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戦乙女ドールズ、ただ今参上!  作者: フミヅキ
第四章 いざ、戦いの日々へ!
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いざ、戦いの日々へ!⑤

「三、二、一、ゴー!」


 俺の号令に合わせて、ローズと梔子がターゲットへの侵入を開始した。

 件の木造アパート一階、樹利亜ちゃん宅である。


 あの後、アパートをぐるりと回って調べると、ベランダ側の窓が開いているのを発見した。しかも運よく網戸の端が破れていたため、そこから二人を中に送り込むことができた。


「なんとかバレなかったみたいだね」


 ほっとしたようにミワ坊が呟いた。ローズと梔子には樹利亜ちゃんの動向の見守りと、隙があればマーガレット奪還、そして、母親の監視を命じてある。


「俺達も行くぞ」

「うん」


 俺とミワ坊は樹利亜ちゃんの情報を集めるべく、近所のおば様達の井戸端会議の場へアタックすることにした。


「あの、こんにちは!」


 俺達が笑顔で話しかけると、おばさま達は若干訝しむような気配を放ちつつも、笑顔を返してくれた。俺は対象を警戒させないよう、朗らかな笑顔を意識しながら話を始める。


「あ、あの、僕は北王子直蔵と言います。こっちは河津屋三和。雑木林の向こう側に住んでる高校生で、二人とも花一高生なんですけど……」


 この「花一高生」の一言でおば様方の警戒が緩んだ。ウチの高校の進学校としてのネームバリューに感謝である。ちゃんと勉強しておいてよかった。


「この辺に樹利亜ちゃんっていう小一の女の子がいますよね?」

「ああ、あの子」

「樹利亜ちゃんがどうしたの?」

「えっと……さっきたまたま出会って、少し一緒に遊んでたんですけど、樹利亜ちゃんが僕らの物を間違えて持って行っちゃったかもしれなくて。確認したかったんですけど、お母様とうまくお話ができなくてですね……」


 さすがに故意に持っていったとは言いにくかった。だが、おば様の一人が納得するように何度も頷く。


「あらそうなの。まったく、あの子はいつもいつも……」

「ちょっと、田中さん!」

「あ……」


 嗜められて、田中さんは慌てたように口を閉じてしまう。

 せっかく話を聞けそうだったのに!


 だが、ここでミワ坊が攻勢をかけた。


「えー。樹利亜ちゃんがどうかしたんですかー? 気になりますぅ」


 うずうずと、話に飢えた顔でおばさま方の顔を覗き込むミワ坊。この攻撃におば様達はおしゃべり心をおおいに刺激されたらしい。むずむずと口の端を振るわせ始めた。


「樹利亜ちゃんってぇ、さっきちょっと話しただけですけどぉ、すこーし変わった子ですよねー。何か気になることがあったりするんですかぁ?」


 さらなる一押しに、おば様方は互いに顔を見合わせ、アイコンタクトを交わす。

 言っちゃう? 言っちゃってもいいか? 言っちゃおうか? という無言の電信が容易に読み取れた。


「えー、何ですかぁ? 何か秘密があるんですかー? 超気になりますぅ。聞きたいなー。私達、絶対誰にも言いませんからー」


 ダメ押しの押しに押され、とうとうおば様方が口を開いた。


「あの子ね、盗み癖があるのよ」

「え!」


 一度口が開くと、おば様方の口の滑らかさに拍車がかかる。


「そうそう。子供からも大人からも、おもちゃだの、お菓子だの、文房具だの、なんでも盗っていくんだから」

「『これもらっていい?』って一度は聞くのよね。最初の頃は断りづらくてあげてたんだけど、もうキリがなくて」

「だから、『ごめんね、あげられないの』って言うと、今度は盗んでいっちゃうのよ」

「困っちゃうわよねえ。コンビニとかスーパーのお店の中で、買う前にお菓子の袋を開けて食べちゃったこともあったらしいわよ」


 おば様達の情報量に俺達はただ目を丸くして聞き入るばかり。


「あの母親もねえ……」

「ダーメよ、あの人は」

「娘が盗みをしても何にも思わないみたいなんだもの」

「開き直って『子供がやったことなんだから、いちいち目くじら立てないでよ!』って。『娘のやったことにわたしは関係ないわ』って言ったこともあるらしいし」

「絶対謝らないのよ、あの人」


 キーワード『樹利亜ちゃんのお母さん』が持ち上がった途端に不機嫌になるおば様達。俺はおずおずと尋ねてみる。


「あの……もしかして、樹利亜ちゃんと樹利亜ちゃんのお母さんって関係良くないんですか……?」

「そうかもしれないわねー」

「もしかして――ネグレクト、とか……?」


 俺の問い掛けに、おば様方は困惑気味に顔を見合わせる。


「それは……どうかしらねえ……? 泣き声は聞こえないから虐待があるのかどうかは……?」

「正直、よくわからないのよね。あの人達、一年前くらいに越してきたばかりだし」

「ああ、でも、わたし、こんな噂聞いたことあるわよ」

「なになに?」


 一人のおば様の申し出に、他のおば様方と俺達は耳をそばだてる。


「あの人、実は花一高生だったらしいわよ」

「え!」


 つまり、俺達の先輩ってこと?


