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戦乙女ドールズ、ただ今参上!  作者: フミヅキ
第四章 いざ、戦いの日々へ!
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いざ、戦いの日々へ!⑥

 アパートの裏庭に入り込み、体勢を低くしながら窓からこっそりと中を覗くと、窓を背にして樹利亜ちゃんがぺたんと畳の床に座っている姿が見えた。樹利亜ちゃんの視線の先には、スマートフォンの操作に熱中しているお母さんがいる。


「ねえ、ママ、見て見て! お人形さんがねー。ママってば、ねえ、ねえ!」


 開いた窓の隙間から無邪気な樹利亜ちゃんの声が聞こえてくる。でも、お母さんはスマートフォンから顔を上げることなく、イライラと貧乏ゆすりしていた。その体に纏った黒い闇はもくもくと湧き上がり、火事の現場から立ち上る煙のようにどんどん容量を増やしている。


「たぶん、もうすぐだよ……!」


 俺の手の中で梔子が表情を固くした。その時――。


「うるさい!」


 お母さんは手近にあったテレビか何かのリモコンを、樹利亜ちゃんに向かって投げつけた。


「う……!」


 俺は思わず呻きながら自分の額を片手で押さえる。リモコンが俺の位置からも聞こえるくらいの音をたてて樹利亜ちゃんの額に当たったのだ。途端に樹利亜ちゃんは大きな声で泣き始める。


「あー! もう! 面倒くさい! うるさい!」


 お母さんは立ち上がると、イラついたように茶色の髪を掻き乱しながら樹利亜ちゃんに近付く。


「わたしは悪くない! わたしがこんな風になったのは、お前のせいだ……!」


 怒りと苦しみとが入り雑じった顔のお母さんは、泣きじゃくる樹利亜ちゃんに向かって言葉を吐き捨てた。同時に、お母さんを暗い闇がぐるぐると取り巻き、その背後に大きな『鬼』の形を形成し始める。


 もう遠慮している場合じゃない。俺は窓を開いて樹利亜ちゃんの腕を掴んで外に引っ張り出しながら叫んだ。


「ローズ、マーガレット、梔子、戦闘を許可する!」

「ふえ……?」


 状況がわからず涙目のまま頭を傾げた樹利亜ちゃんの鼻先を、黒い腕が掠めた。俺が樹利亜ちゃんを引いていなければ、あの腕に掴まっていたことだろう。


 だが、俺が活躍できるのもここまで。体がぐんぐん縮んで、俺の背丈は裏庭の雑草とどっこいどっこいの大きさになる。


「マーガレットは直蔵様と樹利亜さんを保護して発砲準備に入ってください。梔子は私と共にあのデカブツを引きつけましょう」

「了解なのだです!」

「わかった」


 俺の代わりに颯爽と立ち上がったのはロケットランチャーを担いだマーガレットと、槍を構える梔子、そして、双剣を携えたローズだった。樹利亜ちゃんのお母さんは腰を抜かしたように部屋の中で呆然としている。


「お兄ちゃんがちっちゃくなっちゃったし、お人形さんが大きくなっちゃった!」


 目を丸くする樹利亜ちゃんを庇うようにマーガレットは前に立つと、俺を肩に乗せ、もう片方の肩にロケットランチャーを背負って呪文の詠唱に入る。

 一方、ローズと梔子はそれぞれの武器を構え、部屋の中の『鬼』へと飛びかかっていった。


「今回の『鬼』は……なんだ、あの形は……」


 今回生まれた『鬼』は一匹だったが、とても奇妙な形をしていた。角の生えた顔は元の俺の身長ほどもあろうかという大きさで、胴体と足はなく、代わりに数えきれないほど無数の腕が顔の周りからびっしりと生えている。


「気持ち悪い奴だな……」


 なんとなく蜘蛛っぽい印象なので、俺は今回の『鬼』を『蜘蛛鬼』と呼ぶことにした。


「な……なんなの……これ……」


 樹利亜ちゃんのお母さんは『鬼』が見えるらしく、壁の傍でへたり込んで呆然と『蜘蛛鬼』を見つめている。だが、今それをフォローしている時間はない。


「はあああッ……!」


 空気を震わせるような気合いと共に、双剣を構えたローズが『蜘蛛鬼』の頭部へ向かって飛びかかる。


 だが、『蜘蛛鬼』の腕はどうやら伸縮自在のようだ。何本もの腕で頭を幾重にも覆ってガードされ、ローズの双剣は数本の腕を切り落としただけで、頭部には達しなかった。逆に、ローズが畳の床に着地した瞬間を、四方八方正面背後から『蜘蛛鬼』の腕が襲う。


