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第十一章  「大海獣 咆哮す 後編」

8月11日 PM23:20 日本国沖縄県 沖縄本島南西沖 試験艦「とうや」


『――SBU、ポイントBを確保!』

 「とうや」艦作戦指揮室(SMC)に、オペレーターの声が弾む。ただし事態が打開されたわけではないことは、「攻略目標」たる市営球場をポイントBから睨むには地形的に難しく、異変を察知した敵兵が公園に集まり始めていることからすぐに判る。何よりも先行する無人偵察機から鳥瞰する宮古島市内の状況が、戦術情報表示ディスプレイの中でそのように繰り広げられていた。


『――こちらカモメ、本丸の制圧に先立ち公園内の敵兵を排除したい。ポイントBから誘導する。やってくれるか?』

 無人偵察機からの暗視画像、別働隊が展開したポイントBから光線が延び、一瞬展望台を照らし出すのが見えた。同時にディスプレイのサブウインドウに別働隊の位置、そして彼らが捉えた展望台の座標が表示される。「とうや」艦長 二等海佐 黛 吾郎は指揮シートから立ち上がり、即座に告げた。

「本艦はこれより砲撃を開始する。目標は下地島空港及び市中央公園。左対地戦闘用意」

「砲撃を開始する! 目標、下地島空港及び市中央公園。左対地戦闘用意!」

 SMCにおける次席指揮官たる砲雷長 一等海尉 櫻井 詩織が復唱する。あの試験時のような慌しさを取り戻したSMC、その頂点に在って黛は再度の指示を待つ彼女を見下ろす。

「砲雷長、弾種及び使用弾数は任せる」

「はっ……!」

 凛とした声で応じ、櫻井一尉は持ち場に向き直る。

「使用弾頭、誘導榴弾(HEガイデッド)。装弾数20!」

 主砲管制ディスプレイの中で、二次元(2D)表示の砲塔内に砲弾が送り込まれる。前部上甲板を占位する三連装の40センチメートル砲が二門、その砲身内全てがその牙を剥き出しにして旋回しつつ天を睨む。その様は外部監視カメラからも把握することができた。

「……目標αに15発、目標βに5発」

 管制ディスプレイの中に射撃弾数が表示される。第一砲塔「アルファ」、第二砲塔「ベータ」。艦首に近いアルファが目標β――宮古島中央公園――を指向し、艦橋に近いベータが目標α――下地島空港を指向する。鋼鉄の塊と言って片付けるにはあまりに滑らかで、生物学的なまでに微細な砲身の蠢きだった。試作型レーザー/GPS併用誘導弾は各砲塔に五発ずつが搭載されており、先ず砲塔「アルファ」が試作弾を全弾目標βに向け発射。SBUによる誘導を受けて中央公園内を制圧する。同時に砲塔「ベータ」が十五発の通常GPS誘導榴弾を発射し、目標αこと下地島空港敷地内の弾道弾発射装置及び付随する武装勢力の兵力を殲滅する。下地島空港の近傍に人口密集地が無いが故に許された判断でもある。


『――衛星からの目標位置情報入力(サテライトリンクス)

 下地島空港と中央公園、個々の砲塔が狙う場所を円形のシーカーが囲み、そして絞り込む様にして捉える。洋上に在る「とうや」から三万二千キロメートルの大気層を隔てた準天頂衛星システムが目標の位置を検知し、発射されたLJDAM砲弾を目標まで誘導する。第二次大戦期の艦砲や通常の榴弾砲に付きものの試射も必要無ければ、その後の緒元修正も必要ない。理論上は誘導砲弾一発で事足りる筈である。


 「とうや」の戦闘時の頭脳たるFCS‐3Cは各砲塔にその攻撃目標を自動的に――状況によっては手動(マニュアル)で――割り振り、独立した照準で捕捉追尾することを可能にする。それは第二次世界大戦期までの戦艦の火器管制システムに対する明確な相違点であり、飛躍的な進歩でもあった。その時代までの戦艦は、甲板上で最も高い場所――艦橋の最上部――に測距装置を置き、その視界内に入った単一の目標に持てる対水上火力の全てを集中するように作られている。それは後に視界外より遥かに遠方に位置する目標の方位、距離を測定可能なレーダーが発明され、測距装置以上に火器管制の重要部分を占めるようになっても変わることは無かった。


