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第七章  「沈黙の島 後編」

 8月11日 AM03:25 日本国沖縄県宮古島 野原岳東方

 

『――中隊、攻撃前進、前へ! 伏撃に留意せよ!』

 普通科部隊は小山を囲むように展開し、そして山を締め上げんとするかのように距離を詰め始めた。ただし山と周辺の境界が判然としない程傾斜は緩やかで、山の頂上は木々に遮られて判然としなかった。


 命令を以て、包囲から掃討へと状況は一転する。前進の先頭を切る小銃小隊、その背後に分隊支援機関銃が続く。山へと通じる複数の広域農道を伝い、ディーゼル音を蹴立てて接近を図るのは87式偵察警戒車だ。六輪のコンバットタイヤを履いた腰高な外観、掃討に臨む普通科小隊への火力と装甲の提供が、この装甲車両に課せられた任務であった。敵の反撃ある場合、87式は搭載する25㎜機関砲を以て山を掃射することになる。その87式の後に続いて走る軽装甲機動車、そして高機動車が数台――先夜の宮古島全域に跨る巡航ミサイル着弾は、防衛隊が島に陸揚げした索敵装備のみならず、防衛部隊が動かし得るヘリコプター群に少なからぬ損害を与えたものの、戦力としての陸自は未だに健在であった。ただし、宮古島空港に駐機していたヘリが被った損害が予想外に大きく、効果的な空中機動はもはや望むべくもない。下地島にいたっては今や完全に敵の制圧下にある。

 

 前進を開始する小銃小隊を、中隊隷下の迫撃砲小隊と狙撃分隊が後方に在って支援する。先夜、巡航ミサイル着弾時の混乱を利用し空中からの野原岳近傍に降着し、さらには空自の警戒施設の破壊に成功した武装勢力の総数及び陣容は不明だが、潜伏が予想される野原岳の全容を勘案すれば、それ程の規模は有り得ないように彼らには思われた……そうした感慨は、掃討部隊を掌握する中隊長の傍に在って、山に向かい前進を続ける宇川 澪 二等陸曹もまた例外ではない。迷彩作業服の上に弾薬入れと一体化したボディアーマーと鉄帽を纏い、さらに中隊指揮用の無線機を背負った彼の出で立ち。それは一切の表情を覆うスカーフと防塵ゴーグルも重なり、まるでSF漫画に出て来るサイボーグ兵士のようにも見える。

 

「…………?」

 頭頂部までの比高109メートル。なだらかな野原岳の、辛うじて見出すことの出来る中腹に、輪郭こそ掴めないものの植生の不自然な歪みが見えた――というより感じられた。狙撃兵か!?……と察するのと同時に中腹に光が生まれ、次には獰猛な滑空音が鼓膜を打つ。

「中隊長!?」

 「止まれ」を命じる積りであったのか? だが中隊長の動きは手を上げたところで止まった。音速で突っ込んで来た質量に抉られたボディーアーマー、肩から千切られ空を舞う腕、それが、宇川二曹が目にした瞬間の全てだった。倒された中隊長すら、自分の身に何が起こったのか量れない程の衝撃――

「――こちら第三中隊(サン)、中隊長が撃たれた! 中隊長が狙撃された!」

 異状を察し、数名の隊員が前に進み出る。宇川二曹も顔を知っている分隊長たる三等陸曹、その彼が隊を掌握しようと部下にハンドサインを示した瞬間、今度は彼の頭が消えた。まるで手品のように、首から上が消し飛んだ。

『――分隊長!? 分隊長!』

「散開しろ! 撃たれるぞ!」

 只の狙撃では無い。敵は射程距離に優れた対物ライフルを使い我々を殺しに掛かっている。飛ばされた片腕の付け根を止血せんと延ばした手が、忽ち不快な朱に染まる。弱まりゆく動脈の躍動を傷口越しに感じ、埒が明かないことを悟る。そして宇川は中隊長の躯を後方まで引き摺ろうと試みる。

迫撃砲(ハク)へ、支援射撃を要請。山の中腹だ! 南側の中腹にばら撒いてくれ!」

『――迫撃砲(ハク)よりサンへ、具体的な位置報せ! 落ち着け!』

「山に狙撃兵がいるんだ! 撃ち込め! 山を埋めるぐらい撃ち込めっつってんだよ!」


 ドドドドドドドドド…………


 機関砲特有の、重々しい射撃音が戦場と化した田畑に響き渡る。異変を察知した近傍の87式偵察警戒車が射撃を始めたのだ。あそこだ!……と、宇川二曹は意を決する。87式の傍まで引っ張って行こう。それから――

