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ψ Unfamiliar Alliance


 先程まで大勢の人間が迎撃の準備のために騒がしくしていたのがウソのように、五宝島に静けさが訪れる。

 話し声一つ聞こえなくなった五宝神社の境内を、二匹の霊犬がそれぞれ警戒するように巡回しているが、同時にその足が止まると、虚空の一点を睨みながら唸り始める。

 何も無いはずの虚空に、何か揺らぎのような物が生じたかと思うと、そこに小さな火の玉が発生する。

 霊犬達の唸り声は更に大きくなっていき、やがて遠吠えへと変わる。

 それに応じるかのように、火の玉の両脇に一回り大きな火の玉が新たに生じ、それぞれが霊犬達へと高速で向かっていく。

 霊犬はとっさに飛来した火の玉を回避するが、地面に直撃した火の玉はナパーム弾が如く周辺に炎を撒き散らし、着弾点を中心とした小さな火の海を作り上げた。

 霊犬達は驚異的な脚力と、用心して目立たない腹の部分に張られた護身符の加護で火の海から撤退し、そのまま姿を隠す。


「逃がしたか………まあ、あんな畜生はいつでも焼ける」


 どこからともなく声が響いたかと思うと、火の玉は徐々に大きくなりながら地面へと降り立ち、やがて人ほどの大きさになったかと思うと姿を変え、火の勢いも衰えていったかと思うと、完全に人の姿へと変じた。

 かつてダイスと呼ばれたその男は、一見前と同じ姿、だがその右目は眼球の変わりに燃え続ける炎が宿っている異様な姿のまま、周囲を見回す。


「どこだ、どこにいる? どこかにいるはず………」

「誰を探しているのかしら?」


 炎の瞳で周囲を睨むように見回す男に、木陰からマリーが姿を現す。

 男はマリーの姿を見ると同時に、口が引き裂けるかと思うほど歪めた笑いを浮かべる。

 そして、右目の燃え盛る炎がそのまま業火となってマリーへと吹き付けられる。


(火よ……!)


 自分に向かってくる業火にマリーは干渉を試みるが、男の邪悪な思念の宿った業火を打ち消す事は敵わず、その軌道を逸らすのだけで精一杯だった。

 軌道を曲げられた業火がマリーの脇を通り過ぎ、その先にあった木々を一瞬で燃やし尽くしながら吹き抜けていく。


「くっ!」

「ようやく分かったぜ、オレの炎がなんでお前に効かなかったか……だが、今のオレなら、お前を焼き尽くせるな………」


 笑みを浮かべたままの男の口から、唾液が滴り落ちる。

 唾液が途中から可燃性物質のように燃え上がり、地面につくとそこには小さな灯火となって燃え続ける。

 それが合図のように、男の姿が変貌を始めた。

 まず右腕が膨れ上がり、そこに巨大な銃身が腕と一体化しながら現れる。

 体全体も膨れ上がりながら炎を帯びていき、炎の下に全身を覆うハリネズミのような銃身が飛び出す。

 最後に右目の炎を内蔵するように銃口がせり出し、完全な銃と炎の怪物、バーニング・トリガーの姿がそこには有った。


「何てこと………」


 バーニング・トリガーの全身を覆う炎から、火の精霊の力はほとんど感じられずにただただ男の邪悪な執念が宿っている事に、マリーは複雑な表情を浮かべ、絶句する。


「燃やす、燃やしてやる、燃やし尽くしてやる、このオレの炎でぇ~!!」


 辛うじて顔と分かるまでに異形化してしまっているバーニング・トリガーが、燃え盛る唾液を撒き散らしながら、マリーへと一斉に無数の銃口を向ける。


「我、八門の法を持ちて遁甲と成し、休門にて汝を閉ざす! 急々如律令、勅!」

「《BKWALL》PROTECT・PATTERN zx!」


 無数の銃口が火を噴くよりも早く、呪符とマーティーによる結界がバーニング・トリガーを内包したまま完全に空間を途絶、被害の拡大を防ぐために外界から完全に隔絶された閉鎖空間を作り出した。