 その最大の理由としては、砲の命中精度が挙げられる。人類史上戦艦が最も活動した――言い換えれば、戦艦が戦艦らしく働くことの出来た最後の年代である――第二次大戦期、艦上における砲術は飛躍的な発展を遂げた。目標との相対的な距離と相互の移動速度は勿論のこと、戦闘海域の風向と風速、艦の動揺と砲の初速、さらには地球の自転速度と緯度までもが射撃に当たり算定し得る数値として挙げられるようになったからである。それらの数値は射撃指揮装置に直結したアナログ式、あるいはデジタル式の計算機を以て砲撃に必要な数値へと変換され、巨艦が持てる主砲の威力を揮う上で欠かすべからざる要素として重視されるに至った。


 それでも、真の意味で正確な射撃が可能であったか否かはまた別の議論が持たれねばならなかったであろう。艦体に配された数々の測定装置を駆使してそれらの数値を割り出し、複雑な諸計算を駆使した上で射撃を行ったとしても、目標への命中率は決して高いとは言えず。むしろ全砲門より発射される砲弾を敵艦の至近に撃ち込み、その際の多数の弾着の中に一発の命中弾を期待するという程度でしかない。有効射程に入った目標に向かい、着弾が目標を挟差するよう主砲を10発射撃し、その内1~2発の命中弾を求める……というのが、この時代の艦砲射撃の常識であった。


 ただし、「とうや」は違う。彼女の場合、10発の射撃で10発の砲弾全てを目標に命中させることを初めから運命付けられている。


『――火器管制に射撃(ファイアコントロール)緒元入力(リンクス)

 掌砲術士がコンソールに指を走らせ、「とうや」火器管制コンピューターに射撃緒元を入力する。正確には、主砲ユニットに組み込まれた各種センサーにより自動的に算出された緒元、緒元により自動的に砲塔及び砲身位置の修正を継続する主砲塔をモニターしていると言った方が正しい。慣性航法システム及びGPSにより割り出された「とうや」の位置情報、「とうや」の針路と速力、動揺。そして作戦海域の風向と気圧、地球の自転速度と緯度――それらを射撃に必要な数値として自動的に収集し反映するためのセンサー類はユニット内に全て内蔵されており、「とうや」自体もまた非常時のバックアップとしてそれらの装置を艦内に内蔵している。ユニットは極端な話FCS‐3との連携を考えなければ、それ単体を収容し得る大きさを有する船舶に搭載するだけで、その船は即製の「戦艦」として運用し得るように設計されている。その際のユニットの操作、管制にはノートパソコン一台あれば足りるというシンプルさだ。


『――全目標(オールターゲット)照準よし(ロックオン)

用意(レディ)……警報(アラーム)いま!」

 内線用マイクを摘み、櫻井一尉が声を強めに命じる。照明が重苦しい赤を基調とした非常用に切替り、重々しいブザー音がSMC、のみならず「とうや」の各所に広がり乗員の耳目を惹く。「とうや」の有する最大の火力を行使すること、乗員がそれに備える対応を為すべきことを警報音は教えているのだ。櫻井一尉の握り締める射撃コントローラーのトリガーに、人差し指が触れる。そこに黛の命令が下りる。

全砲塔(オールガンズ)撃ち方はじめ(オープンファイア)!」

「オープンファイア!」

 

 引鉄(トリガー)が引かれ、直後に漆黒の海を赤い炎の煌めきが照らし出す。それにやや遅れて夜空を揺るがさんばかりの爆音が洋上を震わせた。一発目から次弾を撃つのに0.5秒余りを要するとして、「とうや」は約八秒の内に第一斉射を撃ち終わる。




