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第九章  「浸透」

8月11日 PM20:00 日本国沖縄県 沖縄本島南西沖


 MV‐22J「オスプレイ」は、沖縄本島の管制空域を脱した瞬間、一気に高度を下げ始めた。飛行計画では予定の機動、だが「荷物」たる「彼ら」8名からしてみれば乗機の挙動は荒々しく、危なっかしいことこの上ない。ヘリよりも速く、長時間を飛行可能なオスプレイは、二基一対の巨大なフロップローターを翻し、旋回を続けつつ超低空飛行に移行しつつある。


「バカヤロウッ! 予告ぐらいしろっつうの!」

 二等海曹 菅野 豪が言った。赤い夜間照明の支配するMV‐22Jのキャビンは通常よりも狭く、暑苦しいものに感じられる。そこに不安定な飛行が加われば、機に便乗して目的地を目指す海上自衛隊(JMSDF) 特殊舟艇隊(SBU)の隊員たちの不満もいや増すというものであった。何より海上自衛隊においてオスプレイの配備数は未だ少なく、特殊部隊との連携も未だ十分なものとは言えない。このオスプレイもまた、実働部隊配備に先立ち館山で運用試験中にあったものを、特殊舟艇隊が事実上「借り受けた」ものだ。海上幕僚監部付の特殊作戦幕僚 三須 宗次郎 一等海佐の根回しがなければ、これ程までに迅速な部隊移動が実現したかどうかもわからない……その点、キャビンの最前列に在って外界を伺う堀内 完吾 一等海尉が最も痛感するところであった。


 本州は山口県 海上自衛隊岩国航空基地を発って二時間――その間一度も補給はおろか着陸すらなくオスプレイは沖縄本島を過ぎた。同級のヘリコプターでは考えられない移動速度と進出距離――23名という最大収容乗員数は、陸上自衛隊制式のCH‐47JA重輸送ヘリコプターの50名に大きく見劣りするが、特殊舟艇隊の隊員8名とその作戦行動に装備を積載しても尚十分な余裕を残していた。


『――達する。会合点到達まであと5分』

 うねり狂う海原を横目に飛びつつ、機長のアナウンスがキャビンに響く。飛行高度も10メートルを切れば、水平方向に向けられたブレード半径4.9メートルの長大なフロップローターの先端が、下手をすれば海面に接せんばかりに低空を飛んでいることに機内の誰もが慄然とする。オスプレイの低空侵入能力の高さが期せずして実証されていることも然ることながら、パイロットが導入時より研鑽を積んだ米国留学組のベテランであることが、救いと言えば救いであるようにも感じられる。


「…………」

 狭い機窓の片隅に、赤い識別灯が揺らぐのを堀内一尉は見た。オスプレイ固有のものでは無かった。その堀内の眼前でひとつだけ瞬いていた識別灯の赤がふたつに増え、さらには倍の四つへと替わる――そこに、機長のアナウンスが重なった。

『――会合点到達。本機は間もなく着艦態勢に入る!』

 機が上昇姿勢に入り、同時に不穏な振動とともに速度が落ちるのを体感する。AE‐IHI‐1107Cターボシャフトエンジンと直結したフロップローターが水平から垂直方向に変換を始め、オスプレイはヘリコプターを彷彿とさせる静止態勢に転じた。これと逆の手順を離陸時にも体感したが、何度体験したところでこの不安定な感覚に馴れることは出来そうも無かった。


『――カササギ1より「とうや」へ、着艦を(リクエストフォア)要請(リフトオン)

『――こちら「とうや」、カササギ1、着艦を(クリヤードフォア)許可する(リフトオン)

 着艦コース上でホバリングから前進に転じ、再び高度が下がり始める。覗き見たコックピットから遥か前方に、着艦誘導ランプが瞬いているのが伺えた。オスプレイの進入は滑らかで、そして少しの不安も感じさせることが無い。目指す「とうや」艦尾飛行甲板は思いの他広く、オスプレイの様にスペースを取る形状であっても容易なアプローチを約束してくれる。

『――そのまま(ステディ)そのまま(ステディ)

『――カササギ1、少し右(スロウリィ・ライト)

