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今日からとなりのえるふさん  作者: 絹谷田貫
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1-1


 人はいつから大人になるのだろう。

『子供』になるのは簡単だ。よっぽど特殊な例でなければ、人はだれしも誰かの子供として生まれ、その社会における子供という括りの中で成長していく。そこから大人になることは、環境や状況によって変化はあれど、少なくとも生まれ落ちた瞬間から大人、ということはないだろう。なら、どこからどう区切って、人は子供から大人になるのだろうか。


 社会的に見れば、経済単位として独立した時ともいえるし、法律上の権利と義務を有したときともいえるだろう。生理的に見れば子供が作れるようになった辺りだろうか? 心ではかるのは難しい。親孝行したくなったら大人だろうが、独り立ちしたがるのは子供っぽい気もする。知らないことが多いうちは子供だろうが、だからと言って大人が何もかも知っているわけではあるまい。


 大人になりたいと思うのは子供の特権だろうが、大人になりたくないと思うのも、またそうだろう。もう一度子供になりたいと思うのは大人だろうか? そもそも、『子供』と『大人』は地続きなのだろうか?


「まぁそんなことを考えなくなった時分を大人になった、と評すべきじゃろうし。そんなことをいちいち思い悩んどるうちは子供じゃのう」

「つまりなにがいいたい」

「見た目は子供、頭脳は大人、森厳なるエルフたる儂はそういう存在じゃから? 下賤な人類であるおぬしはそこのところ理解していっぱしの成人として扱うように。敬うよーに! ということじゃ」


 そう言って我が家の玄関先でなぜか緑の狸をすすっている少女は胸を張った。

 なんかこう、あれだ。それこそ少年探偵のアニメとかみて変な影響を受けたんだろう。口調が変なのもアニメか漫画のせいだろうか。そもそも大人ぶりたいお年頃だろうし、女子は特にませてるもんだしな。

 金髪碧眼白い肌の、せいぜい中学生くらいの年にしか見えない少女にそんなこと言われても、いい年した大人な俺としては苦笑しつつ、学校でいじめられてそうだなーとか迂遠な心配が頭をよぎる程度である。

 そんなことを考えている俺を尻目に、ずずずっと勢いよく汁まで飲み干した金髪少女は実に幸せそうにため息をついた。


「うむ、やはり出汁つゆは薄味に限る。蕎麦とおうどんはこうでなくてはのう」

「そうかそうか、間違いなく関西出身だなお前」

「出身は異世界のアールブロンド王国じゃが、こう見えて日本の通俗には詳しいのじゃ」

「そうかそうか。じゃあついでに教えてやるけど。引っ越し蕎麦ってのは唐突に人んちの玄関で食い始めるもんじゃないんだよ」

「けち臭いことを言うな。ちゃんとおぬしの分も買ってきてやっとるじゃろうが。これじゃから人類は礼儀を知らぬ」

「少なくとも出会いがしらに劣等種族呼ばわりするほど無礼ではねぇよ」


 最初は日本語を間違って覚えて、ガイジンとエルフが取り違ってるんだと思ってたがこれはあれだ、本格的に頭のかわいそうな子かもしれん。

 隣に引っ越してきた、と言い張っているけれど、ひょっとすると、こう、ご両親も手を焼いて、なんかこう、闇深い事情から一人暮らしすることになったのかも。


「だとしたら厄介そうだからやっぱりさっさと帰ってくんねぇかな」

「ええい、露骨に邪険にするでないわ。なんじゃおぬしほんとに健康な男児か。こんなうら若きエルフが親しげにしておるというに」

「うら若いっつーか世間一般では幼いの範疇なんだよローティーン。お前が出入りすると俺の社会性が危険でヤバい」

「エルフじゃからー? エルフじゃからしょうがないのじゃー? こう見えておぬしよりはるかに長生きなんじゃぞー? ええじゃろ合法で若くてぴっちぴちじゃぞ」

「一つ、事実そうだとしても世間はそうは見ない。二つ、俺はビジュアルも伴った年上が好みだ。三つ、エルフはもっと大地に根差して森とともになんか魔法とか使って生きてるんだ。兵庫の田舎のアパートにTシャツとホットパンツで引っ越してこない」