「燃えろっ!!」


 自分が閉じ込められた事すら意に介さず、バーニング・トリガーの銃口が文字通り、一斉に火を噴いた。

 景色を紅蓮に染め上げ、炎の奔流がマリーへと迫っていくが、マリーは目の前に風火水土の障壁をそれぞれ作り上げ、阻もうとする。

 だが荒れ狂う炎の奔流は障壁を諸共飲み込み、マリーのいた場所を埋め尽くしたのみならず、形成された結界にぶち当たり、強固に張られた結界を軋ませる。


「なんという威力………」

「私一人では防ぎきれなかったかもしれん」

「いや、ホント………」


 空とイーシャが予想以上の相手の進化に驚く中、二人の足元から障壁を目くらましに土の精霊でトンネルを掘って離脱したマリーが姿を現す。


「自然が豊かな場所で助かったわ………街中じゃ使えないのよね、これ」

「もぐら叩きというには物騒過ぎるが」


 服に付いた土ぼこりを払うマリーだったが、バーニング・トリガーが周囲を見回しているのに気付くと、警戒を高める。


「いねえ、どこだ………」

「気付かれたわね……あんだけ炎出してなんで分かるのかしら?」

「ダイスは火使いだけに、物が焼け焦げる匂いには敏感だった。特に有機体のはな」

「行くぞ」


 イーシャが危険な情報を教える中、空が呪符を両手に走り出し、イーシャとマリーもそれに続く。


「そ、こ、かぁ~!!」

「凍気を持ちて汝が在を禁ず!」

「CALL《PASCAL》」


 三人の姿を見つけたバーニング・トリガーが全身の銃口から炎の弾丸を吐き出すが、空は無数の呪符をばら撒くとそれが小さな氷の障壁となって炎の弾丸を阻み、イーシャは気圧を制御するマーティーを呼び出して間近まで近寄った炎の弾丸を鎮火させていく。


「お返し! 水よ、風よ!」


 二人が作った隙に、マリーが水と風の精霊を同時に呼び出し、それを重ねて小さな水流と竜巻が重なった槍と化して打ち出す。

 自らの炎の隙間を縫って放たれた精霊の槍に気付かぬ内に、水と風の穂先はバーニング・トリガーの脇を穿つが、鮮血の代わりに噴き出した炎がそれを吹き消す。


「てめえ………」

「あの程度じゃ効きもしないようね」

「もっと強力な術式を叩き込むしかないようだ。だが詠唱の時間も近付く隙も与えてはもらえないだろう」

「作ればいい」


 イーシャが非常識過ぎる相手の攻防一体の炎に次の手を考える中、空がそう呟くや一気にバーニング・トリガーへと駆け寄っていく。


(あれでは術式を展開する暇が…)

「まずは手前か!」


 一見無作為に近付く空にイーシャが疑問を浮かべるが、バーニング・トリガーは右手の銃腕を空へと向ける。


「やば!」

「CALL 《INTERSEPTER》」


 マリーとイーシャがそれぞれ左右に文字通り飛ぶ中、空は己に向けて放たれようとしている業火を避けようとすらしない。


「消し飛べ!」


 哄笑と共に、先程を更に上回る業火が放たれる。

 軌道上にある物全てを吹き飛ばす超高温の業火が貫き、再度結界へとぶち当たって大きく軋ませる。


(BK WALL ロス率57%。もう一発が限度か)


 HMDに表示されていく結界のダメージをイーシャが淡々と確認していくが、ふとそこで眼前を一枚の羽根が横切る。


「これは……!」


 イーシャが頭上、そこに舞う一羽の大鷲と、そこへと向かって虚空を跳ねている空の姿を確認して仰天する。


(呪符の描かれた羽根を足場に!)


 上空で待機していたダイダロスの舞い散らした羽根を足場代わりに業火をかわした空が、一際大きく跳ねると虚空で体を上下反転、そこに飛来したダイダロスを足場代わりに蹴って一気に下降していく。


(体重制御の軽気孔、ユリのよりも洗練されているな)


 似たような技を見た事はあるが、明らかに1ランク上の空にイーシャが素直に感心する中、空はいとも容易くバーニング・トリガーの背後を取る。


「なんだ…」


 相手が背後の空に気付くより前に、空は両手でありったけの呪符を投じ、更にそれを双縄鏢で相手に突き刺していく。


「急々如律令、勅!」


 口訣と共に呪符が一斉に発動、呪符は爆発、電撃、氷結などに変じてバーニング・トリガーの背中を吹き飛ばした。


「がああ!」


 バーニング・トリガーの口から絶叫がほとばしり、吹き飛ばされた背中から鮮血代わりの炎が吹き出す時には、すでに空の姿はその場に無い。


「CALL《SKYCLAW》」

(土よ………)


 そこへ更に自己崩壊しながら周辺のエーテルを崩壊させるマーティーと、地面から飛び出した槍がバーニング・トリガーの体を貫く。


「がふっ………クソがぁ!」


 二つの攻撃がバーニング・トリガーの体をえぐり、肉片代わりのように盛大な炎が周辺へと飛び散っていく。

 しかしえぐられた部分に残った体から炎が吹き出したかと思えば、程なくして炎がそのままえぐられた部位を構成していき、外見上は元通りになっていく。


「再生、と言っていいのだろうか?」

「変質の方が近いかも」


 まるでダメージを受けなかったように見えるバーニング・トリガーに向けて、物陰から双縄鏢が飛来し、再生した部位に突き刺さると思った瞬間、双縄鏢はそのまま再生した部位を貫ける。