『――着艦いま(ランド・ナウ)!』

 ドスン!……という衝撃の伝播は一度。急激に減少(リデュース)されるエンジン出力の余韻がキャビンに満ち始める。それが暫く続いた後に、完全な静寂が訪れた。

『――カササギ1、エンジンカット!』



『――カササギ1、エンジンカット!』

 「とうや」艦作戦指揮室(SMC)のサブディスプレイの一面は、監視用カメラを通じ先刻から飛行甲板に主脚を接したオスプレイの巨体、そしてキャビンから「とうや」に足を踏み入れる特殊舟艇部隊の人影を多分割で表示し続けていた。「とうや」艦長 黛 吾郎 二等海佐は詰めていた指揮シートから腰を上げ、傍らの砲雷長 櫻井 詩織 一等海尉に聞いた。

「ブリーフィングの準備、出来てる?」

「はい、何時でも可能です」

 黛は頷き、同じくSMC付の船務長 曽我 睦郎一等海尉に一時SMCの指揮を代行させる旨を告げる。曽我一尉が準備に付いたところで、黛は櫻井一尉を顧みた。

「砲雷長、SBUを待機室に集めておいてくれないか? 私は後で行く」

「ハッ!」

 櫻井一尉を先に行かせ、黛はMSC前方を占めるメインディスプレイの一角を凝視する。「とうや」の現在位置と直線で結ばれた宮古島の全容と彼我の配置――状況は、それが始まってから二日と経ぬ内に悪化の一途を辿り続けている……

 



 本土より発進した特殊舟艇部隊(SBU)の収容と、作戦に備えた待機――訓練海域から南西諸島方面への西進の途上で「とうや」は命令を受けた。作戦としては「とうや」は沖縄及び石垣島方面より出動した水陸両用戦部隊と協働し、その兵装を以て彼らの上陸作戦を「支援」する。


 SBUはいわば観測班だった。攻撃に先行して宮古島に浸透し、市街地に紛れた「重要目標」たる弾道ミサイルの捜索と評定を行うのが彼らの任務だ。同時に彼らは市内に残る住民の捜索も行う。敵中で作戦行動を行うSBUも然ることながら、母艦たる「とうや」にも困難は待ち受けている。宮古島近海で遊弋しているという正体不明の巨艦の存在がそれで、状況によっては海上での衝突も想定されねばならないだろう。だが重要目標たる弾道ミサイルの破壊を完遂するまでは、巨艦との接触は絶対に避けねばならないところに、今回の任務の困難がある。


「――宮古島の制圧完遂まで、この巨艦との接触は絶対に避けねばならない」

 「とうや」航空機格納庫に隣接する待機室で、指示を待つSBU隊員達を前に黛は言った。「とうや」は巨艦を回避するコースを取りつつ宮古島に接近する。その後情報収集衛星及び無人偵察機のもたらす各種情報、そしてSBUの目標位置評定に基づき弾道ミサイルを一気に殲滅する。その間敵に此方の存在を察知されれば、宮古島を占拠する武装勢力は態度を硬化させ、再度の弾道ミサイル発射を企図するかもしれない。そしてそれは最悪、中国の南西諸島への介入に反論できざる口実を与えることであろう。


「質問」

 と、待機室の最前列に在って挙手したのは、指揮官の堀内一等海尉だった。

「その巨大な軍艦は兎も角、攻撃には宮古島の索敵圏内に入る必要があると思うがどうか?」

「いや、心配には及ばない」

 黛は微笑み、傍らに在って戦術情報表示端末を操作する櫻井一尉に目配せした。櫻井一尉の操作で画面が宮古島とその周辺海域を表示する。そこに、宮古島の南東から北へ抜ける「とうや」の航路が赤いラインとなって重なり、同時に周辺海域に展開する船影が複数、宮古島を包囲するようにして重なる。

「石垣島より出動した護衛艦二隻、そして沖縄及び鹿児島から出動した海上保安庁の巡視船が五隻……これらは周辺海域の警戒及び先日撃墜された戦闘機搭乗員の捜索救難を担当している……護衛艦が巨艦に接近して並航しその注意を惹く間、『とうや』はその外縁に展開し精密照準砲撃を行う。攻撃開始距離は宮古島より80海里とする」