「ローズ!」


 ローズの双剣が正面からの『蜘蛛鬼』の腕を斬り結び、梔子の槍はローズの背後を襲おうとした腕を弾き返し、切り落とした。


 その後も『蜘蛛鬼』の攻撃が続く。

 壁があるからか、剣と槍をいつものごとく存分に振り回すことができず、二人は『蜘蛛鬼』の無数の腕に対して防戦一方となっていた。狭い室内でローズと梔子は背中合わせになって、互いの死角を庇い合う。


「でも、だいぶ腕を切り取ったんじゃないか?」


 事実、『蜘蛛鬼』の腕の三分の二ほどが切り離され、床の上に積み上がっている。


「よし! ここでマーガレットの一発がくれば……!」


 俺は真剣に呪文を詠唱しているマーガレットの顔を横から覗く。


「東にあっては光の門、南にあっては炎の門、西にあっては風の門、北にあっては闇の門。我は今、北に向かいて御祈り奉る。北を守護せし黒の戦女神よ、我が祈りに応えてその尊き御姿を現したまえ。その稀少なる奇跡を現したまえ。黒き咆哮にて、邪悪なる者を滅したまえ」


 唱え終えたマーガレットは、肩に構えたロケットランチャーから魔法弾を発射する。


冥闇女神の捕食(ブラック・アウト・ララバイ)!」


 今回発射されたのは黒い光だった。黒く輝くその光芒は、やがて獅子のような形をとり、『蜘蛛鬼』へ向って駆け出していく。『蜘蛛鬼』は腕で迎撃するが、魔法弾の黒い獅子はそれらを喰い千切りながら進んだ。


「すげーぜ、マーガレット!」

「えへへ……なのだです……」


 得意げに笑ったマーガレットだが、肩で息をしている。


「大丈夫か?」

「今日は二弾目だから、ちょこっとだけ疲れたなのだです……」


 マーガレットはよろよろと重たげにロケットランチャーを肩から降ろした。とはいえ、魔法弾は問題なく『蜘蛛鬼』の頭部に飛びつこうとしている。


 だが、その瞬間。


「な、なんだ……?」


 一瞬のことに、俺は目を見開いて固まった。

 魔法弾の黒く輝く獅子が、無数の腕に覆われていた。頭を脚を胴を尾を、たくさんの腕が掴み、覆い、押しつぶそうとしている。


「こんなにたくさんの腕、『蜘蛛鬼』には残ってないはずだぞ!」


 驚きながらよく見れば、それらは床に散らばっていた『蜘蛛鬼』の腕だった。ローズと梔子が『蜘蛛鬼』の頭部から切断したはずの腕が動き出し、マーガレットの魔法弾に襲い掛かっているのだ。


「ああ! マギーのとらさんが……!」


 無数の腕に覆われたせいで、黒い獅子の姿はもはや見えない。


――ギシギシ……メキメキィ……


 黒い獅子から、嫌な軋み音が聞こえ始めた。


「月華夢幻流壱の秘術、百花繚乱!」

燦鬼散斬(ダンスマカブラ)