 宮古島――


『――「とうや」、砲撃開始、初弾弾着まであと20秒!』

 潜伏を続けつつ部下が報告する。攻撃目標たる公園の近傍から距離を空けた地点まで後退し、SBUは突入に備える。

『――弾着まで10秒!』

 それは、異常なまでに長い時間が過ぎている途上である様に、指揮を執る堀内一尉には思われた。タイムリミットに突き動かされる内心の慌しさも、その時間の内に静寂へと転化し時を待つ堀内らの神経に重々しく圧し掛かる。それは緊張だと、堀内は手にしたHK416自動小銃を握り締めて考えた。緊張の頂点――

「――――!?」

 潜伏を続けつつ時を見守る堀内らの眼前、展望台が強烈な光に包まれるのを彼らは見た。直後に天を照らし出す程の火柱が生まれ、衝撃が公園一帯の空気と地上を揺るがした。それは一度では終わらなかった。公園を埋め尽くさんばかりに増殖し拡大する火柱と衝撃、公園の周辺に位置する家屋すら烈しく揺らぎ、その窓ガラスが割れる。ミンダナオ島で目の当たりにした怒涛の如き破壊の光景――それがいま、こともあろうに日本本土で再現されている……!


『――「とうや」、第一斉射撃ち終わり!』

「え……?」

 呆気ない――指示を聞き逃さまいと抑えたイヤーマフを、唖然として横目に見遣る様にする。一方では鷲の様な眼が、着弾の土埃が立ち込める公園の中に浸透に適した活路を見出さんと探っている。舞い上がった土砂と土埃が衝撃の余波と化して津波のように周囲に迫り、そのあまりの烈しさに、堀内らは身を伏せてそれをやり過ごさなければならなかった。


『――「とうや」、下地島の弾道弾破壊。中央公園に脅威を認めず』

 無人偵察機(UAV)を通した指揮所からの報告を聞く。視界を塞ぐ土埃が晴れるのを見計らい、堀内は意を決した。

「各員前へ! これより市営球場に接近する!」

 HK416を構え、全速で駆け出す。よろめきつつ飛び出して来た覆面の人影に至近から銃弾を撃ち込む。展望台に続く階段の傍で、派手に横転し炎上する装甲車の車体を目の当たりにする。広場の足許を占めていた筈のタイルが全て何処かへと失われ、月面のクレーターを思わせる着弾の痕が、木々や建物すら併呑しつつ大地に刻まれていた。散発的に現れる敵影に向け銃口を巡らせ、あるいは射撃してそれを斃す。敵は尚もいたが堀内達の浸透に対応するどころでは無かった。あの苛烈な砲撃は、公園前の防衛ラインはおろか、そこに詰めていた敵兵の身体と精神の平衡すら崩壊させてしまったのである。


 「展望台だ!」踏み込んだ公園の一点を指し、堀内は叫んだ。攻撃目標の一つとして評定された展望台は未だに在った。だがその原型はもはや留められてはいない。人智を越えた破壊の直撃と余波をまともに受けた結果として、内陸に在って北の平良港をも一望し得た展望台は、今や半壊した瓦礫の塔と化していた。瓦礫を踏み締めて塔を昇り、レーザー‐デジグネーターの設置を命じる。塔は、北の平良港はおろか隣接する市営球場の全容を把握するのに十分な高さを有していた。その市営球場の中心部――


「――――!」

 そそり立つ円筒形を前に、堀内は戦慄する。それが彼をして目標の評定を急がせた形となった。円筒形の発射装置に向かいレーザー‐デジグネーターの照準を合わせるや、堀内は通信回線に声を荒げる。

