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7.森の中で

 誰かに心配される資格など、私には無い







 転移術で町の北門に移動したセフィーアは眉根を寄せる。

祭り(フェスト)へのお誘いですか」

 降り立った途端、彼女に向けて強い殺気が放たれたのだ。

「今度は別口……ですかね」

 独り言を呟きながら街道から外れた森の中へ入る。

 暫く進むと四方八方から人が姿を現し、瞬く間にセフィーアを取り囲んだ。その数およそ三十。姿こそ普通の旅人だが、全く感情を宿さない赤く染まった瞳が中身は全く別のものだと語っている。

死霊術(ネクロマンシー)で操られた生ける屍ワンデルンテ・ライヒェ……趣味の悪い」

 男達は各々手にした武器を構え、一拍後踊り掛かった。

 最初の剣先を杖によって逸らし、続く複数の刃を避けながらセフィーアは術を放つ。

「吹き飛ばせ疾風(はやて)の砲弾、ルフトカノーネ」

 ゴゥッ!と唸りを上げて風の塊が飛び出す。正面にいた敵が後続を巻き込んで倒れた隙を狙い、振り向きざまに術を構成する。

「天翔ける大気よ切り刻め、メッサーシュトルム。風よ、シュターカーヴィント」

 鋭い真空の刃で背後に迫った敵を瞬時に細切れにし、遠距離から飛来した数本の矢の軌道を逸らす。

「これで五体、と。剣を使う近距離と弓矢を使う遠距離隊の混合……思っていた以上に厄介ですね」

 セフィーアは眉を顰めた。痛みや恐怖を感じない死者の軍団による絶え間ない攻撃を捌きながら術を構成し、発動させるのは骨が折れる。

「直接ヴィレスクラフトの塊を叩きつけてしまいましょうか」

 怠け心が首をもたげる。その時。かさり、と草を掻き分ける音と共に黒い影が飛び出した。

「迸る流れ、全てを飲み込め! トーベンシュトローム!」

 地面から大きな水の渦が噴き出し、セフィーアを取り囲む死体達を飲み込んだ。同時に術を放った男が駆け寄り、彼女と襲撃者の間に入る。

「っ……!」

 驚きのあまり一瞬動きが止まるが、すぐに気を取り戻して大きく飛び退る。敵から十分距離を取ると、硬い声で乱入者の背に問い掛けた。

「どうして……?」

「場所に関しては番兵に聞いたから。理由に関しては追い掛けたかったから来ただけだ。何か文句でも」

 セフィーアは苦い表情を浮かべた。

 何故、この男は一つの問いに混じった二つの意味を正確に読み取れたのだろうかと。

「色々言いたそうだが、まずはこの状況をどうにかしてからだろ」

 やや細身の長剣を構えたレイディスは起き上がった襲撃者を油断無く見据えて不敵に笑う。

「俺が相手だ! 来い!」

 程なく彼等の剣戟が始まった。

 カン!キン!という金属音を聞きながら、セフィーアはどこか虚ろな呟きを漏らす。

「厄介事に首を突っ込みたがるもの好きがまた現れるとは……」

「おい! ぼさっとするな!」

 更に五体を戦闘不能にしたレイディスの怒声に沈みかけた思考が浮上する。

「大丈夫です! 雷陣(らいじん)、捕らえて弾けよ、ブリッツツェレ」


 ドンッ!


 遠くから牽制の矢を射続ける弓部隊はセフィーアの八つ当たり紛いの攻撃によって体勢を崩した。そこへ追撃が加えられる。

「玲瓏なる氷の棺に眠れ、フロスティヒテーテン」


 ピキピキピキ……パリンッ!


