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02

 

 そんなきっかけがあったところで、二人の関係が劇的に変わることはない。それはまあ、当然と言えば当然だ。ほぼ三年、思春期に属するこの期間を口を利かずに過ごした二人だ。その程度のきっかけで急に仲良くなるという事はない。


 けれど。


 劇的ではないけれど、奇跡的な変化はあった。


 例の球技大会が終わった辺りで、もすらと薪くんが付き合い始めた。


 許嫁の存在がいたことは、ぼんやりとではあるが聞いていた。家の都合で決められた相手なのだと。


 その相手が同じ高校にいたらしい。


 そして、互いに一目惚れで恋に落ち、めでたく付き合う事にしたのだとか。


 これが奇跡その一。


 高校生のこういったイベント事ではそういった事が起こりやすいとは聞いていたけれど、まさか身内でそんな事が起こるとは思わなかった。


 しかも、それが火野湖もすらである。


 旧家名家が珍しくない田舎町での中でも、群を抜いて大きな家、家柄を持つあの火野湖家の一人娘だ。幼い頃から華道に茶道、舞踊に礼儀作法を学ばされていた彼女が、である。


 文面でみると、酷くとっつきにくいプロフィールであるが、彼女はそうではなく。そうではなく、学ばされていた習い事を、遊ぶために短期集中で学び終わらせるような、そんな女の子だった。押し付けられた習い事に反発するでも逃げるでもなく。真っ向から向き合って、全て自分に吸収した。そうして彼女は家族に対して、


「これで文句ないでしょう? あっても訊かないけど。今後は好きにさせていただきます。それだけの成果は見せましたから」


 などと言ったとか言わなかったとか。


 そして有言実行とばかりにお嬢様ライフを満喫していた。そんな彼女が、許嫁の少年と付き合いだした。


 いわゆる一つのお嬢様である彼女は、それらしい黒髪ロングで前髪ぱっつん。日本人形のような可愛らしさを持つ彼女は、しかし、背丈だけは恵まれなかった。それに準じて体形も。それでいうと、座敷童のイメージが近いのかもしれない。小さくて、黒髪でぱっつん。どこか妖しい雰囲気を持つ彼女にはぴったりだ。


 この町では彼女を知らない人はいないのであり得ないが、例えば都会に出れば、小学生に間違えられてもおかしくはないのかもしれない。それほどに幼さをふんだんに遺した女子高生お嬢様だった。


 それでも彼女自身、人によってはコンプレックスにとるような個性も、気にすることはなかった。


 悪く言えば大雑把。


 よく言えばポジティブなお嬢様だった。


 それに、


恋豆れんずは大きい女の子よりも、小さい女の子が好きらしいから、むしろこれ以上大きくなりたくないわ」


 とのことだった。


 同年代の女子であれば、喉から手が出るほどに欲しがるそれも、彼女の前ではただの枷でしかないらしい。


 そんな彼女の許嫁こと恋人である薪恋豆くん。 


 彼は、別の中学からの入学組だった。


 もすらに負けず劣らずな童顔であった。高校生時分の言う童顔なので、それはもう、なんというか、可愛らしいものだった。見る女子が見れば鮮血を吹いてしまうのではないかという程に。短パンが似合いそうなルックスだった。高校生男子にしては背は高くなく、それほど低いという印象も受けない彼は、その見た目のせいか、やはり女生徒からの人気は高かったようで、もすらと付き合いだした際には、失恋会という会合が開かれたという噂だった。


 そんな彼もまた、


「もすらは強そうな男よりも、庇護欲が注がれるような男が好きらしい。だからこれ以上成長したくない。だから、僕は早急にエリクサーの開発に取り掛からねばならない!」


 というようなことを言っていた。


 それを訊いて私は、ああ、なるほどと納得したのを覚えている。


 もすらにピッタリで、薪くんもまた、もすらがピッタリなんだなと。


 そうして、もすらに薪くんを紹介されてからというもの、学校では三人で過ごすことが多くなっていった。休み時間やお昼の時間、時間が合えば帰りも一緒に帰ることも珍しくなかった。


 そんな日が続いたある日。


 薪くんが一人の男子生徒を連れてやってきた。


 なんでも、高校に入ってできた親友とのことで、ぜひ紹介したいのだとか。その頃にはすっかり薪くんとも打ち解けていて、もすらと一緒になって「どれ、私たちが値踏みしてあげよう」と失礼なことを考えていた。