「砲撃!?……80海里先から……!?」

 黛の状況説明に聞き入っていたSBU隊員の中から驚愕の声が上がる。敵の対水上捜索レーダーの範囲外という意味では有効な距離だが、精密照準砲撃という芸当など可能なのだろうか? 乗艦を果たしたSBU隊員の中には、菅野二曹をはじめ今回初めてこの種の任務に参加する者もいる。やはり任務初参加の彼の言葉はこうした新参者の内心を代弁する形となった。そこに、指揮官たる堀内の言葉が続く。

「……四か月前のフィリピンではそれでうまく行った。確かにこの艦の攻撃力は高い……しかし、今度の砲撃は単なる『耕作』とはわけが違う。市街地に撃ち込むわけですからより精密な射撃が要求されるでしょう……例えて言えば、ゴルゴ13の狙撃のような」

「ゴルゴか……言い得て妙だな」と、黛は笑った。

「精密砲撃に関しては、技術的にはさほど問題は無い。今回の射撃に際し、砲弾はこれを使用する」

 端末の画面が切替り、大人ひとり分の背丈はあろうかと思われる巨大な砲弾の写真、そして3D表示された砲弾の内部構造が映し出される。画像を前にSBUの面々は驚愕の声を上げ、中には席から身を乗り出すようにして画面を注視する者もいた。隊員の中には砲弾の構造図に既視感を覚えた者もいたかもしれない。特に過去の特殊戦集合教育課程の中で、前線航空管制(FAC)の訓練を受けたことのある者などは――


「防衛省技術本部謹製の対地攻撃用改良弾だ」と、黛は言った。

「ロケットブースター装備、弾種は触発信管方式の榴弾。誘導方式にはGPSとレーザーを併用する。目標の位置情報は、現在国土交通省において試験運用中の準天頂衛星と連動した地上位置確認システム(GPS)より取得する……こいつを、本艦は現在10発搭載している。この10発を撃ち切ったら、我が国における同種弾のストックはそれで尽きる。よって、人口密集が予想される場所において必中を期すべく、レーサー目標指示装置との併用が必要と判断されたというわけだ」

「ぶっつけ本番ってとこか……」と、堀内は呟いた。

「本来は先々日に運用試験のために積載したものだ……いや、それは名目かな。恐らくは海幕(うえ)がこの日あるを予測し本艦に搭載させたのかもしれない。よって君たちには本弾の必中を期すべく、現地に潜入してもらうことになる」

「忍び込めって……簡単に言ってくれるもんだな」

 失笑と同時に、難事に怯まない不敵さが堀内の顔には浮かんでいた。

 



『――カササギ1、「とうや」、発艦を(リクエストフォア)要請(リフトオフ)

『――こちら「とうや」、発艦を(クリヤードフォア)許可する(リフトオフ)

 アイドルから離陸にエンジン出力が移行し、長大なフロップローターを天に掲げたMV‐22Jが夜空に向かい浮揚する。識別灯と誘導灯のみが、海を支配する漆黒の中に無機の光を投掛けている。オスプレイは左滑りに空を舞いつつ飛行甲板を離れ、飛行甲板上に瞬く仄かな赤青が次第に離れ、黒い海原の中に吸い込まれるようにして消える。母艦から離れ、十分な高度を取ったところでオスプレイは巡航形態に転じ、そして速度を増した。しかしオスプレイはすぐに高度を落とし、レーダーを警戒し海面を這うように北へと飛ばなければならない。それも、GPSと夜間暗視装置(NVG)を併用した有視界飛行で――

 

 赤色灯すら完全に消え、不気味な振動と闇一色が空間を支配するキャビンに腰掛けつつ、堀内一尉は考える。

 以前より南西方面の有事に備えた作戦計画の一環として、島嶼に対する海上からの浸透訓練は何度も繰り返した。海空からの浸透、昼夜を選ばぬ浸透、あるいは浸透中の、不意の遭遇戦を想定した戦闘演習……中には実戦以上に過酷な想定下で訓練をしたこともある。それでも実戦に臨むのは怖くないと言えば嘘になる。特に自分たちが戦う相手が、これまで自分たちが敵として想定し、訓練してきた中国の軍隊とは全くに毛色の異なる戦闘部隊であるのならば尚更だ。宮古島を制圧下に置いている敵の中には、世界でも名の知れた特殊部隊の一員として数々の修羅場を潜った者も多いと聞く。その彼らを前に、自分たちがどこまで通用するか――


