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今日からとなりのえるふさん  作者: 絹谷田貫
13/15

1-12


 大人になると恥ずかしがりになる。


 子供の頃は良くも悪くも恥知らずに、思うまま、感じるままに振る舞えていたことが歳を重ねて辛くなる。『歳相応』とかいう正体不明の圧力が手足と自意識に焦げ付いて、いつか恥ずかしいと思うことそのものを当たり前と思うのだ。――「なんちゃらマンなんてもう卒業しなさいよ」「漫画なんてもう読む歳じゃないだろう」「ピコピコはいい加減にしなさい」なんて言葉を振り切って生きることにした俺は、ことさらそういう圧力を嫌い、なんなら憎んですらいる。


 が、やっぱり『歳相応』な恥じ入る気持ち、というのはあるもので。


「ニンニン! 集合時間五分前でゴザル! やはりこの部活棟無駄に遠いでゴザルなぁ。窓開けててよかったでニン!」

「セン、パイ……?」


 トートバッグをストン、と床に落とす向井。


 窓辺で固まる俺。


 死ぬかと思った。


「で、そのままとんぼ返りして部屋で丸まってめそめそする事三日、なのじゃ」

「コロシテ……コロシテ……」

「ええい鬱陶しい……。しかし同情する気持ちもなくもないのが厄介じゃのう……」

「シニタイ……シニタイ……」


 打ちひしがれて、夏。


 部室で集合してため込んだジャンプ本誌をポイしてから街に繰り出しカラオケでもしよーぜー、という夏のある日。「変身なりきりパジャマ」に身を包み窓から参上した俺の自尊心は大きな試練に直面し、ストレートに屈服した。


 無理……しんどい……(所謂オタク的ポジティブさのないニュアンスで)


「普通に電車で行けばよかった……ニンジャするにしろ手前で着替えていけばよかった……せめて20分前に到着するように……それまでの数回はそうしていたのに……そもそもここのところずっと『ナレンジャチェンジャー』つけっぱなしだし……なんで俺はあんなことを……」

「成功体験を重ねるとどんどん行動が雑になる、という典型例じゃなぁ」

「今聞きたいのはそういう客観的な分析じゃないやい!」

「じゃろうなぁ……」


 あの、あの向井の目。なにを責めるでもない驚愕。なんなら「ハ、ハハ、なんスかそれぇー、またえるふちゃんのー? もー? だめッスよ楽しちゃー?」という当たり障りのない対応。全てが俺の羞恥心を掻き毟る。


「むぉーん! ぬぁー! アウアウアッバババッバッバー!」

「枕に顔をうずめ叫ぶこと15回目じゃのう……。うーん。重篤……」

「俺はこれからどうすれば……」

「気持ちを切り替えて忘れる他あるまい。掘り下げてもなお辛くなるだけじゃし」

「そんな簡単にできないやい!」

「とはいえそうして切り替えていくのが生きるということじゃ。どれ、ここは人生の先達たる儂が気持ちがパーっと切り替わるステキ・ライフハックを授けて進ぜよう」

「頭がパーっとなるナイショ道具のオクスリとかか?」

「まぁ、近い」


 絶対ダメな奴だろ。


「今回は手持ちのナイショ道具ではないのでのう。注文してからの配送まちなんじゃが、ちょっと遅いのう……」

「あ、未来デパートから届くパターンなんだ今回」

「うむ、無料お急ぎ便でな。儂ってほらElezonプライム会員故」


 日に日にファンタジー感なくなるのな、お前な。


「トラッカー追跡的にもそろそろの筈ぞ」

「便利だなElezon」


 で。待つこと数十分。


 チャイムに応じてドアを開ければ、タレ犬耳でケモレベル3な感じの配達員さん。


「どーもー。お届け物でーす」

「あ、はいはい。お疲れ様です」

「こちらにサインか魔力認証お願いしまーす」

「あ、はいはい。サインで」

「はいありがとうございまーす。こちらお品物になりまーす」

「あ、はいはい。ありがとうございます。お疲れ様です。はいはい」

「失礼しましたー」


 以上。数分。なんかタブレットみたいな端末にサインしたけど、すげぇなぁ、Elezon。進んでるなぁ。


 で、だ。


「配達員さんが脇に抱えてた謎生物を渡されたんだが、ナニコレ」

「辛いときはこれに限る!」


 ひょいっと俺から謎生物をとりあげたえるふ、ぐいっと掲げていつものジングル。


「てれれてってれー! 『マルメジロ』ォ! わーいかわいいのぅアニマルセラピーじゃ!」

「生き物を通販するなよElezon!!!!」


 まさかと思ったけどマジで生き物を通販したのかこいつ!?


