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6.魔獣襲来2

 大切だから、関わらせてはいけない







* * *







「集え(あま)(いかずち)、ドンナーシュラーク」


 ドドドォンドォンドォンドォン!


 空気を震わす轟音。十数本の雷が魔獣の巨体に次々と突き刺さり、その度にくぐもった声が上がる。最後の一撃が落ちると、魔獣は断末魔の悲鳴を上げてゆっくりと前方へ傾いでいき、ズシィィン!という地鳴りが響く。余韻が消え、辺りに沈黙が漂うと、遅ればせながら終わった事に一同は気付いた。

「す、すごい……」

「上級魔術を一瞬で、しかも鍵語(シュリュッセル・ヴォルト)と動作だけで発動させるとは。やるなぁ嬢ちゃん」

 助けられた女性が茫然と呟き、ベルクは顎を撫でながら感嘆の声を零す。


 基本的に「魔術を使う」事、即ち「術の効果を現す」為には、「構成」「凝縮」「詠唱」「発動」という四つの手順を踏まなければならない。

「構成」とは術の効果を具体的に描く事、つまりは設計図を想像する事だ。次に「凝縮」という現象を起こす為に必要なヴィレスクラフトを集め、一度体内に取り込み精練する行為がきて、より構成を固め効果を実現させやすくする「詠唱」をし、鍵語、即ち現象の効果を端的に表したものを声に出す事によって魔術は「発動」する。

 理論上は、どんな魔術も鍵語を唱えるだけ、もしくは手の動作だけで発動させる事は可能だ。要は効果を思い描く想像力と、実現させる為のヴィレスクラフトがあればいいのだから。

 中級までの術なら発動手順を省略出来る魔術士は珍しくはないが、上級術で出来る者は滅多にいない。効果の高い魔術になればなるほど、細かい設計図や完成想像図と大量のヴィレスクラフトが必要で、またそれらを使いこなす為、血の滲む様な修練を積み重ねなければならない為だ。生半可な意思と覚悟ではここまで辿り着けまい。