 散開した小銃隊員もまた応戦を始めている。89式小銃、MINIMI分隊支援機関銃の小気味良い射撃音が一帯に重複する。しかしそれは愚かな行為だった。夜が明けきらぬ故に目測を誤っていることもあるが、小火器の有効射程から山はなお遠い。しかも彼らの多くが個々の在所から一歩も前進しようとせず、ただ徒に山へ向かい届かぬ弾幕をばら撒いている。指揮官を失った衝撃もそうだが、敵の狙撃兵に捉まったという恐怖……何よりも戦闘中の隊員の多くが戦闘行為を「初体験」し、対応する術を見失っているという状況が作戦の停滞を生んでいる――中隊を嘲笑い、あるいは心理的な間隙に付け入るかのように狙撃が続き、必殺の対物ライフルは死と致命傷を生産していく。

『――足が!……おれの足がぁ!』

『――第二分隊、二名受傷! 支援まだか!?』

『――衛生兵! 衛生兵来てくれ!』

『――試射!……弾着ぁーく、いま!』

 山腹に生じた81ミリ迫撃砲の着弾は三つ、次の瞬間には花が咲く様に稜線全体に弾着が広がっていく。ただしその間隔はなお疎らで、遠方に在ってはその有効性を図ることができなかった。

「…………」

 中隊長を引き摺って行く途上、宇川二曹は農道の影に沿い匍匐前進を続ける隊員と眼が合った。01式軽対戦車誘導弾を背負った隊員。同じく匍匐で中隊長を引き摺りつつ、宇川二曹には思い当る処がある。

「軽MAT、敵の狙撃位置が見えるか?」

 傍から不意に声を掛けられ、その隊員は動揺した素振りを隠さなかった。若い、未だ少年の面影を残した隊員だった。階級は……

「……一士、軽MATを使えば此処から届く、敵の位置が見えるか」

「向こうです。向こうにいます」

 一等陸士の階級章を付けた隊員が、恐る恐る山へと指を延ばす。彼の傍にあって指す方向を目で追った先、宇川二曹は山間を蠢く人間の輪郭を見た様な気がした。同時に宇川二曹の方を見遣った隊員が、表情を強張らせているのに気付く。引き摺ってまで宇川が救おうと試みた中隊長の、血色の完全に失せた横顔を目にして――

「…………!」

 絶句と共に、首元に延びた血塗れの手が、勢いを付けて認識票を引き千切る。薄目のままこと切れた中隊長の眼を瞑らせ、宇川二曹はマイクに口を開いた。

第三中隊(サン)より指揮所(マル)へ、中隊長が死亡。繰り返す。中隊長戦死。おくれ」

『――マルよりサン、貴官は誰だ?』

「中隊指揮班の宇川二曹であります」

『――よし、宇川二曹、状況が混乱している。増援が来るまで貴官が中隊を掌握し掃討の指揮を執れ』

「宇川二曹、了解。おわり」

 一等陸士は軽MATの発射準備に掛かっていた。宇川二曹は暗視双眼鏡を以て山を睨み、目標評定に回る。山の斜面、断続的に続く支援砲撃の着弾する中、鼠の様に駆け回る偽装服がふたり……装備といい身のこなしといい、単なる武装工作員の類とは到底思えなかった。彼らは巧妙に射点を転換しつつ此方の動きを停めている。富士や東千歳に(たむろ)する熟練のレンジャー隊員を思わせる、忌々しいまでに機敏な動きだ。

「軽MAT、右方向。野原岳中腹。狙撃手と観測手が見えるか?」

「見えます!」

「あいつらを狙え。一発で決めろ」

 照準装置を覗きつつ、一士が告げた。声が震えていた。

「照準、固定目標モード……安全装置解除!」

「――テッ!」

 一等陸士の鉄帽を叩くのと同時に両耳を塞いで伏せる。空を()く烈しい音と共に誘導弾がチューブから打ち出され、ロケットモーターに点火し上昇、そして目標に向かい急降下に転じた。

「命中!」

 双眼鏡の拡大された視界の中で手足、あるいはそれ以外の肉片が吹き飛ぶのが見えた。苦し紛れの対処だが、ATMによる狙撃兵排除は有効だと認識する。

「中隊指揮班より各小隊へ、遠方より敵の狙撃兵及び機銃座を捜索し、軽MATを撃ち込め。不用意に山に近付くな。おくれ」

 無線機を通じ、弾んだ声で応答が返ってくる。生還への道筋が示されたことで、中隊に躍動が戻り始めていた。山腹に向けられた偵察警戒車の、25㎜機関砲の赤い曳光弾が斜面に刺さり、あるいは跳ね上がる。重厚な制圧射撃の音に、別方向から01式軽MATの発射音が重なる。前進と射撃を交互に繰り返す87式偵察警戒車が、制圧射撃を見守る宇川二曹の近くで停まる――

