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ρ Old shadow SKILL


「こいつはすげえな」

「ウチとすごい違いですね……」


 デュポンに搭乗した尚継と敦は、その最新装備に舌を巻いていた。


「無駄にハイテクなのは、あの男らしいな」

「ひょっとして、兄さんと知り合いなんですか?」


 どこか呆れている綾に、眼鏡をかけて普段の温厚な顔に戻っている空が首を傾げる。


「昔に少しだがな」

「ったく、こっちはもうちょいだったんだが……」

「あなたは無駄に好戦的ですね」

「とりあえず、そこの二人は医務室ね」


 傷だらけの瑠璃香と由奈をマリーが医務室へと半ば連行していく中、他の者達はブリッジへと到着した。


「来たな」

「いや~、間に合ってよかった」


 ブリッジ中央の座席に座っている陸の隣で、予備の席に座っていたどこかのんびりとした風貌の初老の男性が手を上げる。


「月城課長!?」

「なんでここに!?」

「何、直接話した方が面倒が無いかと思ってね」


 初老の男性、捜査十課課長の月城 誠吾がのんきに言い放つ。


「彼と話をつけるのに手間取るし、そうしたら今度は全然連絡がつかないしでね~。慌ててこうやって便乗させてもらったという訳」

「こっちもこんなに手間取るとは思ってなかったからな。多分知ってるだろうが、オレは守門 陸。アドル副総帥兼バトルスタッフチフー兼サイエンススタッフチーフだ」

「あの守門博士自らお出ましか………」


 超常事件を扱う人間ならば、まず絶対知っていると言っても過言ではないマッドサイエンティストに、尚継は口を歪めて苦笑する。


「じゃあこちらも。Sシティポリス、捜査十課の課長をしている、月城という者です。ま、しがない窓際中間管理職ですな」


 自己紹介しながらも気さくに笑う月城課長だったが、そこで綾が前へと進み出ると、陸に鋭い視線を向ける。


「陸、随分とこちらの管轄を荒らしてくれたようだな。法的にも立場的にも、重大な越権行為だ」

「お前がいるってもっと早く分かってれば、もう少し違う手も打てたんだがな、綾」

「断言しておく、お前に限ってそれは絶対に無い」


 きっぱりと言い放つ綾に、周囲の者達が不思議な顔で彼女の方を見つめる。


「どういう関係だ?」

「昔、少しな」

「まあ、ともかく今後の方針を決めないと」


 尚継の疑問に短く答えた綾だったが、月城課長が強引に話題を切り替える。


「運び込まれたブツは、これから調査する。だが、簡易検査ですでに内在オーラ量に異常が出てるな」

「つまり、妖銃とでもいうような代物だと?」

「いや、そういう類のデータならこちらにもあるが、それらとは明らかに違うな……解析を手伝うか?」

「出来れば」

「おいおい、陰陽寮に持ってくんじゃないのか?」

「この状況じゃ、持ってく前に何回強奪に会うか分からん」

「やらせた張本人が何を言っている?」

「あれは交渉が間に合わなかった時の最終手段のはずだったんだが、他の組織とダブルブッキングするとは予想外だった」

「ああ、あいつらか………」


 尚継が襲ってきた別の組織の事を思い出し、眉間に皺を寄せる。


「《ダークバスターズ》、関西企業体が設立した新興の退魔組織の連中だな」

「それはこちらも認識している。まれにあちこちに下っ端が手を出してるが、今回はどうやら本腰を入れてきたようだ」

「彼女、ですね」


 直接戦った空が、相手の実力を思い出す。


「詳細は不明だが、間違いなくダークバスターズの中核を成す実力者、それがここまで露骨に他のシティに出てくるとなると」

「余程、アレが欲しいんですね」

「関西企業体、中枢は日本軍事企業を締める菱田重工、となれば何に使いたいかは考えるまでもない」

「まさか、軍事転用!?」

「……できるのか?」


 空が驚愕の声を上げるが、尚継はむしろ嫌疑的にその可能性を捕らえる。


「何に使うしろ、ロクな事じゃなさそうだ。いっそ、今ここで壊すか?」

「その方がいいかもな」

「ちょ、ちょっと待った! 不用意に壊そうとして何かあったら!」

「なんなら、ボクが遁甲で封じますが」

「向こうも退魔組織である以上、術的封印は無効化される可能性が高い。どちらにしろ、精密検査でやばいと分かれば、即破壊する。ただ、どこかデュポンを安全な所に待避させておきたいが………」

