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σ Battle OF THE Dawn


「うあ~………」


 間の抜けた声を上げながら、瑠璃香は湯船に手足を伸ばす。


「こんなモンまであるとは、田舎だが設備はいいな」


 半露天になっている、それなりの大きさを持った湯船に浸かりながら、瑠璃香は夜空を見上げた。


「温泉ではなく、霊泉を沸かした物です。氏子の方々用に開放してるんですよ」


 瑠璃香の隣で同じ湯船に浸かる由奈だったが、瑠璃香の体、その各所の古傷に向けられる。


「随分と荒んだ人生を歩んでいるようですね」

「そっちも似たようなモンだろ」


 瑠璃香の視線が無遠慮に由奈の体を見つめる。

 瑠璃香の無駄にボリュームのある体とは対照的にかなり控えめな由奈の体にも、目立たないが幾つかの傷跡が見受けられた。


「これは未熟故の戒めです。ですが、貴女のそれはどう見ても真っ当な傷とは思えません」

「あ~、どれがなんだか忘れたな。ケンカで付いたってのは覚えてんだが。あ、確かこの肩のはポリのスーツ部隊とやらかした時のだ。あいつら、こっちは素手だってのにあんな物騒なの持ち出してきやがって………二体だか三体は倒したンだが、その後捕まったな。アドルに入る前の話だが」

