらに乗せた。


「マギー、ずっとここに居たかったけど、もう行かなくちゃなのだです。パパ、みわさま、大好き……」


 そう言うと、マーガレットはすうっと息を吐き出した。途端に、その体はキラキラと朝日のような柔らかい光に包まれる。


「マーガレット……?」


 清らかな光はゆっくりと上昇して、木々の間から覗く真っ青な空へと昇っていった。やがてその光は星のように小さくなって、澄んだ青空の中に消えていった。


 俺と三和とローズと梔子はそれを静かに見送った。


 光が消えると、俺と三和の手のひらにはガレージキットから組み上げたときのポーズで笑うマーガレットのフィギュアが残っていた。動きも喋りもしない、樹脂材の固くて冷たい感触で、心なしか、その体はついさっき、マーガレットが動いていた時よりも軽くなってしまったように感じられた。


 どれくらい四人で固まっていたかわからない。


「やっとマーガレットは現世の柵から解放されたのだから、喜ばなければならないのに……どうして素直に喜べないのでしょう」


 ぽつりとこぼしたのはローズで、青の瞳の目は潤んで寂しげだった。


「心にぽっかり穴が開いたみたいです。ダメですね、私はユニットのリーダーなのに……こんな……」


 両手で顔を覆ったローズを梔子が無言で抱き寄せて、その赤い髪を優しく撫でる。梔子の切れ長の瞳もまた涙が滲んでいるように見えた。


 俺はかける言葉が思い浮かばないのが悔しくて、目が潤んでくるのも情けなくて、頭を乱暴に振って誤魔化した。

 隣を見ると、ミワ坊はポロポロ涙をこぼしている。唇を噛んで声を殺して泣いている姿はいつかの光景を俺に思い出させた。だから俺はあの時みたいに、三和の短い髪の頭をポンポン叩いて泣き止むのをずっと待っていた。



 後日、学校が終わった後に俺とミワ坊は樹利亜ちゃんの家に伺い、あの時の『鬼』について樹利亜ちゃんのお母さんに説明した。


「というわけで、あれは人の心の暗い面みたいなものが悪霊を惹き付けて形になったものなんです」

「そう……なんですか……」


 樹利亜ちゃんのお母さんは半信半疑ながらも実際に見たものを否定することもできないようだ。戸惑いの表情を浮かべながらも、寒気を感じたように自分の体を抱き締めている。


 一方の樹利亜ちゃんはというと、部屋の片隅でミワ坊と一緒に折り紙をして遊んでいた。


「ねえ、ママ、見て見て~! お姉ちゃんにお花の折り方教えてもらったのー」

「わー、かわいいね、よかったねえ、樹利亜。三和ちゃん、ありがとう」


 ふわりと樹利亜ちゃんに向かって微笑んだお母さんの顔は、憑き物が落ちたようにさっぱりとしていた。外見も、髪をまとめて小綺麗にしている。


 キムタカ先生によると、樹利亜ちゃんのお母さんは母子家庭支援を受けつつ、専門の相談員さんと話し合いながら育児支援の整った職場への転職を目指して資格取得に励むつもりだそう。そのために先生の家で樹利亜ちゃんを預かる時間を持つそうだけど、俺達も遊び相手くらいはできるから協力しようとミワ坊と話し合っていた。


「樹利亜、折り紙上手だからすぐ覚えちゃったね」


 お母さんが樹利亜ちゃんの頭を撫でると、樹利亜ちゃんはお母さんの膝の上にゴロンと横になる。すると、すぐにスースーと寝息をたてて眠り始めてしまった。


「昨日は一日中公園で一緒に走り回っていたから疲れちゃったのかな。もっとこんな時間をたくさん作ってあげれていればよかったのに……わたしはバカだね……」

「あの……」


 樹利亜ちゃんの髪を指で梳きながら苦い顔をするお母さんに、ミワ坊が遠慮がちに声をかけた。


「あの黒いやつはいつから……?」

「……見え始めたのは数日前から」

「そうなんですか!」


 樹利亜ちゃんのお母さんは少し固い表情で頷いた。


「ある男の子に出会ってから見えるようになったの」

「男の子?」

「そう。わたしがバイト先から自転車で帰るとき、信号待ちで停まっていたの。そしたら、歩道にいた男の子が急にわたしの肩を叩いて言ったのよ」


――アンタも黒い『闇』を背負ってるね。自分で見えてないのか?