「おお、それならいい所がありますよ」


 月城課長の提案に、十課のメンバーは思わず苦笑いを浮かべた。




「痛て……」

「戦闘はなるべく避けろと言われてなかったか?」

「仕方ねえじゃん。こいつすげえ強ぇし」


 手当てをしている元軍医のメディカルスタッフの男性の苦言に、瑠璃香は由奈を指差す。


「あなたは、もう少し戦う時と場所を選ぶ事を覚えた方がいいでしょう」

「選んだぜ、ちゃんとな」

「それでこれか」


 由奈も同じく苦言を呈するが、瑠璃香は全く聞く耳を持たない。


「骨が繋がってるから、無理しなければこれで大丈夫だろう。後で空にでもちゃんと接いでもらえ」

「へいへい」

「お世話になりました」


 適当に受け流しながら肩を回して具合を確かめる瑠璃香に対し、馬鹿丁寧に頭を下げる由奈を見て、元軍医は別方面では完全に負けてる事を思ったが、あえて口には出さないで置いた。

 そこで、医務室の扉が開くと綾が顔を覗かせた。


「終わったか由奈」

「綾さん、こちらは大丈夫です。そちらは?」

「それなんだが、事情が変わった。これからこの艦は一時安全な場所に待避する」

「どこにですか?」

「由奈の家だ」

「は?」


 予想外の話に、瑠璃香は首を傾げた。




「大丈夫ですか?」

「問題ない、全てかすり傷だ」


 市外から離れたある工場の一角で、持ち込んだ資材で急遽作られた指揮所の中央に設けられたイスに座りながら、イーシャは現在までに得られたデータを整理していた。


「伍式の現当主、そしてアドルと呼ばれる者達、双方の戦闘力はある意味予想通りだ。こちらのウォリアー1チームくらいでは歯が立たないという点でな」

「チームシャーマンが完全にもてあそばれたような状況とは……」


 今回ウォリアーのまとめ役をしている、元陰陽寮所属の初老男性が、イーシャが戦闘データを整理しているディスプレイを覗き込みながら唸る。

 他のウォリアー達も映し出されるそれぞれの戦闘の様子を、唾を飲み込みながら見つめていた。


「やはり、今からでもユリさんとルイスさんを連れてきた方が……」

「そうなれば全面戦争になる。最悪、陰陽寮にまで話が伝わるぞ」

「けど、どう見てもこいつらセイントクラス……」

「御神渡 徳治の戦死とブレヴィック・オルセンの引退、それによりアドルの戦力が大幅減少しているという想定は、これで完全に覆された」


 イーシャの一言に、居並ぶウォリアー達の間に動揺が走った。


「先程、上層部に撤退を進言したが、あっさり断られた所だ」

「その理由がアレですか………」


 工場の一角、運び込まれた万能工作機械が、何かを次々と量産していく。


「上はこれに絶対的な自信があるようだ。すでに本社では試射実験も済んでいる」

「まだどんな効果もあるか分からない物のコピーとは……」


 誰かが呟いた所で、工作機械から完成したある物の第一ロットが搬出された。

 それは、不自然に不恰好な形をした、ショットガンのような銃だった。

 少し銃器に詳しい人間が見れば、その異様さはすぐに分かる。

 銃身や口径の大きさはまるで大型弾を発射するグレネードランチャーのようだが、それに対して弾丸を込めるマガジンは普通のショットガンと左程変わらない。

 まるで、そこから銃弾以外の何かを撃ち出すのを前提としたような、異常としか言えない銃だった。


「退魔武具が工場機械で生産されるとはな……真兼一門が聞いたら激怒か魔改造のどちらかだろう」

「……後者じゃないんですかね? 特に当主は」


 元陰陽寮組などの古来からの退魔組織にかつて属していた者達が、次々と出てくる謎の銃を前に眉を潜めたり、苦い顔で見つめたりしている。


「私としても、十分なデータも無しに使いたくはないのだがな。何せ今までオリジナルの退魔武具の生産で成功品はほとんど無いに等しい状態だ。上はなんとしても実戦データを集め、非能力者でも使用できる汎用にして我々をお払い箱にする気なのだろうが」