「マルメジロ可哀そうに背中に送り状貼られてるじゃねぇか! 進んでるというか頭大丈夫かエルフ!」

「送り状は生体に害のない作りになっとるし、配送中は魔法で快適安全にされているので安心じゃ!」

「いやそういう実利の問題ではなくてだな。いや、そうだな。なるほど魔法使えると価値観こうなるんか」


 何事も無問題に解決できるようなるから、俺ら非魔法人からみるととんでもねぇことになる、と。


「『善き者』がうんたらこうたらみたいなの、お前らもっとしたほうがいい。魔法ばっか使ってるとバカになるよ!」

「ええい口うるさいのう。マルメジロ怯えとるではないか。こわいでちゅねー、あのお兄ちゃんうるちゃいでちゅねー」

「そういう動物越しにディスってくる奴キライ!」

「ええから、もううちの子になっちゃったんじゃから。あきらめんか。まったくもー。あのお兄ちゃんアタマ固いでちゅねー」


 まじでやめろや。


「まぁなんじゃ、人間自分のことに汲々とするとろくなことがない。動物なりなんなり『自分以外の存在』に気を払うようにすれば、大抵の悩み事なんぞつまらんことじゃ」

「まぁ、言わんとすることはわかる。で、そこでチョイスしたのが、その、なんというか……」


 えるふが抱えている謎生物を観察する。


 大きさは、トイプードルくらいか? 臭いも特になく、見た目は、見た目は――


「まんまアルマジロだな」

「アルマジロじゃの」

「……アルマジロじゃねぇのコイツ?」

「ちがうんじゃなー。ばんじゃーい。ほら、ばんじゃーい」

「あんよを無理やり万歳させるな、可哀そうに」


 大人しいな。このアルマジロ。


「こちらアールブロンドでながく親しまれているペットでの。アルマジロそっくりじゃが、明確にアルマジロとは違う一種の魔法生物なんじゃ」

「いやでもアルマジロじゃん。明確にアルマジロだよ」

「うむ、見た目はアルマジロ。しかしマルメジロはアルマジロと違い、ある魔法特技をもっとるのじゃ! みておれー。この儂のゴムが死んだぱんつを」

「いよいよなんだかなって感じになるからそのぱんつしまってくれお願い」

「では要らんTシャツでも貰っていいかの?」

「いいよ」


 俺の寝間着用ボロTシャツを片手に、床に暫定アルマジロをそっと置くえるふ。


「うむ。アルマジロは自分が丸くなる。それに対してマルメジロはちょっと違うんじゃなー」

「どうせあれだろ。丸めるんだろ。その小さくて短くて可愛いあんよでこねこね丸めるんだろ!」

「どうじゃろうなー。ほーれ、丸めてよいぞー」

「やっぱ丸めるんじゃん」


 マルメジロがてちてち歩いて(可愛い)、ボロTの匂いをふんふん嗅ぎ(可愛い)そして、前足で、ああ、そんな短い、小さな、前足をぴこぴこさせて……(可愛い)


 タッチしたら「Tシャツがギュルンってなった!?」


「じゃーん! マルメジロは前足で触った任意のものをギュルンって球体にするのじゃー!」

「すっげぇ磨いた泥団子みたいになってる! すげぇ!」


 そしてそれを鼻でつついて転がしてる! 可愛い! 可愛い!


「マルちゃーん。ぱー、ぱーしよっかー。ぱー」とえるふが言えば「球体が逆ギュルンした!」「のー? 賢いじゃろー? 賢いねぇマルちゃん賢いねぇ」


 ところでひょっとしてその安直なマルちゃんとかいうの名前か?


「ま! いっか! マルちゃーん! お兄ちゃんとこおいでマルちゃーん! なぁオイえるふマルちゃんは何を丸めると楽しいの!?」

「そうじゃのぉ。ひも状のものとか?」

「このビニール紐ギュルンしようかマルちゃーん!」


 キャッキャ。ワイワイ。


 マルちゃんにあれこれギュルンさせたり、腹(意外とフカフカ)に顔をうずめてフンカフンカしてみたり、マルちゃんが部屋中嗅ぎまわるのをニコニコ眺めたり、えるふのスイッチがギュルンされそうになって「こらこらマルちゃん。これはメーよ」とか嗜めてみたり。


 やってるうちに三時間過ぎてた。


「動物、コンテンツ力すげぇ……」

「じゃっろー?」

「もうマルちゃんといちゃいちゃしてるだけで一日過ごせるわ……」


 スマホもゲームもパソコンも触らない三時間とかいつぶりだろうか。


 なんならスマホ放り出してどこにあるのかよくわからなくなってすらいる。


「お、ん? なんかピカピカしとるぞおぬしのスマホ」

「おっと、ミュートにしててよかった。これからはマルちゃんいるから騒がしい着信音とか控えねば」

「完全にその気じゃのー。というか傾き方が急勾配じゃのー。お主宗教勧誘とか気をつけよ?」


 きこえなーい。


「あー、向井からだわ。今から部屋来ていいかって。脇坂も一緒だって」

「お? 珍しい。というか儂が来てから初めてではないのか? お主の部屋に人が来るの」

「ここ三日間ずっと音信不通だったからじゃねぇかな?」

「絶対それじゃろ。心配かけとるんじゃろ」

「ふふ、申し訳ないことしたなぁ。もう心配ないって言ってやらないと」

「本音は?」

「マルちゃん自慢したい」

「儂もー!」


 そんなマルちゃん、俺たちが用意した寝床(というかくしゃくしゃに丸めた毛布)に埋まってスピスピ昼寝中である。可愛い!!