 だが抵抗も無く貫通したように見えた双縄鏢は、次の瞬間に高温融解して地面へと溶け落ちる。


「ダメージを与えたかと思えば、これか………」

「マジで火山よこれは………」


 下手な攻撃はかえって事態を悪化させる状況に、イーシャとマリーは思わずたじろぐ。


「予定を繰り上げる。大技で行くぞ」

「仕方ないわね」


 二人は左右へと分かれ、イーシャの指がキーボードを驚異的な速さでタイプし、マリーは周辺の精霊をありったけ呼び寄せる。


「CALL《L・BOMB》 PATTERN F」


 イーシャがエンターキーをタイプすると、UMDユニットから導火線の付いた火の玉のようなマーティーが複数召喚される。

 中央に時計の文字盤、ただし時針の代わりに変化し続ける数式が表示されるマーティーが、一斉にバーニング・トリガーへと襲い掛かる。


「食らうカァ!」


 バーニング・トリガーは己の体から炎を噴き出してそれを迎撃しようとするが、炎が触れた瞬間、《L・BOMB》は破裂したかと思えば周辺を氷結、そして一気に崩壊する。


「ガっ……」


 己の体を巻き込んで氷結崩壊していく見たことの無いマーティーにバーニング・トリガーは体の各所をえぐられ、再生に手間取っていく。


「遠慮はしないわよ」


 その背後、半透明の妖精の羽根を浮かび上がらせたマリーが手を上空へとかざす。

 それに応じるように、蛍火のような精霊達が上空へと集結し、そこにはいつの間にか漆黒の雲が生じていた。


「降り注いで!」


 マリーの声と同時に、雲から無数の雨と雹が、自然ではありえない高速の弾丸となって一斉にバーニング・トリガーへと降り注ぐ。


「ガアアああぁ!?」


 マシンガンの掃射がごとき水と氷の弾幕が、バーニング・トリガーの炎の体を容赦なく貫いていく。


「ふざケるなああああ!!」


 体が蜂の巣にされていく中、バーニング・トリガーは咆哮と共に一気にその体を激しく炎上、同時に右腕の銃腕を真上へと向けると、そこから業火を雲へと向かって砲撃、雲を跡形も無く蒸発させる。


「次は、てめえダァ!」


 続けて銃腕がマリーへと向けられる。

 全身の弾痕から鮮血のように火を垂れ流しながらバーニング・トリガーは笑みを浮かべ、銃腕に炎が宿っていく最中、その腕に無数の呪符が刺さった刃が次々と突き刺さる。


「な……」


天后てんごう、貴人、青竜、六合りくごう勾陳こうちん、朱雀、騰蛇とうだ大常たいじょう太陰たいいん、天空、玄武!我、十二神の助を得、万物を禁ず! 百邪斬断、千鬼必滅、万精駆逐! 急々如律令! 勅! 勅! 勅!」


 今まで姿を隠していた空が、口訣を唱えて強力な禁呪で銃腕を封じようとする。


「この……ガアアぁ!!」


 呪符が光へと変じ、銃腕を戒める光の檻のようになっていく中、バーニング・トリガーは咆哮しながら銃腕に炎を集束させる。


「な、め、る、なああああぁぁぁぁ!!!!」


 絶叫と共に、呪符諸共に銃腕が業火と共に爆発炎上する。


「……っ!」


 禁呪が力任せに破られた事を悟りながら、空は周囲に吹き荒れる業火から身を守るべく、呪符をばら撒きながら後ろへと大きく飛び退る。


「空! 大丈夫!?」

「ああ」


 マリーが慌てて声をかけるが、空の全身からは焦げ臭い匂いと共に、明らかに肉の焼ける匂いが混じっている。


「匂う、匂うぜ………肉が焼ける匂いがよ………」


 当のバーニング・トリガーもかなり無理をしたらしく、全身を覆う炎はほとんどが失われ、銃腕もあちこちえぐれ、右目の炎も幾分小さくなっていた。


「今なら一気に………」

「いや、まだだ」

「見た目よりもオーラ量が減っていない。まだ来るぞ」


 マリーがトドメを刺すべくか迷うが、空の浄眼とイーシャのアナライズがそれを否定。


「リロード、だ!」


 バーニング・トリガーは歪んだ口を大きく開き、一気に閉じる。

 銃のハンマーが落ちるような乾いた音が聞こえ、続けて体内から無数の銃声のような音が鳴り響いたかと思うと、再度体中から炎が吹き出した。

 そして一番の武器だった銃腕も炎が覆いつくし、炎その物で新しく形成されていく。


「体内に弾薬を装填していたのか……」

「まだ残っている。あれを全弾使わせるか、吐き出させるかしないと勝ち目は無い」

「どうやって…」

「そこかあァ!」


 次の手を考える暇も無く、バーニング・トリガーの全身の銃口が火を吹く。


「急々如律令、勅!」

「PROTECT!」


 空が隙を見て張っておいた呪符を発動、イーシャもあちこちにセットしておいた小型デバイスを発動、同時に張られた二種の結界がバーニング・トリガーから放たれた無数の銃火を辛うじて防ぐ。