「……まさか、術も何も無しで?」

「そだぜ。エクソシストになったのはおっさんの代わりにアドル入ってからだし」

「無駄に戦闘力だけは高いのですね………」


 ため息をもらしつつ、由奈は体の力を抜いて五宝島の霊気をふんだんに含んだ霊泉から霊気を己の中に取り込んでいく。


「この霊泉に浸かれば、傷も早く治ります」

「お、道理でなんか調子いいわけだ。便利だな」

「限度がありますけどね。明朝までに戦える体に整えておかないと」

「別にこんくらい、今からでもれるぜ。試してみっか?」


 瑠璃香が不敵な笑みを浮かべながら、拳を握り締める。


「遠慮しておきます。無為な闘いは好みませんので」

「ふうん………じゃあ別の闘いを……」


 そういいながら瑠璃香が怪しい笑みと共に、由奈の胸にそっと手を伸ばす。

 だがその手が触れようとする直前、突如として瑠璃香の目前に小さな水蒸気の柱が噴出し、思わず瑠璃香は背を逸らす。


「あちぃ!」

「……マリーさんが貴女と一緒に入浴したがらなかった理由がよく分かりました」


 湯船の中、火鼠の炎を手にまとわせて小規模な水蒸気爆発を起こした由奈がその火をかき消す。


「ち、身持ちが固ぇな」

「女同士で手を出そうとする方が問題があると思いますが」

「違うぜ、アタイは可愛ければどっちでもいいから」

「もっと悪いです! なんでオルセン神父が貴女のような人を弟子にしたのでしょうか………」


 瑠璃香の師が業界では有名な超一流エクソシストである事を聞いた由奈が、瑠璃香との落差に心底呆れ果てる。


「理由はどうあれ、おっさんを引退させちまった原因はあたいだからな。ケジメくらいはつけるさ」

「どこも人手不足は深刻ですからね………こちらは実質戦闘可能人員は私だけですし」

「とんでもねえ人手不足だな………アドルも出来たばっかの頃、バトルスタッフがそろわなくてすげえ苦労したらしいが」

「《日本最強の陰陽師》御神渡 徳治氏と、《極東の聖人》ブレヴィック・オルセン神父がそろって不満ですか。あのお二人だけで下手な退魔組織と渡り合えますが?」

「詳しい事は知らね。空の奴が香港からたまたま帰ってきて参加したからなんとかなった、とは聞いてるぜ」

「香港? 空さんは香港で修行してらしたのですか?」

「だから詳しい事は知らねえって。後で当人にでも聞いてくれ。師匠がヤバい奴だったらしい、ってくらいか。あたいが聞いてるのは」

「どんな人材集めてるんですか………」


 そこはかとない不安を抱きながら、由奈は吐息を漏らす。


「さって、そぞろ上がってケンカの準備でも始めっか」

「こんな人達に頼らなくてはならないとは……課長も何を考えているんでしょうか………」


 心底重いため息を吐きつつ、由奈も湯船から上がり、準備を整えに向かう事にした。




「よお、ご苦労さん」


 五宝島の岬の一角、何の気配も無い場所に尚継は話しかける。

 程なくして、岬に生えていた松の木に、人影が浮かび上がった。


「よく分かりましたね」


 完全に気配を消し、見張りをしていた空が少し驚いた顔をし、尚継の方を見つめる。


「小さい頃から感が鋭くてな。それで今の部署にいるんだが。もっとも、あんたのは最初からいると聞いてなければ分からなかったな」


 差し入れのお茶入りの水筒を差し出しつつ、尚継は苦笑。


「じゃあ次からもうちょっと気配を消しておくようにしておきますよ」

「………あれで本気じゃ無かったのか。大抵の奴の背後には立てるんじゃないのか?」

「さあどうでしょう?」


 はぐらかしながら、空は差し入れのお茶をすする。


「来るとしたら明日の朝じゃないかとあんたの兄さんは言ってたが、気になるのか?」

「念のためですよ。用心深い物で」

「ま、用心深くて損はしない業界だからな……あんた程の腕ならそうでもなさそうだが」

「過信できる程の腕もありませんよ」

「つくづく用心深いな。オレも人の事は言えんが………」


 互いに苦笑しつつ、用意してもらった夜食のおにぎりに手を伸ばした時、同時に二人は振り返る。


「何か来る……」

「ああ」


 何かを同時に感じた両者だったが、空の口調が戦闘時の冷静な物に瞬時に変化している事に尚継は僅かに驚く。

 空の蒼い右目が海面を見透かしていたが、その目は瞬時に背後の伍色邸へと向けられた。


「侵入された!?」


 尚継も何かの気配を感じ取るが、その時すでに空の姿は掻き消えていた。


「………用心深い必要ないんじゃねえか?」


 空の姿がすでに伍色邸へと突入する手前にある事に、尚継は反応と行動双方の早さに舌を巻きながらも、自分もそちらへと向かって走り出した。




 最初に反応したのは、玄関脇にいた二頭だった。


「あら? どうしたの?」


 いきなり家の方に向かって唸り出したムクとモコに、二頭をブラッシングしていたマリーが首を傾げるが、そこで何かが来た事に気付いて玄関の中へと飛び込む。


(どこ!? どこから!)


 家の中を素早く見回し、突如として出現した気配の場所を探る。


「どうか致しました?」

「隠れて! 敵が…」


 物音に何事かと顔を覗かせた千裕に向かってマリーが叫んだ時、異様な音が間近から響く。


「そこ!」


 マリーが音がした方向、玄関脇の黒電話へと向き直りながら、周囲の精霊に呼びかける。


「ごめんなさい!」

「はい?」


 マリーの謝罪の意味が一瞬分からず千裕が首を傾げるが、次の瞬間彼女の体は風の精霊に包まれ強引に家の奥へと吹き飛ばされ、奥まった所で衝撃のほとんどを風の精霊に吸収されて軟着陸する。


「あらあら、器用なんですね」

「そのままいてください!」


 同時に奇怪な振動音を立て始めた黒電話を玄関から外へと吹き飛ばしたマリーだったが、黒電話が地面に落ちるよりも早く、破砕して何かが飛び出してくる。

 それを視認する前に、咆哮と共にムクとモコが襲い掛かる。

 だが、その牙が届く前にスパークが沸き起こり、二頭は弾かれるようにして離れる。


「下がってて! 私がどうにかするから!」


 二頭に呼びかけつつ、マリーは再度精霊に呼びかけながら、相手をよく観察する。

 夜闇の中、それは全身からスパークを上げながら発光していた。

 その姿は全長50cm程の羽の生えたイルカをデフォルメしたマスコットのような物だったが、その目にはマスコットの愛らしさは無く、始終眼球を狂ったように動かしていた。


(こいつ、おかしくなってる?)


 マリーはその様子に違和感を感じるが、スパーク音のような咆哮を上げながら、怪物が襲い掛かる。


(土よ……)


 マリーは土の精霊に呼びかけ、盛り上がった地面が壁となって怪物の攻撃を防ぐ。


(弱い? 攻撃用じゃない?)


