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2.一夜明けて1

 明くる日。眩しい太陽の光が射す中、首筋を伝う汗を拭いながら、セフィーアは昨夜の事を思い返していた。

 

「私も変でしたが、男の方も妙な様子でしたね。一体彼は何者なのでしょう。それにしても、朝だというのに暑い」

 

 熱を象徴する火の力が最も高まる五の月が間近に迫っているので、この熱気も無理はない。伸縮性に富んだ生地で縫われた黒の長袖の上衣(ヘムト)下衣(ホーゼ)。その上から更に青灰色の外衣(ローべ)という服装も暑さに拍車を掛けている。旅装としては一般的なのだが。

 

「もう少し薄手の生地にして、その分防護の術を厚くすればいいのでしょうか。今は風が欲しい……と、脱線しましたね。妙な男達に遭ったせいで予定より遅れている。カールも待っている事でしょう。急いで冒険者組合に行かなければ」

 

 冒険者とは魔獣や盗賊の跋扈する危険な世界を旅し、依頼人の代わりに面倒や厄介事を片付けて報酬を得る何でも屋の事だ。冒険者組合はその名の通り冒険者を支援する組合で、世界の中心地、王都グロッケンハイムに本部、各町に支部が設置されている。

 十五歳からという年齢制限があるものの、申請・登録すれば身分の上下関係無く、個人でも団体単位でも自由に依頼を出し、また受ける事が出来る。

 

 冒険者は依頼を達成した回数と質に応じて宝石の名を冠した十段階に等級分けされており、初期登録時は『ベルン』で、『ぺルレ』『ラズール』『テュルキース』『アメテュスト』『グラナート』『トパース』『アレクサンドリト』『ルビーン』『ディアマント』の順に上がっていく。一般に『グラナート』で中堅、『アレクサンドリト』の称号を得ると一流と見做される。

 

 上位の称号を得る為にはそれ相応の実力があるのは当然の事、高潔な人柄も揃っていなければならない為、等級が上がるにつれて与えられている人数は少なくなってくる。

 最高等級『ディアマント』の称号は世界規模の依頼や問題を解決した者に贈られる報奨の様なもので、現在称号を与えられた者は世界で十名。力量も信頼度も実質世界の最高峰と認められている。

 

 一週間程前、セフィーアはカッセルの組合の支部長から、この町を治める領主の不正を暴く証拠を手に入れて欲しいという依頼を受けた。


 領主は代々の王と縁戚関係にあたる大貴族の傍流だ。この一族は政治においても強い発言力を持っているが、有能とはとても言い難い。

 王は無能な癖に余計な口出しばかりする外戚の力を削ぐ目的があるのだろう。自らの名で依頼を――否、勅命と言い換えてもいい――を出し、直属の騎士団を派遣して密かに共同戦線を張った。

 組合は慎重に周辺を探り、証拠の隠し場所を突き止めたが一つ問題が発生する。保管されている宝物庫には非常に複雑な魔術による鍵が掛けられていたのだ。


町の組合には気付かれない様に仕掛けを解除し、元通りに術を掛け直す事が出来る実力を持った魔術士がいない。その為、カッセルの支部長は旧知の仲で、尚且つ信用と信頼が出来る彼女に協力を求めた。

 

「面倒事は遠慮したいのですが、今回ばかりは諦めるしかありませんね。……おや?」

 セフィーアはふと空を見上げた。睨むように眉を寄せて佇んでいたが、やがて振り切る様に小さく頭を振ると、再び歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 

「会いたくねえ……」

 カッセルの冒険者組合の長、カール・エルンストは憂鬱そうな様子で執務机に肘をついて座っていた。若干灰色になった黒髪を掻きむしり、水色の瞳を物憂げに曇らせた姿は今年で三十五を数える歳より上に見せている。彼は己の考えに没頭しているらしく、忽然と現れたセフィーアに気付いていない。声を掛けようと口を開くと、聞き捨てならない単語が耳に入った。

「セフィーアおばさんの機嫌悪いだろうな。あの口だけ笑顔の視線だけで寿命が縮むっつーの。クソ親父の奴、オレに押し付けて逃げやがって」

 

 …………おばさん?