「なら、こっちだ!」


 今度は右の銃腕をこちらに向かって放とうとするが、地面から土の柱が急速に盛り上がり、銃腕を上へと弾く。


「このアマァァァ!」


 激怒したバーニング・トリガーはマリーの方を睨みつけ、その右目の銃口に業火が宿り始める。


「くたば…」「るのは手前だ!」


 右目から業火が放たれる直前、怒声と共にバーニング・トリガーの頬に衝撃が走り、顔が真横へ強引に振り向かれ、業火はあさっての方向へと吐き出される。


「瑠璃香! 相手の能力を解析してからの手順でしょ!」

「待つのは飽きたんだよ、それに」

「この…」


 先程の衝撃が、瑠璃香に殴られた物だと気付いたバーニング・トリガーが瑠璃香へと向き直るが、その目に見えたのはこちらに背中を向けながら旋回する瑠璃香の姿だった。

 次の瞬間、瑠璃香の後ろ回し蹴りがバーニング・トリガーの顎を打ち抜く。


「ぎが……」

「鬼殺威流、《梵鐘落とし》」


 人間の形態を辛うじて保っていたバーニング・トリガーの顎関節がピンポイントの回し蹴りを食らって一撃で外される。

 そしてその口内に、歯の代わりに並んでいる湾曲した無数の物体を露にした。


「やっぱりな。ぶっ放す度に歯噛んでやがっから、何かあると思ったんだよ」


 その並んでいる物が、幾つもの銃のトリガーだと気付いた瑠璃香の顔が楽しげに歪み、口腔の奥に火が燃えているのも構わず、無造作にバーニング・トリガーの口へと手を突っ込み、そこにあるトリガーを力任せに引き抜く。


「ぎぃやああぁ!」

「は、昔はケンカ相手に虫歯があったら、よくこうしてやったからな」


 引っこ抜いたトリガーを無造作に投げ捨て、瑠璃香の顔が更に楽しげに歪む。


「………あれは本当にエクソシストか?」

「お願い、言わないで………」


 バーニング・トリガーの動きが止まった隙に包囲を固めながらイーシャが呟き、マリーが目を逸らす。

 トリガーを引き抜かれたバーニング・トリガーが口から燃え盛る唾液か血液か分からない液体を垂れ流しながらうずくまり、瑠璃香はトドメをさそうとホルスターに手を伸ばすが、そこでいきなり後ろへと大きく飛び退る。

 それを追うように、バーニング・トリガーの全身の炎が生き物がごとくのたうちながら、瑠璃香へと迫ってきた。


「ちっ! ミカエルの盾我が前に!」


 とっさに聖句を唱えながら瑠璃香は大きく後ろに跳ぶが、瑠璃香の前に生じた《ミカエルの盾》の障壁を回避するように炎が迫る。


「《鏡》!」


 そこに投じられた霊符が瑠璃香の左右を囲み、炎を阻む。


「何をしてるんですか! 私達の出番はもっと後のはずです!」

「行けると思ったんだがよ」


 相手の攻撃手段の解析が終わってから戦闘に参加するはずだった予定の由奈が、霊符を更に数枚持ちながら姿を現す。

 瑠璃香は由奈の叱責に悪びれず、体勢を立て直した瑠璃香は胸の前で十字を切る。


「主よ、我に邪悪なる魂戒めんための力与えん事を」


 宣言を行った後、瑠璃香はホルスターからG・ホルグを抜き放ち、バーニング・トリガーへと向ける。


「神と子と聖霊の御名において、邪悪なる者に捌きを与えん!」


 聖句と共にG・ホルグから銃弾が速射されるが、バーニング・トリガーは全弾食らったにも関わらず、意にも介していない。


「効くかぁ!」

「だよな」


 聖別済みの純銀弾頭に聖水を封入した、今回の作戦用の特性弾頭が全く効かない事に瑠璃香は苦笑。


「四式・闘技《瞬槍》!」


 そこへ由奈が神器のトンファーを突き出し、そこから一気に光の槍が伸びてバーニング・トリガーを打ち貫くが、その感触に由奈が僅かに顔をしかめる。


「瑠璃香さん」

「てめえも気付いたか」


 二人が同時に距離を取り、いぶかしい目でバーニング・トリガーを見つめる。


「空! こいつ今、どうなってやがる!」

「変質が更に進んでる、生身の方はもうほとんど……」

「やっぱりか。こいつ、もう死んでやがる」

「なに!?《SCAN》!」


 瑠璃香の言葉に、イーシャがバーニング・トリガーを精密スキャンする。

 体を覆う炎のオーラに紛れてほとんど分からなかったが、生身の部分のオーラは異常なまでに低くなっていた。


「これは………」

「道理で、精霊の力がほとんど感じられないと思ったわ」

「変質に体が耐えられなかったのか。だが、それならば自己崩壊してもおかしくないはず」

「ぐちゃぐちゃ、ウルセええええ!!」


 いぶかしむ皆に向かって、バーニング・トリガーの全身が一斉に火を噴く。


「またかよ!」「四式・闘技《龍鱗》!」「土よ、水よ!」「PROTECT!」


 皆が連射される炎から逃れ、阻む中、空だけが無数の炎を掻い潜り、バーニング・トリガーの顔面に呪符を突き刺す。


「急々如律令、勅!」


 口訣と共に呪符が発動、一瞬閃光を発するが、閃光が晴れるとお返しとばかりに右目から放たれた業火が空をかすめていく。


「僵尸(きょうし=キョンシー)用の鎮霊符が効かない。こいつ、死体だが死人じゃない」

「だよな、幽霊やゾンビって感じがしねえ」

「じゃあ、一体………」


 空と瑠璃香の疑問は、再度放たれた無数の業火の前に掻き消える。


(まさか、肉体からパージしかけてるのか? そんな前例は存在しない。ましてや、この力は……!)