「――――」

 黒い矢が87式に追い縋る様にして刺さるのを見た直後、高熱を伴った波動が宇川二曹と彼の班を薙ぎ倒した。高速で突っ込んで来た黒く太い矢、宇川にはそう見えた。薄れゆかんとする意識を精神力と義務感を振り絞って引き戻し、宇川二曹は泥濘に汚れた身を起こす。つい数秒前まであれ程の頼もしさを見せつけていた偵察警戒車は、後続する車両をも巻き込む形で醜い炎の塊と化していた。衝撃から立ち直る暇すら与えないかのように着弾が続く。狙うものを選ばないかのような、容赦ない打撃だ。何処から!?――という疑念は、新たな衝撃を伴って宇川二曹の心中で氷解した。

「島か――!」

 宇川が顧みた方向――それも、下地島の方向――から山に向かい、黒い弾体が白煙を惹き突っ切って行く。弾体は狙いすましたように車両と兵員に突っ込み、戦場たる耕作地を容赦なく抉っていく。同時に過酷な現状が、共通回線によって詳らかにされていく。

『――迫撃砲陣地、壊滅!』

『――第一小隊指揮班応答しろ! 誰かいないのか!?』

 舌打ちと共に、宇川は無線機のスイッチを入れた。

「――サンよりマルへ、おくれ」

『――こちらマル。敵は対戦車誘導弾を以て下地島南部より攻撃を行っている模様。状況報せ』

「――こちらサン。我が方の被害甚大。支援火力はほぼ壊滅。攻勢継続は不可能。おくれ」

『――マル、後退を許可する。負傷者を収容しつつ島南東部まで後退せよ』

「――サン、了解した。おわり」

 交信を切り、宇川は山を見上げた。手に届き掛けた勝機は、今や地平の彼方にまで遠ざかってしまった。

何時しか銃声が止み、沈黙が戦場を覆い始める。それでもなお、困難な任務は続く……



8月11日 PM12:25 日本国沖縄県 宮古島


 朝方から盛んに聞こえて来た銃声と爆発音は、日照の和やかさに取り込まれるように何時の間にか止んでいた。同時に、日が昇るにつれて街からも完全に人気が消えた。


 宮古島中央病院の屋上に在って、出水 真弓は平良港の方角を見遣った。ここから海まで500メートルと離れていない。そして港では逃げる術の無い船と逃げるべき時を逸した船が、ただ儚げに船首を並べていた。その中には先日出港する予定だったカーフェリーも含まれている。事あるに備え沖縄経由で本土から派遣されてきた避難民輸送用の徴用船だった。彼らの入港が遅過ぎたのではない。ただ単に、宮古島に攻め寄せて来た連中があまりに強く、そして制圧に至る手際が良過ぎたのだ。避難民の乗船を終えたフェリーの出港に先立ち、前方警戒のために先に出港した海上保安庁の巡視船が、下地島より飛来した武装ヘリコプターの攻撃により港口で撃沈された瞬間、脱出への希望は失われた。支配者の断り無く島を出ようとした者の運命を、武装勢力は住民の眼前で文字通りに見せ付けたのである。


 島から離れることを拒否し、ただ陸路を使って南部への退避を選んだ島民は賢明だったのかもしれないと真弓は思った。彼らの多くは南側の公民館や学校、他公共施設に分散して避難生活を送っている。しかし陸路での避難が可能だったのも今日の午前中までのことだ。


 この日早朝、陸上自衛隊の部隊が野原岳近辺に潜伏した武装勢力の制圧に失敗し、結果的に南北に跨る幹線道路は全て寸断されてしまった。島中部に掃討部隊の兵力が集中した結果、その間隙を縫う形で海空から新たな武装集団の侵入を許すこととなったのである。警戒監視機能が「陥落」した下地島と本島南部に集中した間隙をも突かれた形だった。何よりも、防衛が可能な戦力は最初から不足していた。

 真弓をはじめ少数の医師と看護師、そして少数の市職員と警察官……行政機能の維持と住民保護を優先した、と言えば聞こえがいいが、その実真弓たちもまた、逃げ場を失い市内に取り残された存在でしかない。然し彼らは全員志願して市内に残った。


 階段を使い、真弓は本来の持ち場たる5階の小児病棟まで足を下した。小児科で病院に残っているのは今や看護士長の河合 聡美と真弓だけ、そして――

 ――その河合士長と補助の自衛隊員に身体を支えられ、搬送用のベッドから病室のベッドに移される樋口 健の姿を、真弓は彼の病室に在って慈しむように見守る。病弱な彼だけはなるべく早く島から出してやりたいという真弓の願いは果たされなかった。空路が塞がれた上に、沖縄行きのフェリーまでも足止めされたのではもはや打つ手がない。自衛隊は、万難を排し南に避難させると言ってくれてはいるが、このまま病院に停め置いた方がより安全なのではないかという迷いが、真弓の内心に生じているのも事実であった。