「ていのいいモルモット扱いというわけですか?」

「随分と給料の弾むモルモットだがな。他に人を集める手段を知らぬ連中だ。そう簡単に替えの効く物でもないが………」


 イスから立ち上がったイーシャが、完成したばかりの新兵器を手に取る。


「アンチ・クリーチャー・バスターウェポン《ケラウノス》。ゼウスの雷の名をつける程の代物だといいのだが」

「とりあえず、誰か試射を……」

「オレがやる」


 イーシャが声をかけようとした時、一人のウォリアーが前へと出る。


「ダイス、お前は療養待機のはずだぞ」

「オレがやる」


 体の各所を保護パッドと包帯で覆われたウォリアーに、イーシャは鋭い視線を向けるが、そのウォリアーは強引にケラウノスを手に取り、装弾していく。


(元から我の強い奴だが、返り討ちにあって更に神経質になっているな……)


 普段から問題の多い男だったが、どう見ても目が尋常ではない光を宿しているのをイーシャは懸念するが、周囲の者達もその気配を察してか刺激しないようにしながら、試射の準備を進めていく。


「ダイスは一度本部に帰還させた方が……」

「この状況だと何をしでかすか分からん。こちらの目の届く所に置いておいた方がいいだろう」

「確かに……」


 まとめ役の初老ウォリアーの小声の提言に、イーシャも小声で返す。

 そうこうしている間にターゲットと防弾壁、緩衝材などがセットされ、試射の準備が整う。


「記録装置、オールグリーン」

「準備完了!」

「ダイス、まずはノーマルショットで」

「ああ」


 イーシャの指示をちゃんと聞いたのか、ケラウノスのトリガーが引かれる。

 銃声というよりも、砲声に近い音が響くと同時に、ターゲットが一瞬で粉々に砕け散り、その婿の防弾壁も大きく歪ませる。


「すげえ……」

「ノーマルでこれかと」

「ダイス、アビリティショット」

「ああ!」


 その場にいた者全員がどよめく中、新しいターゲットがセットされ、ケラウノスの想定仕様、能力を込めた射撃が行われた。

 ダイスの力、発火能力がケラウノスに注ぎ込まれ、トリガーが引かれる。

 次の瞬間、爆発とも思えるような業火がケラウノスから吐き出され、ターゲットどころか周囲の防弾壁、更には緩衝材までもが一撃で吹き飛ばされる。


「な………」

「ウソだろ………」


 予想を遥かに上回る威力に、全員が絶句する。


「は、はは、こいつがあれば……もうあの女にも負けねえ………」


 狂気の笑みでケラウノスを撫で回すダイスだったが、今の試射実験で得られたデータをイーシャは素早く解析し、違和感を得ていた。


「大気中の微量オーラを集束し、射手の能力をブーストさせる……想定どおりだが、ブースト率が予想よりも遥かに高い………」

「こんな物騒な物、陰陽寮にも存在しない……」

「一体あれは、何なのだ………」


 現状を確実に塗り変えられる程の威力を持つケラウノスに、得体の知れない恐怖を覚えた者は少なくなかった………




「もう直です」

「なんかすげえ所だな………」


 デュポンのブリッジで、表示される外の映像を見ていた瑠璃香が思わず呟く。

 デュポンは瀬戸内海の上空を飛行しているが、真下は幾つもの海流が複雑に絡み合い、船舶ではまともに航行できそうになかった。


「何で毎日通勤してるんですか?」

「一見荒れてるように見えますが、ちゃんと海路があるんです。そこを辿れば普通に通れますよ」

「これだと、小船がいい所では………」


 由奈の説明に、空は海の様子に目を凝らしてようやくそれらしきルートを発見するが、どう見てもマトモな海路には見えない。


「地元の慣れた方ならよく漁船で参拝に来ますよ」

「それって一見の参拝客は来ないんじゃ……」