 あまりの相手の攻撃の呆気なさにマリーの違和感は更に大きくなる。


「急々如律令! 勅!」


 そこへ飛来した縄鏢が呪符を怪物へと縫いとめ、口訣と共に呪符が炸裂する。

 たった一撃で怪物の体からスパークどころか光も失われ、地面へと崩れ落ちる。


「弱っ!」

「……妙だ」

「来やがったか!」

「ちょっと瑠璃香さん!」


 あまりの手ごたえの無さにマリーと空が崩れ落ちている怪物を見るが、そこへ全裸+ずぶ濡れの瑠璃香がG・ホルグ片手に玄関から飛び出し、後から同じくずぶ濡れで白衣だけ羽織った由奈が追ってくる。


「ってもう終わってやがる………」

「敵襲、ではないんでしょうか?」

「そんな感じじゃなかったけど……」

「お~い、大丈夫か?」


 尚継もこちらへと向かってきてる事に気付き、マリーが慌てて瑠璃香と由奈を屋内へと押し込み、玄関を閉じる。


「それが、あっさりと………」

「待て」


 マリーが説明しようとする中、空が怪物に変化が生じつつある事を悟り、呪符を取り出す。

 マリーも周囲の精霊を集め、尚継も銃を抜いた所で、怪物から何かの映像が映し出される。


「これは………」

「メッセージ?」


 映し出されたのはイーシャの小型ホログラフで、たまにノイズが走りながらも、音声も再生されていく。


「警告する…明朝4時半に…発掘宝具を…引渡し…たし。要求が受け入れ……場合、実力を………強奪する。……らも不要な争いは……まない……繰り返……」

「なんだか随分と荒いな。なんとか言ってる事は分かるが」

「ボクが倒したのはまずかったでしょうか?」

「でも、急に襲ってきたのよ?」


 尚継があちこちかすれながらも聞こえてくる声に耳をすまし、戦闘時の緊張を解いた空も再生されていくメッセージを聞き取る。

 マリーもどう見ても戦闘用ではない怪物が襲ってきた事に小首を傾げるが、そこで玄関が開いて身支度を整えた由奈が姿を現す。


「どのような伝達であれ、内容は脅迫です」

「まあ確かにそうだが」

「兄さんに知らせないと。いや、こっちに来てますね」

「あの、所で何で電話が粉々に?」

「そこから出てきたのよ。家の中だとまずいと思って外に叩き出したら、そこから………」

「さすがにこれは直せないでしょうか………」

「同型は骨董品だぞ」


 騒ぎを聞きつけたのか、姿を現した陸が粉々になった電話機を調べ始める。


「兄さん、向こうから引渡し要求が………」

「明日の朝4時半までによこさないと、実力行使だそうだ」

「律儀に宣言してきたか。強襲すればいいだろうに」

「それやったら陰陽寮と全面戦争だろ。向こうも乗り気じゃなさそうだ」

「だったら、こんな凶暴な使い魔よこす事ないんじゃない?」


 無数のポリゴンとなって消えていく怪物を指差すマリーだったが、陸は電話機の残骸をじっと見詰め、玄関の向こうを見つめる。


「多分、これは暴走だ。本来の使役と違う形になって具現化したんだろう」

「暴走? 多分彼女の使い魔だと思いますけど、そんな初歩的なミス犯すような腕ではなかったと………」


 空が首を傾げる中、陸は玄関を開けて千切れた電話線の断面を見る。


「………原因はこれだな。データケーブルじゃない、銅線だ。過負荷に線と使い魔両方が耐えられなかったようだ」

「………回線が重くて暴走したって訳?」

「まさかそこまで旧式だったとはな………道理でデータ機器一つ繋げねえわけだ」

「確か、曽祖父の時代にようやく電話が来てそのままと聞いておりますけど?」

「それって何年前なんです?」

「この回線といい、電話機といい、半世紀ですまないのは確かだ」

「特に不便は感じてませんでしたが?」

「慣れれば静かでいい所ですよ?」


 あまりの時代遅れな状況に、皆が呆れる中、住人の二人は平然と答える。


「向こうも今頃呆れてんじゃねえか?」

「恐らくは………」

「技術格差は一世紀といった所だろう」

「そんなに!?」




「………まさかここまでとはな」

「どうかしたんですか?」


 簡易コンソールに取り囲まれたイスに座ったまま、首の端子からケーブルを引き抜いてため息を漏らしたイーシャに、そばで装備リストをチェックしていたウォリアーの一人が問い書ける。