 イーシャも脳内データから、自分が対峙してきた敵のありとあらゆるデータを検索していくか、バーニング・トリガーの異常なまでの変質速度は類似例が存在しなかった。

 見れば、先程瑠璃香に外されたはずの顎は歪んだ形で形成しなおされ、口内には無数の牙かトリガーか分からない物が隙間無く生えていた。


「これ以上の変質はまずい、一気に片をつけるか?」

「そうしたいのは山々なんだけど!」


 イーシャが短縮登録していたマーティーを召喚しながら隙を探るが、精霊を次々繰り出すマリーが、それぞれの攻撃がほとんど効いていない状態に焦りを覚え始める。


「主よ、幾千の雷、幾億の火を束ね…」

「サセるかぁ!」


 瑠璃香が自分が使う術の中で最大の威力を持つ《天の火》の詠唱に入ろうとした所で、銃腕がこちらを狙い、詠唱を中断せざるを得なくなる。


「壱式・闘技《豪嵐鼓ごうらんこ》!」


 由奈が増強された筋力で神器の乱打をバーニング・トリガーの残った肉体部分へと叩き込んでいく。


「てめえェ!」


 肉がひしゃげ、骨が砕けていく中、バーニング・トリガーが由奈へと炎を繰り出すが、由奈は地面すれすれになるほどの低姿勢でそれを交わし、神器を高速回転させながら旋回上昇、瑠璃香が外したのとは反対側の顎を打ち砕く。


「がはっ……」

「まだです! 伍式・闘技《覇玉握はぎょくあく》!」


 バーニング・トリガーがたじろいた隙を逃さず、素早く息を吸いながら拍手を打ち、右手を相手へと向かって突き出す。

 その手が半透明に変じていくのに瑠璃香が気付いた時、由奈の右手はバーニング・トリガーの胴体へと文字通り潜り込んでいく。


「てめえ!?」

「くっ…見つけ、ました!」


 潜り込んだ右手が何かを掴み、一気に引きずり出すが、そこでバーニング・トリガーの全身の炎が由奈へと向かう。


「危ねえ!」


 いち早く気付いていた瑠璃香が腰のホルスターから聖書を殴り飛ばし、背表紙が砕けた聖書のページが無数の紙片となって由奈の前に吹きつけ、それが結界となって炎を阻んだ。


「助かりました」

「手前も結構無茶するな」

「全部は無理でした………」


 礼を言いながら由奈の手から、バーニング・トリガーの体内から取り出したケラウノスの弾丸が地面へと落ちる。


「返セ! そいつを…」

「氷気を持ちて在を禁ず! 急々如律令、勅!」


 バーニング・トリガーが弾丸を取り戻そうとする前に、空の呪符が弾丸の周囲を囲み、瞬時にして氷塊の中へと封じ込めた。


「さっきのリロードは、あと一発が限度だろう」

「OK! それじゃあ一気に畳み掛けるよ!」

「CALL!」


 空の浄眼がバーニング・トリガーの体内に残った残弾が少ない事を見抜き、マリーとイーシャが一斉に攻撃を仕掛ける。

 無数の精霊の乱舞と、連続召喚設定されたマーティーが次々とバーニング・トリガーの体へと炸裂していく。


「我が守護天使ハナエルよ、汝の御手に掲げし聖銃の雷火、我が前に放たん事を!」

「氷気、雷気を持ちて汝が在を禁ず! 急々如律令! 勅!」

「ぐがあぁぁ!!」


 更にそこへ瑠璃香と空の術が炸裂し、立て続けの攻撃にバーニング・トリガーの口から絶叫が洩れる。


「宝技・《咆狼ほうろう》!」


 壱式・蓬莱の筋力増加と弐式・影燕の高速化を併用し、中距離から飛ばした拳圧を叩き込む荒業を由奈が連続で放ち、傷ついたバーニング・トリガーの体がサンドバッグのように弾む。