 

 ピクンとセフィーアの片眉が跳ね上がる。

 実年齢的にも立場的にもおかしくはない。だがしかし。女としてはあまり言われたくはない呼称だ。可及的速やかに教育的指導をしなければ。

「………………」

 部屋を見回すと壁の一点に目が止まる。カールの予定表だ。本日の項を一瞥し、ある事を思い付く。セフィーアは何事か呟いてからカールに声を掛けた。

「誰がおばさんですって?」

「うわぁっ?! また空間転移の術で無断侵入すか、おば……じゃなくてセフィーアさん」

 カールはガタンと音を立てて椅子から文字通り飛び上がった。ギギギ……と固い音を立てて振り返った彼を、セフィーアは慈愛に満ちた表情で迎える。

「いいのですよ? おばさんと言っても」

 しかし取り巻く温度はどう控え目に言っても氷点下。下手すると絶対零度に達しているかもしれない。この状態の彼女を前にすれば、魔王だって回れ右して逃げるだろう。

「すんませんセフィーアさん。本当にごめんなさい」

 カールの父直伝・土下座倒しを発動。ひたすら低姿勢で謝る姿に溜飲を下げたのか、セフィーアの雰囲気が和らいだ。

「口は災いの元ですよ。まあ、それはもういいでしょう。気の進まない仕事を押し付けられたのです。報酬は弾んでくれるのでしょうね?」

「分かってますから睨まないで下さいよ。そこそこ使える奴らは魔獣討伐で出払っちまってて人手不足なんです。ったく最近多過ぎだぜ」

「そんなに沢山魔獣が出没しているのですか?」

「ええ。この町だけじゃなく、余所でも増えてるみたいッすよ。物騒な世界になったもんだ」

「そうですね。私の暇つぶしになるので構いませんが」

「一般人には脅威になる魔獣も形無しですね。あなたに遭っちまった魔獣に同情しますよ。あ、ちょっとすんません」

 カールは扉の前まで行くと少し開け、外側に『来客中』と書かれた札を下げると閉め、また元の席に戻る。

「お待たせしました」

「いえいえ。頼まれた証拠書類は手に入れましたよ。後は王都の騎士の仕事ですね」

 セフィーアは何もない空間から書類を取り出してカールに手渡した。

「有難うございます」

「あなた方にはお世話になっていますから。それにこの程度は難問の内に入りませんし。ついでに宝物庫の鍵も写してきました」

「えっ? 何の為に?」

差し出された扉の鍵部分だけを切り取った物を見てカールは瞠目する。

「魔術士達の技術の向上、ひいては戦力増強」

確かに短時間で解除出来る技術を身に付けた魔術士が増えれば今後の為になるだろう。だがしかし。

「親切めいた言葉に騙されませんよ。本音は自分が楽したいからでしょう」

「正解」

「やっぱり」

 カールはがくりと項垂れた。セフィーアは「ふふっ」と笑うと表情を改めた。

「一つ、良くない知らせがあります。町を覆う魔獣避けの結界が消えています」

「何だって?! 管理の奴らは何やってるんだ」

「彼等はまだ知りませんよ。ほんの五分前の出来事ですからね。軽く探ってみたところ、結界を張り、維持する為の装置が全て壊されていました。原型すら留めていないので、修復するより新しい物に交換するしかありません。早急に代わりの装置の発注をお願いします。その間に魔獣が侵入したら私がお相手します。狙いは間違いなく私でしょうから」

「うわー、相変わらずモテモテっすねー。あと他にやる事は?」

「何時も通り、表に私の存在が出ない様にして頂くだけで結構です。毎度お手間を掛けてすみません」

「ええッ?! い、いやそんな頭を下げられる様な事では……。あなたはオレ達家族の恩人ですし。オレも親父も好きでやってんすから」

 珍しく(裏の無さそうな)謝意に驚き慌てふためく。

「何か他に手伝える事があれば言って下さい。オレ達エルンスト家は何時だってあなたの為に動きますから」

「ふふっ。お気持ちだけ頂戴しましょう。今のままでも十分助けられています」

「ならいいんですけど……。この調子だとあなたへの恩は一生掛かっても返しきれねえな」

「いいのですよ。返さなくとも。単なる気紛れと暇潰しですから」

「人の真剣(マジ)を軽ーく受け流して……。ほんっと嫌な性格っすね」

 分かっていてやるから余計に性質が悪い。カールがジト目を向ける。

「これが私というものです。ではそろそろお暇しますね。今日一日は町に滞在しているので、他に何かあった時は呼んで下さい。気が向いたら手助けして差し上げましょう。勿論、相応の見返りは頂きますが」

「じゃあ何か起きたら頼らせてもらいます。でも無茶はしないで下さいよ」

「ええ。あなたも。そうそう、言い忘れていました。この後人と会う約束をしているようですね。その時間、三十分程過ぎていますよ」

「え」

「これで厄介事を押し付けられた事と、先程の失言は帳消しにして差し上げましょう」

「へ」

「異なる空間を繋げ、ヴァンダーン・フェルンアップ」

 カールが目を白黒させている間にセフィーアが空間転移の術を唱える。ゆらりと周りの景色が歪むと同時に彼女の姿が消えた。特大の爆弾を投げて。

「え、ちょ、何て事してくれちゃってるんすかセフィーアさ~~ん!!」

 

 執務室に男の野太い悲鳴が響いた。


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