「政府を通じ、武装勢力に呼び掛けてはいるのですが……」

 と、病院に来た自衛隊の幹部は教えてくれた。つまりは住民と傷病者の島からの脱出の容認を、である。具体的には早朝の官房長官による記者会見の席上、その発言の中で武装勢力に宮古島及び下地島住民の、安全地帯への通行の安全の保証を呼び掛けたのに過ぎない……武装勢力が進んで日本側との交渉を持たず、日本側としても相手の正体が判然としない現下の状況では、それが精一杯の方法であったのかも知れなかった。


 河合士長と自衛官を去らせ、真弓は健の顔を覗き込むようにした。

「何か欲しいものある?」

「ジュースが飲みたい」と、健は言った。自分を取巻く状況に怯える風でも無ければ不安がる様子も無い。それが真弓には有難くも不憫だった。転院してきたときからこの子は、自分の人生を諦観している様な風がある。しかし未だ7歳の子供に諦観させるには、今の状況はあまりにも理不尽だと真弓は思っていた。

「オーケー。持ってきてあげる」

 片目を瞑り、作り笑いで真弓は応じる。同時に「出水せんせー!」と、真弓を呼ぶ声がする。河合士長だ。早朝に街を出て南に向かった彼女の家族は、無事に避難所に着いているだろうか?

「ミーティングやりますよー、一緒に行きましょう」

 パイプ椅子から腰を上げ、健の頭を撫でて真弓は部屋を出る。健君は今日にでも部屋を移すべきだろう。現在医療活動の主力となっている一階。そこから目の届きやすい二階か、あるいはより安全な地階に――

「――――」

 病室を出た途端、ふと込み上げてくる欠伸に、真弓は自分が先夜から一睡もしていないことに、今更のように気付く。



「――現在、当病院への入院患者は27名。いずれも野原岳の戦闘で負傷した自衛隊員です。重傷者17名のうち未だ意識不明の者が6名。他は何れも容体が安定しています……」

 救急病棟の一室を使い派遣部隊付き防衛医官 楢橋 二等陸佐による報告が始まる。一睡もしていないと言えば彼もそうだ。野原岳掃討部隊に降り掛かった危機を察するや、それまで市内にあって住民保護の任に当たっていた彼は、施設科小隊長と示し合せた上で前線まで負傷者の回収に駆け付け、見事にその任を果たした。宮古島を走る車を狙い、恒常的に対戦車ミサイルが撃ち込まれるようになるまでのギリギリのタイミングだった。その間も負傷した自衛官や戦闘に巻き込まれた民間人が病院に引っ切り無しに運び込まれ、その結果真弓たちは専攻の別なく医療活動に忙殺されることとなった。


「――本島中部には無人偵察機の飛来も確認されており、これらの索敵網を突破して南へ逃れるのは著しく困難と思われます」

「…………」

 真弓は思わず傍らの同僚と顔を見合わせた。同僚の顔もそうであるように、恐らく自分の顔も蒼白になっていることだろう……自分たちの「覚悟」が、結局は「振り」でしかなかったことを真弓は察する。そこに、別の同僚の質問が続いた。若い男性医師だった。

「もしここまで敵が来たら……あなた方はどうする積りなんですか? そして我々はどうなるんですか?」

「我々に交戦能力はありません。救援が来ないと仮定する限りで、我々に残された選択肢は……投降です」

「殺されたりは……しないんですか……?」

「あなた方に限って言えば、病院施設及び医療従事者に対する攻撃はジュネーヴ条約で禁じられています。その点は安心して大丈夫ではないかと……」

「…………」

 再び、真弓は同僚と顔を見合わせる。同僚の眼に涙が溜まり始めているのを、真弓はさすがに見逃せなかった。

 

「――大丈夫、大丈夫よ……」

 あの時、肩を震わせる同僚医師の肩を抱き囁いた言葉を、真弓は噛締める様にして呟いた。非常用電力を節約するため、今では一階部分のみを医療区画に充てている。自衛隊の医官と衛生兵に混じって負傷者の包帯を替え、点滴を替える、苦痛に呻く患者に鎮痛剤を打ち、あるいは更なる応急措置を施す内に時間は過ぎ不安もまた脇へと追い遣られていく……ただし、それも多忙の合間々々に訪れる休憩までの話だ。不安は一度動きを止めれば、止めどなく彼女の深奥から湧いて出て来る。


『――防衛省 統合幕僚会議は今朝の記者会見において、今日未明宮古島本島に於いて実施された武装勢力掃討作戦が失敗に終わり、官民に多数の犠牲者が出たことを認め、事態収拾のため沖縄及び本土より増援部隊の派遣を急ぐ考えを明らかにしました』