「貴様、ラ………死にやg…」


 体内に残った残弾を全て一度にリロードしようとバーニング・トリガーが大きく口を開き、一気に口内のトリガーを押そうとした瞬間、背後から突然白刃がその口内を貫いた。


「が………?」

「我、一黒水気を持ちて二赤火気を克し、六黒水気を持ちて七赤火気を克さん! オン キリキリ バサラ ウンハッタ!」


 作戦通り、ギリギリまでタイミングを見計らっていた敬一が、右手で白刃を突き刺したまま、左手が素早く印を組んでいき、それに応じて白刃を黒い光が覆っていく。


「ごの……やろう……!」


 口内を後ろから貫かれているため、振り向く事すら出来ないバーニング・トリガーが声を頼りに背後にいる敬一に炎を浴びせるが、敬一の詠唱はやむ事なく続く。


「オン キリキリ バサラ ウンハッタ! オン キリキリ バサラ ウンハッタ!」


 詠唱と共に刃を覆う黒い光はその色合いを増していき、それに反するようにバーニング・トリガーの体の炎は小さくなっていく。


「な……コれハ……」

「五・行・相・克! 封!!」


 一際大きい詠唱と共に、敬一は懐から呪符をまとめて取り出し、刃の鍔元に半ばまで突き刺すように叩き付ける。

 すると呪符はまとめて砕け散り、刃を覆っていた黒い光が爆発するように弾け飛ぶ。


「グ、ガ………」

「あんたの引き金、封じさせてもらったぜ」


 敬一が刀を引き抜くと、そこには口腔に漆黒の五芒星が浮かび上がり、口を閉じる事すら出来なくなったバーニング・トリガーの姿が有った。


「ごノ、やろウ……!」


 バーニング・トリガーは振り向きながら銃腕を敬一に向けようとするが、その腕に呪符が縫い止められた双縄鏢が幾つも絡みつき、突き刺さる。


「我、八門の法を持ちて遁甲と成し、閉門にて祖を阻む! 急々如律令、勅!」


 口訣と共に八門遁甲の封印が発動、最大の武器である銃腕も八角形の光で封じられる。


「くそォォォ!」

「一気に仕留める!」


 好機とばかりに、イーシャの声を皮切りに全員が止めのための大技の準備へと入っていく。


(一応は作戦通り、だが……うまく行き過ぎる?)


 脳内に浮かんだ疑問をそのままに、イーシャも自分の保有する中でも有数のマーティーを召喚すべく、キーボードをタイプした。




五宝島から数km放れた海上 デュポンブリッジ


「うまくいきましたね」

「一時はどうなるかと思ったが………」


 ブリッジ内でバーニング・トリガーとの戦闘の中継を見ていた敦と綾が、相手が追い詰められていく状況に安堵のため息を漏らす。


「まだ終わってねえぞ。完全に片が付くまでは安心するな」


 同じくその中継を見ていた尚継が苦言を呈するが、彼の脳裏には一抹の不安がくすぶり続けていた。


「……おかしい」


 作戦の指示―戦力の順次投入による相手戦力の解析の後、段階的な封印による弱体化―を指揮していた陸が、小さく呟く。


「あんたもそう思うか?」

「ああ、シミュレーションよりも作戦の展開が早過ぎる。被害状況も予想よりも27%程少ない」

「あれで少ないんですか………」

「陸がそう言うなら、何かまだ有ると考えるべきだな」


 尚継と陸が双方不安を述べるが、それよりも普段他人の意見に簡単に左右されない綾があっさり陸の意見を肯定した事に、十課のメンバーが僅かに驚いた。


「オレの勘もそう言ってる。現場に少し待たせた方がいいかもな」

「総員、厳重に注意。まだ何かあるかもしれん」

『知るか! 一気に潰す!』

「《LINA》、目標を再度精密サーチ。由花、先を見てくれ」

『イエス、マスター』

「分かりました」


 サポートAIによるデュポンの各種センサーと衛星リンクを併用した精密サーチと、由花の時空透視能力による未来予知が並行して行われていく中、中継画面には止めから牽制に移行した者達(※瑠璃香除く)の攻撃と、残った炎でそれに反撃するバーニング・トリガーの姿が映される。


