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ο Opposition of Necessity


「CALL 《SAW FISH》」


 ビルの端から跳び出しながら、イーシャがキーボードをタイプ。

 するとOIUユニットの画面から無数の羽の生えた骨だけの魚の怪物が呼び出され、虚空を泳ぎながら空へと襲い掛かる。


「雷気を持ちて汝が在を禁ず! 急々如律令!」


 空はその怪物全てに双縄鏢を投じて呪符を突き刺し、口訣と共に呪符が雷と化して怪物を焼き焦がす。


「CALL 《D・SPHERE》」


 今度は不可思議に明滅する半透明な球体が出現し、ビルの間を平然と跳び越えてきたイーシャの周囲を旋回する。


「八門の法を持ちて汝を拒む! 急々如律令!」


 こちらへと迫ってくるイーシャに向かい、空が呪符を投じて動きを封じようとするが呪符が発動する直前、イーシャの周囲を旋回するD・SPHEREが突如として動きを早め、呪符を取り込み、諸共小さく破裂して消えていく。


(対魔術防護!)


 空がイーシャの呼び出した物が何かを知った時、すでに両者の間合いは詰められていた。


「ヒュッ」


 着地と同時に短い呼気と共に、鋭いハイキックが空へと向かって放たれる。

 空はとっさに片腕でその蹴りを防ぐが、予想以上の重さに体が揺らぐ。

 のみならず、イーシャの蹴りが矢継ぎ早に放たれ、空はそれを次々とかわし、防ぐ。


(速く、鋭く、重い。相当な修行を積んでいる……!)


 腹へと向けて放たれた横蹴りを威力を殺して受け止めた空の目が、イーシャの指がOIUユニットのキーボードをタイプしているのを捉える。


「くっ!」

「CALL 《DYREYON》」


 蹴り足を強引に弾き飛ばした所で、イーシャの指がエンターキーをタイプ、大型ライオンほどはありそうな四足獣のような怪物が呼び出され、空へと襲い掛かる。


(呪文を唱える暇も無い、どうする?)


 手持ちの《マーティー》と呼ぶ電子妖怪の中でも、攻撃力に優れた物を呼び出したイーシャが、空の反応を冷静に観察する。

 大きく後ろへ跳んで距離を取ろうとする空へ、DYREYONが一気に迫る。

 そこで、イーシャの耳が微かな音を聞き取った。


「コオオオォォ……」


 それが空の呼吸音だと気付いた時、空の腕が拳法の型を待った。


「ハアッ!」


 空は大気中の外気を呼吸を持って取り込み、体内で練り上げて己の内気に変換、それを一気に右手に収束して解き放った。

 たった一撃で、DYREYONの構成因子がクラッシュ、分解しつつイーシャの脳内HiRAMユニットへと戻っていく。


「《発勁》、しかもたった一呼吸でその威力か………」

「上半身で召喚術、下半身で格闘術か。まるで見た事の無い戦い方をする」

((こいつ、強い!!))


 双方がまったく同じ感想を抱きつつ、両者は再度激突した。



「ど、どうしましょうか……」

「どうするつってもな………」


 空とイーシャの戦いを下から見ていた敦と尚継だったが、そのあまりのすさまじさに絶句していた。


「撃って当てられない事はねえと思うが、こいつはもう、オレ達程度に手が出せる戦いじゃねえだろ……」

「ええ……」



「CALL 《INTERSEPTER》」


 イーシャが金属質の翼と生物のような胴体を持つ高速移動用のマーティーを呼び出し、己の背に取り付かせて滑空する。


「フウウゥゥ……」


 対して、空は呼吸を整え内気を足へと巡らせ、ビルの壁面に垂直に立つ形で疾走する。


「CALL《TROY》」


 召喚されたおぼろげな人型のマーティーが、空の前で瞬く間にイーシャそっくりの姿になると、それが次々と分裂していく。

 だが、レンの浄眼が素早く左右へと動き、無数のイーシャの一人に的確に双縄鏢を投じた。


「勅!」

「くっ!」


 OIUユニットの強弾性ディスプレイで鏢を弾いた本物のイーシャが、TROYの幻影にまぎれるようにして空との距離を取る。


(霊体を伴ったTROYを一瞬で見破った。あの蒼い右目、《浄眼》。レベルA以上。マジシャンタイプ『霊幻道士タオマスター』、マジックタイプ《禁呪・八門遁甲・気孔術》。全術式レベルA)