 が。


 薪くんが連れてきたのが、空蔵相馬くんだった。


 奇跡の二つ目。


 連れてきたと言っても、相馬くんは私ともすらと同じクラスで、教室にやってきた薪くんが、相馬くんを呼びつけただけだったが。


 だけだったけど――それだけのことだけど。


 私は大いにテンパった。


 目もグルんグルんに泳いでいたかもしれない。


 呂律も回らず、上手く自己紹介ができたかどうか怪しかった。


久川ひさかわ瑠璃るりです!」


 そう、きちんと言えた自信がなかった。


 実際に、もすらが隣で噴き出していたのを覚えている。


「知ってる」


 そう言って、彼も笑った。


 声を上げて笑った。


 見方によっては、不様な姿を笑われたと解釈もできるけど、この時の私は『笑われた』よりも『笑ってくれた』という印象の方が強かった。


 あの時の――保健室の時は見れなかった笑顔だった。


 彼の無邪気な笑顔に、顔が熱くなって。


 胸が高鳴って。


 それからの日々が輝きだした。


 休み時間は四人で過ごすことが多くなった。


 お昼は四人でご飯を食べた。


 帰りは、ごく稀に、相馬くんと二人で帰ることがあった。


 幸せだった。


 本当に。


 本当に。



 よく歌の歌詞なんかで、恋をすると世界が輝いて見えると言うけれど、どうやらそれは本当らしい。モノクロとは言わないまでも、それなりにくすんでいた毎日が、今ではこんなにも楽しい。


 朝起きて、今日は彼にどんな話をしようと考えて。

 夜寝る前に、明日はどんな話が出来るかなと胸を躍らせる。


 ちょっとした変化が彼と話すきっかけになる。

 今日は風が強いね、とか。

 明日は天気悪いらしいよ、とか。

 もうすぐ夏だね、とか。

 あの先生の授業は難しいよね、とか。

 今日のおかずは何? とか。

 学校の宿題ってどうにかならないかな、とか。


 そういった、本当に些細な変化が、毎日が、彼と話すきっかけになる。


 彼の笑顔を見るきっかけになる。


 私の胸が高鳴るきっかけになる。


 そんな毎日が、続いた。

 幸せな毎日がしばらく続いた。


 そうか。

 そうなんだ。

 私、恋をしているんだ。



 そう気付いたのは、高校二年になってからだった。


 二年に上がってからは、彼とはクラスが別れてしまった。

 もすらとは相変わらず同じクラスだったけれど。


 薪くんと相馬くん、もすらと私、といった具合にクラスが別れてしまった。これに私は内心、ひどくがっかりしたのを覚えている。それはもすらも同じだったようで、クラス替えが張り出されたその時、切ない溜息を漏らしていたのを覚えている。きっと薪くんと同じクラスになれることを期待していたのだろう。


 それでも、休み時間になると薪くんは彼女に会いにやってきた。


 その際には、いつも表情の薄いもすらも、目を一杯に細めて嬉しそうに笑っていた。


 そして、薪くんの後ろにはいつも、相馬くんも一緒にいた。

 彼も、クラスが変わっても、遊びに来ていた。


 もしかするとそれは、単に親友の薪くんについて来ているだけなのかもしれないけど、でも。


 この四人の関係は変わることはなかった。

 クラスが別々になってしまっても。

 それだけは変わらなかった。

 クラスが別々になったとしても、これまでのように四人でくだらない話をしながら笑っていた。


 けれど、それでも。


 それまで気にすることなかったけれど、彼とクラスが違うというだけで、こんなにも胸が締め付けられるとは思わなかった。


 授業中に首を動かしても彼が視界に入らないという事が、こんなにも辛いだなんて思わなかった。


 まさか、クラスが違うとわかったその日の夜に、あんなに泣くとは思わなかった。


 いつのまにか、こんなにも好きになっているだなんて、思いもよらなかった。


 そうか。

 そうだったんだ。

 私、恋をしているんだ。


 あんなに楽しかった一年生。今では辛い二年生。


 恋って、嬉しいばかりじゃないんだって、こんな些細なことで初めて実感した。


 実感してまた、胸がキュンとした。


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