 周りの空気ごと敵を閉じ込めた氷柱が音を立てて砕けた。レイディスの頬が軽く引き攣る。

「生ける屍ですから中途半端な攻撃では復活しますよ。森の中なので当然火は使えません。風属性も余分な植物を薙ぎ払ってしまいますので」

「風は使ってただろ」

 続く「相変わらず大雑把な……」という呟きを黙殺し、次に取る行動への協力を求めた。

「浄化の術を使います。あなたは詠唱する時間を稼いで下さい」

「分かった」

 レイディスは短く応じ剣を持つ敵を引き付ける。前衛の半分は彼によって足を切り飛ばされて戦闘力を失っている。残りは十体。漸くセフィーアに上級の術を使う余裕が出来た。

「認めたくはありませんが、彼が来て助かった事は事実ですね。全ての安寧を願う心、生を司る神の光、集い魔に捕らわれし者達を救わん、ヴァイト・ゼーレンハイル」

 杖の先端に嵌め込まれた宝珠の色が翠から金に変化していく。詠唱の終わりと同時に完全な金色となり、術が発動する。

 杖から溢れた温かい光が辺りを覆い、収まると襲っていた男達がコトリコトリと地面に倒れた。

「今日のところはこれで終わりですかね……」

「何か言ったか?」

「死者に祈りの言葉を。その方が周囲に影響を与える負の思念も早く消えますから」

「ふうん。ところで迷惑だと言ったのは、こういう事態を予想していたからか? あの死体もどき、セフィを殺そうとしてたよな」

 吐かれた嘘には気付かず、レイディスは険しい顔でセフィーアに詰め寄った。

「死体もどき、ではなく歴とした本物ですよ。質問の答えは少しお待ちを――フランメ、ヴィント」

 火が熾り、横たわる死体を白い灰に変えた。次に風が吹き、残る灰を空の彼方へと運んで行く。

「本当に凄いな。言葉に少し力を込めるだけで術を発動させるなんて」

「魔術は意志の具現化ですから。難しい事ではありません」

 セフィーアは手に持つ杖の石突を軽く地面に打ちつけた。キンと小さな金属音の様なものが響き、辺りの空気が変わる。

「もう一度辺りを浄化したのか」

「はい」

「で、殺されかけた理由は?」

「逆恨み、といったところでしょう。いちいち相手にしていられません。改めて申し上げましょう。助けて頂いた事には感謝しますが、要らぬ世話である事には変わりありません。この通り、私の日常は危険と隣り合わせです。巻き込まれて重傷を負ったり命を落とす様な事になったら少々目覚めが悪い。ですから私に関わるのは止めて下さい」

「心配してくれる気持ちは分かるけど――」

「あなたの心配などしていません」

 間髪入れず被せてきたセフィーアにレイディスは苦笑する。

「俺はそう簡単には死なない。少なくとも剣技においては足手纏いにならないつもりだよ。――ずっと探していたんだ。やっと会えたのに離れるなんて選択肢はない」

「当人の意思を無視しないで下さい。そもそも私が捜している女の子であると思う根拠はあるのですか? あなたの思い違いでは?」

「何年も経ったとはいえ、顔に昔の面影残ってるし。あとその杖に嵌め込まれた、術の属性によって変化する宝珠」

 レイディスがセフィーアの持つ杖を指差す。

「セフィ以外に持ってるやつ見た事無いんだよな。何よりの証拠はこれだ」

 レイディスは首に掛けた革紐を引っ張って外してセフィーアへ差し出した。細長い八面体の青玉(ザーフィル)があしらわれた簡素な首飾りだが、奇妙な事に、先端の石がピカッ、ピカッと忙しなく光っている。

「これは七年前、セフィがくれた守護宝珠(シュッツ・エーデルシュタイン)だ」


 守護宝珠とは、危険や災厄から持ち主を守るというヴィレスクラフトを込めた念凝石(クラフト・エーデルシュタイン)の事である。その名の通り護身具の役割を果たす。


 手の中にある物を見せられた瞬間セフィーアの顔は驚愕で縁取られた。眼前で輝きを放つ青玉には紛れもない彼女自身のヴィレスクラフトが宿っている。


「昨日、この町に来てからこんな風に光り始めてさ。妙だと思っていたら昨夜の出会いだ。宝珠に込められた力と昨日出会った女、そして今のお前から感じる力の気配が同じなんだよ。これだけ揃っていれば本人だと特定するに十分だろ」