 芳しい香りと共に複数人に分裂した梔子が黒い獅子を襲う腕を斬り剥がしにかかり、ローズの目にも止まらぬ剣撃も片っ端から腕を斬り離していくが、追いつかない。


――メキ、メキメキ、メキュィ、グチャ。


 ついに黒い獅子は『蜘蛛鬼』の腕達に押し潰された。と同時に、黒い閃光と爆風が俺達を襲う。


「く……!」


 俺は必死にマーガレットの肩に掴まった。

 爆風が止むと、そこには『蜘蛛鬼』が立っていた。ローズも梔子も無事なようだが、梔子の分身は消えてしまっている。


「まったく……爆風のせいで術用の香りが飛んじまったよ」


 一方の『蜘蛛鬼』も無傷のようだ。しかも、『蜘蛛鬼』は何を思ったか、自分の切断された腕を拾って食い始めたではないか。梔子が気味悪そうに顔を歪ませる。


「気色悪い奴だね、まったく!」


 梔子は槍を構え直して『蜘蛛鬼』に斬りかかろうとする。


「待ちなさい、梔子!」

「な……!」


 ローズの制止で身を引いた梔子の目の前を、黒い何かが通過した。それは『蜘蛛鬼』の腕に生えた長い鉤爪だった。


「どういうことだよ!」


 俺は混乱して叫んだ。

 さっきまでの『蜘蛛鬼』は素手でローズ達を攻撃していたのだが、今は残った腕にみるみると長い鉤爪が生え始めている。


「まさか……自分の腕を食うことで鉤爪を生み出してるのか……!」


 俺が驚いている間も、『蜘蛛鬼』は自分の腕を捕食する傍ら、鉤爪の生えた腕でローズと梔子への攻撃を加速させる。


「く……!」


 ローズも梔子も、さっきよりも慎重に『蜘蛛鬼』の攻撃を捌かざるを得ず、手際よく『蜘蛛鬼』の腕を斬り取ることができなくなってしまう。


「次の魔法弾を準備しないと、なのだです……」


 マーガレットがよろよろとロケットランチャーを構え直した。


「マーガレット、大丈夫なのか?」

「大丈夫なのだです、パパ。それに樹利亜ちゃんを守らないと!」


 マーガレットは後ろを振り返った。そこには起きていることが理解できずに、不安げな表情で指をくわえている樹利亜ちゃんがいた。


「お人形さん……?」

「大丈夫なのだですよ、樹利亜ちゃん。マギー達が樹利亜ちゃんと樹利亜ちゃんのママを守ってあげるのだです!」


 マギーはそう言って樹利亜ちゃんににっこり微笑むと、前へ向き直って呪文の詠唱に移った。


 室内では『蜘蛛鬼』がローズ・梔子と格闘する傍ら、自分の切られた腕を捕食し続けていたが、間違えたのか、狙ったのか、部屋の中でへたり込んでいた樹利亜ちゃんのお母さんの腕を掴んだ。そのまま、口の中へ放り込もうとする。


「きゃああああ!」

「ご母堂!」


 ローズが素早く体を捻って『蜘蛛鬼』の数本の鉤爪を潜り抜け、お母さんを掴んだ『蜘蛛鬼』の腕を斬り落とす。


「ひい!」


 どさりと床に倒れた樹利亜ちゃんのお母さんの腕には、斬られても尚もぞもぞと動く『蜘蛛鬼』の腕がしがみついていた。お母さんは半狂乱でそれを引き剥がす。


「ひいいいいいい!」

「ご母堂、気を確かに! ともかく、外へ逃げてください!」


 ローズの指示が聞こえたのかはわからないが、樹利亜ちゃんのお母さんは床を這って俺達のいる裏庭へと転がり落ちてきた。


「樹里亜ちゃんのお母さん! マーガレットの――俺達の後ろで待機していてください!」


 だが、俺の声は聞こえなかったらしい。樹利亜ちゃんのお母さんは這ったまま、俺達から遠ざかる方に進もうとする。


 ここで予期せぬことが起きた。


「待って、ママ!」


 それまでマーガレットの後ろでおとなしくしていた樹利亜ちゃんが、お母さんを追って飛び出していったのだ。


「だめだ、樹利亜ちゃん戻って!」


 だが、俺の叫び声は届かない。今のサイズの俺では樹利亜ちゃんの腕を掴んで止めることもできない。マーガレットはロケットランチャーを構えての呪文詠唱中で動けないし、ローズと梔子はそれぞれ武器を構えて室内で鉤爪付きのたくさんの腕と交戦中だ。


「樹里亜ちゃん!」


 突然飛び出してきた小さな女の子を、どうやら『蜘蛛鬼』は「食料」として捉えたらしい。樹利亜ちゃんに向かって、室内から黒い腕が伸びてきた。


「樹里亜!」


 叫んだのは、樹利亜ちゃんのお母さんだった。お母さんは自分の背中を、迫りくる『蜘蛛鬼』の鉤爪の生えた腕に向けるような形で、樹利亜ちゃんを抱きかかえる。


「危ない!」


 お母さんの背中を真っ黒な鉤爪が突き刺そうとした瞬間。


――ガギィィィィン!


 マーガレットが投げつけたロケットランチャーが鉤爪にぶつかって、鈍い音が響いた。そのおかげで鉤爪は方向が逸れ、樹利亜ちゃんとお母さんは助かる。


「マーガレット、ナイスだ!」


 だが、これではマーガレットはもう魔法弾を撃てないのでは?