産土神うぶすながみのような社ですから、特に問題はありません。ほら見えてきました」


 由奈が指差した先、瀬戸内海に浮かぶ孤島としか言い様がない島に、小さな灯りがいくつか灯っている。


「ホントにすげえ所だな……なんとかサスペンスとかに出てきそうな」

「前に何度か撮影の話は来ましたが、不便すぎて断った事もあるそうです」

「よくそんなとこ住めんな………」

「いや、そうでもないみたいで」


 オペラーター席に座っていたレックスが、外部映像にある映像を重ねる。


「あの島、五宝ごほう島のオーラフィールド、すごい数値出てます。瀬戸内海にこんな霊場があったなんて……」

「修行に使うには持って来いでしょうね」

「あんな走れる道路もねえとこ、あたいは絶対イヤだ」

「妹も似たような事言って出て行ったしまいました………どこかで見かけた事ありませんか?」

「さあ? こちらでは聞いた事ありませんけど」

『着陸態勢に入ります。立っている方は座席についてください』


『LINA』のアナウンスに従い、デュポンの艦体がゆっくりと島の唯一の砂浜へ着地する。


「さすがにこんなので家に帰ってきたのは初めてです」

「あの、島からのオーラ量が凄すぎて電子機器が不安定なんですけど……」

「携帯電話もあまり通じませんよ。私も家にいる時は使いませんし」

「何時代だここは………」


 レックスがデュポンの電子機器防護措置に慌て、瑠璃香が自分の携帯電話を取り出して圏外表示に顔をしかめる。


「ウチには連絡しておきましたから、皆さんどうぞ」

「こんな大人数で押しかけてすみませんね……」

「状況が状況です。ここなら向こうもそうそう手を出してこないでしょう」

「ならいいんですが……」

「あの、着いたんですか?」


 ブリッジから登場口に一同が移動を始める途中、通路から小走りに来た由花の姿に、十課の面々が視線を向ける。


「その子は?」

「ウチのアビリティスタッフで、羽霧 由花さん。時空透視能力者なんですよ」

「羽霧です。よろしくお願いします」


 どこかオドオドしながら、由花が頭を下げる。


「時空透視って事は、予知能力?」

「そんなのまでいるのか………」

「それ程立派な物じゃないんですけど………」


 淳と尚継が驚く中、由花はさらに縮こまるが、マリーがその肩に両手を置いて落ち着かせる。


「立派な物よ。タマにスタッフの中で競馬の穴聞きに行く馬鹿もいるのが問題だけどね」

「分かるんですか?」

「いえ、私の力は物体の過去や未来を見る力なので、そういうのは………」

「だから小型テレビや配信ツール持ってくののがいてね。能力の負荷が大きいから、陸が禁止してるんだけど。そう言えば、アレの透視、どうだった?」

「少なくても、100年範囲は誰も触ってなかったらしくて……それ以上見るのは危険だからって陸さんに言われて」

「便利ですね~。ウチの鑑識に欲しいな………」

「殺人事件現場なんて見せたら由花ちゃん卒倒するわよ?」


 十課の面々がしきりに由花の能力に興味を示す中、搭乗用ハッチが開かれる。

 そこで出迎えたのは、獣の遠吠えだった。


「なんだありゃ………」

「狼でも飼ってるの?」

「いえ、ウチの愛犬です」


 由奈が先だって登場口から、日が落ちて薄暗くなっている砂浜へと降りると、岩陰から二頭の獣が姿を現す。


「ムク、モコ、この人達は大丈夫」


 明らかな警戒態勢を取っていた二頭の獣は、由奈の言葉に従い、ゆっくりと由奈のそばへと歩み寄る。

 が、その姿が近づいて来るに従い、アドルスタッフ達は違和感に気付く。


「犬って言ってましたよね?」

「ああ」

「確かに見た目は犬だけどよ………」