「でもこの状況からどうやって……」

「さあな、門外漢には何も………ん?」


 ふとそこで、綾が何か違和感に気付く。

 再度画面を凝視した所で、その違和感の正体を悟った。


「おい、顔が変わってきている!」

「あっ!?」


 綾の指摘通り、バーニング・トリガーの顔が歪み始め、更にかろうじて人の原型を止めていた物が、それすら崩れていく。


『目標のオーラ量、急速増大! 危険性大!』

「何ですかこれ!? 体が、燃えていきます!」

「総員最大級警戒! 防護に専念!」


 LINAと由花の報告が同時にブリッジ内に響き、陸が即座に警戒発令。


『更に変質するのか!』

『離れて下さい!』

『ちっ、オレの封印が甘かった!?』

『違うわ、全く違う存在に変化していってる!』

『我、八門の法を持ちて…』


 陸の指示よりも早く、異常に気付いた現場のメンバー達も口々に騒ぎながら、結界や防御陣を組んでいく。

 そんな中、空一人だけがバーニング・トリガーの更なる変異を防ごうと呪符を投じたが、それは突如として噴き出した業火に一瞬で焼き尽くされた。


「な、なんですかこれ………」

「………そうなるか」


 業火が吹きぬけた後、映し出されていくバーニング・トリガーの変化に、デュポンのブリッジは驚愕の色に染め上げられていった。




「くっそ! 腹の中の弾、強引に焚きやがったか!?」

「けど、数はさっきよりも少なかったはず………」


 偶然だが、二人がかりで結界を張って業火を防いだ瑠璃香と由奈が、先程よりもすさまじい炎に顔をしかめる。


「陸! どうなってやがんだ!」

『更なる変質が始まった。前例が無いパターンだ』

「こちらでもここまで極端なのは初めてです!」

『注意しろ、目標のオーラ量が更に増大している』

「どっからそんなオーラを…」


 瑠璃香が舌打ちしながら、結界越しにバーニング・トリガーを見た。

 そして、何が起きてるかを瞬時に理解した。


「こいつ、自分を燃やしてやがる!」

「そんな!? この気の増加は自滅じゃなくて、本当に自分で自分を燃料にして力を増大させてます!」


 驚愕する二人の前で、バーニング・トリガーの残っていた体が燃え、融解し、燃え尽きていく。

 そして、炎は更にその大きさを増していった。


「は、はは、ハハハハハハ!!!」


 最早、完全に体が燃え尽きてしまっているはずなのに、どこからバーニング・トリガーの哄笑が響き渡る。

 それが、燃え盛る炎その物から響いてきた事に、皆が気付いた。


「信じられない………幾らヒューマンベースとはいえ、完全に肉体を捨て去るだなんて………」


 マリーが呆然と呟く。

 今や、バーニング・トリガーだった存在は、燃え盛る炎その物となって、その場に燃え続けている。

 炎が揺らめき、そこに顔が浮かび上がる。

 炎の顔は口を釣り上げ、大きく哄笑を上げ続ける。


「ダイス………」


 その顔が、変異する前の部下の物そのままだという事に、イーシャは思わずその名を呟く。


「やっと分かったぜ………全て燃やすには、まずオレ自身を燃やす事だってな………」

「違う! そんな炎は、精霊達の意思に反してるわ!」


 炎から響いてくる声に、マリーは反論するが、再度の哄笑と呼応するかのように吹き付けてきた炎の奔流が、マリーの言葉をかき消していく。


「何て威力………」


 とっさに精霊達のガードで防いだマリーだったが、呼び出した土壁が融解しかかってる事に、冷や汗を流す。


『総員に通達、目標のオーラ量増大及び物理的実体の消失を確認。臨機応変に対応し、封印もしくは殲滅を実行せよ』

「気軽に言ってくれるっすね………」


 陸からの通信に、敬一は目の前で渦巻き始め、更に火勢を増していく炎を凝視しながら、手にしたそはや丸の刀身に、指先を切った血で梵字を書き連ね始める。


「さあ、どいつから焼いてやろうか…」


 炎が獲物を選ぼうとした時、二つの影が同時に飛び出す。


「アーメン!」「伍式・闘技《祓魔手ふつま)》!」


 瑠璃香の拳と由奈の拳が、同時に炎の顔を左右から殴り飛ばす。


「!!!???」


 実体が無いはずの炎が拳でダメージを与えられた事に、明らかな困惑の表情を浮かべる。

 だがそこに、容赦の無い連撃が叩き込まれていく。


「オラア!」「はあっ!」


 瑠璃香の拳が炎の顔の額を打ち抜き、由奈の神器が下から顎を打ち抜く。

 そして申し合わせたかのような回し蹴りが、左右から同時に叩き込まれた。


「ぐあぁっ!」

「ちっ、殴れねえ事はねえが、さすがにちと熱ぃな」

「完全に意思持つ炎の塊と化しています。倒すのは少し骨ですね」


 距離を取った二人が、殴った手足から僅かに白煙が上がっている事を確認しつつ、再度構える。


「なるほど。炎と言ってもある種のエネルギー体、同種のエネルギーで攻撃すれば効果は有るという事か」

「元から姿形の無い者相手の商売だ」

「確かに」


 攻撃が効かない相手では無い事を悟ったイーシャがあるプロテクトを外すためにキーボードをタイプし始め、空は残った呪符をまとめて取り出し、敬一は己の血で梵字を刻んだそはや丸を手に、詠唱を始める。


『短期決戦、他に手は無い。現状での処理が不可能なら、衛星砲による絨毯砲撃を行う』

『陸! この島を跡形も無くするつもりか! 幾らお前でも告訴するぞ!』

『それも違うんじゃねえか? でも一応ここは十課の関連施設みたいなモンだから、それは勘弁してほしいんだが………』


 陸のとんでもない提案に綾と尚継が反論するが、現場にいる人間は誰もそこまで聞いていなかった。


(風よ!)


 マリーの呼び出した風の精霊が、複数の集束された小型の竜巻の槍と化して生きる炎へと突き刺さる。


「効くか!」

(集って!)


 実体の無い炎は竜巻の槍を簡単に貫かせるが、そこで竜巻の槍はさらに集束、小規模ながら本物の竜巻と化す。


(弾けて!)


