1ー14
前回のあらすじ。
「世界のリアリティレベルが暴落して、この星の世界観がボボボーボ・ボーボボになる」
「」
僕らの地球が澤井哲夫作品になる恐れに、俺、絶句。
「またまたぁ」
「現に、今もこうして回をまたいでトンチキが続いておる。しかもそれを儂のようなもともとリアリティレベルの低い存在ならばメタ認知できるようになってしまっておるのじゃ」
「またまたぁ」
何をそんな第四の壁を突破できる系のギャグキャラみたいなこと言っちゃってぇ。
それに、お前こないだ言ってたじゃん。
非日常であっても、非現実ではない。
目の前にあることこそが現実なのだ。俺は、それから逃げない程度には腹をくくったのだ。
「…………ククク、クハハハ……」
しかし。
「……ハハ、ハァーッハ、ハハァー! 昂ぶる! 昂ぶるでぇ! この『力』はぁー!」
友人がDBZ超武闘伝2のデモ画面並みにゴゥンゴゥン音立てて発光しながら宙に浮かび、あからさまに調子に乗っている、という現実は、辛い。
逃げない。認める。
だが、見るに堪えない。
「え……脇坂がドスケベすぎるせいで地球が滅ぶの……?」
「このままでは……」
「あ、いや、もとはと言えばお前の責任だけど」
このままじゃ困りますねぇ……。みたいな顔で横に並ぶ権利はねぇよ?
「シンプルに言うけどさ。どうにかしろ。お前のせいだろ」
「えー? どっかに儂が自己犠牲の精神でカッケく立ち向かってきゃーえるふさんステキーのルートはないんか?」
「そこになかったらないですね」
「バックヤードとかも見たんか?」
「そこになかったらないですね」
ケチくさいのぅ、とぼやくえるふ。俺がガーっと怒んないから事態をナメてるな。馬鹿め。お前しか打つ手がなさそうだからだ。
解決したら尋常じゃなく怒る。
「まぁ、ええじゃろう。――当初の狙い的にも悪くない」
えるふが、余裕ありげな笑みを浮かべる。俺の目の奥に静かな炎が燃えていることにつゆとも気付かず。
「証明してやろうではないか。星辰とともに久遠を永らえ、幽遠にして枯淡、古雅にして高踏!」
そんな叫びとともに、オーラ的なサムシングの尾を引いて飛び上がるえるふ。飛ぶのうめぇな。
「お主ら限りある命では及びもつかぬ、深淵のさらなる深み、命の理の甘きひだの奥!」
見覚えのある腰だめのポーズでオーラ的なサムシングを手中に溜めるえるふ。
「エルフのスケベの妙! その目に焼き付けて、尽未来際に語り伝えぇい!」
全身のひねりを加えて、両手を突き出すえるふ!
「筋肉質な胸板ぁああアィ!」
そしてまぁ、それなりの光弾が放たれて、脇坂のオーラに吸い込まれて消えた。
「おい。置きにいってんじゃねぇぞ」
「じゃってぇ……」
「なんだその腰の抜けた猥談はぁ!」
「ちが、場が温まってからエンジンかかるタイプなんじゃって!」
だからって今のはねぇよ!
「ククク……なるほど……? それがこの力の使い方ってわけや……」
「やべぇ! 学習した!」
バカがバカをさらしたせいで一層のピンチに!
ああ! 脇坂が! より高く浮かび上がって! 両手をすぅーっと下手に広げて! ラスボスがエグイ攻撃を放つっぽいポーズを脇坂!
「伏せよ!!」
えるふの言葉に、反応するよりも早く。
「 膝 小 僧 」
俺は、つむじ風にまかれる枯葉のように、荒野の空を舞っていた。
多分!
「おおおおおおおお⁉」
ぶぉああああああって! ぶぉあああああああ! って! 衝撃波が脇坂から! 全方位に!
それで多分吹っ飛ばされたんだろうけど多分でも体がグルングルンぶん回されて上も下も右も左もグルングルンしてあれが空だと思うんだけど多分これ落ちてる多分あっちが地面で地面に向かって落ちてる!
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬしししししアッ、死ぬこれ」
プンッ、と唐突に収まるパニック。これが覚悟か。
「来世は金持ちの家の子犬がいい」
「諦めるのが早いわ、このたわけ!」
俺の背後にびゅん! って残像を伴って現れたえるふにキャッチされて、生還。
「なぁ。おれお前らの猥談の余波で死にそうなんだけど」
「おうとも……肝が冷えるわ。せいぜい一般人に毛が生えた程度のお主の我性癖では……」
「シリアス味出してんなよ。猥談だろ」
「猥談じゃが」
だろ? そんな死因で死にたくねぇ。
「もうわかった。お前がスケベなのはわかったことにしてやるから。お開きにしよう。もうしまえこのナイショ道具」
「できたらやっとるわ! 言っておろうが! このままじゃとマズイんじゃって! じゃから何とかしようとじゃな!」
「え、お前マジでおふざけなしなんかこれ」
「言っておろうが!」
え。
「マジで猥談合戦次第で地球がボボボーボ・ボーボボの世界観になんの⁉」
「じゃからぁ! 儂ぃ! 言ったぁ何度もぉ!」
やべぇじゃん!