「じゃあ、かなりの優等生だったのねぇ」

「そう。でも、在学中に妊娠しちゃって、駆け落ち同然で相手の男と家出したとか」


 おば様情報ネットワーク恐るべし。俺は恐々とおば様達の顔を覗き込みながら尋ねる。


「で、でも、今は樹利亜ちゃんと二人暮らしなんですよね?」

「だからきっと、男に逃げられて、二人でここに越してきたんじゃないかしら」


 俺と三和は顔を見合わせた。互いに、何と言ったらいいのかわからない微妙な表情だ。おば様達も他人事をしゃべりすぎたと思ったのか、声のトーンを落とした。


「ま、まあ……だから、あんまりいい噂はないのよ、あのお宅は」

「あなた達も気を付けてね」


 そう言うと、おば様達はそそくさと立ち去っていく。俺とミワ坊は溜め息をついた。


「うーん。わかったような、わからないような……ねえ、ナオ?」

「結局、噂だもんなぁ」


 俺は黒縁メガネのフレームをクイッと持ち上げつつ、思案する。


「でも、もし本当に樹利亜ちゃんのお母さんが花一高生だったなら、先生方で知ってる人がいるかもな。キムタカ先生、何か知ってないかな?」


 キムタカ先生というのは、俺達の担任かつ日本史担当、野球部顧問の、花一高に十年以上勤めているベテラン教師だ。木村隆哉というちょっと惜しい名前の持ち主で、加齢臭が若干気になるが、朗らかで気のいい先生だった。


「あ! じゃあ、わたし、今から学校に行ってキムタカ先生に訊いてきてみるよ。多分、野球部は今日も練習してるだろうから」


 三和の提案に俺も頷く。


「そうだな。樹利亜ちゃんのお母さん――あの嫌な黒い靄が憑いてたからな。早く動いた方がいいだろう」

「うん。じゃあ、行ってくるね。ナオ、マーガレット達のことはお願いね」


 ミワ坊は踵を返し、駆け出して行った。



 ローズ達とのランデブー・ポイントであるアパート裏の小道で待つこと三十分。


「直蔵様!」


 ローズが赤髪と紺色のスカートを翻しながら俺の足元に走り寄ってきた。ローズの小さな体でここまで来るのは大変なことだろうが、息一つ乱していない。


 俺はローズを肩の上にそっと乗せた。


「どうだった?」


 俺の質問に、ローズは厳しい表情で首を横に振る。


「樹利亜さんが何度話しかけても、ご母堂は彼女を無視しておられます。空腹を訴えても何の反応もなく、逆に、ご母堂おひとりでカップラーメンなど食されていました」

「そうか……」


 あの母娘の関係が崩れているのは確実そうだ。俺は溜め息をこぼした。


「マーガレットは? 大丈夫だった?」

「はい。なんとか人形のふりを続けています。樹利亜さんがマーガレットを離さないので奪還の機会はまだありませんが」


 ローズは言葉を切って、「ふふふ」と柔らかく笑う。


「樹利亜さんがマーガレットをおままごとやお姫様ごっこの相手にしているのです。一緒に遊びたそうにムズムズしていましたよ」

「そっか。それならよかった」


 俺もホッと息をつく。


「お母さんの、あの黒い靄はどうだった?」

「良くはありません……」


 ローズは再び表情を暗くした。


「樹利亜さんのことを無視するたびに、闇の色が濃くなっているように見受けられます。まもなく『鬼』が生まれるやも……」

「そうか……」


 俺は口元を手で押さえながら考える。


「悪いけど、ローズと梔子で引き続き監視を続けてくれ。俺はここに待機しているから、何かあればすぐに知らせろよ」

「わかりました!」


 ローズは俺の肩から飛び降り、再び樹利亜ちゃんのおうちへ向かって駆け出していく。闇を抱えている人は案外多いのだなと、ローズの小さな後ろ姿を見送りながら俺の口から溜息がこぼれた。



 あれから一時間は経った。俺は首筋の辺りを手で煽ぎながら、近くの自動販売機で買ってきたスポーツドリンクを飲み干す。


「ミワ坊の奴、遅いな」


 無事学校でキムタカ先生を捉まえることができたミワ坊からは、やはり、あのお母さんは元花一高生で、しかも、キムタカ先生は元担任だったと連絡がきた。野球部の練習は他の先生に預けて、三和と一緒にこっちに来るとのことだった。


「そろそろ着いてもいい頃なんだけどな」


 あまり一か所にじっとしていると、近所の人に不審者だと思われて通報されるのではないかと不安になる。あらぬ疑いをかけられ、もしウチが家宅捜査など受けた日には、棚の中にいる我らが美少女達の存在に国家権力があらぬ誤解を持つ可能性もある。


「違うんです! 僕は断じてロリコンとか変態とかの類じゃなくて、ただの無害なフィギュア好きの一般市民でありまして……」


 そんな風にシミュレーション練習を始めた俺の背後に、小さな影が迫っていた。


「アンタ……何やってんだい……?」

「く、梔子……! い、いや、な、な、なんでもない……!」


 慌てる俺をジト目で見上げる梔子だが、ハッとして表情を強張らせた。


「そんなことより、大変なんだよ!」

「へ……?」

「あの女の黒い影が動き出したんだ!」

「なに!」


 俺は梔子を抱え上げて樹利亜ちゃんの家へ走った。

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