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「待たせたの」
ライダーや戦隊、魔法少女にコロコロ的ホビーアニメ。かつて子供心ときめかせた彼らの使いこなす夢の結晶。世のお父さんお母さんの財布を毎年圧迫する各種ガジェット類がその作品としての魅力に一役買っていることは疑う余地のないことだろう。
子供にとってそれを所持することはヒーローに『なる』ための魔法のカギであり、いずれ登る大人の階段への憧憬の象徴だ。ヒーローごっこにおままごと。それらの遊びの原点は「大人になりたい」という憧れであり、子供たちはそれを通じて「大人の社会での振る舞い方」を疑似的に学んでいく。
実際、あの手の玩具類の企画の時には「子供が触らせてもらえない大人の道具」という視点が常に盛り込まれているらしい。特に男児系では顕著で、最近だと「バイクより電車、電車よりやっぱり車のほうが身近でかつ『大人の乗り物』だよね」みたいな挑戦もあったくらいだ。俺も何気に普通免許(AT限定若葉マークとれたて純ペーパー)所有者であるから、初めて原動機付きの乗り物を操縦した感覚と快感、そして免許交付に伴う興奮は忘れがたい。
初めて自転車で隣町まで行った時の、いや、それ以上の「大人の仲間入りをした」という実感。今まで使えなかった道具を使いこなす、というのは、人間が成長の過程で抱く当然で永遠の憧れであり、生涯のテーマなのだ。
「と、いうわけでナイショ道具で俺の長距離移動を都合よく楽にしてほしい」
「おお。珍しくエルフの文明に積極的じゃな」
と、イカちゃんwithプライムシューターでゲーム内の地面をペチャペチャしていた駄耳が相槌を打った。
いつぞやのセブン・リーグ・フープの一件以来。俺はわりかし頻繁に、「エルフ的なスゴイ・移動サムシングにあやかりてぇな」と思うようになっていた。
単純に大学生活であれだけ憂鬱だった電車移動の時間が一瞬だった快適さを忘れがたい、というのもある。特にここのところちょいちょいあちら方面に(主に向井のスイッチで遊ぶために)ガタンゴトンしてたし。
それに。
「俺もいつまでも知らん知らんではいられんしな」
知らないふり見ないふり、いつか忘れる一時のこと。そうして割り切るには、このえるふと、こいつのもたらした非日常はあまりにも身近になりすぎた。
いずれえるふが『バカンス』を終え俺のこの部屋から去っていったとしても、俺は脇坂や向井の『現実』を忘れるわけにはいかない。
なぁなぁでごまかしていられる段階は、過ぎてしまったのだ。
「あと交通費を浮かせたい」
「なんじゃ。結局金か」
「お前の長耳なんかよりよっぽど向き合わなくちゃならない日常で現実だよ」
「別に悪いとは言って居らんぞ。おぬしの懐事情が緊迫すると儂も困るのじゃ、喜んで協力しようではないか。それはそれとして今夜は牛肉が喰いたいのう」
「来週更新の定期代が浮くかどうかにかかっている」
「チッ!」
「お前今時そんなストレートに舌打ちするやつ居る?」
こいついよいよなんにも隠さなくなってきたな。態度もそうだが格好の方もスパッツにノーブラタンクトップとか言うだらしなさだ。しかもどっちもやたらとくたびれているので何がとは言わないがはみ出し放題でほとんど着てる意味がないぞ。
「お前イカちゃんはそんなに着飾らせてるのに……」
「なんじゃ。文句あるか。儂の金で買ったアミーボについてきた儂の金で買ったギアじゃぞいいじゃろかっこいいじゃろ」
「文句があるのはそっちじゃなくてな……」
やめよう。ゲームのキャラに金をかけすぎて着た切り雀のボロ一丁の自称高等種族なんてまだ俺には向き合いきれない。「はぁー!? ラッぐ! ノーカン!」とか「あぁー! こいつガーゴイルしてんじゃないのじゃ味方運が死んどるんじゃ!」とか「煽りイカッ!! 絶許!!」とかわめいてるところも。
大敗を喫して「はぁー! クッソゲー! やってられんのじゃこんなんぬあー!」とかわめいてごろごろしてる様とか……。悔しがり方がアグレッシブだから大変なことになってんだよパンツしまえ。
「はぁあああ! やってられん! やめじゃやめじゃ! ニンテンドーは消費者に返金しる!」
「無理だろバカかよTUTAYAいけよ」
「いやだってDL版じゃし」
「なんでイカに限ってDL買ったし」
「じゃってきっと儂負けが込んだら衝動的に売っ払って次の日後悔するし……」
「自分のことがよくわかってて幸いだよ」
それがナワバリの立ち回りにも反映されればいいのにな。
俺の哀れな生き物を見る視線をどう勘違いしたのかなぜか得意満面な顔で「じゃっろー?」と笑うえるふ。
「そんな賢い儂じゃから高等種族たる己のことが理解できる以上お主のような下賤の者の考え方もまた理解できる! お主は次に「でもしっぺ返しのない普通に便利な奴に限るからな」と、言う!」