「こちらカモメ1、最終目標を捕捉。何時でもいいぞ!……いや、すぐにでも撃て! 弾道ミサイルが発射される!」

『――こちら三上! ポイントBに敵が突入して来るっ!』

 行き詰った声の次に銃声と悲鳴が聞こえた。

「三上班、早く離脱し俺たちに合流しろ!」

『――――』

 返事は来ない。結末というより末路を思わせる銃声、そして空電音が堀内の胸を締め付けた。だが――

『――「とうや」第二斉射撃ち終わり!……誘導可能距離到達まであと5秒!』

「――――!」

 舌打ちし、デジグネーターを与る海曹に目配せする。海曹が誘導する間、堀内らは観測地点の全周を固める様に銃を構え運命の時を待つ。


「5秒経過!……レーザー照射続行!」

 デジグネーターを構えつつ海曹が報告する。同時に、球場を占拠する巨大な円筒形、その根元から白煙が噴き出すのを堀内は見る。

発射口の保護カバーが割れ、二千キロメートル以上の彼方に死と破壊を撒き散らすために飛び立たんとする悪魔の砲弾――


「――――!?」

 流星が夜空を斬るのを見た。だが流星が地表へ向かい急降下し発射台へ向かうのは堀内の予想を越えていた――砲弾は一発。だがその一発は頚木から解き放たれ飛翔しようとしていた弾道ミサイルをその先端から貫き、そして発射装置ごと炎上させた。爆発は球場を圧するのみならず衝撃波あるいは熱波として公園、ひいては市中心を圧倒する。同時に生まれた突風が、身構える暇すら無かった敵の人影を容赦なく弾き飛ばす――

「――目標撃破! 目標撃破!」

 彼自身、暗視双眼鏡で拡大される破壊を見遣りつつ堀内は報告する。任務完遂の歓喜ではない。圧倒的な攻撃力を前にした戦慄が、堀内の震える声には含まれていた。あのとき――ミンダナオの奥地で、初めて「あいつ」の力を目の当たりにしたとき――と同じだと、堀内は思った。


『――「とうや」、射撃目標変更。第三斉射射撃目標、宮古島空港――』

 沈思から我に帰るのと同時に、破壊が続くことに新たな戦慄を覚える。そして以後の作戦は、完全にSBUの手から離れた。

「全島に散る各隊と連絡を取れ!」

 部下を顧み、堀内は声を荒げた。苦境に在る友軍があれば、彼らに支援を与える必要がある。自分の判断によって引き起こされる災禍――だがそれは、この島に土足で踏み込んで来た敵にとっての災禍である筈だった。



 

「何が起こった……!」

 ロベルト‐リークプネヒトは呆然として呟いた。異変は彼が指揮所としていた市庁舎を襲った烈しい振動と割れた窓ガラスによってその到来を知らされ、奇襲にも等しい心身の衝撃からすぐさま立ち直った彼が足を運んだ屋上からの景色は、一瞥をしてロベルトに異変の真相を把握させるのに十分な衝撃を与えたのである。


 それは炎上の光景だった。市庁舎の後背に位置する中央公園が濛々と土埃を捲き上げている。その埃の壁を透かす程の炎が生じ、一帯を呑み込まんとしていた。ロベルトの指揮の下、多数の戦闘員と重装備で犇めいていた筈の公園――もっとも、破局の予兆は公園内への浸透が露見した日本軍特殊部隊と、彼らを発見した防衛部隊との間で始まった銃撃戦という形で表れていた。それでもなおロベルトが反射的に弾道弾の発射を命じなかったのは、自衛隊の浸透が彼らの政府の与り知らない処で行われたのではないかという根拠の無い杞憂と、やはり弾道弾の向かう先に在る万単位の運命に、彼の理性が躊躇を覚えたからに他ならない。喩え殺し合いとはいえ、民間人を手に掛けるのはロベルトには躊躇われた……それ以前の問題として敵がこれ程早期に、しかも特殊部隊の強襲という形で反攻に出るとは、彼自身想像していなかったこともあるのだが。


「――――!」

 舌打ちと共にイリジウム携帯電話を握る。市営球場に在ってDF‐21弾道ミサイルを一手に与るモハメド‐ヘイシャム‐ハックを呼び出す。電話に出たモハメドに、弾道ミサイルの発射シークエンスへの移行を告げるのに躊躇は無かった。その直後――

『――――下地島! 通信途絶!』

「――――!?」

 咄嗟に延びた手が、付けっ放しのイヤホンに触れる。報告を聞き返そうとして踏み止まる。報告を信じたくないという気持と、凶報でも受け入れねばならぬという指揮官としての義務感が胸中でぶつかり、烈しくせめぎ合うのをロベルトは感じる。市庁舎の屋上からも一望し得る下地島の島影、星空の下でもその輪郭を捉え得るなだらかな丘陵、何時の間にかその向こうが忌々しいまでに輝き、広範囲に亘り燃えていた。