 近づいてきた二頭、ムクとモコは見た目こそ純白の毛並みを持つ犬だったが、その頭は小柄な由奈の頭とほぼ同位置にある。


「あの、トラとかライオンの間違いじゃ……」

「それどっちもネコ科です。いや、前にDNA調べてみたら、確かに犬なんですよね………」


 由奈にじゃれつくムクとモコの全長はどう見ても3m近くはあり、イヌ科の生物の範疇を完全に越えている。


「言ってきかせましたから、大丈夫ですよ」

「また随分と立派な愛犬だ事……」


 さすがに驚きを隠せないアドルスタッフの先頭を切って、マリーがムクとモコに近づくと、その喉を撫でてやる。


「よしよし、あなたがムクで、あなたがモコね。大丈夫、粗雑な人達だけど、あなたの飼い主に危害は加えない……って一人もうやっちゃったけど、今は大丈夫。みんな仲間だから。ああうん、血の匂いは勘弁してあげて」

「……ひょっとして本気で会話してるのか?」

「あいつのテレパスは特別だからな。生きてる奴には大抵話が効くらしいぜ」


 あまり他人になれない二頭が、マリーが話しかけるのに大人しくしたがっているのを見た綾が興味深げに見つめる。

 その内、ムクの方が登場口で戸惑っている者達のそばへと近寄ると、順番に匂いを嗅いでいく。


「すげえ番犬だな、もっとも泥棒も来そうにねえ所だが」

「そういう事は言わない方が……」


 瑠璃香と空に警戒しているムクだったが、由花の所で止まると、注意深く匂いを嗅いでいる。


「あ、あの……」


 自分の倍近い大型獣に、由花は怖がって空の後ろに隠れようとするが、そこでいきなりムクの舌が伸びて彼女の手を舐める。


「きゃっ!?」

「あれ? 珍しい……」

「オレにもまだ懐いてないんだが……」


 由花は驚いて腰を抜かしそうになるが、ムクはじゃれるように彼女の手を舐め続ける。


「気に入ったみたいです、彼女の事」

「スレてねえからか?」

「あはは………まあ多分……」


 由奈も少し驚いているが、瑠璃香の余計な一言に空は乾いた笑いを漏らす。


「あらあら、ムク、モコ、お客様をお待たせしてはいけませんよ」


 砂浜から島内へと伸びる階段から、巫女服姿の中年女性が姿を現した。

 品がいい、というかどこか能天気な空気を漂わせた中年女性に、ムクとモコは素直に両脇に避けて道を開ける。


「ただいま戻りました、千裕ちひろさん」

「お帰りなさい。皆さんもどうぞ、お茶の準備が出来てますので」

「すみません、急におしかけて」

「いえいえ、由奈さんを尋ねてここに来る人は時間構わずですから。さあさあこちらに」


 空が頭を下げるのをていねいに返した女性、千裕に皆を促す。


「そういえば兄さんは?」

「解析に時間がかかりそうなので、離れられないそうです。そっちで適当にやっててほしいとか言ってました」

「じゃあオレもそっち手伝います」


 陸の姿が見えない事に気付いた空が周囲を見回すが、そこで由花が言伝を話す。

 それを聞いた淳が艦内へと戻る中、残った者達が千裕の先導で階段を登っていく。


「あれ、あんたのお袋か?」

「いえ、母の付き人だった方です。両親が亡くなった後は、親代わりでもありましたけど」

「ふ~ん、両親いねえのはあたいもだけどな」


 不躾な質問を投げる瑠璃香に由奈は応えながらも、階段の先、古めかしい石の鳥居を潜った所で、何人かが違和感に気付いた。


「暗くねえか、ここ」

「省エネじゃないの?」

「普段はあまり電灯使わないので。発電機回してきます」


 鳥居の先、立派な作りの社があったが、そこに薄い明かりしか灯ってない事にアドルのスタッフ達が気付き、そこで由奈は小走りに社の裏の方に回り、機械の駆動音のような物が響いたかと思うと、社脇の母屋の外灯にようやく明かりがついた。


