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今日からとなりのえるふさん  作者: 絹谷田貫
14/15

1-13


 大人になると、秘密が増える。


 決して後ろ暗いものではなくとも。心に秘してこその華、黙して語らぬこその蝶、だれにも告げず、教えず、そっと抱えて時折とりだすような小さな秘密を、人は一つ一つ拾い集めて子供から大人になっていく。


 例えばエロゲーとか。


「………………」

「へぁー、今日は一段とあっついのー。よくこんな星にへばりついて生きとるのうお主ら。ぐえー」

「えるふ」

「うん?」

「この箱、開けた?」

「おっんうんうーん? ……うん」


 そして秘密は、暴かれるものなのだ。


 ことの発端は先日のマルちゃん騒動。向井にしこたま怒られた俺たちは胸を張って今一度マルちゃんを迎え入れるための準備を始めていた。


 飼育にあたって必要な知識を得るため、えるふの国から本を取り寄せたり。飼育講習のためにえるふが日帰りで渡航することになったり。そのあいだにケージ、エサ入れ、逃走防止フェンスに留守中用の見守りカメラなどなどの用具にあたりをつけ、予算建てを進めたり。結果、金銭的な問題に直面したり。


 向井は「うちはマルちゃん以外にも色々暮らしてるっスから、万端整うまで落ち着いてやってもらって結構っスよ」とはいうものの、ハイそうですかと胡坐をかけるわけもない。焦る必要はなくとも、できうる限りに急ぐべきだった。


 なにより、マルちゃんが向井をママだと思ってしまうかもしれない。(事実、今は向井が一番マルちゃんのためになっているし)


 ので、『このさい、多少思い入れがあっても諸々売ることを視野に……』と考えて、開けたのだった。俺のエロゲー格納庫を。


 そしたら、微妙に順番が変わっていた。


「……あー、すまぬ。ライアーゲームの17巻だけ見つからんかった時にごそごそしとったら、開けてしもうて。謝ろうかと思ったんじゃが、その、無かったことにしたほうがお互いの為かと……」

「……いや、いいんだ。封をするなり、見るなって言うなりするべきだった」


 痛恨、痛恨の、ミスだった。


「俺の方こそ、ごめん」

「そんな……」

「こどもに見せるもんじゃなかった。絶対見ないようにするべきだった」

「えっ、そっち」


 そっちってお前、ほかにどっちがあんだ。


「だって、お前、こどもじゃん? ショッキングだろ。結構エグイのもあるし……」

「エルフじゃと! 悠久の時を生きるエルフじゃと! 何度も!」

「いや、あー、頭ではわかってっけどぉ……」


 でもなぁ……。


 見た目を無視しきるのは無理ですよ。


「百歩譲ってお前が大人なのを認めるにしてもな、お前の見た目を大人扱いして脳がバグったらいつか本物の子供にミスをしそうで怖いんだよ」

「え、え、お主マジで言ってる? 本気で儂のこと全然そういう目で見てない? マジで?」

「何度も言うけど、お前は良くて中学生に見える」

「それがどうした! それでもオタクの端くれか!」

「オタクがみんなロリコンだと思うなよ」


 俺の守備範囲は年上方向に延びている。


「でもの⁉ 儂の中身は大人なんじゃよ⁉ それをお主見た目一つでろりろり扱いとは、失礼と思ったりせんのか⁉」

「お前の中身が大人に見えてると思うなよ」


 お前の精神年齢見積もりは日々下がっている。


「毎日毎日ワガママ気まま思うがままを三拍子のリズムで刻みやがって。こどもだこども。大人扱いしてほしけりゃ洗ったぱんつ自分でしまえ」

「ぐ、ぐ、ぐ、ぐぅううううううう」


 ぐぅの音がでるギリギリ限界いっぱいいっぱいって感じ。


「はい。終わり。今日は客も来るし、その前に箱の中身さっといじるから。悪いけど一回自分の部屋に――」

「てれれてってれー! 『ギャグ回の時の部屋』ぁー!」

「そっかもうその部屋でいいからってお前なにしてんの⁉」


 とりだしたるは、お前それ油性マジックだろ!


