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第三話

 ネフィーゼはジルオニアに案内され、彼の部屋に入った。初めて入ったジルオニアの衣装部屋を見て、その衣装の数に驚きを隠せなかった。

「私の古い服に確か…あった」

 ジルオニアが持ち出してきた衣装に、ネフィーゼの目が丸くなった。

「ジルオニア様?」

「私は冬国の生まれでな。衣装も自分で作っていた事もあった」

「では、これはジルオニア様が…」

 それは余りにも質素で、庶民が着る物と何ら変わらない素材で出来ていた。

「捨てられずにずっと取っておいたこの服がこんな所で役に立つとはな。ズボンもあるぞ」

 それは体の線に合わせた動きやすそうな物だった。

「これを北国で?」

 余りにも実用的ではないと思い、思わずネフィーゼはそう言っていた。

「あ、それは狩りに出る時に下に履いていた物だ」

「狩り?」

 思わずネフィーゼは目を丸くした。裕福そうに見えたこの青年が、意外と苦労性だと言う事に気が付いた。

「私はしばらく外に出てるからここで着着替えると良い」

「え、そんな」

「その服が合わなければ別の服を合わせないといけないだろう」

 ジルオニアはそう言って部屋を出て行った。そう言われれば服を着ない訳にも行かず、ネフィーゼは自らのドレスを脱ぎ始めた。

「ネフィーゼ様」

 外から扉がノックされ、ネフィーゼは慌てて服を着ようとした。

「メイドのル二ンです。お着替えをお手伝いするようにと、仰せつかってまいりました」

「どうぞ。お入り下さい」

 ジルオニアの気遣いを無下にも出来ず、ネフィーゼはそう返事をした。扉を開けて入って来たのはこの屋敷のメイドのルニンだった。一回りくらい年が違うのだが、そんな事を感じさせないくらいルニンは若く見えた。

「失礼します」

 ルニンはネフィーゼのドレスを脱ぐのを手伝ってくれた。着替え終えると、この部屋の主を呼んできた。

「窮屈ではないか」

「はい。とても動きやすいです」

 ジルオニアはネフィーゼの胸の膨らみが気になった。コルセットを巻いているとはいえ、少年用の服では隠しきれる物では無かった。

「何か羽織える物を作らないといけないな」

 ジルオニアはルニンに糸を買ってくるようにと告げた。ルニンがそれを聞き、下がって行った。

「ジルオニア様」

 ジルオニアがネフィーゼの後ろに立ち、目で寸法を図った。

「肩回りはどうだ?ずっと羽織っていられる物の方が良いだろう」

 両腕を持ち上げられ、思わずネフィーゼは背中を丸めそうになった。

「女性の服なんぞ母の物以来だからな。という事は母の昔の寸法で良いのか。しかし男性用に見えるようにとの事だしな…」

 思わずネフィーゼはジルオニアの顔を見た。

「男性?」

「ああ。今着ている物が男物なのに、羽織っている物が女物だとおかしいだろ」

 ネフィーゼはそうかと頷いた。その時、従者がジルオニアを呼んだ。

「分かった」

 数言話した後、ジルオニアがネフィーゼを見た。

「ネフィーゼ、悪いがしばらくの間だけ男性になってくれないか。王家から目を逸らす間だけ。しばらく辛いだろうが…」

 ネフィーゼは、目の前で殺された叔父を思い浮かべた。

「……はい」

 ぐっと涙を堪えた姿を見て、ジルオニアが数瞬だが同情の眼差しを向けた。

「いずれ、この辛き道も明けるであろう」

 思わずネフィーゼはジルオニアの顔を見た。

(もしかして慰めてくれているの?)

 初めて会った時の印象が拭い切れないネフィーゼにとって、それは意外な言葉だった。


 ネフィーゼの焼いた菓子をつついていると、従者が彼女の訪れを告げた。すっかり別人のような姿で入って来たネフィーゼを見て、メフィデは口に手をあてた。

「まあまぁ、何という事。若い頃のシアルドのようだわ…」

「お父様?」

 メフィデの顔が柔らかくなり、短く切り揃えられたネフィーゼの頭を撫でた。

「ええ。やはり親子なのね」

 そして、メフィデはネフィーゼの後から入って来た自分の息子に向き直った。

「それで、この子は何と呼べばいいのかしら」

 ジルオニアは考え込むように、顎に手をあてた。

「私は名前を考えるのが苦手でして」

「コルトは?私の生まれた所では森の木を表す」

 そう言ったのはセフィニオルだった。

「まさにうってつけの名前ね。コルト」

「はい、よろしくお願いします」

 ネフィーゼは町の少年がやるように頭を軽く下げた。

「では、さっそくだけどコルト。手伝って欲しい事があるのだけどいいかしら」

 メフィデにネフィーゼは頷いた。

「はい。よろしくお願いします」


 メフィデはこの屋敷の事や、料理のみならず掃除の事まで教えてくれた。しかもメイドからではなく女主人直々にだった。徹底的にコルトとなったネフィーゼに、この屋敷の事を叩き込むつもりのようだ。

「朝は調理場の床拭きから始まり、朝の仕込み。洗濯が終われば部屋の掃除」

 ネフィーゼは慌てて従者から紙とペンを借り、メモして行く。

「道具の使い方はノルベが教えてくらるわ。部屋の掃除が終われば次は庭の手入れね。コルトがやる範囲を教えるからついてきて」

 メフィデの後について庭に出ると、そこには立派な庭が広がっていた。

「すごいわ…じゃなかった。すごいです。これは全部奥様が?」

「私がしているのはこのロベルの花の所だけよ。後は庭師に任せているわ。ちょうどいいわね。ロベルの世話をコルトに任せようかしら」

「えっ?」

 思ってもみなかった言葉に、ネフィーゼは思わずメフィデを見た。

「育てる事は大変でしょう」

「…はい」

 メフィデが立ち上がり、ネフィーゼに微笑みかけた。

「決まりね。コルト」


 それからネフィーゼは家の事はもちろんの事、庭の花を一生懸命育てた。男性の格好にも慣れて来た頃、ジルオニアが羽織れる男性用のショールを織ってくれた。

「ありがとうございます」

 ネフィーゼはそれを素直に受け取る事が出来た。

「これなら腕を動かす作業を邪魔する事も無いだろう」

 それは体型を隠すだけでなく、機能性にもすぐれていた。

(とても素晴らしい出来だわ…これならずっと羽織っていられる)

 ショールを羽織るのを見たジルオニアが、ネフィーゼのすぐ隣に腰掛けた。

「私は今回の犯人の事、父も母も違うと思ってる」

「ええ、私も…」

 この屋敷に来る事がすごく怖かったが、ネフィーゼは今少しだけ明るい気持ちでいられた。

(この屋敷の方達、皆私に優しくして下さる)

 その時ジルオニアと目線が合い、思わず慌てて視線を逸らしてしまった。

(ど、どうしたのかしら私?)

 ネフィーゼは頬を抑えた。

「以前、ネフィーゼはこの屋敷に訪れた事があったと言ったな」

 突然ジルオニアがそんな事を言い出した。

「え、えぇ」

「裏の林にある湖に小舟が浮かんでいるのだが、以前来た事は無いか」

「えっ…覚えておりませんわ」

 すると、ジルオニアが残念そうな顔になった。

「そうか」

(どうしてそんな事をお聞きになさるのかしら)

 ネフィーゼは首を傾げた。そして、ある事を聞いてみたくなった。

「ジルオニア様、一つお伺いしてもよろしいでしょうか」

ブクマありがとうございます。頑張ります。

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