「そうじゃよやばいのじゃよ! しかもあやつ、SPの出力任せであれほどの……。いったいどれだけの情念を膝小僧に抱いて――「いやぁーん。そんなん俺ちゃん照れちゃうわ」――おる、と」
「えるふ! 後ろっ!」
「っく! 鎖骨を伝う汗ッ!」
振り向きざま、放たれたえるふの猥談は空を切った。
俺には見えた。えるふの背後に音もなく表れた脇坂が、こともなげに言葉をかけた後、かき消えるように飛び退るのを。
「遅い……そして小さく、弱く見えるで……」
「脇坂、お前それあれじゃん……『それは残像だ』じゃん……」
「その通りや。まさか俺ちゃん、この身で実現できる日が来るとは……」
いいな……。
「今の俺ちゃんなら、突如背後にブンッて現れるやつも、そのまま恐ろしく速い手刀を繰り出すことも造作もないことや……。そしてその手刀は、俺ちゃんじゃなければ見逃しちゃうね……!」
「でも、脇坂……! 正直うらやましいけど……。でもそれSPだぞ!」
「何が悪いんや!」
悪くはないけど!
「感謝するで、ナカッペ、えるふちゃん。俺ちゃんは、今っ、初めてっ、『新しいパンツをはいたばかりの正月元旦の朝のよー』な気分を理解したッ!」
「去年の正月、お互い実践してみて「こんな気分かぁ」ってラインしあったじゃん⁉」
「実践する以上にっ、スゲーッ爽やかな気分やでぇ!」
マジで⁉
「これは餞別や! はぁあああああっ……!」
「いかん!」
「あっ、覚悟が今一度」
子犬もいいけど、子猫も捨てがたいなぁ。
視界が真っ白に染まって、しばらく、記憶が飛んでいる。
次に俺の意識が覚醒し、認知したのは、自分の体にまといつく、かろうじて服の形を保っている襤褸の存在。地面。地面に横たわる自分の体。全身になぜか痛みでなくひどい脱力感。
そして、隣で同じようにぶっ倒れているえるふが、ヤムチャの例のポーズだということだった。
「む、むごい……」
「恨むなら己の性癖を恨むんやな」
完全に勝ち確の風格を漂わせながら、脇坂がこちらに歩いてくる。ザッ……ザッ……ってやたらと重厚な音を立てて。
お前、俺んち→謎空間の流れで入室してるから黒のロング靴下なのに。
「わ、脇坂っ! まってくれ! そもそもよく考えたらお前に攻撃されるいわれがねぇ!」
「攻撃……? 何を言うてるんやナカッペ。これは猥談や!」
「だけどぉ!」
「問答無用! 覇ァアアアア……」
「猥談って言い張るなら問答しろよぉ!」
溜めの発音がどんどん強そうになるしぃ!
考えろ、やばい。マジでヤバイ。ここまでの感じから察するに、この『ギャグ回の時の部屋』の中はマジで漫画見たいなお約束にみんなが流されてる。俺自身何度も流されてる。えるふのナイショ道具説明に耳を貸してしまったり、岩をボゴォした時だってそうだ。まるでプロットがあるみたいに、綺麗な一連の物語をなぞるみたいに動きたくなる。だから脇坂に手心は期待できない! 完全に力にのまれた系の敵役の流れに乗ってるし、あいつがそういうお約束に詳しいことをおれは誰より知っている! 絶対に、この流れからなぁなぁにつまらない手打ちなんてしない! そんなのつまんねぇって考えるのが奴だ! 知ってた!
だから考えろ!
この流れはここから知恵を振り絞って逆転する奴だ!
「アアアアアアアアア……」
考えろ、えるふはなんて言ってた。なにかヒントがあるはずだ。なにか。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアア……」
脇坂のSPの高さに驚いて、なんか、よーわからん単語を使って目に見えるとかすごい規模とかどーとか……
「アアアァ。ンんッ、ッスゥー……覇ァアアアアアアアアア……」
出力任せとかなんとか。で、『膝 小 僧』があれだけ強くて。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア゛エッ、ゲフ。スゥ覇ァアアアアアアアアア……」
ああやっぱそういう流れだからめっちゃ待たせてる! ごめん脇坂! ごめん!
こう、あれだ、この流れは、そう。
「わかったっ!」
「……アアアア、もうええ?」
「ヨシ!」
「つ る っ つ る の す ね !!!!!!!」
脇坂から放たれたコロニーレーザーの甥っ子みたいなやつを前に、両手をクロスさせ、えるふを背に立ちふさがる俺。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
あととにかく吠えておく俺! 脇坂レーザーがやむまで!
「……馬鹿な、なんでや」
わかりやすくうろたえる脇坂!
「ありえへん! ナカッペ程度なら、跡形も残らないはず!」
「へへへ……」
そして俺の庇った後ろ側を残して地面がえぐれてるお約束の奴!
からの!
俺から、立ち上る!
オーラ的なサムシング!
「ナカッペ、その力は!」
「脇坂」
これ、楽しいな。
「お前ひとりに、恥はかかせねぇぜ!」