「モハメド、発射は未だか!?」

『――発射まであと一分!』

 携帯電話から顔を離し、ロベルトは部下に命じた。

 「増援を送れ! 公園の方向だ」

 先刻からすでに平良港の近傍で銃撃戦が始まっている。最初は島の南から再度浸透を果たしてきた自衛隊の残存部隊かと思ったが、そうではない可能性も考えられた。つまりは島外から侵入して来た特殊部隊とも考えられた。ではその目的は――

『――前線航空管制か!』と思い当り、ロベルトは内心で絶句する。爆撃、あるいは巡航ミサイルの目標を捜索し、着弾まで誘導する目的で防備の厳重な市内への浸透を図ったのかもしれない……無線機を手に取り、ロベルトは宮古島空港を呼び出した。

「ロベルトより空港へ、不審な機影または反応を捉えたか?」

『――レーダーに反応なし』

「探せ! 絶対に近くに何かいる筈だ」

 役立たずめ!……毒付くのを堪え、ロベルトはイリジウム携帯を持ち直した。携帯電話の向こうで、カウントダウンがすでに30秒を切っている。愚かなやつらだ……この期に及んで悪あがきに転じるとは――

『――発射まで20秒経過……18、17、16……12』

「下地島との通信はまだ回復しないか?」

『――通信繋がりません!』

「…………!」

 自ずと球場に向かう眼差しが険しくなるのを自覚する。自覚する分、眼前のDF‐21弾道ミサイルが日本本土に向かった後に引き起こされる惨禍を想像し胸が痛む。いま自分のいる場所から300メートル足らずの距離で覚醒しようとしているのはフェイクでも何でもない本物の核弾頭だ。ファン‐ミン率いる中国人があの周辺に固まっているのは、何も彼らが戦闘のプロであるからというだけではない。彼らの本国で核兵器の管理と取扱いに関する全てを叩き込まれた専門家でもあるからだ。

『――発射まで10秒……8、7、6……4、3、2、1、0』

「――――!」

 球場を覆い尽くさんばかりに白煙が生まれる。その次に点火したエンジンが弾体を浮遊させ、漆黒の空と地に幻想的なまでの眩さを現出させる――


 光芒――


 星空を巡る光芒が一条――


 最初は流星かと、ロベルトは思った――それが違うと悟るのと、戦慄を覚えるのと同時。

「――――!?」

 爆発――天に向かい翔ようとした弾体からそれは生まれ、次にはさらに激しい光芒と熱風が周囲を圧する。炎の奔流は球場に在った全てを押し流すようにして灼き、そして紅蓮の柱となって天へと昇った。

「弾道弾が……!」

 傍らにいた部下が放心したように言った。




 突き当たりに向かい部下がHK G36自動小銃を構えて撃つ。制圧射撃により、突き当たりの敵が動けないのを見計らいヘドヴィカは駆け出した。ナイフを逆手に引き抜きつつ突き当たりを屈んで曲がる――否、滑り込む――眼が合った瞬間、日本の特殊部隊員はすでに拳銃に手を掛けていた。彼がこちらの突進を予期していたことの何よりの証明。だが惜しむらくは対処がワンテンポ遅い。獲物を見出した眼が狂気に歪む。


「――――ッ!」

 いち早く順手に翻ったナイフの刃が拳銃を握る手首を切り裂き、飛び散った鮮血が壁を染める。彼は怯み、さらに懐に踏み入ったヘドヴィカはスカルマスクの下で笑いつつ左の肘を彼の側頭に叩き付けた。日本人の意識が飛び、がら空きになった内腿と喉を一挙動で挽き切り完全に動く力を奪う。後は流血を止められぬまま、そのまま死んでいくだけだ……と運ぶまでもなく、後続する部下が彼の頭部に拳銃弾を叩き込み終わる。


『あの部屋だ』

 手信号で、ヘドヴィカは部下に前進を促す。幾つも部屋の並ぶ集合住宅の中で目指す部屋はひとつ。その階下では先回りした友軍が部屋の住人と銃撃戦を繰り広げている。そこに隣接するより高いビルの屋上に詰める狙撃手も加わり、部屋の住人を圧倒している。特に階下の隊は重機装備の軽装甲車を伴っており、その火力は安っぽいモルタル造りの外壁ならば容易にぶち抜く威力を誇示していた……それでも、彼らの抵抗は止まない。死ぬのが怖くないのか?


