χ Patchy Blade
「氷気を持ちて祖を拒む! 勅!」
投じられた呪符が氷の障壁となるが、そこへ業火が直撃し、双方がせめぎあったかと思うと、限界に達して灼熱の蒸気爆発となって消滅する。
「一黒水気を持ちて克す!」
立ち込める蒸気を突き抜けて閃いた白刃が相手を狙うが、半ばまで刃が食い込んだ所で相手の体内から噴き出した炎で弾き飛ばされた。
「うあち!?」
左手で構えていた呪符でとっさに顔をかばいつつ、弾き飛ばされた白刃がひるがえり、下段からの切り上げが相手の体を斬り裂く。
「くそがぁ!」
斬り裂かれた傷口からも鮮血ではなく炎がほとばしる中、悪態をつきながらバーニング・トリガーは己の右腕、巨大な砲身となっているそれを斬りつけた相手へと向ける。
だがその砲腕に上空から複数の双縄鏢の刃が呪符ごと突き刺さっていく。
「雷気を持ちて汝が在を禁ず! 急々如律令!」
「がああぁ!」
空の口訣に応じて呪符が無数の雷へと変じバーニング・トリガーの砲腕を覆うが、咆哮を上げながらも砲腕からは業火が打ち出される。
「はああぁぁ!」
その真正面にいた敬一は、白刃を大上段に構えると、その場を一歩も引かず、裂帛の気合と共に白刃を振り下ろす。
大規模火災のバックドラフトがごとき業火は、大上段からの斬撃を基点に、二つに分かれて敬一の両脇を通り過ぎ、かろうじて残っていた倉庫に直撃、爆発炎上させた。
「すげえ………」
「顔出すな、巻き添え食うぞ」
駆けつけた空と敬一の二名に戦闘を任し、ガーディアンスタッフ達が突貫で掘った塹壕にウォリアー達の結界で防護を施した待避所からこっそり顔を覗かせた双方が、最早何も残っていない正真正銘の焼け野原で死闘を繰り広げる者達を見て絶句する。
「あの殺師・青龍の弟子ってのは本当のようだな」
「御神渡の息子は出来損ないなんてガセもいいとこじゃねえか………どっちかウチに来てくれねえかな?」
「陸に言ってくれ。絶対無理だろうが」
「こっちはセイント三人しかいなくて…伏せろ!」
羨望と愚痴の混じった言葉を呟いていた矢先、放たれた無数の炎弾が飛来し、慌てて皆が伏せた所で直撃した炎弾が結界を吹き飛ばす。
「やべえ!」
「早く張りなおせ!」
「空こっちに飛んできたぞ!」
慌てて結界が張りなおされようとする中、空への罵声を飛ばそうとした所で、周辺に閃光が差し込む。
「我、八門の法を持ちて遁甲と成し、杜門へと汝を導く!」
「ぐぎゃあああぁ!」
バーニング・トリガーの周囲を八角形の頂点の形で双縄鏢が囲み、それに縫い止められた呪符が変じて光の扉が形成され、その内の一つが開くと無数の空間断裂がバーニング・トリガーの全身を切り刻み、凄まじい絶叫が迸る。
「八門遁甲か! しかも相当な高位術式!」
「あいつの得意技だ」
「やったか!?」
断末魔とも取れる絶叫に一瞬皆が勝機を感じるが、直後に八門遁甲陣の内部を炎が膨れ上がり、爆発と共に遁甲陣が吹き飛ばされる。
「これで何度目だ!」
「知るか!」
再度皆が伏せ、あふれ出した業火が結界に辛うじて阻まれる。
ひとしきり炎が吹き荒んだ後、不意に静かになる。
ゆっくりと待避所の中にいた者達が顔を出し、周囲を見回す。
そこには、焼け野原を通り越して消し炭野原となった荒野と、そこに臨戦態勢のまま周囲を警戒する二人の姿だけがあった。
「………いないっすね」
「逃げたか」
ひとしきり探索した後、二人は警戒を解く。
「ほ、本当にいないのか?」
「こっちでも探索しよう」
待避所内で探索能力を持つ者達が独自に調べた所で、ようやくバーニング・トリガーがいない事を確認、待避所から皆が這い出してくる。