 戦いながら空のデータを冷静に解析していくイーシャだったが、そのどれもが驚愕すべき物だった。


(戦闘力は文句無しでセイント級、守門博士はこんな手駒をどうやって無名で保有している? 向こうでは同じくセイント級二名が戦闘中、片方はオーラパターンがユリと酷似、間違いなく伍式家の当主と推定。だがもう一人は?)


 幻影の影から小型のマーティーを小刻みに召喚して空の気を逸らしつつ、イーシャは上空衛星から送られてくるデータを脳内で次々と整理、現状を把握していく。


(特殊回線に巡らせた《NOISE・GUMBLAR》の解除率、45%。予想解除推移時間よりも30%早い。こちらも時間の問題か……)

「一白、二黒、三碧、四緑、五黄、六白、七赤、八白、九紫! 九宮を方陣と成し、場が在を封ず!」

「!」


 隙を突いて空が七色の呪符を上空へと投じ、呪符は上空で三列×三列の方陣を形成してTROYごとイーシャをその場に固定した。


「我、八門の法を持ちて遁甲と成し、驚門を穿ちて、死鬼を招かん! 急々如律令! 勅! 勅! 勅!」


 ビルの壁面に垂直に立ったまま、空は足元に八枚の呪符を突き刺し、口訣が終わると同時に鏢の刃で軽く指を切り、刀印でその血を呪符へと突き刺す。

 すると、呪符で形成された八角形の内部が蠢く闇がひしめく、洞窟のような穴へと変じていき、そこから形を持った闇のような物が湧き出してくる。


「死鬼招来、万精駆逐! 急々如律令! 勅、勅、勅!」


 驚門から湧き出してきた明確な形を持たない死鬼達が、イーシャの幻影に次々と襲い掛かる。

 襲い掛かられた幻影は、内包したエネルギーと半ば対消滅するような形で次々と炸裂していき、やがてその場には対峙していた二人だけが残った。


「召喚術まで使えるとは、中々変わった術を使う」

「師匠の作った術だ。術式が複雑で滅多に使わない」


 一見派手に戦っているように見えて、両者は互いに違和感を感じていた。


(探られている……)

(様子見はそろそろ限度か?)


 戦闘態勢のまま睨み合う二人だったが、突然向こう側から閃光と轟音が響いてくる。


「なんだぁ!?」

「由奈さん……じゃないですね。電光に似た発光パターンですけど」


 いきなりの事に尚継と淳も驚くが、イーシャはそれに別の危険を感じていた。


(ここと向こう、二重の結界越しでも響くとは………守門博士はどれだけの人材を揃えている? 今ここで、一人くらい減らしておいた方がいいか)

「SYSTEM CONVERT、MODE《CRACK》」


 イーシャはそう結論すると、戦闘用システムを《HACK》から《CRACK》へと変更、より攻撃的な戦闘システムへと変えた。


(雰囲気が変わった、内気の巡りもより活性化している。本気で来るか)


 それを見た空も大きく息を吸い、取り込んだ外気を体内へと循環させつつ型を舞い、内気へと変換させて練り上げていく。


「CALL」

「勅!」


 殺気がこもった両者の攻撃が、双方から同時に放たれた。




「我が守護天使ハナエルよ、汝の御手に掲げし聖銃の雷火、我が前に放たん事を!」

「四式・闘技『きょう』!」


 瑠璃香が放った《ハナエルの雷火》を、由奈は右手のトンファーを体の前で旋回させつつかざす。

 旋回の軌跡に合わせるように生じた光の円盤に雷火が直撃し、由奈は角度をつけてそれを辛うじて受け流す。


「やるじゃねえか……」

「……聖句詠唱式白魔術。あなた、エクソシストのようですね」


 ちらりと由奈は受け流した雷火の激突したビルの壁面を見るが、そこが大きく破壊されている事に驚愕する。


(なんて威力……受け止めてたら持たなかった……)