 病院の待合室の一角を占める巨大な液晶テレビを前に、休憩中の職員と負傷した自衛官、そして戦闘の巻き添えを食いやはり負傷した住民がひとつの群を作っているのを真弓は見る。その群から外れた場所にもやはり負傷した自衛官がいる。彼らの中には呆然と座り込んだまま俯いた者、同じく腕に顔を埋めたまま動かない者、またはその場に蹲ったまま肩を震わせて泣いている者もいる。彼らのいずれもが、今朝の野原岳の戦闘から生還を果たした隊員であった。自衛官にとって実戦が、彼らがそれに備えた訓練や教育で乗り越えてきた以上に困難で、凄惨な事象となって突き付けられたことを真弓は察した。テレビの画面が切替り、今度は五星紅旗を背景に、外国語ではあっても高圧的とわかる口調で記者に応対するダークスーツ姿の男を映し出す。


『――中国政府の張 報道官は、午前の記者会見で宮古島情勢に触れ、今回の戦闘は日本の国内問題であり、日本政府が独力で解決しなければならない事態であるが、状況が長期に亘り継続する場合、中国は東アジア地域の秩序回復のために南西諸島において独自に行動する用意があると声明を発表しました』

「白々しい……おまえらが糸引いてんだろうが……!」

「まったくだ!……お陰でおれの仲間は……」

 頭に包帯を巻いた自衛官が忌々しげに言っている。何時しかテレビの前で足を止め、有事関連の報道特別番組に見入っている真弓の肩を誰かが背後から叩く。楢橋二佐だった。感情の消えた顔が、真弓を外来待合室の隅へと誘う。

「たった今、沖縄の群本部から命令が届きました。負傷者及び民間人を掌握し、万難を排し南東部まで後退するようにと」

「それで……どうなさるの?」

「救援を待ちます。ヘリで来るか、それともフネで来るかは判りませんが……」

「動かせない患者さんもいるわ」

「……置いていくしかありません」と、楢橋二佐は頭を振る。但し彼の表情から、二佐自身もまた病院に残る積りであることを真弓は察し、顔を半ば強張らせた。

「……じゃあ、彼らを看る人間が必要ですね」

 真弓もまた、残ることを選んだ。躊躇いはすぐに何処かへと消えた。



 夜――


 車体全面に赤十字のマークを貼った軍用トラックが走り出す。完全な夜空の下、最低限の照明だけで病院の敷地を出る車の列を、真弓と楢橋二佐は照明の落ちた一般病棟から見送った。ふたりと三名の衛生兵、そして重症の患者四名……それがこの病院、ひいては宮古市内に遺された最後の日本人だ。楢橋二佐に至っては本部からの命令を無視する形での残留だった。

「…………」

 散々逡巡した揚句、真弓は自衛隊に健を託すことに決めた。ベッドから車椅子に移され、市役所の福祉用バンに移される間際、健は見送りの真弓の手を掴んだまま離さなかった。弱い力だったが、少年の手を振り解くことは今の真弓には出来なかった。

「先生も一緒に来るんでしょ?」

「…………」

 無言のまま、真弓は頭を振る。普段見せたことの無い狼狽を露わにして、健は縋るように言った。

「だめだっ……!」

「大丈夫……また会えるから」

 また会えるから……繰り返し、そして噛締めるように真弓は呟いて見せた。それでも込み上げてくる感情の波に抗いきれず、真弓は健を抱き寄せた。それが真弓の別れの挨拶だった。



 病院――


「…………」

 すでに生きていない人間で埋まった二床のベッドが病室には並んでいる。いずれも此処に運び込まれた後「戦死」した自衛隊員。夜に馴れた眼でシーツに覆われた遺体を凝視する内、真弓は込み上げてくる何かを抑えんと口を抑え、そして目を瞑った。落涙――

「出水先生……少しお休みになられたらどうですか? あとは我々がやりますので」

「…………」

 楢橋二佐が、囁く様に言ってくれた。それを固辞する芯の強さを、真弓はもはや持ち合わせてはいなかった。




8月11日 PM20:00 日本国沖縄県 宮古島南東上空


『――――ファルコン!……散開(ブレイク)……いま(ナウ)!』

 4機のF‐2戦闘機は横転から散開して相互の間隔を開き、機首を北に転じた。満点の星空の遥か下で、筋状の雲が川の様に北から南へと延びていた。単なる遊覧飛行ならば素晴らしい眺めだが、あいにく今は任務飛行中だ。


 航空自衛隊第8航空団 第6飛行隊 編隊長 影山 三等空佐は乗機の方向を転じつつ、千切れた雲海の方向に目を細めた。目指す島影など、見えよう筈も無かった。攻撃目標のある下地島、その傍らに広がる宮古島まで、未だ優に100㎞の距離はある。

『――ファルコン、現針路(メインテン)を維持(プリズントステア)。高度二万フィートに降下(エンゼル 20)せよ』

「ファルコン了解(ロジャー)――」

 高出力エンジンと精緻な機体構造の恩恵として、空を選ばず自在な機動を可能する戦闘機と雖も、地上で作られた目に見えざるルールとレールに従って飛ぶ。未だ日が空に留まっていた時分に九州は福岡県築城基地を発進して以来、地上の防空指揮所からの管制に従い四機のF‐2は単調な南下を続け、新たな展開が廻って来た。