『――全乗員へ、上昇まであと三分』

 それまでキャビンの隅に在って沈思を続けていた堀内は立ち上がり、そして叫んだ。

「全員立て!」

 作戦に臨むSBU隊員は、クレイタイプのコンバットユニフォームの上にタクティカルベストとホルスター一式、そのさらに上にパラシュートと浅海域浸透用の循環式酸素呼吸器を負う。頭部を保護する軽量ヘルメットと耳全体を覆うイヤーマフはコードで携帯無線機と繋がれ、戦術データリンクに介入可能な携帯無線機は、暗視装置と併用すれば夜間において絶大な効果を発揮する筈であった。


 その他、SBU隊員は作戦全期間を通じ空からの支援も受ける。具体的にはSBUの浸透予定時刻に合わせて沖縄より発進した航空自衛隊のF‐15Jイーグル戦闘機が宮古島に接近。イーグルは翼下に搭載した多用途無人機(TACOM)を切り離して離脱する。地対空ミサイルの有効射程外の高高度を亜音速で飛行するTACOMは、その搭載燃料の続く限り宮古島上空で滞空を続け、上空よりSBUの前に塞がる敵の配置を捜索し、その際の情報はSBUにも回される手筈になっていた。


「フックを繋げ!」

 キャビン上部に渡されたロープに開傘用フックを繋ぐ。キャビン内のランプが青に点灯し、男達の闇に馴れた眼を不快に灼く。続けて後部貨物扉が開く電動音がする。生暖かい潮風が、淀んだ海の臭いをキャビンにまで運んで来るのを全身で感じる。重いモーター音と共に扉が完全に開ききり、そして床が最初は微かに、やがて急激に左右そして後方に傾いていく――

『――カササギ1! これより上昇!』

 到達高度は300メートル。これがパラシュート降下の最低実施高度であり、これ以下の高度では死を覚悟しなければならない。そして実施高度に達したオスプレイが直線飛行を維持するのに許された時間は、僅かな間でしかなかった――青から赤に切替るランプ。

「降下! 降下! 降下!」

 キャビンの床を蹴るタクティカルブーツの響き、怒涛の如く続いたそれの後には、漆黒の海を眼下に夜空に漂うパラシュートの群が現れた。その最後尾に、降下長たる堀内がいた。降下要員の全ての降下に気を配り、最後に彼自身も降下するのは降下長たる堀内の務めである。

「…………」

 直線飛行から一転し、螺旋状の急降下に入るオスプレイの影を、漂いつつ見上げる。水平線まで続く海の原野を支配する闇に融け込むようにして遠ざかっていく異形の機影。そして彼らが空に在ることを許された時間は短い――降下が始まって五分後には、彼らは宮古島南部沿岸から五百メートルの海上に降り立ってしまう。


 パラシュートを切り離し、循環式呼吸器とGPSを駆使し入江を目指す。無人偵察機による事前の航空偵察では、浸透先に選んだこのポイントに敵はいない。陸揚げし得た兵力と装備では、下地島と本島北部を確保するだけで精一杯だったのだ。海岸線に沿うように北上して入江から用水路を伝い、県道235号線の跨る架橋を見出したところで各員は嵩張る循環式呼吸器を棄てた。そこからさらに奥へと浅海を泳ぎつつ進み再び陸地、県道197号線に達する。事前に設定した手順通りだ。