「ひでえ目にあった………」
「消し炭になる所だったぜ………」
「まあ由花さんが五宝島にまた来るって言ってましたしね」
「あんだけダメージ与えりゃ、ちっとは楽に戦えるっすかね?」
眼鏡をかけなおし、普段の温厚な状態になった空が待避所の者達の手を引いて出るのを手伝い、敬一はありったけの防護術式をかけておいたガードジャケットがあちこち焦げたているを見て顔をしかめた。
「こちら探索チームアルファ、目標は多大なダメージを負いながらも逃走、周辺にはおりません」
『こちらの迎撃準備は直に整う。現場の処理は手配するから、撤収されたし』
「了解」
「にしてもこれどうすんだ?」
「爆心地としか言いようが無いが………」
「その辺は兄さんがなんとかしてくれるでしょう」
「そうっすね……あ」
刀を鞘に収めようとした所で、敬一は刃が熱で完全に変形している事に気付いて頬を引き攣らせる。
「先程の業火を切った時ですね。もうちょっと斬撃が弱かったら、刀身が融解するか、消し飛ぶかしてたでしょう」
「や、やばかった………予備あったかな~」
どう見ても使い物にならない刀に、敬一の顔に冷や汗が浮かぶ。
「ともかく、早く戻って再戦に備えないと」
「出来れば二度と会いたくねえ、あんな活火山みてえな化け物………」
「オレもだが、仕事なんでな」
「無理はしなくていいですよ。戦うのはボク達だけで結構ですから」
「オレもその中に入ってんすよね………」
その場からの撤退準備が進む中、予想以上の成長を遂げていたバーニング・トリガーと、それがもたらした被害に、誰もが恐怖を感じずにはいられなかった。
五宝島 デュポンブリッジ内
「右腕からの火炎砲撃、摂氏980℃を観測」
「まるで火山の噴火だな。直撃を食らえば骨も残らん」
現場からの報告と上空衛星からの観測結果を照らし合わせ、イーシャと陸が対策を討議していた。
「戦闘に参加しない人員は退避させておいた方がいいな」
「今迎えを回してもらっている所だ。変異体とは何度か交戦したが、ここまで危険なのは初めてと言える」
「こちらでもここまでのは滅多に無い。人手の多さでどうこうできるレベルの相手じゃないのは確かだ」
送られてきた最新データを色々な方法で解析、対策をシミュレーションしていく二人だったが、ある一点で難航していた。
『………そちらのセイントはあと二名いると聞いているが』
『現状、どちらとも連絡が取れない。そちらこそ、まだ出してない戦力は?』
『今動かせるのはこれがせいぜいだ』
『今、か………』
互いに脳波リンクで他者に聞こえないように会話しながら、人的被害を抑えつつ、互いの干渉を最小限に抑えるという矛盾したシミュレーションは、納得の行く結果が中々算出されないでいた。
『上はともかく、現場では協力体制を取るように出来ないか?』
『出来ればそうするつもりだ。上に流す偽造データは用意してある』
『問題はやはり陰陽寮か………伍色の当主に口裏合わせてくれと言っても、あの性格じゃ無理だろうしな』
『生真面目ではあるが、融通が利かないという訳ではあるまい』
『………弟からの報告だが、セイントの一人が使っていた技は、伍色の当主の物と似ているらしいな』
陸の一言への返答は、突如として無数に展開された攻勢ウイルスのリストだった。
『……そこまで過剰反応するのはどうだかな』
『その話、何人まで知っている?』
『色々と戦闘スタイルが大分違うようだからな、空は気付いているが、マリーは気付いていないかもしれん。他の奴には言ってない』