 機首を下に傾けると、良好な加速がF‐2を望む高度へと導いてくれる。上層雲を幾つか潜り、望む高度に達したところで機の姿勢を水平に戻す。機動は滑らかで、従来の戦闘機に特有の、操縦桿を握る者の癖を見出すことは出来なかった。大きく間隔を開いた二機、それよりずっと後方に、同じ間隔の二機が続く。各々の翼下に計二本の600ガロン増槽と計四発の500ポンドLJDAM (レーザー誘導/統合直接攻撃弾)を抱えた攻撃機が四機――



「――我々の攻撃目標は、現在下地島空港近傍に展開する自走式地対空ミサイルである」

 出撃前のブリーフィングにおいて、統合幕僚監部より派遣された作戦幕僚は、下地島の衛星写真を背景に任務内容を告げた。情報収集衛星による画像取得から分析に至るまで僅か半日程度というのは異例の短さではあったが、衛星写真から判明した敵の陣容は、影山三佐のみならず作戦に参画する多くの隊員の予想を遥かに超えていた。判明しただけで下地島に揚陸された自走式地対空ミサイルは二両、パーンツィリS‐1と称されるロシア製のそいつは、中~低高度の目標に対処可能な火力と索敵能力を併せ持っている。排除無く上陸を強行すれば航空部隊には少なからぬ損害が出るだろう。


 それだけではなく、敵は下地島に強力な対戦車ミサイルをも運び込んでいる。画像分析からその素性が判明したスパイクと呼ばれるイスラエル製の新型対戦車ミサイルは、その誘導方式と地形的な制約から運用が困難である筈が、下地島に構築された隠蔽陣地から積極的に発射され、その都度宮古島の防衛部隊と島内の施設に損害を与え続けていた。

「――武装勢力は宮古島島内より、何らかの手段を以て目標の評定及びミサイルの誘導を行っているものと思われる」

 と、作戦幕僚はスパイクについて論評した。但しスパイクは今回攻撃目標に含まれていない。小型故に目標位置の捜索が困難なこともあるが、これに限っては敵が何基誘導弾を保有しているのか未だに不明確だからだ。

「――攻撃部隊は地対空ミサイルの位置を評定後、ミサイルの有効射程圏外より目標の照準を行いLJDAMを投下、これを撃破する」

「質問――」と、影山三佐は挙手をした。

「――揚陸母船は攻撃しないのか?」

 幕僚の背後を占める衛星画像。拡大された下地島の北西から10km程離れた海上に、大型船の船影が複数認められた。15万トンクラスの超大型船が一隻、それを取巻く様に9~10万トンクラスの大型船が四隻浮んでいる。断片的な情報に拠れば、前者はヘリコプターの運用能力を有し、後者は装備と物資、そして人員の揚陸能力に特化している。さらにはこれらの船は全て半年前までに老朽化や構造上の問題を名目に民間船籍を抹消され、以降現在に至るまでの経緯が全く不明であるという話を影山三佐らは聞かされた。

「――揚陸母船に対する攻撃は諸君らの作戦の結果次第だ。諸君らの攻撃により新たな地対空ミサイルの所在が判明するかもしれないし、あるいは別の脅威の存在が判明するかもしれない」

「――要は様子見ってことですか……」

 幕僚は頷いた。

「――もちろん、攻勢の継続に備え準備はする。ことによっては第6飛行隊にはもう一度出てもらうかもしれない。状況が許せば沖縄の海自哨戒機部隊から攻撃隊を出すことも考える」

 影山三佐は微かに笑った。「選択肢が多いのはいいことだ」と。



 再び、機上――


「――隊長機(リード)より全機へ、火器管制装置起動(FCSグリーン)。ターゲッティングポッド起動(オン)

 目標までの直線距離は30nm(ノーティカルマイル)。機首のJ/APG‐2パルス‐ドップラー‐レーダーが捜査した島嶼の地形は、F‐2操縦席の前面を占めるMFDの中で鮮明な画像となって広がっていた。捜索レーダー波に照射されたことを示す警報音が引っ切り無しにイヤホンを打つ。下地島を表す地形の中で、脅威電波の発信源を表す指標が不気味な点滅を始めている。指標の中には点滅の度に位置が飛ぶものすら認められた。こちらの接近を察した敵が電波妨害(ECM)を始めたのだと直感する。脅威電波を感知したセンサーと連動し、レーダーが自動的に妨害電波を排除しようとしているのが、F‐2の電子戦用画面からはっきりと見て取ることができた。MFDの一方を切換え、J/AAQ‐2外装式前方赤外線監視装置をLJDAM搭載のGPSにリンクさせる。


