俺と魔王が冒険者になるまで
「け、結婚して下さい。愛してます」
こんな熱烈な愛情表現を受けられる人間が何人いるだろう。
「だが、お断りだ」
惜しい。
顔は可愛いし、小柄ながらも一途な点は評価に値する。
目も綺麗でサファイアの如き輝き。
唇は花ように鮮やかで、吸い甲斐が、じゃなかった。
化粧映えしそうだ。
髪型も健気に俺の好みに合わせてツインテールにしてくれてる。
絹さながらの金髪も、最高にストライク。
じゃあ、どうしてこれを断るのか。
これが、これが『魔王』じゃなければなぁ。
それと、度し難い変態じゃなければなぁ。
「そもそもだな。これで二百八回目だぞ! いい加減諦めてくれよ」
「今回はいつもと違いますよ。それはですね、じゃ、じゃーん。分かりますか? これ人化の秘宝です。あ、干してるパンツ貰っても良いですか」
部屋干ししていた俺のトランクスを手に取ろうとする。
こいつ、手慣れてやがる。
会話の中にごく自然に、質問として紛れ込ませる。
だが、甘い。
「平然と干してるパンツ盗もうとしないでね。それ身内じゃなきゃ犯罪だからね。お前常習犯だし、箪笥強化するわ」
「ちょくちょく新品になってるから、気付かれてないと思っていたのに。ッチ」
舌打ちすんな。
「とにかくですよ。人化の秘宝で私は魔族じゃなくなります。だから、この婚姻届にサインして下さい」
「だから、の繋ぎ目がおかしいよね。段階を踏もうよ。お願いだから」
魔王ルシフェール。
この世に混沌をもたらすどころか、ただの人間に惚れるなどと禁忌を犯して早何年か。
きっかけは些細なことだった。
勇者に追い詰められ、行き倒れになっているところをただの村人が拾って帰った。
本当にただそれだけ。
だというのに、今もこうして一人で生活する俺の側でその恩に報いようとしてくれてる。
俺はその鎖から解いてやりたいのだが……。
「ルーシー。頼むから俺のパンツ返してくれ。ねぇ、風呂入れないから。替えのパンツないままとか、汚いから」
「エオン、あれ見て下さい。流星ですよ」
やれやれ。
俺は目を閉じて、大げさに笑ってやった。
「家の中で流星とか、爆破に耐えれなくて俺たち死ぬからね。……何ぃ!? 俺の手元に新品のパンツだと?」
してやられた。
まだ、こいつ成長してやがる。
恐ろしい、この子の将来が末恐ろしいぞ。
「それよりも人化の秘宝、意味無かったな。その、なんだ? 元気出せよ」
「ええ、あれは詐欺です。家の財産全て使ったというのに。効果がないとは、信じられませんよ。クソ詐欺坊主が」
「ちょ、何て?」
「家のお金、人化の秘宝にぜーんぶ使っちゃいました。テヘペロペロリ」
きえええええええ。
何で、どうして、隠してあったはずなのに。
こういう事態が過去に起きたから、念密に、厳密に、しっかりと、三重くらいに錠もかけてたはず。
ルーシーの手に握られている、壊れた錠。
あぁ、無理矢理壊したのか。
って、許せねえーわ。
「……そりゃ、確かに。お前が稼いできてるよ? 俺よりも稼ぎ良いよ? でもさぁ、あるじゃん。一言お断りするもんじゃん?」
「エオンが結婚してくれないのは、私が魔族だからかなって」
しんみりとした顔をする。
その顔に俺は百回は騙された。
もう、騙されないんだから!