「《MESSENGER》で警告を送ったつもりが、暴走したようだ」

「暴走? マーティーが?」

「ユリからデータ回線すら通じてないとは聞いていたが、まさかあそこまで旧型の回線だったとは………余計な物を削れるだけ削って軽くして送ったのだが、途中で制御プロトコルがバグを起こした。ユリが家出した理由がそれとなく分かったな………」

「一体いつの時代ですか? ユリさんの実家って………」

「ああ、念のために言っておくが、何かあっても絶対ユリの事はしゃべるなと全員に厳命しておけ。実家に連れ戻されたりしよう物なら、こちらの戦力が一気に減る」

「誰も言いませんよ。今でさえいっぱいいっぱいなのに、ユリさん欠けたら持ちません………」

「実家に襲撃かけるなぞと言ったら、月面あたりまで逃げるだろうな」

「………」


 ふとイーシャが周囲が静かになった事に気付くと、ウォリアー達がどこか気まずい顔で出撃準備の手が止まっていた。


「作戦目標は発掘宝具の現物確保だ。本気でやりあうならこちらの全戦力を総動員しても勝てる確立は50%といった所だろう。それと間違っても非戦闘員に負傷させるような攻撃はするな」

「向こうが本気になってきたら?」

「逃げる。全力でな。戦う気が無いと分かれば、あちらも無駄な攻撃はしてこないだろう。出来るなら今すぐ逃げ出すのが一番の選択に思えるのが悩みの種だ」

「上が許さないでしょう。ケラウノスの実戦データも必要でしょうし………」

「……準備が終わった者から休息に入れ。気が進まない者は適当な理由でも申告して残っても構わん」


 明らかに気乗りしない口調でそう言いながら、イーシャはイスに身を預け、少しでも休息を取るべく目を閉じた。


(この作戦、果たして今後どう響いてくるか、そしてどこに落とすか、全てはそこにかかっている………)




「4時半か、向こうが律儀に時間守ってくれれば話は早いんだが」

「大丈夫みたいです。ちょうどその時間に来るみたいです」

「ホントに便利ですね~」


 デュポンのブリッジで、宣告された時間どおりに来るのかを由花が透視し、それに基づいて陸が迎撃プランを構築していた。


「あとは休息を取っておけ。不慮の事態が見える可能性もある」

「あの、それならもっと先まで見ますか?」

「Aランク以上の能力者のぶつかり合いになるぞ、そんなの見て卒倒されても困る」

「あ、はい………」

「ここには能力者の回復に絶大な効果がある霊泉があるから、入ってきた方がいいよ」

「すいません、そうさせてもらいます」


 陸のサポートをしながら教えてくれた淳に小さく頭を下げ、由花がブリッジから出て行く。

 ドアが閉まり、しばらくした所で淳が口を開いた。


「見れるなら見てもらった方がいいんじゃないですか? 転ばぬ先の杖って事で……」

「無茶させるとすぐぶっ倒れるんだよな、あの子………」

「能力に体が全くついていってない。彼女の能力の実情は透視というより、感覚の時間干渉だと推測している。能力使用時の脳細胞への影響はなんとか大丈夫だが、体力がな」


 二人の背後でコンソールを操作してたレックスのぼやきに、陸が追加で理由を述べていく。


「トレーニングとかしてないんですか?」

「彼女は完全な先天型突然変異能力者だ。不用意に能力に合わせるよりは、安定制御を重視させた方がいい。今でさえ強力な能力で制御するのがやっとの奴に、更に強くさせたら何が起こるか分からん」