「わたし、訳がわからないし気色悪いと思って無視して行こうとしたんだけど、腕を強く掴まれて言われたの」


――僕の『闇』を分けてあげるよ。そうしたら、きっとアンタにも『闇』が見えるようになるから。面白いこともきっと起こるから楽しみにしてなよ。


「そう言ってその男の子は去っていったのよ。残されたわたしは急に肩が重たくなって、気付いたら真っ黒な闇がわたしを取り巻いていて……」


 樹利亜ちゃんのお母さんは震えながら言った。眠る樹利亜ちゃんの腕をぎゅっと握りながら、絞り出すように言葉を続ける。


「何がなんだかわからなくて怖くて。あの闇はわたし以外には誰にも見えてないみたいだし、誰にも相談できないし……。イライラして、いつも以上に樹利亜にもきつく当たってしまって……」


 それからお母さんは弱々しく頭を振る。


「違う。元々樹利亜にはきつく当たってるダメな母親だった。きっと、だからそこに付け込まれたんだよね」

「そんなことが……」


 その時、樹利亜ちゃんが目を覚ました。眠そうに目を擦っている。


「あ、そうだ、樹利亜ちゃん、これ!」


 俺はカバンの中からマーガレットを出した。笑ったまま動かなくなってしまったマーガレットのフィギュアだ。


 それを見た途端、樹利亜ちゃんは俺達とお母さんとを見比べて渋い顔をした。どうやら、この前マーガレットを奪っていったのは悪いことだったという自覚は芽生えているようだ。


「樹利亜、ごめんなさいは?」

「……お兄ちゃん達の大切なお人形を勝手にとっちゃってごめんなさい」


 お母さんに言われて頭を下げた樹利亜ちゃんの頭を俺は撫でた。


「偉いな、ちゃんと言えたな、樹利亜ちゃん」


 樹利亜ちゃんに続いてお母さんも頭を下げた。


「この前は樹利亜がごめんなさい。他にもご迷惑を掛けたところに少しずつ謝りに回っているの。すぐにはできないけど、弁償もするつもりで……。直蔵くん、三和ちゃん、ごめんなさい」


 俺と三和は「いやいや」と恐縮し、そんな俺達を樹利亜ちゃんは不安げに見上げる。


「ねえ、じゅりあが悪いことしたから、お人形さん、お人形に戻っちゃったの? お人形さん、じゅりあのこと怒ってるかなあ?」


 その瞬間、隣の三和がドキッとしたように身を竦めた――多分、瞬間的に昔のことを思い出したんだろうと思うけど――俺は三和の肩をポンと叩いてにっこり笑った。


「樹利亜ちゃんは全然悪くないよ。悪いのは怖い『鬼』で、樹利亜ちゃんも樹利亜ちゃんのママも誰も悪くないんだから。な、三和?」

「あ……うん!」


 三和は少しほっとしたように笑った。


「樹利亜ちゃん、見てみな。お人形さん、にこにこ笑ってるだろ?」

「ほんとだ……」

「怒ってないだろ?」

「うん。よかったー!」


 にこにこの笑顔になった樹利亜ちゃんに俺はマーガレットを差し出した。


「はい。あげる」

「え?」

「この子、マーガレットっていうんだけど、きっと樹利亜ちゃんを守ってくれるから。お守り代わり」


 マーガレットを樹利亜ちゃんに渡すことは事前にミワ坊、ローズ、梔子と話し合って決めたことだった。


「その代わり、もう二度とお母さんや他の人に迷惑のかかることをしちゃダメだよ。マーガレットが泣いちゃうからね。約束だよ」


 樹利亜ちゃんはマーガレットと俺と三和とを見比べてから、深く頷いた。


「うん、約束する」


 俺と三和は顔を見合わせて笑い合う。


「じゃあ、俺達はこれで……」


 樹利亜ちゃんのお母さんに挨拶して俺達は玄関に向かった。


「あ、そうだ! 思い出したわ」


 玄関で俺達を見送っていた樹利亜ちゃんのお母さんが、ハッとしたように言った。


「必要な情報かはわからないけど……わたしにあの闇を分けてあげるって言った男の子……制服姿で……あの制服は花一高の生徒だったわ」

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