『彼女はこちらの貴重な戦力の一人だが、伍色の当主に頭が上がらないらしい』
『当主に、か』
あえて両者の関係を言わないイーシャに、陸もそれ以上追求しようとはしない。
『それにだ』
『まだ何かあるのか』
『親友からの口止めだ。破るわけにもいかないのでな』
イーシャの発言に、陸は少しばかり驚いた表情をする。
『意外か? 私とてプログラムだけで動いてるわけではないからな』
『ま、理由は納得した。増援が期待できない以上、手持ちでどうにかするしかないが………』
「今戻りました~」
「手傷は負わせましたが、逃げられました」
そこへ敬一と空が帰ってきた所で、二人はシミュレーションを中断させる。
「ご苦労、二人だけで苦労させたな」
「今まで何度かヒューマンベースとやりあった事はあるっすけど、あそこまでやばいのは初めてで………」
「人的被害は抑えましたが、周辺は壊滅してます。あれ本当に大丈夫ですか?」
「金はこちらで出す。本来ならこちらの不始末なので、こちらだけでどうにかしたい所ではあるのだが………」
「どうせロクな事考えてないだろ。攻撃衛星の絨毯爆撃なんて最後に取っておけ」
「取っておくんすか………」
「ボクらがどうにかできなければ、そうするしか無いでしょう」
「あの………それと一つ問題が………」
敬一が申し分けそうにしながらも、後ろ手に持っていた刀を差し出す。
陸が何気に手に取り、刀の形だけをしたインゴットと化しているそれを繁々と観察した。
「使い物にならないと言うべきか、よくそれで済んだと言うべきか」
「チタン複合合金とオーラバイパスを巡らせた退魔刀の試作品だ。術式と併用すればそう簡単に損傷はしないはずだが、さすがに相手が悪かったか」
「そ、それで予備は………」
イーシャも感心と呆れの混ざった顔をする中、敬一が恐る恐る聞いてくる。
「倉庫に他に何本かあったはずだが」
「それで大丈夫なのか? いくら使い手が優れていても、得物が耐えられなければ実力は発揮できまい」
「確かにそれは一理ありますけど、あとあるとしたら………」
イーシャの苦言に空も一緒になって考え込むが、ふと陸がある事を思いつく。
「空、倉庫からAA3のケースを持ってきてくれ」
「何かいい刀持ってきてましたっけ?」
「一応な」
特別武装を意味するAAナンバーに空が首を傾げながらも、手渡されたパスを持って空が倉庫へ向かい、程なくある一つのケースを持ち帰る。
「まさか、これ………」
「有事だ。構わんだろう」
ケースにパスコードを打ち込み、開放されたケース内には一振りの刀だけが収められていた。
どこか古びた刀だったが、そこからは何か凛と張り詰めた物が漂ってくる。
「これでいいだろう。使いこなせ」
「あの、ひょっとして」
敬一がその刀に見覚えがある気がして、刀を手にするとゆっくりと抜き放つ。
鞘からは、青白い光を放つような、一遍の曇りも無い澄んだ輝きを持った刀身が現れる。
「これは、相当な業物に見えるが……」
鑑定なぞ分からないイーシャの目から見ても一級品の輝きだったが、敬一は完全に絶句していた。
「これは、そはや丸!?」
「ああ、使い手がいなくなってしばらく経つからな。そろそろいいだろう」
「で、でもこれは御神渡の当主の証っすよ!?」
御神渡家に代々伝わる霊刀、その由来は初代征夷大将軍・坂之上田村麻呂の愛刀、そして歴代の御神渡家当主のみが所持を許された稀代の大業物に、敬一の顔から血の気が引いていく。
「ボクもそろそろいいと思いますよ。何より、今回の敵には出し惜しみをして勝てるとは思えません」