「――こちらカモメ、スタートラインに到達。おくれ」

『――こちらサクラ、了解。スイセイが予定空域に到達した……カモメ、位置報せ』

「カモメ1より各員へ、ストロボを起動させろ」

 不可視光線で所在を示す赤外線(IR)ストロボの起動を各員に命じる。そのまま沈黙の内に一分余りの時間が過ぎる。今頃「サクラ」――横須賀の護衛艦隊司令部に新設されたSBUの指揮室(オペレーションルーム)――では、高空を飛ぶTACOMから広角スクリーンに送信されて来る宮古島の様子とそこにいる自分たちの挙動を、胸板に記念章を並べたお偉方が険しい顔で眺めているのだろう……と堀内は邪推する。


『――スイセイ、カモメ全員の位置及び健在を確認。カモメ、周辺に敵影を認めず。そのまま与那覇湾まで北へ進め』

「カモメ、前進を開始する。終わり」

 交信を終え、堀内は手信号で前進を促した。同時に安堵の息が漏れた。玄関から食堂までは、どうにか通してくれるらしい……家屋と外灯から完全に光が失われていることが、堀内をして夜間暗視装置を使うことを決心させた。耕地と林、そして平屋から成る平坦な地上を、SBUは狭い道路の両脇に別れ足早に進む。暗視装置の緑の幕が、明瞭ながらも荒涼とした島の風景を、前進を続ける男達の視界に焼き付けていく。


『――こちらサクラ、対戦車自走砲を先頭に車両複数が390号線を南下中。数五、現在与那覇湾沿いに進んでいる』

「――――!」

 舌打ちと共に部下に散開と潜伏を命じる。彼自身も林中に身を潜めつつ、堀内は回線に呼び掛けた。

「サクラ、敵の動きは? おくれ」

『――与那覇湾沿いを通過、このまま東に向かっている。西だ! 県道を出て西に向かえ』

「…………!」

 舌打ちと共に、県道を脱しサトウキビ畑に入るよう促す。その西側から重々しい車の気配が迫って来るのを感じる。隊全員がサトウキビ畑に紛れるのに成功し、その後に光量を落としたヘッドライトを煌めかせつつ、中国製の装輪戦車が県道を走り過ぎていく。

『――敵部隊、下地中学校校舎近傍に集結中。通信塔近傍に脅威なし』

「各員へ、やつらが見えなくなるまで西へ進め、そこから通信塔近傍で全隊を掌握する」

『――了解!』

 隊員の応答を背に、堀内は再び前進する。海が広がる気配を、再び頬に捉えた潮風に感じる。与那覇湾だ……暗視装置の円く暗い視界にすらはっきりと捉えられる巨大な煙突がひとつ――それが、事前のブリーフィングでも目印(ランドマーク)として名の挙がった製糖工場の煙突であることに思い当る。

 やがて遠雷のごとく砲声が天を巡る音を聞く。昔、専門教育を受けるため派遣された富士で似た様な音を聞いたことがある。榴弾砲の発砲音だと直感する。空港に展開しているという自走榴弾砲、そいつが南へ向けその凶悪な砲門を開いているのだ……堀内の表情に暗い影が宿る。

「こちらカモメ、現在県道390号線上、宮古島空港近傍の状況報せ」

『――こちらサクラ、カモメの前方一キロ先の県道上に多数の戦闘員の集結を確認、防御陣地を構築している模様。近傍に対戦車ミサイル(ATM陣地)も見える……正面からの突破は無理だ』

「…………」

 やはりな――堀内は部下と顔を見合わせた。軽量ヘルメットと暗視装置、そしてバラグラバに全面を覆われたロボットの様な無機的な顔が、彼の指揮官を見返していた。敵は要塞化した宮古島空港を礎石として、東西に防衛線を延ばしている。言い換えれば圧倒的な武力で空港から南を封鎖に掛かっている。裏を返せばそれは彼らが、宮古島を完全に占領する必要を認めていないことの証でもある。彼らの背後にいる中国が名分を得て乗り込んで来るまで、優勢を維持すればいいということなのだろう。


「――カモメ1より各員へ、西浜崎まで、西浜崎まで移動する」

 堀内の命令は、彼に従う男達にとって、意外なものに聞こえた。

「なんてことは無い」と、部下の心境を察したように堀内は続ける。

「与那覇湾を一回りして、そこから街までまた泳ぐのさ」




※弊サイト(本社事務所)の兵器及び軍事面の設定に、「とうや」に関する記述を追加しました。

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