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5.魔獣襲来1

 時は暫し、魔獣が町に侵入した数分後に遡る。


「魔獣だー! 魔獣が出たー! 逃げろ逃げろーっ!!」

「何なんだよ! あの大きさは! 見た事ないぞ!」

「警備隊は何をしているのよ!?」

 平穏な日常風景から程遠い、耳をつんざく悲鳴と怒号が辺り一帯に溢れかえっている。そんな喧騒をものともせず、セフィーアは逃げ惑う人々を器用に避けながら、彼らが走ってくる方向に歩みを進めていた。


「嫌な予感が的中しましたか。こういうものほどよく当たる。偶には外れてもいいでしょうに。今の町にはまともな戦力はいないらしいですし、何かあったら手助けすると言った手前、動かないと文句を言われそうだ。結局は私が原因ですからね……」




 忘れてはならない。

 自分という存在が数多の惨劇を引き起こす事を。

 自分という存在が関わる者達全てを滅びの運命に引き摺り込む事を。




あの様な事(・・・・・)は、もう二度と繰り返したくない。さて、早く魔獣を見付け出して始末しないと被害が拡大する一方ですね。どの世界、どの時代でも、一番の被害者は戦う力を持たない人々だ」

 眉を顰めて道端に倒れ伏している中の一人に近づいて屈む。死んで間もない筈なのに、体は干からびてまるでミイラの様だ。腹に拳大の丸い穴が開いている。そこから全身の血や水分を吸い取られて縮んでしまったのだろう。

「悪趣味な……」

 セフィーアは立ち上がり、辺りを見渡した。淀んだ気の塊を近くに感じる。目的の魔獣か。そう思った時。

「きゃあぁぁぁーーーっ!」


 ドォーンッ!


 悲鳴の後に続けて轟音が響き、斜め前の建物が崩れた。顔を向けると、ぬめぬめした青緑色の皮膚を持つ巨大蛙型魔獣(メヒティヒ・フロッシュ)とその前で固く身を寄せ合って屈み込んでいる母子が見えた。

「まずいですね」

 低く呟き空間転移の術を使って母子と魔獣の間に降り立った。突然現れたセフィーアの姿に母親らしき女性は目を瞬かせる。

「え……?」

「大丈夫です。落ち着いて下さい。あなたを助けに来ました」

「え、え?」

「でなければわざわざ魔獣の前に姿を見せるなんて酔狂な真似はしません」

 混乱していた脳へ言葉が行き届くと、女性は安堵の笑みを零し――――セフィーアの後ろを指差しながら叫んだ。

「危ないっ!」

 背後から魔獣の凶暴な舌が三人に襲いかかろうとしている。今度こそ駄目かと女性が目を閉じた。しかし。

「おいたはいけませんねえ」

 揶揄する声とともにセフィーアの左手から放たれた電撃が舌を打ち払う。邪魔された魔獣は「ゲコゲコゲコ……」と低い怒りの声を上げ、今度は踏み潰さんと前脚を振り上げた。

「短足肥満体型が片足を上げるなんて、転ばせて下さいと言っている様なものですよ」

 再び電撃が放たれる。脚に痛みを受けた魔獣はそのまま見事に横転した。更に。

「邪魔です」

 ゴォッと唸りを上げて風の槌が魔獣をやや離れた家屋に叩き付ける。

 ガシャン! ガラガラガラガラ……。

 無傷の家が倒壊した。

「………………」

「あー、町中でしたね。余計な被害を増やしてしまいました。今のは魔獣のせいって事にして下さい」

「………………」

「これで多少の時間は稼げたでしょう。立てますか?」

 人災を魔獣のせいにした事はさておき。問われた母親は笑みを歪めて首を横に振った。視線を辿ってセフィーアも眉を曇らせる。

「足に怪我……逃げようにも逃げられない、か」

 左足の膝から流れた血が赤い斑模様を作っている。傍には瓦礫が落ちていた。何処からか飛んで来たそれに運悪く当たってしまったのだろう。

「ええ。だから、せめてこの子だけでも……」

 抱えていた我が子を託そうとする女性を、セフィーアはやんわりと止める。しかし続く言葉は動作に反して厳しいものだった。

「こんな小さな赤子を残して逝くのですか? 母親なら、生きて最後まで子供を守って下さい」

「そ、そうね。無責任だったわ。ごめんなさい」

「いえ、こちらこそ言い過ぎました。すみません。この場で怪我を治せればいいのですが、私は治癒術が不得手でして……」

 言いつつセフィーアは左手を掲げて空中から小鳥の卵の様に丸い形をした緑色の宝玉を取り出した。通信珠(ゲシュプレーヒ・シュタイン)という、離れた場所にいる者同士が会話する為の魔道具である。それに向かって声を張り上げた。

「あなた、そこにいますか?」

「へえっ?! あ、セフィーアさん! 丁度連絡しようと思ってたんです。町に魔獣が入って来たのはご存じっすか?」

「はい。今、目の前にいます」

「早っ! って事は、魔獣退治をお願いしても……」

「構いません。ですが問題がありまして」

「問題?」

「足に怪我をして動けない、赤子を抱えた女性がいるのです。このままでは巻き込みかねません。怪我を治して安全な位置まで退避させる要員として、あなたに来て欲しいのです」