「あ~………けど」
「ヤバイと思うなら伍色の当主に口止め頼んでおけ」
「あの、そっちでなくて」
「負傷があるなら治療を急げ。向こうが来るまで、そんなに時間の余裕は無さそうだ」
「えと………」
「ボクは少し呪符を作っておきます。敬一君も補充しておいた方がいいですよ」
「………分かりました」
そう言いながらブリッジを出て行く空に促され、神妙な表情で刃を鞘に収めた敬一は引き締まった顔でそはや丸を鞘へと収め、再戦の準備をするべくブリッジから飛び出していく。
「うらやましい物まで保有しているな。こちらは金に飽かせた物しか無い」
「それはウチに対する嫌味か?」
イーシャのぼやきに、二人と入れ違いにブリッジに入ってきた尚継が顔をしかめる。
「そちらは伍色の当主という日本有数の術者がいるではないか。金に飽かせてあぶれ者をかき集めただけの組織よりはずっとマシだ」
「そう言われても、課長がいつも予算のやりくりに苦労してるがな……それとこっちの準備は大体終わったそうだ」
「間に合ったな。それじゃあ後は戦闘に参加しない連中連れて避難を」
「護氏子の爺さん婆さん達が自分達も戦うって言って聞かないんだが、どうする?」
「頑固な年寄りは厄介だからな……」
陸はそう言いながらも懐をまさぐり、小型ボンベのような物を手渡す。
「即効性だ。副作用は無いが、有効時間も短い。自分が吸わないように気をつけろ」
「……何持ち歩いてんだ、おい」
「護身用の試作品だ」
「そういう所はまったく変わらんな」
明らかに怪しげな物を渡してくる陸に、遅れてブリッジに入ってきた綾が呆れ果てる。
「昔もそうやって怪しい品をあれこれプレゼントされたな」
「ひょっとして、たまに持ってくる妙なアイテムの出所は………」
綾が前に持ってきた全自動開錠ツールや電磁式徹甲ナックル、どれもが一度使っただけであまりの危険度に捜査十課総意で封印が決定されたアイテムの製造者が誰か何となく分かりつつ、尚継はひとまずそれを思考の端に追いやる。
「そろそろミーティングをしておこう。瑠璃香は起きたか?」
「あのファンキーな姉ちゃんならさっきすれ違ったぞ。散歩してくるとか言ってたが」
「待機してろと言っておいたはずなんだがな」
「統制が取れてるのか、取れていないのかいまいち分からないな、そちらは」
「この男は人を上手く使う事に関しても天才的だ。主に悪い意味でな」
「どういう付き合いしてたんだ………」
何か同僚の触れてはいけない過去を垣間見ている気がしつつ、尚継はミーティングの開始を知らせるためにブリッジを出て行った。
「ふああぁぁ………」
生あくびをしつつ、瑠璃香は臨戦態勢となっている境内を歩いていく。
作業をしていたウォリアー達が瑠璃香の姿を見ると、どこか畏怖の視線で視線を逸らしてくるが、瑠璃香は気にもせずに周囲を見回す。
「さあて、あの丸焼き野郎をどうシメっかだな………」
ブツブツとエクソシストらしからぬ、瑠璃香にとっては普段通りの台詞を呟いた所で、瑠璃香は社殿の後ろの洞窟に気付く。
「ん~~?」
しばらくその洞窟を厳重に閉ざす扉を見ていた瑠璃香だったが、何を思ったか扉の方へと歩いていく。
「えっと、こいつは」
扉を封印する古めかしい南京錠を瑠璃香が手をかけると、突然南京錠が勝手に解かれ、閉ざされていた扉が開いていく。
「………何がいるかしらねえが、御招待って事かい」
ニヤリと笑いながら、瑠璃香は扉の中の洞窟へと足を踏み入れた。
「……あら?」
炊き出しの片づけを行っていた千裕が、滅多に開く事の無い扉が開いている事に首を傾げる。