「なるほど、暴走させない方が確かに重要ですしね………由奈さんの分家筋で逆の人はいますけど」

「実力と安定性併せ持った能力者なんて滅多にいる物じゃあない。向こうはそれを数で補っているようだが」

「マリーさんが明らかにヤバイのも混じってたって言ってましたっけ………アドルじゃそんなのは叩き出されるけど」

「能力封印してからな。ダメなら処理するだけだ」

「あの、処理って………」

「慣れた人間がいるからな、一応」

「………」


 淳は何かものすごく怖い事を聞いた気がしたが、あえて聞かなかった事にして作業を続ける。

 そこへ月城課長と綾がブリッジへと姿を現す。


「そっちは?」

「ダメだな、上の方で何か話がついてるらしい。この時間じゃ上層部も動かんよ」

「こちらもだ。この時間じゃ司法局は警備員しか残ってない。私が打てる手は全て打ってみたが………」


 陸の質問に力なくうなだれる二人だったが、陸自身は予想してたらしく表情も変えずに作業を続けていた。


「飛んでくる銃弾相手に六法全書は通じないからな。防弾くらいには使えるが」

「実際に目の前でやってくれた時は呆れた物だったがな………」

「どういう付き合いしてたんですか………」

「聞かない方がいいと思うぞ………」


 淳の素朴な疑問に、レックスが静かに首を横に振る。


「術式だと更に通じん。戦闘前に非戦闘員は全員待避させておくか?」

「残念だが、私は立場上戦闘に立ち会う事になっている」

「この時間では、とても夜の海は渡れんよ」

「あの、こういうの扱えるの十課じゃオレだけなんで………」

「そうか、じゃあ一応こっちの装備渡しておく。最悪の場合自衛に使ってくれ」


 十課の三人がそれぞれ理由を述べると、陸はコンソールを操作し、ブリッジに有事用に用意してあった装備を取り出す。


「退魔用にオレが作った銃とジャケットだ。まあ気休めにはなる」

「陸が作ったのなら一発撃てば周辺が焦土となっても不思議とは思わんが」

「それはさすがにマズいんで止めた」

「……銃弾に核弾頭でも使ったのかね」

「反物質弾作ったと言っても疑いませんよ…………」

「ああ、0の方はこれが終わったら少し手直しして渡す。ついでに退魔用弾頭もつけておくが、何ケース欲しい?」

「どうせ練習以外で撃つ事なんて滅多に無い。実戦でも数回しか撃った事ないからな」

「その割には手入れされてたが?」

「あ、オレが。一度完全分解したら、組み立てるのにえらいかかりましたけど………」

「工程表も渡しておくか。これが無事に済んだらだが」


 陸がエンターキーを押し、ディスプレイに由花によって得られた敵の進撃ポイントと、それに対する方法が次々と表示されていく。


「『LINA』、全サポートAIに作戦概要を転送、空と瑠璃香に結界準備、マリーと敬一には準戦闘態勢で待機させろ」

『イエス、マスター』

「相手の能力から電子攻撃の可能性は高い、各自に作戦概要は必ず目を通せと言っておけ。サポートAI及びサポートマシンダウンの可能性も各自十分に考慮しろとな」

「装備が充実してる………うらやましい位に」

「こちらは予算が厳しいからな」


 陸の矢継ぎ早の指示に、淳と月城課長が思わず呟く。


「才能に頼り過ぎても、装備に頼り過ぎてもどっかで足をすくわれる。そっちは伍色の当主が潰れたら崩壊するだろ」

「前に由奈さんが戦闘時の負傷で少し休んだ時は、代わりに機動隊と機動スーツ部隊を各二個小隊だしましたっけ…………」

「制限無しの完全武装だったから死者は出なかったが、負傷者と周辺被害が相当出た物だ」

「前任が頭抱え込んだアレか………」

「……オレ、こっちでよかったな」

「アドルのシステムハックして危うく消されかけた奴が何を言ってる」

「どっちもどっちだと思うがね」


 組織的にそれぞれ別方向の危うさを感じつつ、月城課長は見た事も無い最新銃器を手に取った。




「よいしょ」

「何ですかこれ?」


 重そうな木箱を抱えてきた千裕に、マリーはそれを手伝って今へと下ろす。


「伍色家の親戚筋の方が、仕事道具をここに保管しているので、借りようかと」

「仕事道具?」


 明らかに金属的な重さに、マリーが首を傾げる中、千裕が木箱を開ける。