 しかし、マーガレットは諦めていなかった。ロケットランチャーを手放した後も呪文の詠唱を続けていた。さらに、肩に乗った俺を、なぜか庭の草むらにそっと降ろす。俺を見下ろすマーガレットは、緑色の瞳を細めてふわりとあどけなく笑った。


「マーガレット……?」


 それからマーガレットは腰に下げた軍用ナイフを抜き、『蜘蛛鬼』のいる室内へと飛び込んでいった。


「マーガレット!」

「あなた、まさか!」


 驚いた表情のローズと梔子の隙間をすり抜け、小さな体を駆使して、素早く『蜘蛛鬼』の鉤爪を潜り抜けていく。


「待ちなさい! マーガレット!」


 ローズの制止も聞かない。

 おそらくその姿に危機感を覚えたのであろう『蜘蛛鬼』は、鉤爪のついた腕に加え、切り落とされた腕達を動かし、マーガレットを襲う。


「く……!」


 ローズと梔子は飛んでくる腕や鉤爪からマーガレットを守るように双剣と槍を振るった。結果、マーガレットと『蜘蛛鬼』の大きな顔をつなげる進路ができた。


「東にあっては光の門、南にあっては炎の門、西にあっては風の門、北にあっては闇の門。我は今、東に向かいて御祈り奉る。東を守護せし黄の戦女神よ、我が祈りに応えてその尊き御姿を現したまえ。その稀少なる奇跡を現したまえ。黄の視線にて、邪悪なる者を滅したまえ……」


 ついに『蜘蛛鬼』の頭部へと到着したマーガレットは、ナイフを『蜘蛛鬼』の眉間に突き立てながら叫んだ。


光雷女神の眼光(シヴァリング・レイ)!」


 その瞬間、目を開けていられない程の煌びやかな光芒と、耳をつんざく落雷のような爆音が俺達を襲った。


「マーガレット!」


 俺は目を手で庇いながら叫んだ。


 光と爆音が消え、ようやく目を開けると、そこにはさらさらと砂のように崩れる『蜘蛛鬼』がいた。頭部も、頭部につながった腕も、切り落とされた腕達もすべて砂に帰り、虚空へと消えていく。

 ローズと梔子はそれを呆然と見つめていて、なぜかそこにはマーガレットの姿がなかった。


「ローズ、梔子! マーガレットは!」


 既に双剣を鞘に納めていたマーガレットが、手に抱えたものを俺に見せる。それはフィギュアサイズに戻ったマーガレットだった。


「力を使い果たして、元のサイズに戻ってしまったようです」

「そ、そうなのか……!」


 ローズも梔子も心配そうにマーガレットの様子を覗いている。良い状態ではないということなのか。心配と不安で心臓がバクバク鳴った。


 だが、周囲は心配ばかりもしていられない事態になっていた。「どうしたんだ?」「こんなに晴れてるのに雷か?」と、近所の人達が集まり始めたのだ。


「やばいな。とりあえず元に戻ろう」


 俺が「武装を解除する」と宣言すると、ローズと梔子もフィギュアサイズに戻った。同時に、今回は俺もすぐに人間サイズに戻ることができた。


「何があったんだい?」

「いやあ、雷ですかね? よくわからなくて……でも、どうやら怪我とか被害はないみたいですけど……こちらの親子さんが音と光でショックを受けちゃったみたいで……」


 俺は第一発見者のふりをして近所の人達に対応した。幸い樹利亜ちゃん親子も無傷だったし、マーガレットの放った魔法弾も家や室内の物を物理的に破壊する効果はないようでアパートにも異変はなかった。


 でも、樹利亜ちゃんのお母さんは樹利亜ちゃんをしっかりと抱きかかえたまま、震えていた。


「樹利亜ちゃんのお母さん、もう大丈夫だよ」


 近所のおばさんが安心させるように肩を叩いても、樹利亜ちゃんのお母さんは頭を横に振って力を抜くことは無かった。


「わたしの樹利亜が……わたしの樹利亜がぁ……! わたしの樹利亜に怪我をさせたら許さないんだからぁ……!」


 そう言って、泣きながら樹利亜ちゃんを抱きしめて離さなかった。樹利亜ちゃんはそんなお母さんをちらりと上目遣いに眺め、嬉しそうににっこり笑うとその胸に顔を埋めた。

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