「変わった得物使うが、えらい頑丈みてえだな」


 側面がわずかに焦げているだけの由奈のトンファーを見た瑠璃香も、それがただの武器でない事を見抜いていた。


「これは私の神木から作り出した《神器》です。私の体の一部と言っても過言ではありません」

「なるほど、要注意って訳か」


 楽しげな笑みを浮かべつつ、瑠璃香が胸の前で十字を切る。


(あの威力、術の応酬になったら威力負けするのは必須………ならば使わせないのみ!)「壱式・蓬莱ほうらい!」


 由奈は瞬時にトンファーを袖の中へと仕舞い、拍手の後に拳を突き出す。

その拳を瑠璃香が受け止めようとするが、その小柄な体からは想像できない程の力が、瑠璃香の手を弾いてそのままボディへと突き刺さる。


「がはっ!」


 とっさに腹筋を締めてダメージを減らそうとした瑠璃香だったが、内臓へと響き渡る衝撃に胃液が口から吐き出される。

 まともに食らいつつ、瑠璃香の両手が由奈の突き出された腕に関節技を極めようと絡むが、由奈は瑠璃香が腕を掴んだ瞬間、無造作に腕を横へと払う。

 たったそれだけの動作で、瑠璃香の体が真横へと吹き飛ばされ、ビルの壁面へと叩きつけられた。


「ちぃ………効くぜ。生身の女に力負けしたのは母ちゃん以来だ」

「その代わり、大分鍛えられているようですね」


 着実にダメージを与えているのに、どこか楽しんでいる瑠璃香に対し、由奈は凛とした顔のままだった。

 だが、先程振るった片腕はまるで力を失ったかのように垂れ下がっている。


(払う瞬間、その力を応用して外された………こんな技は知らない………)

「腕一本潰すにゃ、ちょ~っと食らい過ぎちまったか?」


 カウンターで由奈の肘関節を外した瑠璃香が少しよろけながらも再度構える。


「残念ですが、無駄でした」


 そう言うと、由奈は外れた腕をもう片方の手で掴むと、それを捻り上げて強引に嵌めた。


「……やっぱ出来たか」

「武術をたしなむ者なら、治し方も心得ているのが常識でしょう」

「悪ぃが、あたいのは武術なんて固い代物じゃねえんでな!」


 言うや否や、瑠璃香が体を回転させながらしゃがみ、威力をつけた下段蹴りで由奈の足を刈りに来る。

 だが、由奈が力を込めると、明らかに体重が軽いはずの由奈の足はまともに蹴りを食らっても微動だにしなかった。

 しかし、そこで瑠璃香は止められた蹴り足を由奈の足に引っ掛けたまま、それを軸に己の体を由奈へと強引に引き寄せた。


「!」


 懐に飛び込まれるのを察した由奈が、拳を瑠璃香へと突き下ろそうとするが、跳ね起きようとした瑠璃香の右手が突き出された手首を掴む。

 一気に跳ね上がりながら、瑠璃香のもう左手が掴んだままの由奈の肘関節を裏から突き上げようとする。


(逆橋割り!?)