 先行した部下がドア一面にブリーチングチャージを張り付ける。もうふたりが手榴弾のピンを抜き爆破に備える。爆破手が同僚に後退を命じ、一瞬の発光に続き白煙が生じる。そうして空いた穴に時差を付けて手榴弾を放り込む。二度の炸裂を脳裏で数え、ヘドヴィカは拳銃とナイフを両手に部屋に踏み入った。直後、小銃を構えて飛び込んで来た影を、突進して姿勢を崩し直近から拳銃弾を三発撃ち込む。FNファイブセブン。喩え相手が防弾装備を身に着けてはいても、こいつの5.7ミリ弾は凌げないだろう。


 斃れた影に目も呉れずさらに突き進む。居間と思しき広い部屋に出たところで重機関銃により幾重にも穴を開けられた壁を背後に、全身から血を流し動かない人影を見出す。血の池の存在をタクティカルブーツの爪先に感じる。

「クリア……!」

 マイクに告げ、拳銃を構えつつヘドヴィカは日本人の骸に向かい腰を下す。さり気無く伸びた指が首に触れ、相手が完全にこと切れているのを確認したとき、烈しい光が市内の方向から生まれ、そして一帯に拡散した。

「――――!?」

 マスクの下で眉を顰め、ヘドヴィカは敢えて光の方向に目を凝らした。光の次には紅蓮の炎が生まれ、やはり彼女の眼前で拡がって行く――




 下地島に向けて集中された「とうや」の主砲弾は直接攻撃(DA)榴弾十五発。だが着弾した十五発は、無人偵察機(UAV)が評定した弾道ミサイル発射装置を完全に破壊した。準天頂衛星と無人偵察機により割り出された発射装置の座標ただ一点に、音速の二倍近くの速度で飛来する誘導砲弾十五発の質量と火力が集中したのである。発射装置はその痕跡すら止めぬほどに吹き飛ばされ、その瞬間、下地島は武装勢力側にとっての戦略的な価値の半ばを減じた。宮古島市中の弾道ミサイル発射装置が破壊された後、さらなる破壊が訪れた。


 殺到した砲撃第二波は近接信管を有する通常弾二十発、第一斉射より公算射撃の要素が強くなったこれら第二斉射は、着弾直前に炸裂する近接信管の効果もあり広範囲に及ぶ制圧射撃に威力を発揮した。結果として地対空ミサイル発射装置、防御陣地、対戦車ミサイル、そして通信施設……およそ空港を要塞たらしめていた全てが降り注ぐ砲弾に痛打され、無力化されていった。


 下地島空港防御の指揮を執っていたヨゼフ‐グスタフ‐アブレツキは、おそらく彼自身知らない内に死んだ。彼が詰めていた下地島空港の管理事務所、一発の砲弾がそこを直撃し、彼は同じくそこに詰めていた通信要員とともに四散し果てた。肉片一つすら残らなかっただろう。



 次に狙われたのは宮古島空港だった。下地島よりも広範な敷地を有し、多くの兵力が集中している分、これを無力化するための砲撃は執拗を極めた。下地島に所在する地対空ミサイルが先ず叩かれ、それに物資集積所が続く。地面すら粉砕し、地肌を引き剥がさんばかりの衝撃が滑走路を揺るがし、アスファルトに亀裂が生じる。アスファルトの滑走路を耕す様な着弾は大地に穴を穿つ様に、やがて戦闘ヘリコプターの居並ぶ駐機場に達した。


