4.冒険者組合にて
ベルクは予定時間の少し前、冒険者組合に到着した。
受付で頼んでいた資料を引き取ると支部長への面会の旨を伝える。程無く現れたのは副支部長という女性であった。
「グロッケンハイム騎士団の方ですね。証明は?」
問われて懐から鐘と剣をあしらった騎士団の徽章を取り出すと定められた言葉を口にした。
「『獅子身中の虫を駆除する』」
「確認しました。すぐにご案内します……と言いたいところですが」
ここで副支部長は困った様な笑みを漏らした。
「申し訳ございません。支部長に客人が来ているらしいのです。少々お待ち頂く事になりますが、お時間の都合はございますか?」
「時間はあるが……」
「なら良かった。こちらで時間を指定しておきながら、お待たせする事になってしまい支部長に代わりお詫び申し上げます」
副支部長は困り切った様子で深々と頭を下げる。
「こちらに卓と椅子がありますので。只今お茶をお持ちします」
言い置き小走りで奥へ行った。その背を見送るとベルクは椅子に腰掛け、やれやれと息を吐く。
「時間つぶしに今まで集めた魔獣の情報でも見るか」
背負っていた荷袋を下ろして中から書類の束を複数取り出す。ついでに前々から感じていた事を声に出して整理する。
「今までにも多かれ少なかれ魔獣の被害はあった。だが最近は異常と言っていい。現れるのは厄介な大型や中・上級ばかりで、おまけに頻度も高い。資料からすると、十年位前から急激に増えているみたいだ。そういや東、西、北、南も同じ様な話があったな」
今度は懐から小さな紙の束を取り出した。酒場で漏れ聞いた噂話等を書き留めた物だ。殆どは酔っ払いの与太話だが、中には有益な情報が含まれている場合もあるので馬鹿には出来ない。
「ルーエとプファルベツィルクは無いか。この二都市は観光客が多い割には秘密主義だからな。役立つ話は全然聞けねえのはしょうがねぇ」
パラパラとめくり、目当ての項を見付けると端を折って目印を付ける。
「お持ちしました」
程なく副支部長が茶器一式を手に戻って来た。慣れた手つきで茶を器に注ぎ、彼の前に差し出す。
「なかなかいい茶だな」
一口飲んで驚きの声が零れる。
「気に入ってもらえたなら幸いです。では失礼します。支部長の体が空いたらお知らせに参りますので」
「ああ、俺なら大丈夫だ。こちらこそ忙しいのに付き合わせてしまって悪かったな。後は適当に時間潰してるから」
「有難うございます」
ベルクが軽くひらひらと手を振ると、彼女はしきりに頭を下げ、恐縮しながら去って行った。
「さーて、優雅な一人茶会と洒落込もうかね」
書類を片手に後は無言でお茶を啜る。
* * *
三十分後。ベルクは椅子に座りながらしきりに足を組み替えていた。
「約束の時間からもう随分経つぞ。まさか忘れてねえだろうな?」
忍耐の緒が切れかけたところで、漸く副長が戻って来た。
「大変お待たせして申し訳ございません。早速ご案内します」
「やっとかよ。待ちくたびれたぜ」
「本当に失礼しました。後できっちり絞めておきますのでご容赦を……」
「悪い。単なる八つ当たりだ。そこまで気にしなくていい」
いささかばつの悪い顔で頬を掻くと、副長は「分かっています」と頷いた。
「こちらが支部長の執務室です。支部長、例の方をお連れしました」
辿り着いた部屋の扉を叩くと応えの声が上がる。副長は手で促すと一礼して立ち去った。まずは待たされた文句を言わなければ収まらない。そんなベルクの意気込みは中に入った瞬間萎んだ。
「申し訳ございませんでした!!!」
部屋の中央にいた男は直立不動の姿勢からバッと腰を折り、大声で謝ったと思ったらすぐに土下座した。速い。立板に流れる水の様によどみない動作だ。
「予測不能の人間台風というか大嵐が上陸しあそばせなさって……。あーそれは関係ねえな。とにかく、待たせちまって大変失礼しました!」
再度男は床に頭を擦りつけた。その様子にベルクの毒気が抜ける。
「えー、まあ、待たされた事に怒ってはいるが、取り敢えず顔上げてくれるか? 話が進まねえから」
「本ッ当にすんません」
男は謝りつつもすぐに立ち上がり椅子を勧め、自身も腰を下ろした。
「グロッケンハイム騎士団地方監査隊隊長ベルク・ヴィーラントだ」
ベルクが名乗ると組合の長は軽く目を開いた。
「王の側近、密偵の長自らお越し頂けるとは光栄っすね。いや、それだけ重要案件なのか……」
「自分の用事のついでに押し付けられただけさ。あいつは断れないのを知っててやるから性質が悪い」
ベルクが肩を竦める。しかし言葉ほど嫌がってはいない。仕方ないと言いながら許容している。