 それが自分の使う技と同じ物だととっさに判断した由奈は、腕の気を外気と瞬時に反応させる。

 拳が突き刺さる寸前で、いきなり由奈の腕が炎に包まれる。


「あちぃ!」


 突然の事に瑠璃香も驚愕しつつ、思わず手を離して後ろへと飛び退る。


「参式・火鼠ひねずみ


 任意の空間の気を自身の体表面の気で炎に変換させる技で由奈は窮地を逃れたが、発動が不完全だったために炎は一瞬で消えていた。


「ち、そんな技まであんのかよ………イカサマもいいとこじゃねえか」

「あなたこそ、あの戦い方。まともな技とは思えません」(知らない技だったら、発動が間に合わなかった……)

「ケンカにルールなんてねえだろ。あれかわしたのはてめえが初めてだが」(発動がむちゃくちゃ早ぇ……)


 互いに、内心の動揺を隠しながらも対峙する。


(恐ろしい程似ている技。けど、近接戦に特化している。しかし、離れれば高威力の術式が襲ってくる………)

(やればやる程そっくりな癖に、妙な力も混じってやがる。詠唱してる暇は与えてくれねえ………)


 思考の後に、先に動いたのは由奈の方だった。

 一気に瑠璃香との間合いを詰めつつ、拍手を打つ。


「弐式・影燕かげつばめ!」


 叫ぶと同時に、瑠璃香の前から由奈の姿が掻き消える。


「そう来るか!」


 瑠璃香は振り向きもせずに、片腕を持ち上げて頭部をガード。

 直後に、瞬時にして瑠璃香の後方へと跳んでいた由奈の蹴りがガードに直撃する。

 しかし由奈の体がまるで重力を無視したかのように空中で旋回、反対側へと向かって蹴りが放たれる。

 瑠璃香はまったく振り向かないまま、もう片方の腕でその蹴りを防ぐが、今度は由奈の体が縦に旋回し、取り出したトンファーが二つ同時に瑠璃香の脳天へと振り下ろされる。

 それすら分かったのか、瑠璃香の両腕が頭上で交差されトンファーを受け止めるが、勢いを完全には殺せず瑠璃香の両腕がきしみ音を立てた。


影葉舞かげはまいを後ろを向いたまま!?)


 相手の背後に回りこんで叩き込むコンビネーション技を、見もしないで防いだ瑠璃香に由奈が僅かにたじろいだ時、振り下ろされたままのトンファーを瑠璃香が掴んだ。

 手を離す間も無く、由奈の体が地面に叩きつけられる。


「く!」


 とっさに受身を取り、影燕の力がまだ残っていたのも幸いしてダメージは少なかったが、目を見開いた時にまだ瑠璃香の攻撃が終わってなかった事を知った。

 投げた勢いをつけたまま、倒れこみながら突きおろされた瑠璃香の頭突きが由奈の額に直撃する。

 脳天に突き抜ける衝撃にくらみそうになる意識をなんとか繋ぎ止め、由奈は体を振ってその場を転がり、なんとか逃げ出す。


秘角ひづの落とし食らってすぐ逃げっとはな………」

「う……」


 頭を軽く振ってふらつく意識を由奈は復帰させようとするが、その耳に聖句が飛び込んでくる。


「聖なるかな! 聖なるかな! 聖なるかな! 神と子と聖霊の御名に置いて…」

(まずい!)


 詠唱を完成させまいと、由奈がまた意識がはっきりしないままに、いっきに間合いを跳び詰めると、トンファーを下段から瑠璃香の顎へと向けて振り上げる。


「天空に在りし神の座の左に在なす北の大天使ガブリエルよ! その…」


 詠唱しながら、瑠璃香はその一撃を両腕を組んで受け止める。

 木製武器の一撃とは思えない重い攻撃に、瑠璃香のガードが弾けかけるが、かろうじて止める。

 そこへ、もう片方のトンファーの先端がみぞおちへと突き刺さった。


(これなら…)

「御手に掲げし聖斧を持ちて、我が前に在りし邪悪なる魂討ち滅ぼさん事を!」


 まともに食らったはずなのに、詠唱が中断されない事に由奈が気づいた時には、術は完成していた。

 虚空から出現した光り輝く聖斧が、由奈へと向かって振り下ろされる。


「うっ!」


 ありったけの力を込めて、その場から飛び退いた由奈だったが、地面へと突き刺さる聖斧の衝撃に弾き飛ばされ、壁へと叩きつけられる。


「かふっ………」

「これで、ダメージはタメって所か?」


 大きく地面を穿った亀裂を前にして、瑠璃香が由奈を見る。


(やっぱこいつ強ぇ、危うくメシをもどすとこだった………)