「きゅきゅきゅのきゅー!」

「敷金!」


 壁に!


 めっちゃ描く! 扉!


 やめろ!


「やーいやーいバーカ! 悔しかったらここまでおいでーのじゃ! べろべろべろばー!」

「今どき漫画でも見ねぇ煽りを⁉」


 そしてその扉を開けて消える!


 ふざけろ⁉


「オレ、エルフ、コロス!」


 怒りのあまり言語中枢が死んだ俺は、当然のように後を追った。こちとら画鋲も刺さねぇようにお前このお前なぁ!!!!


 扉の向こうには、なんかパースの狂った、だだっぴろい荒野があった。


 えるふの部屋が消えていた。


「敷金!!!!!!」

「ふん! ちゃんと消せるゆえ安心せい。というかまずそこなのじゃな。この状態でも」


 当たり前だろ。


「今日という今日は許さん。このクソガキ、日が暮れるまで説教してやる」

「ククク、良いのかの? そのようなことを言って……」


 あぁ?


「言うたであろう。ここは『ギャグ回の時の部屋』よ。時空の狂ったこの世界で、果たして日が暮れるかのう!? かーっかっか! 喉を潰してわが身を呪うがよい!」

「よし。俺の喉かお前の自尊心か、先にキャンいうまでやろうぜ」

「うむ。負ける! やめよう! 外に出たらば説教されてやる故まず儂の話を聞くがよい!」

「自由か」


 でもなんか聞かないといけない気がする。


「で? なんだって? ギャグ回がなに?」

「そう、ギャグ回。あるじゃろ? スポーツ物じゃとかバトル物じゃとかでたまーに挟まるトンチキな、箸休めになるホッとする回。リアリティのレベルがダダ下がりして多少無理のある筋書きも通ってしまい来週にはきれいになかったことになっとるような回が!」


 ばっ、と両手を広げつつ背中を向けて、無駄のない洗練された無駄なシャフ度を決めて語るえるふ。


「ここがそれじゃ。外界と比して著しくリアリティレベルが低く、自由に世界の法則をリ・デザイン可能な小さな異界。ポケットの中にしまって運べるギャグ回。いうなれば、そう、ギャグ界!」

「いよいよやりたい放題だなお前な」

「ま! 儂の日常はいつだって愉快痛快なアクションコメディなんじゃがの!」

「俺はお前のこと悪い冗談だと思ってるよ」


 で、だ。


「その自由なギャグ界とやら、具体的に外と何が違うんだよ」

「ふむ……。お主の後ろ、ほれ、岩があるじゃろ?」


 振り返る。


「無かった気がするけど都合よくあるな。デカい岩」

「殴ってみよ」


 えー……。


「デカいじゃん。堅そうじゃん……」

「よいから、ほれ」


 そして、これ、この流れは、あれじゃん。ちょっと察しちゃうじゃん。一回渋って、半信半疑で、『何言ってんだよこいつ』みたいなノリを崩さず。グーを作って振りかぶって。


 ボゴォ! といい音を立てて岩が欠けた。


 やっぱな!


 そうなる流れだったな!


 初めてスーパーパワーに目覚めるときのな! な!


「な、なんだこれ! おいえるふ!」


 と白々しく驚きながら振り返るのも、お約束だよな!


 振り返った先で、えるふがシュオンシュオンシュオン……とか音立ててちょっと浮いてなかったらな。


「俺より強そう!」

「そうではない! 強いのじゃ!」

「ズルい! ズルいぞ! どうやんだよそれ!」

「フン、お主には無理よ、SPが足らぬ故な」

「何ポイントだよ!」

「クク――」


 ちょっと溜めて。


「――SP(スケベ・パワー)じゃ!」

「回収までが長ぇよ! クソっ!」


 ハラハラさせんじゃねぇ!