「由奈さんは………」
「何ですか?」
戦闘準備を整えた由奈が、名を呼ばれた事に気付いて千裕の方を見るが、そこで千裕が再度首を傾げた。
「あの、巳津留様の社が開いていますけど?」
「ええ!?」
予想外の一言に、由奈が大慌てで洞窟へと駆け寄り、その錠が開いている事に驚愕する。
「そんな、これは伍色の本家にしか開けられないはず。私とユリ以外に誰が……」
「あのステゴロエクソシストが入ってくの見たぞ」
「瑠璃香の奴、勝手に………」
遠目からそれを見かけたウォリアーとガーディアンスタッフの声を最後まで聞かず、由奈は洞窟の中へと飛び込んでいった。
「なんだかいかにもな雰囲気だな」
下へ下へと下っていく坂道から、途中で石段へと変わった道を降りていきながら、瑠璃香はロクに明りも無いのを感覚だけを頼りにどんどん進んでいく。
「いやがるな、何かすげえのが………」
そこに五宝神社の際神が祭られているとも知らず、瑠璃香は嬉々としながら進んでいく。
やがて、明りがある事に気付いた瑠璃香は歩を早めていくが、そこに潮の匂いが漂ってくる。
「海と繋がってんのか。つくづく奇妙な島だな」
「瑠璃香さん!」
後ろから響いてきた声に瑠璃香が振り向き、そこに由奈が来ている事に気付くも構わず瑠璃香は最奥へと進んでいった。
「何をしてるんですか! ここは伍色の本家以外は立ち入り禁止です!」
「あ? そうなのか? 何か妙なのがいると思って」
追いついた由奈が瑠璃香の肩を掴んで止めようとするが、瑠璃香は肩を振るい、巧みにそれを外してとうとう終着点へと辿り付いた。
「この際入ったのはいいですから、戻りましょう!」
「騒ぐなって。こいつは………」
洞窟の最深部、そこは大きな広間で鬼火のような明りが各所にあり、中央は海水の満ちた池が広がっている。
周辺には強い霊気が漂い、厳粛な雰囲気に包まれていた。
そして瑠璃香の視線はその池の中央にいる者に注がれる。
そこには、小高い岩が島のようになっており、その頂点に小さな社が建立されている。
その社を護るように、一人の女性が身を寄せて眠りに付いていた。
だが視線を下ろせば、胴体の半ばまでは確かに人間の者だが、下半身は長大な蛇と化しており、それはその小さな島全体にとぐろを巻いている。
半人半蛇、伝承的には濡れ女とも呼ばれる妖怪の姿に、瑠璃香は目を細める。
そこで騒ぐ二人に気付いたのか、半人半蛇の女性の目がゆっくりと開き、体を起こす。
「なんじゃ、騒がしいのう」
「巳津留様、申し訳ありません!」
由奈は彼女の言葉に即座に反応し、姿勢を正すと深々と彼女へと頭を下げる。
「この方が勝手に社の中に入ってしまいまして。い、今退去させますので」
そう言いながら、瑠璃香の腕を掴むと引っ張っていこうとするが、瑠璃香は即座にその腕を振り払う。
由奈はそんな瑠璃香に非難の視線を向けるが、瑠璃香は魅入られたように巳津留と呼ばれた半人半蛇の女性へと視線を向けたままだった。
「勝手に入った、とな」
古めかしい言葉を響かせつつ、巳津留がその長大な体を伸ばし、二人の元へと近寄ってきた。
「巳津留様を煩わせる程では」
「よいよい、何か上が騒がしいのは気付いておったわ。それよりも、その方どうやって中に入りおった?」
「あたいか?」
巳津留が瑠璃香の方へと顔を近付け、蛇同様の細長い舌を出しつつ、その顔を覗き込む。
(こいつ、すげえ霊気をまとってる。こんなのアドルでも滅多にいねぇ)
至近距離で巳津留と対峙した瑠璃香は彼女の纏う霊気と雰囲気に気圧されながも、巳津留の顔から目を放せなかった。