「――ファルコン1、侵入点(IP)通過!」

 FLIRが自動的に目標の方向を向き、MFDの中に生じた矩形の照準シーカーが遥か前方、下地島空港の一隅で止まる。機はすでに、FLIRによって下地島南の海岸線を見出せる距離にまで接近していた。捕捉した目標は二基、うち一基に、「攻撃可能」を示す指標が点滅する。僚機がLJDAM誘導用のレーザーを目標に照射したのだ。レーザーが照射されている限り、F‐2から投下されたLJDAMはレーザーの軌道を忠実になぞるよう安定翼を動作させ、寸分違わず目標に突入する。LJDAM内蔵のGPSを使えば単機でも攻撃は可能だが、何より影山三佐自身の必中を期したいという信念がそれに勝った。

『――二番機(ツー)より隊長機(リード)へ、目標(ターゲット)にレーザー照射!』

 前方、HUDに表示された目標位置と照準点(デスドット)が一直線上に重なる様に加速し小刻みな操作を重ねる。ミサイルに狙われぬよう高度を一万八千フィート以上に維持するのも忘れない。

「――目標補足(ターゲットロックオン)!――投下(ナウ)ッ!」

 裂帛の気合と共に機体から切り離されたLJDAMは二発。それはほぼ直線の軌道を描いて急降下し、一台のパーンツィリS‐3を完全に破壊した。

『――――!』


 「目標一基撃破!」のコールを下すより先に、脅威の接近を告げる警報がイヤホンを乱打する。HUD隅に表示されたチャフ/フレアー装填数がみるみる減っていく。脅威レーダー波を感知した自機防御装置が起動し、自動的にこれらの囮を吐き出させているのだ。

隊長機(リード)より全機へ、地対空ミサイル(SAM)! 地対空ミサイル(SAM)! 回避(ブレイク)! 回避(ブレイク)!」

 高G機動を連続しつつ頭を上下左右に動かし、影山三佐は脅威の所在を探る。星明りの下で銀灰色に輝く雲海の彼方、そこから下層雲を貫き、白煙を曳いてこちらに向かって行く光が三つ――

『――海から!?』

 反射的に操縦桿を倒し、機首を下方へと転じる。その隙間から海原すら伺える群雲の連なり、それが操縦桿を握る影山三佐の眼前に加速を付けて迫って来る。

『――隊長!?』

 絶叫に似た言葉と共に夜空に一点の炎が生まれた。それは断末魔の炎であった。後続する二機編隊がパーンツィリよりも射程に優れた地対空ミサイルに捉われたのだ。MFDの電子戦表示の中で、宮古島よりはるか南東の海上に生じた脅威源の指標がひとつ。その脅威源から間断なくこちらに向かって来るミサイルを占める指標が――無数!?

「――全機、離脱! 作戦空域より離脱せよ!」

 健在な僚機に指示を投掛けつつ、影山三佐自身も回避機動を継続する。HUD越しの眼前に広がり、左右に通り過ぎていく千切れ雲を前に、回避機動を繰り返した結果高度が下がり過ぎたことを彼は察する。

「しまった――!」

 絶句と共に新たな警報音が重なる。撃ち漏らしたパーンツィリS‐3の有効射程に影山三佐のF‐2が踏み入ったのだ。HUD上に浮かび上がる脅威の到来を示す指標がふたつ、それらは間を置かず影山機と距離を詰めて来る。横転に入るF‐2、回避機動の荒々しい加速に短間隔の呼吸を繰返して耐えつつ、影山三佐はHUDの指し示す方向を睨むように見遣った。

 宮古島の方向、雲海を越えて此方に延び、突っ込んで来る赤い光がふたつ――それらは影山機の直前で軌道を転じ、影山機を前後から挟み込む経路を取った。


 交差―― 一発目はエンジンを直撃しF‐2の胴体を前後に引き千切る――

「――――!」

 推力を失い空に放り出された前部に二発目が交差、近接信管の炸裂は影山三佐ごとF‐2の機体を粉砕し、夜空に一点の光を生じさせた。

 


『――こちらレーダー、二機撃墜、一機撃破を確認……二機、急速に離脱中……追撃しますか艦長』

『――その必要は無い……精々派手に報告してもらわんとな……「母なるロシア(レジーナ‐ロシア)」の脅威を……』





8月11日 PM21:00 日本国沖縄県 宮古島市


 宿直室の布団の上で目を開け、周囲がすっかり暗くなっていることを察し寝過ごした事を知る。仮眠から目覚めた出水 真弓が布団から半身を起こすのと、身を竦ませる程の戦慄を覚えるのと同時だった。何よりも周りを支配する静寂が彼女の神経には耐え難い程続いていることが、真弓から日頃の平静さを奪いつつあった。

「…………」

 灯りを点けようとして踏み止まる。外部からの電源が完全に絶たれ、病院の予備電源の無駄遣いを避ける意思が働いたのと、何よりも灯りが自身の所在を露わにしそうであるのが真弓には怖かった――存在を露わにする?……誰に対して?