 直感で力を込めていたとはいえ、みぞおちを突き抜けた衝撃は軽くなかった瑠璃香が、再度構え直す。


(なんて鍛えた体……並の術者なら確実に詠唱中断していた。しかも、直撃を避けてもこの威力………)


 地面を深く穿つ亀裂と、至近で爆発にでも巻き込まれたかのようなダメージに、由奈は気を更に引き締める。


「こんなにやりあえる相手は久しぶりだ」(あの妙な技、何種類かあるみてえだが、どうにかしねえと決め手が打てねえ………)

「私もです」(近接技はあちらの方が上、術の威力も上。術を連発出来ない間合いで戦わないと……)


 似てるが違う、同質にして異質の双方の戦い方に、両者ともに戸惑いを覚えながらも、二人は再度交差した。



「………なんて事」


 物陰から両者の戦いをずっと見ていた綾だったが、戦いがほぼ互角な事に呆然としていた。

 操作十課の専属調査官として配属されて以来、由奈の戦いは数多く見てきたが、ここまで苦戦しているのは初めて見る事だった。

 護身用の拳銃程度ではとても手を出せない状況と、人目を避けるために瑠璃香の張った結界に阻まれ、応援要請すら出来ない状況に陥り、法以外の自分の無力を痛感していた。


(由奈と互角に格闘戦が出来る女がこの世にいるというのも驚きだが……似過ぎている。一体何者だ?)


 普段は警察の格闘教官として、機動隊や対テロ部隊の屈強な猛者達を平然と道場の床に這わせている由奈が、逆に地面に這わされている。

 技と術の絶え間ない応酬に、双方が傷つきながらもほとんど互角の戦いの中、綾はある疑問に辿り着いていた。


(詳しくはないが、先程の男とは明らかにタイプが違う。つまり複数の系統の術者がいる組織、しかも半ば強行とも言え、なおかつ秘密裏に事を運ぼうとする姿勢。考えられるのは新興の退魔組織か? だとしたらNシティか、それとも…)


 思考は、瑠璃香が放った退魔用拳銃G・ホルグの流れ弾が間近をかすめた事で一時中断される。


「はっ!」

「ちっ!」


 由奈の蹴りがG・ホルグを弾き飛ばし、それが偶然にも綾の間近へと転がってくる。

 転がってきて止まったG・ホルグを間近に見た綾が、はっとしてG・ホルグと自分の手に握られた拳銃を見比べる。

 その拳銃、グロッグにも似ているが製造メーカーや型番を示す刻印の類が一切無く、フレームに《0》とだけ刻まれた拳銃と、G・ホルグがどこか似通っている事に、綾の脳裏にある事がよぎる。


「まさか………」


 もう一つ、存在だけが噂され、新興退魔組織の中でも、極めて優秀な人材が集ったとされる組織があった事を綾は思い出す。


(彼が、この一件に関わっている!?)


 手の中の拳銃と、それをくれた男の事を綾が思い出した時、一際強烈な衝撃が横手から吹き抜けてくる。


「宝技・《菊花》!」

「ミカエルの盾、我が前に!」


 炎をまとわせて地面へと振り下ろされたトンファーを起点に、由奈の周囲を間欠泉のような勢いで炎と気が混ざり合った噴流が吹き上げる。

 瑠璃香はとっさに《ミカエルの盾》でそれを防ごうとするが、略式詠唱で発動した術では勢いを消しきれず、上へと跳ね上げられる。


「弐式・影燕!」


 噴流が消えるかどうかで、由奈が拍手を打つと上空で無防備になっている瑠璃香へと向けて一気に跳び上がる。


(やばい!)


