少年は生きることを前向きに諦めました
2019 10/10 加筆しました。
これは不治の病に冒された少年が綴った日記である。
小学六年生という幼い子供が死を身近に感じ、どんな気持ちを抱えていたのか。
彼の日記には、その全てが記され――否、隠されていた。
【8月30日】
パパに言われた。
生きることをあきらめるなって。
お前が生きたいと思う限り、パパもあきらめないって。
つらくてもがんばろうって、泣きながら言ってくれた。
モテるくせに、再こんもしないで子供のことばっかり。
見てられなかった。
たえられなかった。
いつも迷わくばかりかけて、ごめんなさい。
【9月15日】
血をはいた。
●●●●とかいう病気の末期なんだって。
このままぼくは死ぬ。
もう手のほどこしようがないって、お医者さんが言ってたのを聞いた。
元気になったら、かのじょとか作ってみたかったけど、無理かな。
ルックスはパパゆずりで悪くないと思うし。
口説き文句もパパに教えてもらったんだ。
ランドセル担いだ子供が言ってもしまらないって、笑われたけど。
言ってみたかったな。
せっかく教えてもらったのに。
くやしくて、なんだかなみだが出てきた。
六年生で死ななきゃいけないなんて、神様のばかやろう。
好きな子だっているのに。
しおりちゃん――同じクラスの女の子。
たった一つ、心残りがあるとすれば、あの子に……。
意気地がないぼくに、できるはずもないけど。
【10月23日】
世界一大すきなパパ。
ふつうの子供に生まれてこられなくてごめんなさい。
0点な子供でごめんなさい。
がんばったんだけど、体が思うように動かないんだ。
ほとんどというか、まったく親孝行できなかった。
死ぬまでめいわくをかけるなんて。
いやだな、こんな自分。
【11月18日】
生まれてこなければよかった。
死ぬために、めいわくをかけるために生まれてきたみたいじゃないか。
ろくでもない人生じゃないか。
神様、せめてものお願いです。
楽に死なせてください。
パパ、ごめんなさい。
こんな情けないことを言う息子で。
パパ、ごめんなさい。
これからは自分のために生きてください。
しっかり者のパパなら、きっといい人が見つかると思います。
たくさんの思い出をありがとう。
今まで育ててくれてありがとう。
【12月4日】
そろそろだと思うけど、死ぬのがこわくなくなった。
ウソじゃない。
だって、やっと病気がなおるんだ。
死んでゆうれいになれば、病気なんて関係ない。
おばけだぞーって、みんなをおどろかしてやる。
理科室の人体模型とどっちがビックリされるかな。
乗り移ったりできるのかな。
早く自由に動き回れるようになりたいな。
いよいよぼくは死ぬ。
ごめんなさいは、もう言わない。
れっとう感も、もう捨てた。
いいところが一つもないぼくだったけど。
二度と、生まれてきたことをこうかいなんてしない。
泣かないで、パパ。
ろうそくみたいな命だったけど。
生まれてこられて、パパの子供で……ぼくは本当に幸せでした。
12月5日、少年は眠るようにして息を引き取った。
少年の父親は日記を読み、涙に暮れた。
自分は息子に何をしてやれただろう。そればかりを考えるようになった。
そして父親は思った。
息子が抱いていた心残り――
それは、しおりという少女へ想いを伝えることだったのではないかと。
父親は、この日記を少女に見せることにした。
その時になって、父親はあることに気がついた。
最後のページが、糊付けされたように前のページに貼りついていたのだ。
丁寧にページを剥がすと、そこにも少年の想いは綴られていた。
しかも、生前にこの日を予見していたのか、日付は今日のものになっていた。
日記の最後には、こう書かれていた。
【12月8日】
いつまでも泣いていないで、パパ笑って。
ママと一緒に、天国から見守っているから。
もし、さびしくて涙が止まらないなら目をつむってみて。
歌が聞こえてこない?
死ぬ前に、ぼくがいつも口ずさんでいた歌――
ロードオ●メジャーの『大切なもの』
二度と戻らなくても、目を閉じれば、そこにはほら。
いくらでも優しい思い出たちが浮かんでくる。でしょ?
Looking for your smile. ――パパに教えてもらった台詞だよ。
予定では、しおりちゃんに言うはずだったんだけど、パパに贈るね。
まるで、本当に天国から見守っているかのようなメッセージだった。
一緒に日記を読んでいた少女は涙した。
少女もまた、息子の死を悼んでくれたのだと少年の父親は思った。
しかし、少女は突如として日記を破り、川に投げ捨ててしまった。
何故そんなことをしたのか問うたが、少女はついぞ語ろうとしなかった。
それからというもの、少女はしきりに背後を気にするようになった。
ある者は、少女もまた少年に恋していたが故の憤りだと言った。
またある者は、日記に宿った少年の呪いなどと言った。
いったい少女は何を知ったのか。
日記が失われた今となっては、少女以外、真相は誰にもわからない。
これは下ネタです。
どこに下ネタが? と思われましたら、もう一度少年の日記を、ルビを意識しながら読み返してみてください。
申し訳ありません。
スマホや携帯で読んでくださった読者には、少し不親切な仕掛けかもしれません。