「……俺、マルちゃんを幸せにする……」

「おっと、父性の目覚めがちょろいのう」

「何とでも言え。マルちゃんのこのスピスピを守るためなら俺の恥などナンボのもんじゃい」

「いやお主がかいた恥はマルちゃんに一切関係ないんじゃが。まぁえっか!」


 暮れなずむ町からの日差しが、ピウピウ鼻息を立てるマルちゃんと俺たちを照らす。


 何を生き急いでいたんだろう……。この幸せを、ただ守れればそれでいいじゃないか……。


 現実逃避と言わば言え。いいんだよ。マルちゃん可愛いから。


「近くに来てるんだってよ」

「そっかー、じゃあマルちゃん起こすかのう。マルちゃんおっきしよっかー。お兄ちゃんのお友達来るからねー。可愛い可愛いしてもらおうのー」


 大人になると恥ずかしがりになる。しかし時には恥知らずにふるまう必要もあるのかもしれない。少なくとも、『歳相応』な守るものを得た時、一々恥ずかしがっていては通らぬ道理もあろうという物。


「ちーっすナカッペぇー。事情よく知らんけど死にかけてるって聞いて笑いに来たでー」

「ナカッペセンパイー! 死なないでくださーいッス! 大丈夫ッス今更恥じ入らなくてもアタシら対外恥ずかしいッスー!」

「ご近所に何事かと思われるから早く入れてめぇら」


 とりあえず、俺は自分の恥など捨てて、この愛らしい新しい同居人を友人に紹介しなくてはならな「あっ、マルちゃんだめじゃ走っては」えっ。


「おーっ邪魔すんでぇ」


 タッチ!


 ギュルン!


「脇坂ぁ!?」


 わわわわわ脇坂がギュルンってなって磨いた泥団子みたいにピカピカ光る球体に「なんやなんやナニコレ助けてナカッペぬぉー!」転がってウッソだろ!


「脇坂ぁー!?」

「マルメジロッス!? なんで日本に!?」

「脇坂が転がってくー!」


 ところでご存じだろうか。


 俺んちの前、坂。


 そして。


「この先、川ッスよ!?」

「脇坂ぁー!? どこ行くんだ脇坂ぁー!!!!」

「とめとめととととめとめ止めないととっとととセンパイ! センパイ! 止めないと速い転がるの速いとめとめとめとめとめ」


 速い! 遠い! 言ってるまに「うぉー!?」「せせせせセンパイなんとかセンパイ止めないと脇坂先輩がコロコロろろろ」「マルちゃん! メッじゃ! 人ギュルンしちゃメ! じゃ!」「ゆーとる場合か!?」コロコロコロって走ってももう追い付きそうにもあああこんなことしてる間に脇坂が脇坂がコロコロ転がって間に合わないわぁああああ!?


 あっ。そっか。


「センパイ早く何とかセンパイセンセンセンッ!?」

「……」

「センパイ?」

「変身ッ!!!!」

「センパイッ!?」




 大人になると恥ずかしがりになる。




 子供の頃はまわりの目だけが恥の基準で、気にさえしなければ怖いものはなかった。自分を疑いさえしなければ、あるいは自分を信じてくれる誰かさえいれば。


「……で、軽々に生体を購入したうえ、飼育道具も知識もなく安易に知人にお披露目しようとした、というわけッスね」

「はい……」

「マルメジロは国外飼育については準1級飼育難度に指定されてるンスけど。えるふちゃんも、そういうことの前知識もなにもなかった、と。そういうことッスね」

「はいなのじゃ……」

「向井、詳しいね……」

「自分、魔法生物飼育補助士の資格持ってるッス」


 しかして歳を重ねたならば、自分の中の自分の目線が生まれるものだ。『それって、俺的にもどうなのよ』と問いかける自分自身からは、誰も逃れることはできない。


「あえてキツイいい方するッスが。貴様らに生き物を飼う資格は無い」

「仰る通りで……」


 ましてや、恥など通り越した罪悪感から逃げる方法などないのだ。


 ケージやなんやの準備をして、ちゃんと勉強し胸を張ってお迎えできる自信ができるまで、マルちゃんは向井に預かってもらうことにしました。ゴメンマルちゃん。ごめん向井。ごめん脇坂。


 恥ずかしいですが、それ以上に、反省します。ハイ……。


 あと脇坂、お前を助けた謎のニンジャについてはもう触れないでくれお願い。

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