そして瑠璃香の顔をまじまじと、見つめていた巳津留だったが、そこでハタと目が大きく見開かれ、瑠璃香の顔と胸元にあるロザリオを凝視する。
「……玻璃? まさかそのような訳が………」
「玻璃? あたいの名は瑠璃香だぜ?」
「そのろざりおは?」
「こいつか? 両親の形見だ。ウチに昔から伝わってるって事しかしらねえ」
「ほ、ほほほほ」
「巳津留様?」
突然声を上げて笑い出した巳津留に、由奈は唖然として自分の先祖に当たる者を見つめる。
「長生きはしてみる物じゃの~。よもや玻璃の末がまたこの島に訪れようとは、思ってもみなんだわ」
「末? あのそれは………」
「こいつらは元々一つの一族。そういう事だ」
由奈が背後から聞こえた声に振り向くと、そこには小型ライトを手にした陸の姿があった。
「守門博士まで!」
「ここの入り口の錠前、伍色の血筋しか開けられないって聞いたのを瑠璃香が開けたらしいって聞いたんでな。仮説を実証できた」
「その方、そのなりだが学士か」
「まあな。あんたが伍色家の初代か」
「いや、初代はここに眠っている我の夫じゃ」
巳津留が祭ってある社を指差す。
それを見ながら、陸は懐からデータモバイルを取り出し、そこにある画像を映し出す。
「これは瑠璃香の家と伍色家に伝わっていた解読不能の巻物をあわせた物だ。元々二つで一つ、二つそろわないと解読できない代物だが、一応解読できた」
「え?」
「何が書いてあったんだよ?」
「伊達藩 黒脛巾組鬼衆、それがこいつらの共通の先祖だ」
「何だそりゃ?」
「確か、伊達政宗に使えた忍者集団の事だったと………」
「その通りじゃ」
「初耳ですよ巳津留様!?」
いきなり出てきた忍者集団の名に、聞いた事だけはあったが、それが先祖だと全く知らなかった由奈が声を上げる。
「鬼衆とはその中でも異能の者、つまり術者や能力者を集めた退魔組織の事でもあった」
「何だ、あたいの御先祖とあたいはおんなじ事やってんのか」
「そなたがきりしたんなら、そうなるの」
「あの、それは………」
「伊達政宗は慶長18年、当時のローマ教皇に派遣した使節団に、鬼衆を混ぜていた。目的は西洋の悪魔の日本流入の危険に対処するため、バチカンのエクソシズムを学ばせるためだった」
「その通りじゃ。だが………」
「その後の鎖国の完成により、正宗の種々の目論見は全て水泡に帰した。だが、エクソシストとなって密かに帰国していた者達を隠れキリシタンとして、正宗は匿いつつも独自の研究を続けさせた。
その結果、彼らは忍びの技と異能の力、そしてエクソシズムを融合させた独自の退魔術を完成させた。それが鬼殺威流と決意神闘術の元祖だ」
「よくそこまで調べたの。そこから先は我が話そう。鬼衆が隠れきりしたんとなってから長い年月を経た頃、この瀬戸の海で妖怪達の覇権争いが起きたのじゃ。
それは人にまで害を及ぼすまで大きくなり、これ以上の害が大きくなれば、当時の陰陽寮を中心とした者達に討伐されるのは時間の問題であった。その事を危惧した我は、奥州の地に隠れ住む鬼衆の噂を頼りに助力を願い出た。
じゃが、きりしたんに取っては忌むべき蛇の化身である我の頼みに、鬼衆は二つに割れる事となってしまったのじゃ。隠れ住む事に疲れ、信仰を捨てて我に助力する事にした者達が伍色の祖となり、それでも信仰を捨てずに残った者達がそなたの祖じゃ」
「………初耳です」
「あたいもだ。つうか先祖が忍者だのきりしたんだの言われてもな……」