「分かりました。町のどこらへんですか?」

「北の広場です」

「ここからだと三分位っすかねえ。急いで向かいます」

 所要時間を告げるとカールは通信を切った。

「助けが来ますので。もう少し辛抱して頂けますか」

「本当に?! ありがとう……」

 女性は子供を抱え直し力強く頷いた。セフィーアは立ち上がると魔獣の方へ数歩近付いた。

「ゲロゲロ……」

 漸く元の体勢に戻った巨大蛙が全身に殺意を漲らせて睨んでいる。

「少し私と遊んでいましょうね」

「ゲロッ!」

 それが合図となったのか。短い気合いの声らしきものを上げて蛙の舌が突き出される。セフィーアは電撃で打ち落とすと新たな術を構成した。

「咲き乱れるは朱色(あけいろ)の花、ボンベンアングリフ」

 数十個の炎弾が浮かび、勢いよく飛んで行く。放たれた炎弾は魔獣の周りで一度止まり次々と爆発を起こした。だが鬱陶しそうに短い首を振るに留まり、効いている様には見えない。

巨大(メヒティヒ)の称号は飾りではないという事ですか。小さな術は効かないし、かといって大きな術はまだ使えない。面倒ですが少しずつ損害を与えていくしかありませんね。早く来て下さいよ……」

 絶え間なく襲い来る舌をいなしながらぼやく。近付いたら払い、という作業を二分程続けていると。

「セフィ!!」

 予期せぬ声が聞こえた。振り向かずにはいられない、強いヴィレスクラフトが宿る響きだ。突然の闖入者は見知らぬ男……ではなかった。

「あなた……昨日の不審者!?」

「誰が不審者だ!」

 黒髪の男――不審者扱いされたレイディスは思わず怒号を返した。そこへ。

「お待たせしました、セフィーアさん!」

「やっと来ましたか……と、誰を連れて来たのです?」

 続けて待ち人カールともう一人、初めて見る焦げ茶色の髪の男が姿を現した。彼は近寄るなり驚きの声を上げた。

「もしかしてこの嬢ちゃんが最終兵器か?! それからまた会ったなレイディス」

「ベルクさん?!」

「何だ何だ。あんたら知り合いかよ」

「ゲコゲコーッ!」

 翻訳するならば「オレを無視するなー!」といったところか。気を取られたほんの一瞬の隙を衝き、魔獣の舌がセフィーアの左腕を捕えた。巻き付いた舌の先端が二の腕に刺さる。

「ああ、そういえば。忘れるところでした。……舌から血を吸われているのか。気持ち悪い感覚です」

「あ、あなた?!」

「何のんびり構えているんスかっ?!」

「早く振り解け! 引き摺られてるぞ!」

「へえ~、余裕だな」

 全く慌てないセフィーアに女性は顔を青褪め、カールとレイディスが突っ込み、いささかずれた感想をベルクが零す。

 ザシュッ。

「ギエッ!」

「一応、礼は述べておきましょうか」

「お前なぁ……」

 面白くなさそうな表情で舌を切り落としたレイディスに言う。セフィーアの態度に呆れてレイディスが一言物申そうとすると、ベルクが何かに気付いた。

「うん? 何か様子がおかしくないか?」

 セフィーア、レイディス、カールの三人が見ると魔獣の巨体がぶるぶると震えて膨張していた。

「皆さん、急いで離れて下さい。血液から吸収した私のヴィレスクラフトが魔獣の許容量を超えた様です。じきに耐え切れなくなって肉体が破裂するでしょう。その前に倒さなければいけません」

「うえ……。えーと、もう大丈夫だからな。癒しの光よ、ハイルング」

 うっかり想像してしまったのか、カールは気持ち悪そうに呻いてから親子に駆け寄ると治癒の術を施す。柔らかな光が女性の膝を包み、瞬く間に傷を癒していく。

「痛みはねえか?」

「ありません」

「なら動けるな。急いで離れるぞ。あんたは赤ん坊を」

「ああ」

 赤子を預かったベルクがその場を離れる。カールは女性の腕を支えて立ち上がらせると二十メーター程距離を置き、未だセフィーアの横に佇むレイディスに声を掛けた。

「あんたももっと離れとけ。セフィーアさんの術に巻き込まれるぜ」

「大丈夫、なのか?」

「愚問ですね。でなければ普通に会話出来ないでしょう。理解したのなら早く離れて下さい。邪魔です」

 冷たく返し、改めて魔獣に向き直った。

「さて、お待たせしましたね。燃えなさい」

 腕に残っていた舌が一瞬で黒い炭と化す。張り付いた煤を払い落すと、両手で持った杖を高く構えて攻撃術を放つ準備を始める。


 一方、少し離れた場所で女性が同じ問いをカールにしていた。


「あの子一人で大丈夫なの?」

「心配いらねえよ。一発で倒しちまうから。何せあの人は世界最強の魔術士だからな」

「随分信頼しているのね」

「長い付き合いの中で、あの人が期待を裏切った事は一度もねえんだ。いい意味でも悪い意味でもな。お、それよりちょっとしたもんが見れるぞ」

 示した先、少女の頭上に眩い光が集まっていた。


 セフィーアが構成するは天より落つる(いかずち)

 上空に幾つもの電気を帯びた球体がバチバチと音を立てながら浮遊する。

 杖の先端にある念凝石(クラフト・エーデルシュタイン)の色が赤から緑に変わった。術の発動に必要なヴィレスクラフトが十分に集まった印だ。この間三秒。

 セフィーアは掲げた杖の先端を鋭く振り下ろした。この動作と言葉によって思い描いた現象が具現化される。


「集え(あま)(いかずち)、ドンナーシュラーク」


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