「あらすいません。お茶の準備に気を取られて忘れてました」

「あの、ひょっとして電気来てないんですか?」

「ええ、場所が場所だけに色々と難しくて」

「さあ、どうぞ」


 由花が信じられないような顔で外灯を見る中、開かれた玄関に皆が入っていく。


「お邪魔いたします」

「つくづくすげえ所だな、まさか電話まで無いなんて事は……」

「ありますよ」


 礼をして入る空の背後で思いっきり失礼な事を呟く瑠璃香に、由奈は玄関脇にある物体を指差す。


「…………何だこれ」

「何って、電話ですけど?」

「ええと、これが?」

「ウソ………」


 瑠璃香だけでなく、由花やマリーもそこにある物、黒い台形型に、数字のついた文字盤とダイヤルが付いた代物をまじまじと見つめる。


「今じゃほとんど無い型だな。オレも最初見た時使い方が分からんかった」

「私もだ」

「修行してた時は何度か見ましたよ、これ」


 尚継や綾もその超旧型、というか骨董品といっていい黒ダイヤル電話に苦笑する。

 空だけが一目で電話だと気付いた物を通り過ぎながら、居間へと案内された皆が思い思いに腰を下ろす。


「それではごゆっくり。お夕食の準備もしますので」

「どうもすいません、手伝いましょうか?」

「お客様にそんな事はさせられません。由奈さんも疲れているようですから、休んでいてください」


 お茶をいれてそのまま奥へと千裕が消えた所で、皆がお茶をすすりながら一息入れる。


「さて、問題はこれからだな」

「そうですね。再度の敵襲も考えられます」

「あの、私が見てみますか?」

「ここで不用意な透視系を使うと、霊力の高さに負ける可能性がありますが」

「じゃあダメですね。由花さんはこの間も使い過ぎで倒れそうになってましたし」

「はあ………」

「それ以前に、陸がいないとどうしようもないんじゃない?」

「課長も降りてこないからな」

『………』


 指揮官不在の状況で、全員が沈黙する。


「お邪魔いたしま~す、っていたいた。陸さんがちと空さんにも見て欲しいって」


 遅れて来た敬一が、外を指差しながら空を促す。


「分かりました、今行きます。……やはり、魔銃の類ですかね?」

「妖気があるなら、さすがに気付きますが……」


 席を立ちながらの空の呟きに、由奈が首を傾げる。

 空いた席に腰掛けた敬一の所を、由奈がじっと見詰める。


「敬一さん、でしたね? すいませんが、苗字は……」

「御神渡。この業界なら誰でも知ってる、日本最強の陰陽師、御神渡 徳治の不肖の息子って奴っす」

「ああ、道理でどこか似てると……」


 由奈が納得するの見た敬一が、思わず苦笑。


「今の内に言っときますが、オレは親父やレンさんみたいな天才じゃ全然無い、二年かかってもバトルスタッフになれない凡人なんで」

「レンって、あのFBIのブラックサムライか? オレも前に資料見ただけだが、ありゃ完全な化け物だろ」

「はは、一応オレの師匠なんですけどね」

「アドルでもレンさんと互角に戦えるのは空くらいだからね~」


 業界の有名人の名に、尚継も顔をしかめるが、マリーの一言にその場に妙な緊張が走った。


「ブラックサムライと互角?」

「あの霊幻道士の方が?」

「まあ、前に一度模擬戦した時の話ですけど……」

「あたいが入ったばかりの頃だよな? あれはすごかったからな………」

「本気出したらどっちか死ぬから、出せないってレンさん言ってたっすよ」