 そこに並ぶ、黒光りする銃火器の数々にマリーの顔が一瞬で引きつった。


「あの、これ預けてた方って、アクション俳優か何か………」

「傭兵会社に所属してるそうです。今中央アジアのあたりにいるはずです」

「確かモロ紛争地域………」


 マリーが完全に凍りつく中、千裕は何かなれた手つきで銃火器を取り出して準備を始める。


「使い方分かるんですか?」

「奥様、由奈さんのお母様がご実家にいられた頃、護身用の装備は一通り」

「確かそれ、使うと何かとまずいってんで封印してたんじゃ………」


 物音を聞いて顔を覗かせた尚継が、木箱の中身、銃の下に何か粘土のような物体(俗に言うプラスチック爆弾)があるのに気付いてさすがに顔色を曇らせる。


「自衛のためなら仕方ありませんでしょう?」

「どう見ても自衛の範囲飛び越えてるな………」

「陸も色々出してきてるみたいだけど」

「由奈嬢はどちらじゃ!」

「本家に討ち入りが入ると聞いたぞ!」

「戦じゃ! 戦の準備じゃ!」


 そこに更に、何か騒がしい声と共に五人の老人達が家の中へと入ってくる。


「あら皆様、こんな夜更けに」

「千裕殿! 誠吾殿から聞きましたぞ!」

「この瀬戸内の鎮守たる伍色家に攻め入る不貞の輩がおろうとは!」

「返り討ちにしてくれるわ!」

「……あの、このお年寄り達は」

「我らは伍色家の護氏子もりうじこじゃ!」

「まだまだ若い者には負けんぞ!」

「分かりやすく言えば、伍色家の分家筋らしい。それぞれが決意神闘術の技を相伝してて、本家がそれを習うそうだ。ただ見ての通り、高齢化が深刻で、その方式は今代で最後になるらしいが………」

「はあ………」


 やたらと血気盛んな五人の老爺や老婆に、マリーはどうすれば言いか分からず、即座に陸の指示を仰ごうと通信を入れた。




「勅!」


 口訣を唱えながら、空が海岸、海へと呪符を描きこんだ木片を楔として埋め込んでいく。


「これでよし」

「そっち終わったか~?」

「ええ、そちらは?」

「大体」


 海辺に結界の準備をしていた空と、本宅の方にしていた瑠璃香が声をかけてくる。


「なんかさっき、増援とか言って、ジジババ達が来てたぞ」

「大丈夫なんでしょうか?」

「由奈が言うには、腕は確かにあるらしいぜ。歳の問題を除けば」

「ボクらが頑張らないとダメですね………」

「なあ、あたいは見てないが、敵のボスってのはそんなにやばい奴なのか?」

「強いのは確かです。ただ、味方の被害を出さないようにしてましたし、こちらに必要以上に危害を及ぼす気は無いと思いますけど」

「ま、ようはそいつを潰せばいいんだろ? 簡単じゃねえか。雑魚なんてどんだけ来てもこれだけの面子なら何とかなるだろし」

「……本当にそう思ってます?」

「……実はちょっとだけ、やべえ予感がしてる」

「瑠璃香さんのカンは百発百中ですからね………」

「何か起きる、それだけはぜってえだ。何かまでは分かんね。ま、お互いくたばんねえようにしようや」

「そうですね……」


 言葉とは裏腹に、何か楽しそうな瑠璃香に空は苦笑を浮かべるしかなかった。




「ふっ、はあっ! ふっ!」


 島の片隅で、敬一は黙々と素振りを繰り返す。

 回数は数えず、己の納得するまで続けるため、すでに相当数の回数に達し、顔には汗が滴り落ちていたがその手を止めようとはしない。


「いつまで続けるんですか?」


 そこでいきなり掛けられた声に、敬一は手を止めずにそちらを見る。

 いつからいたのか、由奈がこちらを見ていた。


「納得行くまでっすよ」

「徳治殿も、同じ事を言ってましたね」


 思わぬ言葉に、敬一の手が止まる。


「ははっ、オレは親父やレンさんみたいな天才じゃないっすからね。けど、頑張ってればマシなレベルくらいには強くなってきてるんじゃないかと」

「先程もそんな事言ってましたけど、貴女は十分強いと思います」

「世辞でもあの伍色家当主に言ってもらえるなら、光栄っすね」

「あの、そうでなくて……」


 素振りを再開させた敬一に、由奈は何かを言おうとして、ふと思いついた。


(そう言えば、他のバトルスタッフの人達は、全員が驚異的、むしろ異常とも言える戦闘力を持っている………彼は、その中にいるので自分の実力に気付いていない?)