 瑠璃香は詠唱の暇も無く、腰からB・スティックを抜いて伸ばしてかろうじて由奈の繰り出してきたトンファーを受け止める。

 しかし、攻撃が受け止められた次の瞬間、由奈はそこを基点に更に上空へと腕力だけで跳ね上がる。


「弐式・闘技《追雷襲ついらいしゅう》!」


 重力を無視したかのような動きで上空を取った由奈が、瑠璃香の脳天へと目掛けて鋭い蹴りを突きおろしてくる。


「がっ!」


 予想外過ぎる攻撃に、瑠璃香はまともにくらって地面へと叩き落された。


「くっそ、次から次に戦い方変えやがって………外身が薄かったらやばかったな」

「追雷襲を食らって平然と立ち上がれるとは、呆れた石頭ですね」


 即座に立ち上がった瑠璃香の前に身軽に降り立った由奈は、再度構える。

 それを見ながら、瑠璃香は普段あまり使わない頭脳をフルに回転させて相手の戦闘能力を分析しようとする。


(技はすげえ似てるが、奇妙な術も混じってやがる。怪力に身軽さ、あと火出すのと気出す技か? 火以外は空のに似てやがるが……似てる?)

「一式・蓬莱!」


 何かに気づいた瑠璃香が、由奈が拍手を打つ瞬間、口を大きく開いている事を見た。


(って事は!)


 由奈の突き出してきた拳を、瑠璃香はまったくガードせずに腹で受け止める。

 肋骨が数本折れる音が響くが、構わずに由奈の突き出された腕を両手で強引に押さえ込む。


「ぐふ……そこだ!」


 相手の身動きを封じたまま、瑠璃香の爪先が由奈の肋骨の真下、横隔膜の辺りに突きこまれる。


「はかっ……」


 ピンポイントで狙われた一撃に、由奈の呼吸が詰まる。

 その一瞬の隙を狙い、瑠璃香は由奈の体を強引に引き寄せつつ、地面へと倒れこんだ。

 後ろへと回り込みながら巫女服の襟を両手で掴み、素早く締め上げる。

 驚異的な握力と腕力を同時に使用し、完全に首を締め上げる瑠璃香の襟締めに、由奈の息が更に詰まっていく。


「か、く……!」


 由奈はなんとか外そうと片手で瑠璃香の手を掴み、火鼠の炎で焼くが瑠璃香の手は離れず、炎はすぐに消える。


「やっぱりか。手前の力の源は呼吸だな? 息ができなきゃ、外気ってのが入らなくて大した力が使えねえ。違うか?」

(見破られた!?)


 鬼滅威神闘術の発動条件を瑠璃香が見抜いた事に、由奈が少なからず驚愕する。

 なんとか残り少ない内気で外そうとするが、瑠璃香の襟締めは完全に決まっており、しかも両足を絡めてこちらの足も完全に封じられていた。


「鬼殺威流《亡者絡み》。どうあっても外れねえぜ………」


 由奈がもがく毎に折れた肋骨から激痛が走るが、構わず瑠璃香は更にきつく締め上げていく。


(相手の動きを完全に封じる寝技! 明らかな対人用……このままでは!)


 ほとんど呼吸が出来ず、意識が薄れそうになる中も、由奈は残った内気を全て右手に収束させていく。


(何かする気か? 何をしても効果は一瞬、それを耐えりゃ!)


 由奈の右手が瑠璃香の右手を掴むが、瑠璃香は全力を込めて由奈を締め上げていく。


(焼かれようが潰されようが、外さねえ!)