「凄い……ことは凄い。だが、それとは別に気に食わねぇ」

 ベルクはそっとセフィーアを盗み見る。彼女はカールとの話に興じている為気付いていない。

「相変わらずすげえ破壊力。さすが最終兵器」

「あなたは恩人に対して喧嘩を売っているのですか?」

「うわぁ! すんませんすんません。もちろん感謝してますって」

「おまけに余計な人間まで連れて来て。悪いと思っているなら労いなさい。そうですね……具体的に言うと、高級料理店で食事を奢るとか」

「おもいっきし強制じゃないすか。分かりました。オレの手持ちで払える程度でしたら喜んでしますよ」

「素直でよろしい」

「あ、あの、本当に有難うございました!」

 一段落したところを見計らって、助けられた女性はベルクから返された赤子を胸に抱いたまま、改まってセフィーアに頭を下げた。

「あなた方が来られなかったら、私もこの子も生きてはいません。少ない手持ちで申し訳ないですけど……」

「母子共々、健やかに生きる事。それ以上の礼はありません」

 否と言わせない笑顔で女性が差し出した金を押し戻した。

「どうしても感謝の意を形にしたいと言うならば、私の事を公言しないというだけで結構です」

「それは……」

「使える魔術士として便利屋扱いされたくありませんので」

「あ、そういう事……」

 片目を瞑り「内緒です」と人差し指を口の前に立てる。女性も納得した様にくすりと笑う。

「では私はこれで。夫や父と母、友人達に無事を知らせないと……」

「そうですね。早く行って安心させてあげて下さい」

 女性は三度頭を下げると足早に去って行く。セフィーアが見送っていると、不意に手を引かれた。

「セフィ、腕の怪我見せろ」

「え? ただのかすり傷ですよ。血も止まっていますし、その内治るでしょう」

「…………」

 レイディスの表情が変わった。無言でぐい、と引き寄せる。

「癒しの光よ、ハイルング」

 僅か数秒で傷は塞がれた。セフィーアが目を瞬かせる。

「放っておいて良かったのに……」

「それだと痕が残るだろ」

 ぶっきらぼうに言い捨てる。

「体に傷跡が残る事が問題になりますか?」

「少しは気にしろよ……」

 途端レイディスの眉間の皺が深くなり、更に強く手首を握られる。

「痛いです。放して下さい」

「あ、悪い……」

 すぐに手を放すが、眉間の皺は消えない。

 言動の意味が分からないとセフィーアは首を傾げ、分かっていない事を察したレイディスがますます険しい表情になる。そんな二人の様子にベルクは苦笑しながら呟いた。

「こりゃ苦労するぜ、レイディス」

「何か楽しんでないっすか?」

 隣で声を拾ったカールが咎める視線を送る。

「否定はしない」

「先程から疑問に思っているのですが、あなたとはほぼ初対面、ですよね?」

 ほっといたらいつまでも続きそうな二人のじゃれ合いを遮る様にセフィーアが言った。

「いや違う。俺はレイディス。レイディス・フリーデン。ほら、子供の頃よく一緒に森で遊んだだろ。レイという名に憶えはないか?」

「……ッ、…………」

 セフィーアの瞼が震え、音にならない言葉が紡がれる。

 彼女はようやく昨夜感じたものの正体を悟った。


 それは、再び出逢えた事に対する、魂からの歓喜。

 湧き上がる様なこの情念は――――目的を果たす障害になりかねない。

 然らば取るべき態度は一つ。


「……覚えはありませんね」




 感情を奥底に沈めて嘘を吐く。

 定めた道を走る妨げにならない様に。

 彼を守る為に、赤の他人のふりをしなければならない。




「そ…………か」

 レイディスは大仰に肩を落とした。

「すみません」

「セフィーアさん……」

 伊達に長く付き合ってはいない。カールは微妙に混じる気配を察した。

「そうそう、聞きたい事があるのです」

 物言いたげな視線を避ける様にセフィーアは身じろぎした。

「先刻魔獣が増えていると言っていましたね。出没地域、現れた魔獣の種類等の詳細情報を収集、分析して下さい。特に王都と他六大都市周辺は委細漏らさず、徹底的に」

「げげっ! 何つー七面倒臭いもんを……。かなり時間を頂きますが?」

 露骨な話題転換に顔を顰めながらも聞かれた事に答える。

「一週間以内に精確な物をお願いします」

「町の復旧作業に結界装置を壊した犯人の捜査もあるのに、それは無理難題というもので……分かりました全力でやらせてイタダキマス」

 高い要求に思わず抗議の声が上げるが、セフィーアの迫力のある笑みに負けた。

「一週間と言うのは冗談ですが」


 いや半分本気だった。カールが心の中で呟く。


「出来るだけ早く集めて欲しいので」

「はぁ……分かりましたよ。全力であたります」

「ついでに聞きますが、この近辺と王都の魔獣情報はありますか?」

「ちょっと待って下さい……」

 ガサガサと執務机の上を漁る。

「あった。町の西にある山に鷲型魔獣(アードラー)の群れが出没し、山越えをする者が何組も被害に遭っています」

「情報提供有難うございます」

「いえ、これ位何でも。今度は王都に行くつもりですか? 何時もは避けているのに、どういう風の吹き回しで?」

「近付くと余計な厄介事に巻き込まれる確率が高くなりますからね。しかし今回は行かざるをえない事情がありまして」

 仕方ない、面倒ですが、とセフィーアは苦笑する。

「あとこれは未確認情報なのですが、大型の魔獣がいるとの事です」

「大型……ですか。面白い。もし見掛けたら倒しておきますね」

「また一人で魔獣狩りですか? まあセフィーアさんなら、そこらへんの魔獣の大群位、片手で軽く片付けられるでしょうけど、何でそればっかやるんです?」

「単なる趣味ですよ。さて、そろそろお暇を」

「また会いに来て下さい。待ってますんで」

「次の機会があれば寄らせていただきましょう」

 セフィーアが去ろうとするとレイディスが彼女の右肩を掴んだ。眉間には皺が寄っている。

「あそこの魔獣は一体一体は大した事ないが、群れを形成している事が多いから面倒だぞ。そもそも女の一人旅は感心しないな。俺も一緒に行こう」

「いえ、大丈夫ですからお気遣いなく。纏わりつかれるのはいい迷惑です。想定外の事態が起きても対処出来ますし」

「迷惑……か。確かにそうかもな。でも……」

「余計な世話は要りません。失礼します。ヴァンダーン・フェルンアップ」

 肩に掛かった手をするりと外すと空間転移の術を発動させる。

「え!? ちょっ、待て、セフィ!」

 一瞬で消えたセフィーアを慌てて探すが、目に見える範囲に彼女はいない。振り返ると、カールと目が合った。

「追いかけたけりゃ西門だ」

「有難うございますっ!!」

 言うや否や、突風の様に飛び出して行った。

「は、はえー……」

「おーおー若いねぇ。思い立ったら一直線というところは姉貴にそっくりだぜ。ふうん……俺の前ではセフィーア、本人には愛称とは。分かりやすい奴だ。さて、俺も行くとするか。ああそうだ支部長。色々と気になった事があるんだが、まずは一つ」

「何すか?」

「結界装置が故障した詳しい原因は?」

「あーそれですか。不真面目な管理人とどっかの馬鹿のせいでさぁ」

 カールは直接的な原因を伏せ、適当に言った。あながち嘘では無い。

 それに気付いたのか。ベルクは目を眇めるが言及はせず、次の質問に移った。

「二つ目。どうして権力者や貴族でもない年下の女の子に敬語を使っているんだ?」

「それは……昔、オレの両親を助けてくれた恩人だからっスよ。親がすっげぇあの人を尊敬してて、それがオレにも伝染したんです」

「成程な。じゃ三つ目。最後に聞く。彼女は何者だ?」

 これが本題だろう。ベルクの気配が変わった。

「今言ったでしょう。オレ達家族の恩人。付け加えると、知る限り右に出る者のいない、世界最強の魔術士ってところですかね。他に知りたきゃ自分で調べて下さい。『監査』様?」

「そりゃご尤も」

 口ほど納得していないらしい。射竦める様なベルクの瞳の前に晒される裏で、カールは溜息を吐いた。本人もそうだが、彼女に引き寄せられる人物達も一筋縄ではいかないらしい。類は友を呼ぶのだろうか。


(セフィーアさん、また面倒そうなやつに目を付けられたみたいですよー)


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