「ええ。加えて私が生きているとあなたが信じた理由も分かりました」

「今ので?!」

「幼い子供が自分の死後も効力を発揮する魔道具を作れる筈が無いから、ですよね?」

「まあ、概ねそういう事だ。納得した?」

「はい。……私が、あなたに渡したのですか? 本当に?」

「そうだ」

 俄かに信じ難い。そう思いながらセフィーアは青玉に手を触れる。すると。

「え……?!」

 ぐい、と意識が引っ張られる感覚に抗う間もなく、目の前にある光景が広がった。







 * * *







 馬車の前で幼い少女と少女より幾分年嵩の少年が話している。


「もう行っちゃうの? やっぱりさびしいよ」

「しょうがないだろ。帰らなきゃいけないんだから。王都に着いたら手紙を書くからさ。それに会いたければいつでも会いに行けるし。お前も遊びに来ればいいだろ」

「そっか。そうだよね。うん、絶対あそびに行く! あ、あのね。これあげる。わたしがつくったんだよ」

 少女は誇らしげに胸を反らせると握っていた拳を少年の方へ突き出した。その中には四センチ程の青く輝く石が見える。

「自分でつくったのか!? すごいな。これは何だ?」

「ええと、しゅっつ……えー……しゅたいん?っていうの。けがするかもってとき、まもってくれるんだよ。おとうさんからきいて、わたしがつくったの」

「危険から守る宝石……もしかして守護宝珠の事か?! おまえが作ったの?! すごいじゃないか。ええっと、何でくれるんだ?」

「とおくに行っても、わたしをおぼえていてほしいから」

 少女は横を向いて言った。その頬がうっすらと赤く色付いている。

「え、いや……そんなの無くったって、お前の事を忘れる訳ないし」

「わたしがあげたいからあげるの! いや?」

 戸惑う少年に少女は怒った様に叫び、次いで不安げな表情を浮かべた。

「い、いや、そんな事無い。すっげー気に入ったよ。ありがとな。大切にする」

 少年の褒め言葉に、少女は目に見えて安堵し、気色満面の笑みをもたらす。

「ほんと? よかった!」

 少女と少年の姿が段々と色褪せ、遠くなっていく。





 * * *







「……フィ! セフィ!」

 強く揺さぶられる肩の痛みと名を呼ぶ声に、セフィーアの意識は遙か彼方から引き戻された。

「……? ああ、あなたですか。どうしました?」

「どうしたと言いたいのはこっちだ!! 突然固まったと思ったら、目が虚ろになって。このまま戻らなかったらどうしようかと……」

 最後は囁く様に言うと、肩に掛けられていた手を腰に回し、そのままセフィーアをギュッと抱き寄せた。

「何を……」

 文句を言う為に開かれた口は途中で封じられた。心底安堵している様に気付いてしまったが故に。代わりに「ご心配をお掛けしたようで」とだけ呟いた。若干頬が赤くなっているが本人は気付いていない。

 レイディスは薄く笑うと、「何があった?」と再び尋ねた。

「私とあなたのヴィレスクラフトが反応し、私にある幻を見せたのです。様子がおかしくなったのはその為でしょう」

「幻って、どんな?」

「遠い……遠い過去です」

 端的に述べると顔を背ける。

「要領を得ない答えだな」

「これ以上は言いたくありません」


 身悶えする程恥ずかしい記憶でもあるので。


「お願いですから、これ以上関わらないで下さい。私はもう、誰も失いたくない……」

 悲しみに覆われた声を残してセフィーアが歩き出す。レイディスは慌ててその背を追おうとするが、出来なかった。

「何で足が動かないんだよ?!」

 まるで地面に縫い止められた様だ。レイディスはくわっと目を剥いてセフィーアに向かって怒鳴った。

「お前の仕業か?!」

「一日後、もしくは危険が迫った時に拘束は解けます。さようなら。二度とお会いしない事が互いの為です」

 セフィーアは必要最低限の言葉を残して森の奥へと去って行った。


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