「今ここはエロスがそのまま力となるギャグ界! そしてみよ! このあふるるSP(スケベ・パワー)! 定命の者どもの浅はかなエロスではたどり着けぬ、悠久の悶々をへた境地がこれじゃ!」


 ゆらり、と浮かび上がるえるふ。髪の毛もうっすらと逆立ち、なんかオーラ的なものも見える気がする。なるほど、せいぜいうっすらパワフルになった俺と比べて、明らかに力の差があるのが見て取れる。


「で、なにがしたいんだよ」

「証明して見せようではないか! 儂が! スケベも嗜むオトナ女子であるということをなぁ!」

「スケベに詳しかったら大人って発想が子供の考えなんだよ!」

「うるちゃい!」


 やめろ! 手から光弾を放つな!


「ハハハ! どうした! 丹田(したごころ)を回せ! チャクラ(せいへき)を開け! このままひき潰してしまうぞ下郎が!」

「ギャグ回で修行回のムーヴをすんな!」


 おおおおおおお覚えてろよ外に出たなら!


「つうか客が来るって言ってんだろいい加減にしろ! してくれ! してください!」


 叫びもむなしく、飛び交う攻撃。逃げ惑う俺。吹き飛ぶ大岩。


「してくださいませ高等種族様っ⁉」

「クハハハハハァッ! ならばそのまま『えるふさんは素敵なレディです目が節穴でしたごめんちゃい』と五千兆回――!」

「ウィーす。ナカッペー、俺ちゃんOFFがお宝を頂戴しに参ったでー」


 あけっぱだった『ギャグ回の時の部屋』の扉をくぐって、来客登場。


 エロゲーを売ろうと思ってると話したところ「だらけの買取査定額に三千円上乗せするから巣作りドラゴンのパッケ版だけは是非譲ってくれ」と頼み込んでやってきた脇坂が。


 なんかゴウッ! ってなって光り始めた。


「脇坂ぁあああ!」


 えるふと! 比べ物にならないほど!


「嘘だぁあああああ!」


 どんだけ、どんだけだ脇坂。嘘だろ脇坂。俺の何百倍、何千倍なんだ脇坂!


 なんの説明もないのに、浮くな! 脇坂!


「止めろ! えるふ! 止めてくれ! あいつは何も知らないんだ!」


 こんな辱めあんまりだ!


「脇坂! まってろ、今すぐこんな悪ふざけ終わらせる!」

「……ナカッペ、ええんや」


 ……脇坂?


「ええんや……クク……気分がええんや……。これが……『力』……!」

「脇坂ぁあああ!」


 違うんだ、違うんだ脇坂。


 ギャグ回なんだ! これは! 脇坂っ!


「あやつ、尋常のSP(スケベ・パワー)ではない――スケベびとを超えたスケベびとスーパースケベびとだとでもいうのか⁉」

「お前この期に及んでなぁ!」

「ふざけてなどおらぬ! 奴のSP(スケベ・パワー)は常識の範疇を大きく超えておる、純然たる事実じゃ!」

「嘘だろ脇坂……」


 もう、もうやめてやってくれ……。


「ナカッペ……。なんでそんな顔しとるんや……? 俺ちゃんは、どんな顔しとる……?」


 見たことないくらい楽しそうだよ脇坂……。


 だろうな……。ディシディアに出れそうなくらいのオーラが出てるよ脇坂……。


「目に見えるほどに具質化(ディメンション)した我性癖(スケベティカ)。それもあれほどの規模の……」

「新しい単語出さないで頭わーなるから」

「いかん! あやつのトンチキは『ギャグ回の時の部屋』の許容量を超えておる! 笑って済む境界を踏み越えてはならぬのじゃ!」

「もういいよそれでおなかいっぱいだよ!」

「いいものか! もし、もしこの部屋があやつのトンチキを受け止めきれず、決壊した時には……」

「いいよもう、爆発オチでもするんだろ……?」

「いや」




「世界のリアリティレベルが暴落して、この星の世界観がボボボーボ・ボーボボになる」

「」

















 え、続くの?


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