「そういうのじゃないから。結婚とか俺には必要ないの。もう何年も一緒に暮らしてるだろ。それで良くないか?」
「そういうの結構です。私はライクじゃないです。ラブなんです。エオンは私のパンツの匂いとか嗅いだりしないんですか? したいと思わないんですか?」
「誰がパンツを頭から被ったりするかあああ!」
「あ、パンツ被ったんですか。それでも私はエオンが大好きですよ」
これは、さては罠か。
え、別に被ったことないよ。
いや、そんなん人としてどうかと思うわ。
うん、うん……。
「おう、分かった。普段はルーシーがほぼ全部稼いでくれてるし。金なら俺が何とかする。アテはある。ツテもある」
誤魔化せ、どうにかして誤魔化すんだ。
震えた声で、俺はやってないとアピールしておいた。
「えへへ、エオン。愛してますよ」
このルーシーの気持ちは断じて、恋なんかじゃない。
ただの、家族愛である。
大丈夫、俺にはまだ売れる物もある。
この短剣なんか、多分一ヶ月は生活できるだけの金になるだろうし。
とりあえず目下の一ヶ月さえ耐えれば、また狩りで食っていけるはずだ。
……はず、だったのに。
「早速だが、冒険者になって金稼ぐのと、冒険者になって金稼ぐのどっちが良い?」
「エオン、どういうつもりでしょう。二択なってないんですけど。それに、短剣を売りに行ったんじゃ」
「……盗まれた」
天を仰いで、涙を堪える。
泣いてないから、これはそう、雨だから。
堪えるように声を絞り出した。
「俺の短剣、盗まれた」
「怪我はないですか? エオン、そいつらの特徴をお願いします。私がぶっ殺しますから。肉片にして、地獄の業火で丸焼きにして剣山に突き刺して、それから血の池に沈めます」
サファイアの瞳が炎で揺らめく。
実際にルーシーの力はそんじょそこらの冒険者の比ではない。
穏やかに生活する為に今はほとんど使っては居ないが、こんな小さな村なら指先一つで消せるだろう。
どうにか滾るエオンを宥めて、俺は村からゆっくりと歩く。
「ごめんな。本当は危険な冒険者なんて俺も嫌なんだけど」
「仕方ありませんよ。幸いギルドの登録料はありますから。いっぱい稼いで、早急に家に戻りましょうね」
この世界には迷宮も魔物も多い。
迷宮なんて、一発当てれば即お金持ちになれるぐらいの財宝が眠ってる所もあるらしい。
俺は十八になったこの歳でも恐ろしくて、そんな場所に行ったことがない。
だって、怪物が出るんでしょう?
そんなの、絶対に無理。
うだうだとしている間にもう着いてしまった。
「職業とか言われても知らんし。まず登録料とか詐欺じゃないか?」
「さぁ? エオンが居ればそれで私は良いです」
ギルドと書かれている扉をゆっくりと開く。
深呼吸、深呼吸。
「っしゃせえええええ!」
思わず耳を塞ぐ。
なんつーでかい声だよ。
最初ぐらい優しくして下さい。
「ギルドアカシアへよっこそっおおおお!」
アカシアという町の名。
それを使っているんだろう。
一人の男が唾を飛ばしながら、俺たちを出迎えてくれた。
顔がマジで怖い、金髪のリーゼントに血走った目とかもうトラウマ確定だろ。
ギルド内は広く、大勢の冒険者たちが静かに座って談笑していた。
このテンションが普通なのかよ。
「ご利用はっううう、初めてでしょうかああああ?」
「ひぇっ」
怯えを知らないルーシーまで、こんな有様だ。
こいつはやばいどころの騒ぎじゃねぇ。
あれ、もしかしてこいつが怪物なの?
怪物、唾飛ばしなの?
「では、書類どうぞ」
助けて、本当に怖いよ。
情緒不安定どころじゃないから。
血走ってた目はどうしたんだよ。
もう澄み渡りすぎて、俺がさっきまで見てた光景が信じられない。
「じゃ、数値計りますねー。こらピョッピー。頭から出てくるな。はは、すいません」
リーゼントから、ひ、ひよこが出てきたんですけど。
俺は今まで世間を知らな過ぎたのか。
もう異世界と言われても、余裕で信じてしまう。
「まずはルーシーさんからですね。では、これを腕に装着して下さい」
手渡されたのは、赤い宝石が嵌め込まれた腕輪だった。
ルシフェールそのままだと、あまりにマズイのでとりあえずルーシーで通すことにした。
「腕輪っと、出たあああ! け、計測不可能だああああ! っしゃせええええ!」
「「っしゃせえええええ!」」
「な、何ですか。すっごい怖いんですけど」
何なのこのギルドにいる人達、もうみんな頭おかしいよ。
「あ、計測不可能とはどんな職業でも選択できるという優れた潜在能力の証になります。おめでとうございます。えーと、通称は無限適正ですね」
「「おめでとう」」
息ぴったりかよ。
俺の感覚がおかしくなってきてる。
もう、っしゃせえええには怯えない。
「ではエオンさん、どうぞ。あ、こらピョッピー。頭皮の皮を食べないで。はは、すいません」
笑えねえ。
さっきから頭をコンコンと叩きつける音が聞こえる。
ピョッピー、やめてあげて。
「では、腕輪っと。……こちらはレア職業いただきましたああああ!」
次の言葉は、っしゃせえええ、だろ?
大丈夫、もう心の準備は出来てる。
「あ、おめでとうございます」
返せよ。
俺の心の準備返せよ。
「これは、見たことない職業ですね。えーっと、レディマスター? すいません、誰か知ってますか?」
「「知りません」」
「何でだよ、誰か知っとけよ!」
こうして俺は十八にして、謎の職業レディマスター。
元魔王のルーシーは、無限適正を持つ冒険者に。
旅の第一歩を踏み出した。