「――――!!?」

 宮古島の空を支配していた輸送ヘリ、そして武装攻撃ヘリが着弾と同時に引き裂かれ、そして軽々と宙を舞い地に叩き付けられる。爆撃か!? 巡航ミサイルか!?……混乱はその場に在った兵士たちから明瞭な判断力を奪い、持ち場からの離脱へと駆り立てた。彼らの忠誠心を繋ぎとめる主な手段が金銭によるものである以上、一度逆境に陥った場合、彼らの打算は自身の生命を守る方向へと容易に転じる。反撃を試みようにも彼らにその手段は無く、具体的な方法もまた存在しなかった。


「――――!?」

 滑走路傍、そこに設けられた自走砲陣地が直撃を受けて烈しく吹き飛び、炎上するのをマルコ‐アルビノットは空港ターミナルの屋上から見た。それが彼と同じく宮古島空港を与るテオ‐ピータースが、ズザナ155㎜自走榴弾砲ごと吹き飛ばされた瞬間だった。

「空爆か!?」

 欄干から身を乗り出し。自分に問いかける様にマルコは叫んだ。その間も大槌を振り下すかの様な着弾が滑走路を割り、誘導路を砕き、周辺の防御陣地やヘリコプターを粉砕し炎を噴き上げる。姿の見えない巨人が、その破壊衝動に身を任せてそこらを歩き回り、目に入るものを叩き壊して回っているかのような錯覚すらマルコの胸中には生じかけていた。成す術も無く空港の敷地を逃げ惑う戦闘員の影、姿の見えない怪物は、彼らの味わっている恐怖すら愉しんでいるかのようだ。


「――――!?」

 ターミナルにまで迫る着弾、それにワンテンポ遅れて聞こえて来た心臓すら震わせる滑空音が、マルコに恐るべき可能性を喚起させる。弾着が近い!――敵が弾着の修正をする!――となれば次は!――

「――――!」

 完全に怯えた表情を隠さず、マルコは下階へ向かい駆け出した。部下も彼に続く。だが行動を起こした時には、彼らの死神は彼らの前途に生者として歩むべき途を残しておいてやらなかった。最後の砲撃がターミナルの屋上を直撃し、着弾時の衝撃波がマルコを背中から階下へと弾き出す――数多の瓦礫と共に空を舞い、そしてマルコは頭から地面に叩き付けられて死んだ。



 最後に砲撃が集中したのは宮古島北西部、平良港西側だった。島内に侵入を果たした自衛隊の特殊部隊を追撃した武装勢力、装甲車による増援を得、自衛隊を海際にまで追い詰めた彼らの頭上に降り注いだ砲弾は五発。弾数こそ少ないが、それらは着弾するや装甲車及び他軍用車両とその周辺に散開する戦闘員を四散させ、追撃を不可能にするのに十分な弾量と威力を揮った。


「追撃部隊が……敵戦闘員が……全滅……!」

 彼自身、退避した海水に胸まで漬かった状態で分隊指揮官の斉藤一等海曹は報告する。敵の圧力は烈しく、このまま砲撃支援が無ければ彼らは浸透を果たした時と同様、海岸沿いに泳いで退避を果たさねばならなかったかもしれない。その寸前まで行った結果、彼ら特殊舟艇隊(SBU)は敵車両群を直撃する砲弾の雨を目の当たりにすることとなった。

 着弾の余波をもろに受けた装輪装甲車が高々と舞い上がり、そして大地に叩きつけられつつ転がって止まる。弾着から逃れた戦闘用車両がその巻き添えを喰らって押し潰され、あるいは跳ね飛ばされて炎上する。まるで姿の見えない巨人が暴れ回ったかのような、圧倒的な破壊の光景。それを目の当たりにした瞬間、斉藤一曹は意を決した。


「総員前へ! このまま市内に入り隊長と合流する!」

 手にしたHK416を斉藤一曹は構え直す。一度離れた陸地に向かい、海水に塗れた海砂をタクティカルブーツが踏み締める。反撃が始まったことを彼は悟った……であるのならば、後続の到着に備え、我々は市内で為すべきを為さねばならない。





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