「長い歴史の果てに、退魔の意味合いが薄れて格闘術となったのが鬼殺威流、退魔術としての意味合いが強くなっていったのが決意神闘術という事だな」
「そうなのかえ? まあそなたの祖は、信仰でも義でもなく、友を助けるためにここに参り、伍色の祖と共に壮絶な死闘を繰り広げた後にまた奥州へと戻って行ったのじゃ。そのろざりおは、その時に我の夫の妹にあたる者から譲り受けた物なのじゃ。元はばちかんから貰い受けた品とも聞いておる」
「そんなに古いのか、これ………」
「道理で強烈に聖別されてるわけだ。400年以上、拝まれ続けてる計算になるからな」
「伍色の家にそんな由来があったなんて………」
「他にも聞きたい事は色々あるが、時間が無いからな。また後でだ」
「だからここは伍色の人間以外は立ち入り禁止です」
「学士というのはいつの時代も変わらんの。瑠璃香と言うたか。用が済んだらまた来るとよい。昔語りをしたいからの」
「暇あったらな」
由奈に押されるように、瑠璃香と陸が元来た道を戻っていく。
再び静かになった所で、巳津留はまた社を護るようにとぐろを巻いていくが、そこで社を愛しげに見つめた。
「聞いておったか? 玻璃の末は元気にやっておるようじゃ。そなたは末期まで気にしておったからな。用が済んだら、全て話そうぞ、この海を護るために、妖とも人とも戦ったそなたらの事をな………」
「忍者? 伍色の先祖が?」
「東北にも隠れキリシタンがいたという証拠は残っているが、まさかその子孫とは。日本最古のエクソシストの末裔か………」
「案外時代って同じ事繰り返してるのかもね~」
「ヨタ話は後だ」
デュポン艦内の一室にミーティングに集まった面々が、由奈と瑠璃香双方の口から語られた先祖の由来に、皆が口々に色々な事を呟く中、陸が強引に中断させて先程の戦闘データを壁面備えつけのディスプレイに表示させる。
「これが二時間前のバーニング・トリガーの状態だ」
「またひでえツラだな………」
「確かに変異すると原型崩れる事多いですけど、ここまでのはウチでもあまり」
「正直見た目はどうでもいい、どうせ見た目通りのヒューマンベースなんていないからな。戦闘中の計測結果から言えば、オーラ量15万、ヒューマンベースとしてアドルの計測値最大となる」
「ついでに言えば、ダークバスターズのデータでも前例が無いな」
「十課でもさすがに………」
陸の出したデータに、イーシャと淳もそれぞれで観測されたデータを比較していくが、相手の異様さのみが強調される結果となった。
「こちらの羽霧の時空透視結果通りなら、あと一時間後くらいに奴はここに来る。ヒューマンベースの特徴は変化初期に見せた執着を、理性が消失した後も持ち続ける事にあるからな」
「この場合は執着というのは」
「そりゃ、痛い目に合わされた奴への復讐」
「つまり……」
敬一が首を回してマリーの方へと視線を送り、他の者達もそれに吊られて視線がマリーへと集中する。
「……正直、あんなのにストーカーされても」
「安心しろ、次は私だろう。命令違反の暴走を幾度も止めた事があるからな」
「元から人格に問題ありか。よくそんな人間を雇っていたな」
「ヒューマンベース化する奴は元からどこかおかしい奴だが、問題はこれだ」
画面に全身から一斉射撃する様子や、敬一が斬った直後に炎が吹き出すシーンが映し出されていく。
「攻撃も防御も炎、炎と正真正銘炎の塊、人間サイズの活火山と言っていい状態だ。不用意な接近も難しく、至近攻撃は逆にこちらがダメージを負う事になる」
「しかもあの火力ですからね……防戦に回ったら押される一方かと」
「でも危うくオレ焼き陰陽師になるとこだったんすけど………」