「存在自体を否定しないあたり思い入れがあるようじゃのう。しかもだいぶ前時代的な」

「うかつに否定すると目の前の頭の可哀そうな子のアイデンティティに抵触しそうだから気を使ってるんだよ察せよ」

「じゃから可哀そうな子じゃなくてエルフじゃというに」


 半端に大人になると頭が固くて嫌になるのう、とつぶやいて、目の前の自称エルフは踵を返す。

 ようやく帰るのかと思ったが、なんか玄関先においてたらしいごっついトランクをもって戻ってきた。帰れよ。


「帰れよ」

「ついにオブラートも糞もなくなったのう。いい加減腹が立つでな、ぐうの音もでないエルフの魔法を見せてやるわい」


 そういってトランクを広げてごそごそと中身をあさりだす自称エルフ。どうでもいいが引っ越し荷物なのかぱんつとかはみ出ててなんかいたたまれない。なんとなく罪悪感を感じて目をそらしていると、ふと物音がやんだ。


「てってけてっててーててー、『ミエルグラス』ぅー!」

「なぜ未来から来た猫型ロボットのジングルを口ずさむ」

「エルフのナイショ道具じゃからこれ。喜べ幸運な人類よ。今後おぬしは隣人のよしみで、この魔法のトランクから出てくるナイショ道具をおぬしにも使わしてやろう。一話につき一つくらいの頻度で」

「何を言ってるのかさっぱりわからん」

「おぬしはそこそこ仕上がってしまったのび太君じゃということじゃ」

「しまいには入管あたりに連絡すんぞてめぇ!」

「ちゃんとビザもあるから怖くないわい!」


 わが国には謎のエルフ国家と国交があるとでもいうのか。


「ええからほれ、掛けてみい。もう名前から想像がつく通りの性能じゃから」

「やっすい百均の老眼鏡にしか見えねぇんだけど」

「ほほーん。そんなことを言っていいのかのー? これはのー、みえちゃうんじゃがのー。もう、ほんと、丸見えになっちゃうんじゃがのー。もー子供のころ夢に見たとおりにのー」

「やっすいエロ漫画の小道具にしか見えねぇんだけど!?」

「ええい往生際の悪い奴め。ええからはよかけんか! そしたら一発じゃというのに!」

「や、やめろう! お前曲がりなりにも女のくせになんでそんなグイグイ来るんだ!」


 どったんばったん、すったもんだ。

 それこそ安いエロ漫画みたいにくんずほぐれつやってるうちに、足を滑らせてすっころび、すかさず馬乗りに跨られて、無理やりメガネをかけられる。必死に目をつぶって首を振るも、わき腹にホットパンツからむき出しの太ももの感触がいけないこれ以上は条例に反する!


「良くないと思います! こういうの良くないと思います!」

「かまととぶりよってこの軟弱ものめが。ええからはよう現実を見よ!」

「いやだってなんていうのか心の準備というかどうせ見るなら好みのおねぇさんのほうがいいというか」

「十数えるうちに目を開けんと押しつぶす」


 何をとは言われてないけどヒュンとなったのでもはやここまで。

 観念してゆっくりと、目を開ける。


「の? 見えるじゃろ?」


 と、ドヤ顔の自称エルフが、自分の耳元をつんつんとつついて見せる。

 確かに丸見えになっていた。

 二年暮らしてすっかり見慣れたはずの俺の部屋は一変していた。

 天井の隅に巣を張っているのは蜘蛛ではなくて小人だった。換気扇の風に乗って妖精がくるくる回って遊んでいる。窓の外を見ると足のない幽霊がケラケラ笑いながら飛びすぎて行って、空では髭面の魔人が雲をこねつつ唸っていた。

 エルフ(、、、)の耳元を改める。

 確かにさっきまで丸かったはずのそれは、見事に物語のそのままに、尖っていた。


「お前、ほんとに」

「アールブロンド王国から長めのバカンスにやってきた、何の変哲もないいちエルフじゃ」


 俺に馬乗りになったまま、実に楽しそうにエルフは笑う。


「よろしくの。お隣さん」

「……よろしくお願いします」


 大人になったと自負していた俺だが、どうやらまだまだ、知らないことはあるようだ。

 とりあえず、隣人の素性から知らなくてはなるまい。

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