「随分と凄腕を集めた物だ。あの男が関わっているなら、クリーチャーでも投入しているのかと思ったが」


 静かに茶をすすっていた綾の言葉に、全員が止まって彼女の方を見た。


「ずっと気になっていたんですが、綾さんって陸とどんな関係が?」

「……昔の男だ」

『………ええええええ!?』




「ええ!?」

「……そうなんですか?」

「意外、と言うべきか」


 ぼろぼろになっている謎の銃を解析している中、陸の口から告げられた綾との関係に、その場にいた淳と空が驚く。


「綾さんって、身持ち固くて男性とか全然いないと………」

「今はそのようだな」


 解析作業を続ける淳が驚愕のあまり、機器を操作する手が止まるが、陸は平然と解析作業を続けている。


「まあ、兄さんの女性関係なんて聞かない方がいい気がしますが」

「向こうが言う気が無いなら、こっちも言わない方がいいだろう。ヘタな所突くと、何を言ってくるか分からん」

「綾さんって、昔からそうだったんですか?」

「いや、今の経歴からのプロファイリングだ」

『マスター、反射計測出ました』


 淳は今の同僚として聞きたいような、聞いてはいけないような綾の過去だったが、そこで『LINA』からのデータが表示される。

 それらに目を通した淳だったが、すぐに奇妙な事に気付く。


「何でしょうこれ? ライフリングでもないし、腐食部分の再現と重ねると………」

「気砲(※昔の空気銃の事)とも言えなくないが、明らかに炸薬式だ。ならこのバレル形状はかなり奇妙だな」

「ボクの浄眼だと、そこの部分だけ気が変に偏ってるんですよね……法具や魔術武器らしいのは確かですけど、こんなの見た事もありません」

「陰陽寮とのリンクが切れてなければ、何か問い合わせできるかもしれないのに………」

「レックスが今必死になってるが、場所の悪さも手伝って難航してる。近隣なら辛うじて大丈夫のようだが、相手は相当な電族だな」

「あちらも大人しく下がってくれるとも思えませんし」

「食い下がっては来てるな」


 不意に背後から聞こえた声に振り向くと、そこには月城課長と綾の姿が会った。


「なんとか本部と連絡が取れたが、発掘物の所有権はオーナーにあるので、引渡しを要求すると圧力をかけてきてるそうだ」

「すでに向こうの法律班も動いてる。明朝には合法的に引き渡し要求を突きつけてくるだろう」

「随分と手際がいいですね……」

「似たような事あちこちでやってんだろ」

「合法的ってのが厄介ですね……アドルには縁の無い言葉ですから」

「相変わらずそういう事ばかりやってるのか、陸」

「法律なんて通じない連中にこちらも法律厳守してやる義理は無い。で、元企業付きを目指してた人間なら、この後どうする?」

「え? そうなんですか?」

「昔の話だ。合法的に引渡しを要求するよりは、保持してから所有権を明確にして完全確保する方がより堅実だろうな」

「私も同意見だ。まず現物の保持が最優先だろう」

「あの、それってつまり……」

「攻めてくるだろうな」


 綾、月城課長、陸の意見が一致し、淳の顔から血の気が引く。


「それじゃあ、ボクは警戒の方に当たります」

「頼む。デュポンのセンサーもどこまであてになるか分からん」

「あ、あの、攻めてくるとしたら一体いつになると思います?」

「数はあちらが圧倒的に上だが、総合戦闘力ならこちらの方が確実に上だ。ならば、それを埋める手を何か打ってから来る。Aクラス以上の術者相手に夜襲なんて何の意味もない事も含めると、恐らくは明朝だろうな。それまでに、これの解析を終わらせる」