「よく分かりますよ、その気持ち。オレも押し付けられる側ですから」
カールは苦笑すると机上の書類を取り出してベルクへ手渡した。
「これが不正証拠です。不当な理由を付けて集めた金の明細が記載されてます。これだけありゃ十分でしょう」
ベルクは書類に一通り目を通して頷くと、報酬をカールへ差し出した。
「ご協力感謝する。陛下に代わって礼を言わせてもらう。さてと。奴さんに嗅ぎ付かれない内に退散するとするか」
立ち上がり扉へ向かって歩き出すが、部屋の半分までいくと止まった。
「ああ、俺自身の用事じゃないから忘れるところだったぜ。知り合いが人を探しているんだ。昨日見掛けたから、多分まだこの近くにいるんじゃねえかと。銀髪に青紫色の目、十五歳位の魔術士で……」
「うん?」
カールは片眉を上げた。今さっきまでここにいた人に似ている様な……。
「名はセフィーア、だったか」
ゴンッ。
カールは机に沈んだ。別人ではないらしい。ありがたくない事に。
「知ってるのか?」
「まあ……一応。探している理由は?」
「もう一度会いたいから、らしい。探している奴にとってその子は初恋のお姫様で、しかも突然消えたんだ。見付けたいと思うのは当然じゃねえか?」
「…………オヒメ、サマ?」
カールは固まった。
あの人にこれ以上似合わない単語があろうか。むしろ。
「魔王の間違いじゃね……」
「魔王?」
「いや何でも無い何でも無い。オレは何も言ってません。ハッ! まさかこっそり聞いてやしませんよね、セフィーアさん」
カールは真っ青な顔でキョロキョロと前後左右、頭上を見回した。ベルクが目を瞬かせる。ここまで男を怯えさせる『セフィーア』とはどういう人物だろう。是非とも聞いてみたいが、その余裕はなさそうだ。仕方なく話の軌道を修正する。
「そんで引き受けてくれるのか?」
「失礼。妙な単語に拒否反応が……。取り敢えず探しますが期待はしないで下さい。あの人が気紛れを起こさない限り、捉まえる事は出来ませんから」
「どういうこった?」
「いや、これは余計だったな。用はもう済みましたよね。どうぞお帰り下さい。入口まで送ります」
問われて首を左右に振るとカールは立ち上がり、扉を示す。ベルクが後ろ髪を引かれながら去ろうとすると、バタバタバタッと大変慌ただしい足音と共に受付にいた女が部屋に飛び込んで叫んだ。
「大変ですっ!! 町に巨大な魔獣が侵入し、人間を手当たり次第に襲っています!!!」
「何だって!? 結界があれば魔獣は入って来られない筈なのにどうして……」
「ああ、今結界消えてるらしいから」
これから作る料理の材料を一つ買い忘れた、といった様なノリでとんでもない事実をサラッと告げたカールに二人は眦を吊り上げた。緊張感が無いにも程がある。
「おい、さらっと聞き捨てならない事言わなかったか」
「そうですよ! 説明して下さい!」
「わりぃわりぃ。結界が消えた原因は大雑把に言うと装置の故障だ。んな事聞くより先にやる事あるだろ。入って来た魔獣の種類は?」
「中級の巨大蛙型魔獣が一体、西門から侵入。北に移動中との事です」
「一匹だけか?」
「恐らく。家一軒分の巨体が派手に暴れ回っているので見逃している可能性もありますが。手隙の職員には住民の避難誘導と他に侵入した魔獣がいないか調べるよう指示を出しました。副支部長と町の警備隊長が討伐隊を組もうとしているのですが……」
「戦力になるのがいない、と」
後の言葉を引き取ったカールに受付の女性も苦い表情で同意を示す。
「討伐隊を組む必要ねえ。代わりに……」
「え? 何でですか?」
「巨大と冠する魔獣を倒すには上級術を使える一個小隊の魔術士が必要だろ?」
カールの言葉を遮り、二人はそれぞれ疑問をぶつけた。
「今町にはオレ達が束になっても敵わない最終兵器がいるんでね。魔獣が倒されるのは時間の問題っスよ」
ベルクは迷いなく断言する男に疑惑の目を向ける。その様子にカールは苦笑した。
「まあ、自分の目で見なきゃ信じられねぇっスよね。気持ちは分かります」
「でも事実なのですね。あなたは人の生死が関わる時に冗談は言いませんから」
「当然。指示の続きだが、結界装置の管理部に行って装置の交換を頼め。それと仮の結界を張る事も忘れんなよ。でないとどんどん新手が入って来るぞ」
「はっ、はい!」
女は我に返ると慌てて出て行った。
「さーて、後始末の準備でもするか」
もう終わった気でいるようだ。ベルクが呆れていると、やや切迫した若い女の声が部屋に響いた。
「あなた、そこにいますか?」