 じっと由奈は敬一の素振りを行う様を観察するが、その軌道が寸分の狂いも無く同じ場所を往復している事に注目する。

 無言で気配を押さえ、由奈は己の神器であるトンファーを取り出す。

 無音で歩を一歩進めた瞬間、素振りを続ける敬一へと向かってトンファーが繰り出された。

 だが気配を殺した一撃は即座にひるがえった刃に阻まれる。

 続けて下の死角から跳ね上がったもう一つのトンファーは、とっさに半ばまで引き抜かれた鞘で止められた。


「うわ、無茶重い一撃………」

「簡単に止められるとは思いませんでしたけど」

「よくやられるんで。前に空さんが気配完全に殺して背後から刃構えてたのに、言われるまで全然気付かなかった時に比べりゃ………」

「それ程の腕があるなら、心配はいらないでしょう。明朝に供えて、少し休んでおいてください」

「そうっすね」


 お互い得物を引きながら、由奈の意見を敬一は素直に聞いて刀を鞘へと収めた。


「では明朝に」

「死なないように頑張ります」

「大丈夫、貴方は死にませんよ。保障します」


 笑みを浮かべ、由奈はその場を去っていく。

 後に残った敬一は、しばし黙って由奈の背中を見送っていたが、やがてぼそりと呟いた。


「キレイで自信家だよな~。オレとえらい違い………」


 何か思う所があったのか、敬一はしばし由奈の歩いていった方向を見ていたが、突然その場に結跏趺坐する。


「全力を尽くす、オレの全力を………」


 その場で目を閉じ、敬一は己が力を高めるべく、静かに瞑想へと入っていった………




 日がこれから昇ろうかという薄明の時間、一隻の小さな漁船が漁場へと向かっていた。


「さて、と。じゃあまず………」


 舵を握っていた中年の日に焼けたいかにも健康そうな漁師が、一度船を止めると甲板に出て五宝島の方へと向いて手を合わせる。


「大漁でありますように。お願いしやす」


 手を叩き、いつも通りの大漁祈願を捧げてた時、漁師の耳に今まで聞いた事も無い音が響いてくる。


「ん? なんだぁ?」


 漁師は大漁祈願の手を止め、周囲を見回すが何も見えない。

 まるで何かが唸るような重低音はどんどん大きくなっていく。

 そして、ふとそれが上の方から響いてきている事に気付いた漁師が空を見るが、そこには何もない。


「うん? 何かおかしい………か?」


 漁師の目が空の一角、日が差してきたかどうかの場所が僅かに歪んでいるのに気付いた時、重低音はその歪みと共に漁船の真上を通過していった。


「おいおい、なんだなんだ!?」


 混乱する漁師だったが、音が五宝島の方へと向かっていくのに気付いて唖然とする。


「妖怪がお礼参りにでも来たのか? だったら返り討ちだろうが………」


 何がなんだか分からず、漁師が首を捻る。

 もし彼が最新技術に詳しければ、それが最新型の光学迷彩を施した、消音ジェットヘリだという事に気付いたかもしれないが、海上にその正体に気付ける者は誰一人としていなかった。




「目標まであと500」

「総員、装備最終チェック。ケラウノスは降下、部隊展開までセーフティーを外すな」


 パイロットからの報告に、イーシャの指示が重なり、ヘリの内部でウォリアー達が手にしたケラウノスを握り締める。


「センサーサーチでは物理トラップは確認できません」

「油断はするな、必ず何かは仕掛けている。いきなり全滅の可能性も考慮しておけ。では手はず通りに」


 イーシャは作戦の最終確認を済ませると、ヘリのハッチを開ける。


「BATTLE START」


 呟きながら、イーシャはヘリのハッチから無造作に飛び降りる。

 海面に叩きつけられるより早く、イーシャの指は素早くOIUユニットをタイプし、コマンドと共にエンターキーを叩く。


「CALL 《INTERSEPTER》」


 呼び出されたのは、淡く青白い光を放ち、戦闘機を思わせる鋭角で金属質な翼と、肉隗とも生物とも思われる胴体を持つ奇怪な姿を持ったマーティーで、それは胴体から無数の触手を伸ばし、イーシャの背に装着された翼となる。


「GO」


 高速機動用のマーティーを召喚し、イーシャの肢体はまだ薄暗い空を疾駆していく。


「SPACE DECISION、FIREWALL RANKE3」


 島の間近にまで近づいた所でイーシャはキーボードをタイプし、コマンドと共に結界を発生。

 周囲への被害と干渉を同時に遮断し、上陸予定地に危険物の反応が無いのを確かめながら砂浜へと降り立つ。

 彼女の動きが止まると、ちょうど予告時間を示すアラームがOIUユニットから鳴り響いた。

 それこそが、激戦の始まりを告げる鐘の音となった………


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