「右銃腕による砲撃は直撃は避けた方がいいだろう。オレ以外は一発くらいなら凌げるとは思うが」
「まあ、なんとか」
「……これなら刀身持つよな?」
「ちっと自信ねえ」
「私も」
「連射されると難しいだろう」
「凌ぐというか、弾く形になると思いますが」
陸を除く交戦予定のメンバー全員が出来ないとは言わない中、複数のシミュレーションが表示されていく。
「作戦はバーニング・トリガーが島内に踏み込んできた時点で島その物を結界で封印、マリーを狙ってきた所で遠・中距離からの波状攻撃で一気に短期決戦に持ち込む。相手の変化状態いかんによっては、上空衛星からの攻撃もこれに入る」
「あれをまたここにぶち込むのか?」
「あまり気は進みませんが、あのような危険な存在を野放しにするよりは………」
凄まじい威力を見せた衛星攻撃に尚継が渋い顔をするが、それ以上に相手が危険だと判断した由奈が顔を曇らせながらも了承する。
「非戦闘員はすぐに退避を開始、準戦闘員及び戦闘補助員は結界内にて待機、状況悪化の場合は戦列参加の可能性もある」
「こちらのウォリアーで対処できるとは思えんがな」
「あくまで可能性だ。こんな所でAクラス戦闘態勢なぞ出したら、この島が消滅しかねん」
「あんた達、さっきから物騒すぎる事しか言ってないような気がするんだが」
「この男は昔からこうだ。しかも平然と実行するとんでもない危険人物でもある」
尚継が物騒過ぎる作戦内容に顔をしかめるが、綾がそれが本気である事を肯定、アドルのスタッフ達は視線を逸らすか苦笑いしてあえてその事には突っ込まないでいた。
「戦闘要員、装備を確認して配置につけ。非戦闘員は安全圏まで退避」
『了解!』
バトルスタッフ達が返答と同時に一斉に立ち上がり、それぞれの得物をチェックしながら部屋を飛び出していく。
「それでは私も。皆さんは退避してください」
「悪いな、いつも任せて」
「これが私の仕事です」
巫女装束にたすき掛けし、神器のトンファー、さらに神器と同じ神木から作られた手甲脚絆で完全武装した由奈を十課のメンバー達が送り出し、後に退避準備へと入っていく。
「止めはこちらで受け持つ、そういう事でいいな?」
「出来ればだがな。組織間のイザコザなんざ気にしてる暇が直に無くなる、オレはそう考えている」
「……私もだ。恐らく、他にもそう気付いてる人間はいるだろう」
「問題は、何人いるかだな」
各デバイスのチェックをしながらイーシャも配置に付こうとする中、陸は言葉をかけなが懐から何かを取り出し、すれ違い様にイーシャの首筋のコネクト端末に付ける。
「これは……」
それがデータデバイスで、その中にある計画書がイーシャの脳内に転送されていく。
《予測されうる聖書級超自然災害とその対策及び、必要組織概要について》とタイトルされたデータを瞬時に理解したイーシャが、そのデータを脳内HiRAMユニットに転送、厳重にプロテクトを掛けると、元のデータデバイスを抜き取り、床に落として粉々に踏み潰した。
「………面白い話だな、後で一枚かませてもらっていいか?」
「そちらの判断に任す。信頼できる人間以外には他言無用でな」
「取り合えず、一人だけは話せるな」
陸の考えているプランに賛同しながらも、その実効性の困難さを計算しながら、イーシャはその場を後にする。
「さて、まずは目前の問題を解決するか。NシティのダークバスターズにSシティの伍色家、この二つを賛同させられれば、あるいは…」
陸の目は目前の問題と、迫りつつある巨大な問題、その二つを見据えていた………