「でもしっぺ返しのない普通に便利な奴に限るからな。――ハッ!?」
ここまでオタク的テンプレ。なんだかんだでお互い息があってるのが腹立つなぁ。
「別に『一粒で時速300キロメートルで走れるようになるけど走りながら筋肉痛で死ぬ』みたいなキャラメルでもいいがのう。そういうんじゃないんじゃろ? ナイショ道具が全部が全部ジョークグッズというわけではないし。あるぞ。ちゃんとそういうのも」
「そうそう。珍妙な自殺がしたいわけじゃないからな」
「というか普通に『セブン・リーグ・フープ』を貸しっぱにしておいてやってもいいぞ?」
「あれは嫌だ。いつかきっと他の生き物と融合してバイオのボスキャラみたいになる。――ねぇの? こう、エルフ社会での乗り物。日本で言うところの原チャリとまでは言わないけど、せめてセグウェイ程度の」
DQで言うところの魔法のベッドくらいのランクの。
「えー……、んー……。まぁー……。……なくもないのじゃけどぉー……」
「なんだよもったいぶるなよ」
「でもお主普免じゃろ?」
「免許いるのかよ……」
だからなんで変なところで律儀なんだエルフ社会。
「儂が今さっと出せる乗り物系は全部何かしら資格がいるぞ? とるにしても今からじゃとちょっと……」
「ちなみに無資格で乗れないくらい難しいの?」
「むしろ無資格でも平気な程度に簡単じゃが故、バレて官憲に捕まったりすると「どうせ無免ならもうちょっと思い切った奴に乗れよハンパだなぁ」って凄くダサい呼ばわりされる程度じゃ」
「んー……!」
的確に嫌だ……!
「と、いうわけで乗り物系はなしじゃな。身体機能を強化する方向でいこう」
「なんかタルくなってきた」
「いい若いもんがなにをいっとるか。二本のあんよがついとるじゃろうが」
「突然老人ムーブすんのやめろよ」
「あっ、――お主には、立派な足がついとるじゃないか……」
「思い出して名言引用すんのやめろよ」
イラつく。
と、いうわけで。
「てってけてっててーててー、『ニンジャニナレンジャ・チェンジャー』ぁー!」
なんか日曜朝に使ったら全身タイツになれそうなブレスレットが出てきた。
「そしてセットの『変身なりきりパジャマ』じゃ!!」
「ぶちころ?」
「うわっ、儂の信用低すぎ……?」
うるせぇふざけろ。
「はぁあー。真面目に相談してたのにこの有様かよ。解散解散」
「いやまてまて、真面目じゃってホントマジメマジメ」
「同じ単語を繰り返すときは嘘つく時だってなんかのテレビで言ってた」
まったく、お前にはがっかりだよ。
ほんとによ!
まったくよ!
「まさかそのブレスレットで本当に忍者になれるわけじゃあるまいし……」
「え、なれるんじゃぞ?」
「本当ですかえるふさん!!」
すげぇ! 普通にすげぇ! 普通に普通じゃなくすげぇ!
「これ、これが、本物の、まさか、この目で見る日が来るとは……」
「お、おお。ここまで喜んでもらえると冥利に尽きるのう」
「これを、こう? こうですか? これでいいんですか? それで? 電池は単四? 単三? 追加戦士の奴もある? あるんだったら見たいんだけど」
「まぁまぁ落ち着け。今すぐにでもシュシュッと参上したいのはわかるがまぁ落ち着いて……」
「は? 吹っ飛ぶ二人の間すり抜けてブラックホールに消えたいんだよ勘違いすんな」
「うわめんどくさいタイプの思い入れがあるオタクじゃ」
うっせぇ好きなもんが好きで何が悪い。
「説明するまでもないが、そのブレスレットを使うとニンジャになれるんじゃ。ニンジャじゃからな。走るのも速いしすっげぇビューンて跳ぶビューンて」
「身体的なしっぺ返しは?」
「ニンジャが筋肉痛になぞなるか。ニンジャじゃぞ?」
「そっかぁ! 忍者だもんなぁ!」
「このなりきりパジャマがこう、このようにブレスレットに格納されるでな? あとは好きなポーズを決めながら好きな台詞を叫びここのボタンを押すとぴかっと光ってニンジャになれるんじゃ」
「ここか!? こうか!? よしいくぜ! はぁー……!」
「あと語尾がゴザルになって話の合間にニンニンというようになる。『ニンジャ』じゃから」
「変身ッ!」
ぴかっと光って。
時すでに遅し。
子供が大人に憧れるのは、要すれば「自分とは違う者になりたい」という欲求だ。大人に差し掛かってから憧れる「違う者」とは、果たして「大人」だろうか。それとも、過ぎこしてしまった「子供」だろうか。
「ニンニン、これほど日本文化にどっぷりしながらエルフ社会は未だ『ニンジャ』で止まっているというでゴザルか」
「とかなんとか言いながらなぜ脱がんのじゃ」
「……ちょっと気に入ってるでゴザル故」
それがどちらであったにせよ。憧れが叶うのは、悪くないでゴザルね。
スペシャルサンクス:
『ハイパーマルチナイショ道具クリエイター』実里晶
Twitter→@minoli_a
元案「忍者なりきりセット」
ありがとうございました。