 ダメージ覚悟で瑠璃香が止めを刺そうとした時、目を疑う事が起きた。

 瑠璃香の右手を掴んだ由奈の右手が、そのまま瑠璃香の手の中へと潜っていく。

 まるで3Dホログラフでもあるかのように由奈の右手が瑠璃香の手をすり抜けていき、手の中を何かが蠢く感じた事の無い感触に瑠璃香も仰天する。

 そのまま由奈の右手が瑠璃香の手から引き抜かれる。

 同時に、瑠璃香の右手から力が抜けていった。


「!?」


 期せずして力の抜けた瑠璃香の右手を払いのけ、由奈が大きく息を吸いながら拍手を打つ。


「ちっ!」

「壱式・蓬莱!」


 呼吸で取り込んだ外気をそのまま筋力へと変換させ、由奈は一気に瑠璃香の拘束を振り解いて瑠璃香から離れる。


「くそ、なんて手使いやがる………なんださっきのは?」

「五式・仏身ふしん。あなたの手の気を奪わせてもらいました」(まさか、生身の人間相手に使う事になるとは………)

「そんな奥の手隠してやがったか………」(右手が重ぇ………まるで締め切り明けだ。もしこれを頭か心臓にでも食らえばやべえ………)


 己の体をエネルギー変換し、相手のエネルギーや精神体に直接攻撃する鬼滅威神闘術でももっとも特殊な技の前に、両者は再度硬直状態に陥る。


「待ちなさい! 由奈、この戦闘の一時中断を勧告! そちらのあなたも!」


 いきなりの綾の声に、由奈と瑠璃香は同時にそちらへと向いた。


「綾さん、どういう事ですか!」

「邪魔すんな! これからがいいとこなんだ!」

「守門 陸、この一件には彼が関わっているわね?」


 綾の口から出た名前に、瑠璃香が反応した。


「なんだてめえ、陸の知り合いか?」

「やはり……もし陸が関わっているのなら、もっと確実かつ強引な手段を講じてくるはず。しかし、今の状況は彼の影響下にない。こちら同様、そちらも連絡網が何らかの妨害を受け、双方判断がつかないまま戦闘に突入してしまった。違うか?」

「ちっ、陸みてえな事言うな、おめえ………」

「私の仮説が正しいなら、今彼はこちらの上層部とも交渉を行っている。だが、その交渉結果が届いてないだけの可能性が高い。ならば、あなた達が戦う事に利点は無い。一時停戦し、課長の判断を仰ぎましょう」

「……分かりました」


 双方が構えを解き、緊張が解れていく。


「あんま勝手にやっと陸に怒られっからな。今度の楽しみに取っとくぜ」

「しかし、この状況でどうやって連絡を……」

『瑠璃香……聞こえてる? 返事を……』


 突然、その場にいた三人に声無き声が脳内に響いてくる。


「な、これは………」

「テレパシー、ですね」

「なんだマリーか。なんの用だ?」

『やっと通じた……そこに捜査十課の人達がいるわね? 倒した後じゃないわよね?』

「もうちょっとで茶々入れられた」

「すごい、こんなにはっきりと聞こえるテレパシーは初めてです」

『あなたが、伍式 由奈さんですね? 私はアドル・バトルスタッフ、《サイレント・ネイチャー》のマテリア・イデリュース。アドルと捜査十課の間で協力提携が成立したので、その事を知らせに』

「やはりか」

『剣 綾さん? 他の方は?』

「空ならブツ奪ってそっち行ったはずだが?」

『向こうにも大きな結界が張られてる……そこで誰かと交戦中みたい。瑠璃香、とにかくこの結界解いて』

「おっと、そうだな。神と子と聖霊の御名において、塵は塵に、灰は灰に、土は土に還らん事を……アーメン」


 聖句を唱え、十字を切ると周囲を覆っていた結界が消失していく。

 そこに一台のリコレイスキャノンを装備したホバークラフトが走りよってきて止まると、操縦席から金髪碧眼の女性が降りてくる。


「マテリアさんですか?」

「マリーでいいです。由奈さんに綾さんですね。Sシティ警察、捜査十課の月城課長からこの一件に関して、双方協力体制を取るようにとの伝言です」


 マリーは一枚の書類を差し出し、そこに書かれている事を簡潔に告げる。


「確かに課長の字ですね」

「あの月城課長が外部との協力を容認するとはな……」

「それなんだけど、さっきからそっちもこっちも、全然通信が出来なくて………しかも二人して結界張ってるから探すの苦労したわ。何でも、特殊回線にだけ、とんでもなく高度なジャミングが施されてるらしいわ。今レックスが必死に解除してるけど」

