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1.雲隠れにし夜半の月

 運がいいのか悪いのか。

 この出逢いが私の行く先を変える事になるとは思いもしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

『世界の母』と呼ばれる女神によって創られたという伝説が残る世界、ヴィントス・ヴィーゲ。その南東に位置する町、カッセルの裏通りにて。

 八つの大柄な男達が、足首から頭まですっぽり覆う黒い外套(マンテル)姿の小柄な影を取り囲み、不穏な気配を漂わせていた。

 

「私に何か御用でしょうか? 後が控えているので手短にお願いします」

 夜の静寂を破るやや低い女性の声が小柄な影から零れる。

 黒い外套の主が被っていた頭巾(カプーツェ)を取り払うと、隠れていた顔が月明かりに照らされて白く浮かび上がった。

 歳の頃は十五、六。癖のない銀色の髪は背の中程まで届く。男達を見るやや切れ長の菫青石の瞳には、怯えた色が全くないどころか、煩わしげに細められている。

「お嬢ちゃんがこんな真夜中に一人で歩いていたら危ないぜ。優しい俺達が送ってやるよ」

 親切めかした台詞を聞いた少女――セフィーア・シュピラーレは小さく鼻を鳴らした。言外の嘲りに男の一人が訝しげな声を上げた。

「何を笑ってやがる?」

「ああ……失礼。親切な振りをしているのに、明らかに襲おうという気がただ漏れですから、思わず笑ってしまいました。すみません」

 謝罪の言葉を述べながらも、その意思が全く感じられない口調でセフィーアは応えた。完全に相手を馬鹿にしている。これで怒らない者はいないだろう。挑発に乗せられた男達は瞬時に激して本性を現した。

「このガキ……ちょっと優しくすりゃあ付け上がりやがって! 痛い目に遭わないと分からないみたいだな」

 諸々短剣を取り出し、ぺたぺたとこれ見よがしに掌に打ち付ける。

「おや。この狭い路地で長い武器は不利という事は弁えているのですね」

「くそ生意気なガキだ。大人しくしていれば、可愛がってやってもいいぜ?」

 にやけた笑いを隠しもせず、じりじりと包囲網を狭めていく。少女が立つのは袋小路。どこにも逃げ場は無い。

「オレ達はついているぜ。お前を売れば、そこそこの値が付く。しばらくは酒が飲み放題だ」

「違いねぇ違いねぇ! ぎゃははははは」

 下品な笑い声を上げる男達にセフィーアは冷笑を浮かべた。

「手加減? それは実力の上の者が、下の者に対して言う言葉でしょう。あなた方が使うものではありませんね」

 話しながら右手を少し上げ、何もない空間から銀色の杖を取り出して構えた。杖の先端には八面体の緑色に輝く大振りの宝石が嵌め込まれ、その長さは地面から彼女の肩程まである。

「「ななっ……!!」」

「こいつ魔術士だったのか!?」

 

 魔術士とは、世界に存在するヴィレスクラフトという力を操り様々な現象を起こす「魔術」を使う人間を指す。

 この力には火、水、風、地、光、闇、治癒の七種類の属性がある。前六属性は主に攻撃と防御の手段で、効力別に初級、中級、上級、そして二人以上で行使する殲滅級の四段階に区別される。治癒属性はその名の通り、体の傷や毒、麻痺等を治療する治癒術と、身体能力を高めたり下げたりする補助術と使用法別に分けられている。

 

 魔術士はその証として各属性を象徴する色の念凝石(クラフト・エーデルシュタイン)と呼ばれる宝珠を持っており、色は火が赤、水が青、風が緑、地が黄色、光が金、闇が黒、治癒や補助系が白となっている。

 宝珠は術士の力の象徴であり、術の威力又は効力を高め、自在に操る為の補助的な機能を持つ。だが、そのままでは扱いづらい為、首飾り等の装飾品として身に付けたり、杖や剣等の武器に組み込んでいる事が多い。

 

「術士つってもまだガキだ! 術が発動するまで時間がある。その前にやっちまえばいいだけだ!」

「お、おう!」

 男達は混乱しながらも算段をつける。確かに普通の魔術士ならこの戦法は有効だろう。しかしセフィーアには通じなかった。

(はし)(いかずち)、ブリッツシュネール」

 

 バチバチバチバチッ!

 

 白い閃光が真っ直ぐ目の前の集団へと向かう。延びた光は四方へ分かれて駆け巡り、電撃を浴びた男達は「ぎゃぁっ!」という短い悲鳴と共に地面に倒れ、痛みに転げ回る。

「――シュヴェーベン」

 浮遊の術を掛けてゆっくりと運び出す。男達は呻き声を上げるが、雷に打たれて痺れた体は自分の意思で動かせない。セフィーアは酒場のすぐ外まで移動させ、「今夜は無かった事に……眠りなさい」と記憶を操作し深い眠りに導く術を掛ける。これで『酔っ払いが酔い潰れて寝ている態』に見えるだろう。不要な騒ぎは起こしたくない。

 漏れなく効果が表れている事を確認し、離れようとしたその時。

 

「あんたそこで何してるんだ?」

「っ?!」

 

 唐突に背後から話し掛けられた。セフィーアの肩が大きく揺れる。男の声だ。この町の番兵だろうか。いくら集中力が必要な類の術を行使していたとはいえ、気配を察知する術は常に張っている。それなのに、どうして接近に気付かなかったのだろう。

 

「女……の子? 危ないなあ。真夜中に一人で裏路地を歩いてたら襲われても文句言えないぞ」

 混乱している間に男が歩み寄ってきた。呆れと心配が入り混じった様な口調に殺気は全く感じられない。刺客ではないようだ。恐らく偶然通り掛った旅人だろう。その事にまず安堵し……慌てて頭を振る。いきなり現れた怪しい人物を前に気を緩めるとは。

 セフィーアは臨戦態勢を整えつつゆっくりと振り返る。すると雲に隠されていた月が姿を現し、彼女と声を掛けた男の姿を照らし出した。

 年の頃は二十歳の手前と言ったところか。銀色の金属製の胸当てと小手。腰にはやや細身の長剣。所々跳ねた黒髪。暗視の術を使っている為、頼りない月明かりでも日中と同様に見えている。

「……ッ!」

 男の瞳が大きく見開かれる。

 

 海の様に深い青。

 

 そうセフィーアが思った瞬間、どくん、という音が聞こえる程心臓が鼓動した。

「…………?」

 奇妙な反応にセフィーアは首を捻った。自分はどうしたのだろう。不自然に固まった男の様子も気に掛かる。少し考えたが答えは出ない。諦めて思考を切り替える。

「少々風に当たりたくなって外に出たら絡まれたのです。また同じ様な連中が現れたら面倒ですし、そろそろ眠りにつきたいので失礼しますね」

「あっ……」

 今するべきは速やかにこの場を離れ、本来の目的に戻る事だ。

 決めたら早い。最初に男が発した疑問に答え、形だけの挨拶をして空間転移の術を発動させる。ぐにゃりとセフィーアの周りの景色が歪む。すると示し合わせた様に雲が流れ、辺りは闇で覆われて一瞬男の視界を閉ざす。再び月が現れた時にはもう彼女の姿は消えていた。

 後に残された男は何とも形容し難い表情で自分の掌の中とセフィーアが立っていた地点を交互に見る。そして。

 

「今のは……セフィ……まさか、お前……なのか?」

 

 茫然と呟いた。


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