「分かりました!」

「本部に応援を要請するかね?」

「相手は上から下まで能力者か術者。しかも束で来るならノーマル人間が幾ら居ても役に立たん」

「確かに。それじゃあくつろいでる人達にこの事を教えてくるよ」


 空と月城課長が出ていく中、綾はその場に残って陸の事を見つめる。


「あまり面倒事を持ち込むな、と言っても無駄だろうな」

「ここまで面倒になる予定じゃなかった、と言っても信じないだろう」

「その通りだ」


 苦笑する綾に、陸もつられて苦笑する。


「変わらないな、お前は」

「お前は変わったな。昔はそこまで挑発的じゃなかった」

「誰のせいだと思っている?」

「そこまで悪影響与えた覚えは無いがな」

「守門博士はあちこちに影響与えまくってると聞いてますが」

「十中八九悪影響だがな」

「悪かったな」


 二人の取り留めの無い会話に、淳は適当に突っ込みつつも解析作業を続けていく。


「明朝の戦闘を乗り切れば、あとの法的処置はこちらでどうにかする。だからそちらでどうにかしてくれ」

「そっちの戦闘人員は伍式当主だけか?」

「いやまあ、人手不足で……」

「その点はどこも一緒だな」


 淳が頭をかきながら、戦闘はほぼ由奈に任せきりな事を漏らす。


「そうだ、手が空いたらこいつを整備してくれ」


 綾は懐から一丁の拳銃を取り出し、それを陸へと渡す。


「まだ使ってたのか、それ」

「他にもらえるアテも無いんでな。護身以外に使った事は無い」

「ならいい。そのための銃だからな」

「ひょっとして、守門博士が造ったんですか?」

「ああ」


 前々から疑問に思っていた事を聞いた淳に、陸が短く応えながら渡された拳銃を手早く分解して状態を調べていく。


「無反動拳銃試作機《0》、オレが前に試験的に作った護身用拳銃だ。複合合金と衝撃吸収素材の組み合わせで、射撃時の反動をほとんど無くしている。欠点は吸収し過ぎで威力がちと落ちる事だが」

「なるほど………何度か調べたんですけど、仕組みが解析できなくて」

「この男の考える事が理解できるのは狂人だけだ」

「かもな」

「……なるほど」


 綾のものすごく失礼な発言を気にもしないで、外したバレルの中の磨耗具合を見ていた陸だったが、ふとそこである事を思いつく。


「『LINA』、銃身内部再現をベースに、発射時の薬室及び銃身内の爆発をシュミレート、内部でのオーラ反応も一緒に」

『イエス、マスター』

「……何か分かったのか?」

「今分かる。あとこれは部品の交換が必要だから明日の朝まで待て」

『シュミレート完了、表示します』


 解析画面に、シュミレート結果の動画が映し出されていく。


「……なるほど」

「な、これは!?」

「?」


 動画の映像が理解できない綾だけが、首を傾げていた。




「《ケラウノス》、製造完了しました」

「装備人員に扱い方を理解させておけ。その後に各自休息。明朝4:00に作戦を開始する」


 イーシャは手際よく指示を出しながら、自分の装備のチェックも進めていく。


「ケラウノスの使用はあくまで威嚇だけだ。もっともこんな物で全面戦争になったら双方壊滅するだろうが」

「確かに威力は高いが、これであのセイントクラスと戦えるとなると………」

「そうだな………そうだ。誰かこれに見覚えは無いか?」


 イーシャは自分の脳内ユニットに記録されていた戦闘データを大型ディスプレイに映し出す。

 そこには、撤退の要因ともなった大型の式神が映し出されていた。


「式神、これ程の?」

「おい、まさかアレ!?」

「間違いない、影鯱だ」


 陰陽系の術者を中心に、その映像を見た者達に動揺が走る。


「御神渡当主が死んだ今、あれを呼べるのはレンだけだぞ!?」

「まさか水沢が来てるのか!?」

「いや……」


 映像に続けて、僅かにだが式神を繰り出してきた若い男の姿が映し出される


「敬一君か………」

「な、あのボンクラ息子か!」

「影鯱を呼べる者が、ボンクラか?」


 元陰陽寮所属の初老のウォリアーの言葉に、同じく元陰陽寮所属だった者達が押し黙る。


「……彼の名は御神渡 敬一。あの御神渡 徳治の息子です」

「あの日本最強の陰陽師の子か………」

「ただ、陰陽寮にいた時は日本最強の才は受け継いでないと言われてました」

「最強は無理でも、才はあるように見えるな」


 ボンクラ、と言われていたとは思えない敬一の実力の一端に、イーシャは彼も要注意人物として認識した。

 そこで、押し黙っていた初老のウォリアーが口を開いた。


「一つだけ、作戦に修正を加えてほしいのですが」

「何をする気だ?」

「確かめなくてはなりません」


 初老のウォリアーは、己の腰の愛刀を握り締めながら、決意を込めて呟く。


「……いいだろう。そちらは任せよう」

「ありがとうございます」


 頭を下げた初老のウォリアーは、自分と同じ元陰陽寮所属の者達を集める。


「我々は特別に別作戦を行う」

「作戦内容は?」

「彼を確かめる。方法は………」


 夜の帳の中、黙々とそれぞれが闘いの準備を進めていく。

 だがそれが、予想を遥かに上回る闘いになる事を知る者は、誰もいなかった………


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