「多分、今空とやりあってる奴が何か知ってっだろ。ありゃ空の結界じゃねえみてえだし」

「じゃあ、尚継さんと敦さんもそこに!?」

「そっちの方がヤバそうね……敬一君が向かってるはずだけど」

「簡単に破壊できるような結界ではないようです。私達も向かいましょう」

「その状態で?」


 マリーの視線が、瑠璃香と由奈の二人を交互に見る。

 双方激戦を示すかのように着ている衣服はあちこちで破れや焦げがあり、どう見ても直撃を食らっている箇所も複数ある。


「すぐにデュポンも来るわ。こっちは私が行くから」

「待ってくれ。現状確認の必要がある、私も行こう」

「ええ、聞いてるわ。乗って!」


 スレイプニルの副座に綾が乗り込み、即座に出発していく。


「ちっ、置いてけぼりかよ」

「アバラが折れた状態でまだやるつもりですすか?」

「てめえこそ腕と呼吸、おぼつかねえだろ」


 スレイプニルを見送った後、疲れがどっと出たのか、二人してその場に座り込む。


「あ~、折れてんのは空にでも接いでもらうか………」

「……気は進みませんが、双方に協力提携が出来たというなら、少しでも治しておきましょう。じっとしてて下さい」


 由奈は立ち上がって呼吸を整えようとするが、胸のうずきに僅かに顔をしかめる。


「お、治癒系使えんのか? あたいはそっち系全然でな」

「静かにしてて下さい。制御が難しい技ですから」


 由奈は大きく息を吸い、拍手を打つ。


「五式・闘技《神撫手かんなで》」


 由奈が手を前にゆっくりと出すと、その両手が半透明に変じていく。


「ちょ、それさっきの!」

「動くと危ないですよ」


 それが先程、自分の腕にもぐりこんでいった技だと気付いた瑠璃香が思わずたじろぐが、由奈はそのままゆっくりと両手を瑠璃香の胸の中へと潜り込ませていく。


「やっぱり、何本か折れてます。繋いでおきましょう」

「てめえが折ったんだろ……んわ、気色ワル………」


 自分の体の中をまさぐられていく感じた事の無い感触に、瑠璃香は声を漏らす。


「ずいぶんと頑丈な骨格と筋肉してますね……」

「ガキの頃から鍛えてたし、ケンカは日常だったからな。つっ!」

「少し痛みますよ」


 折れた骨を掴み、それを元の位置へと戻してそこに気を流して、接合していく。

 外科医術を完全に無視したかのような治療がしばし続き、折れた肋骨を全て戻した所で由奈の手が瑠璃香から引き抜かれていく。


「ずいぶんと便利な事にも使えんだな」

「鬼滅威神闘術は五つの式を使いこなせて初めて一人前です。あなたの方は随分と手荒な事ばかりのようですが」


 今度は自分の治療を始めた由奈の事を、瑠璃香がじっと見つめる。


「そっちこそ、そのガタイであたいとタメ張ってきやがったじゃねえか。ヤワな鍛え方じゃねえ」

「そちらこそ。もっとも、とてもエクソシストの戦い方とは思えませんが」

「悪かったな、まだなって一年半くれえだ」

「……一年半? 修行期間は?」

「あ? 修行も含めてだな。バトルスタッフになるのに半年かかったが」


 瑠璃香の口から出たとんでもない発言に、由奈は少なからず驚きを覚える。


(あれだけの戦闘技術、格闘技は小さい頃からのようですけど、術式を半年で? 可能なのでしょうか………?)

「手前との勝負はケチがついたが、あとでケリはつけようぜ」

「無意味な戦いはしない事にしていますので」

「ちっ、ノリが悪ぃな……」


 幾つもの疑問を脳内に潜めながら、相変わらず闘争心剥き出しのままの瑠璃香を前に由奈はため息をもらした。


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