 宿直室の戸を、音を立てぬようゆっくりと開ける。避難誘導灯はおろか警報装置の電源すら完全に落ちた病棟の廊下に、真弓は目を強張らせる。外に出る意思を固めるのは早かった。予備電源も尽きたのだろうか?……という不安すら内心で押し退け、真弓は廊下に足を踏み出した。闇に目が完全に馴れるまで内壁を這うように真弓は歩く。待合室の椅子や据え置きの消火器に足を躓かせつつも、真弓は声を上げたい衝動に必死で耐えて歩いた。暗闇に馴れた眼が見慣れた診察室を捉える。開きっぱなしのドアに怪訝な表情を浮かべるのと、向かいの廊下から硬い足音が迫って来るのと同時だった。自衛官の足音では無いと思ったとき、真弓は早足で診察室に駆け込み、そして診察台の下で身を屈めて息を殺す。


「…………?」

 硬い足音の間隔が早くなり、同時に胸の鼓動も早くなる。緊張と恐怖に苛まれつつ、足音に運ばれる気配が入口を開けっ放しにした診察室を過ぎる……と同時に、真弓は診察台の影から見出した侵入者の下半身に我が目を疑った。ズボンの迷彩の柄が、病院にいる筈の自衛官のそれでは無かった。そして足音は躊躇なく真弓のいた宿直室へと向かって行く――気配は、宿直室の辺りで消えた。

「――――!」

 今の内に部屋を出ようか――真弓は躊躇う。躊躇いつつも先に体が動いていた。這ったままの姿勢で入口から廊下を覗き込む。宿直室のある突き当たり付近で蠢く影を認める。正確な輪郭こそ掴めなかったが、肩に銃を提げていることだけははっきりと判った……大きな銃……真弓と共に此処に残った自衛官は、確か拳銃しか持っていなかった筈だ。

「――――!!」

 宿直室のドアが乱暴に開けられる音を聞くのと同時に、真弓は脱兎の如く診察室の外へと飛び出した。突き当りまで走り、今度は別の処置室へと真弓は身を翻す。ドアを閉じ、震える手で鍵を掛けるのも忘れなかった。もはや誰も詰める者のいない処置室、机の上に見出した(クーパー)を分捕るように掴み、そして真弓は処置台の隅に潜り込む。しかし追跡者の動きは真弓の予想――というより希望――を最悪の形で裏切った。躊躇いの無い歩調が忽ち真弓の潜む処置室にまで迫り、そしてドアの前で停まる。拳でドアのガラスを割り、ドアをこじ開ける手順ですら容赦がなかった。

「…………」

 処置台の陰に在って、頭を抱えて真弓は震える。逃げる場所はおろか、逃げる気力すら彼女の体からは失われようとしていた。容赦なく近付く靴音、その一歩々々の響きを聞く間に、真弓の胸は凡そ不快な鼓動を速めていく……両手に握り締めた(クーパー)(すが)る様な思いで顔を上げた真弓、背後から不意に延びた手が真弓の顔を抑え、次の瞬間強い力で彼女の躯を引き摺り上げた。


「ひ……!?」

「ドクター、また会えてウレシイヨ」

 背後から抱きすくめられるのと同時に、女の匂いがした。そして密着した背中から囁かれた女の声に、真弓は我が耳を疑った。同時に延びたもう一方の手がクーパーの刃を握り締め、それは振り解こうにも巌のように堅く動かない。そして嫌でも目に入る袖を捲った太い腕、腕に刻まれた髑髏の刺青が、真弓の衝撃に新たな要素を加える。

「あなたは……!」

「ヨカッタァー……ドクター、ワタシのこと覚えてくれてタ」

 クーパーを握り締める手が、震える真弓の眼前で刃を軽々と曲げる。女とは思えない、凄まじい握力だと真弓は思った。

「こんなモノではヒトはコロセナイヨ、ドクター……!」

 囁きを聞き、背後に甘い女の匂いを感じる。追跡者の顔が真弓に横顔にさらに迫り、まるで情欲の対象を見出したかのように息が荒くなっていくのを真弓は感じる――悪寒と同時に目を瞑る――まるで恋人でも愛でるかのような、背後から首筋への口付け。

「…………!」

『――なに遊んでるんだヘドヴィカ、さっさと始末しろ!』

「――――ッ!」

 無線越しに聞こえる聞き慣れぬ外国語の声、一転し隔意満点の舌打ちを真弓は聞いた。病院が完全に「彼女ら」の制圧下に置かれていること、密着する女の表情が一転することすら気配で察する。その次には相変わらずの、媚びるような声が真弓の耳を打った。


「ダイジョーブダヨドクター、イタくしないカラ」



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