 更にその竜巻が突如として破裂、生ける炎は大きく弾け飛ばされそうになる。


「この程度で…」


 一度勢いを失いかけた生ける炎が、再度集って勢いを増していく。

 だが、強まる火勢が周辺にある物を照らし出した。


「これは!?」


 残った木々の間に双縄鏢のワイヤーが張り巡らされ、そこに無数の呪符が縫い止められている。


「雷気、氷気、爆気を持ちて汝が在を禁ず! 急々如律令! 勅!」


 口訣と共に呪符が一斉に発動、無数の雷、氷、爆発が生ける炎へと襲い掛かる、


「舐めるなあぁぁ!」


 生ける炎は一気にその火勢を増し、業火その物となって遅い来る呪符の攻撃を飲み込み、蒸発させていく。


「CALL」


 イーシャがそこに短縮登録しておいたマーティーを召喚させ攻撃するが、それもまた荒れ狂う業火に飲み込まれて消える。


(まずい、《D》のプロテクト解除にはもう少しかかる………)


 両腕のキーボードを目まぐるしくタイプしながら、イーシャは自分の脳内HiRAMユニットに厳重に封印されている、切り札のプロテクトを解いていく。


「祖は鋼、祖は御魂、総じて刃とならん。しばし我が命にてその御魂現さん。オン キリキリ オン キリキリ…」


 向こうでは敬一が攻撃に加わらず、一心不乱に詠唱を続けている。


(あの術式、アレを使うのか!)


 その術式に見覚えがあったイーシャは、時間を稼ぐべく、プロテクトの解除作業と並列して、呼べる限りのマーティーを呼び出していく。


「天空に在りし神の座の左に在なす北の大天使ガブリエルよ! その御手に掲げし聖斧を持ちて、我が前に在りし邪悪なる魂討ち滅ぼさん事を!」

「宝技・《麒麟角きりんかく》!」


 瑠璃香の放つ《ガブリエルの斧》の斬撃波と、由奈の放つ霊体化した拳を巨大化させて叩き込む、双方下手な相手なら一撃で倒せる大技を生ける炎へと叩き込むが、炎は僅かにその火勢を揺らがせるだけだった。


「結構効くな………だがそれだけだ」

「なんて野郎だ……もっとデカいのが必要か?」

「あちらで準備しているみたいです」


 お互い背中を合わせる形に(身長差があるが)なった瑠璃香と由奈が、それぞれ詠唱を続ける敬一と凄まじい速度でキーボードを叩いているイーシャを見る。


「仕方ねえ、もう少し時間稼ぐか」

「厳しいですけれどね………」

「その必要はねえぜ………みんな燃えちまうんだからな!!」


 そう言い放つや否や、周辺が一気に紅蓮の色に染まる。

 突如として増した火勢が、ドームのように上空で広がり、逃げ場の無い程に覆い尽くす。


「やべ………」

「島ごと焼き尽くすつもりか!」

「させない…」


 迫り来る炎の天蓋に、マリーがありったけの精霊を駆使して阻もうとするが、そこへ突然周囲の海から無数の水流が渦となって炎の天蓋へと激突していく。


「これは………」

「私じゃないわ!」

巳津留みつる様です!」




「上が随分と騒がしいようだの………」


 祠の奥で、今まで非干渉だった半人半蛇の氏神は、社を抱きながら上の方を見つめる。


「ふふ、これは御神渡の筋までいるではないか。まるであの時そのままじゃ、懐かしいの………」


 そう呟きながら、巳津留は低く笑いつつ蛇身の尾を社周辺の池へと浸し、己の力を送り続ける。


「力を見せてみよ、破邪の末達よ。この闘いが終わった時、新たな時代が訪れるやもしれん………」




「気利くじゃねえか」


 瑠璃香が思わず呟く中、すさまじいまでの水流が、炎の天蓋を押し返していく。

 のみならず、宙に舞った水滴がそのままその場にいた者達を周囲を漂い始め、炎から身を守り始めた。


「なんだぁこれは!!」


 持てる限りの力で焼き尽くすつもりだった生ける炎が、思わぬ加勢に絶叫しながら、なんとか押し返そうとするが、火と水の力は完全に拮抗している。

 それは、反撃態勢を整えるには十分過ぎる援護だった。


「臨!兵!闘!者!皆!陣!列!在!前!土気から生じ、火気から変じ、水気にて磨かれし刃よ! 我が前にその御魂を現せ!」


 一番最初に反撃に転じたのは、一心不乱に詠唱を続けていた敬一だった。

 手にした御神渡家伝来の宝刀・そはや丸から光が溢れ出し、溢れ出した光は形となっていく。


「御神渡流陰陽術奥義、《剣神招来!》」


 光は神代の戦装束をまとった剣士の姿となり、そして敬一の体を覆うようにして一体化していく。


「はは、ぶっつけ本番でも案外うまくいくモンだな………」


 刀の魂を呼び出し、それと完全に融合する奥義を発動させた敬一が、手にしたそはや丸を構え直す。


「キラキラしやがって! まずは手前からだ!」


 水流が消え、余波が雨となって降り注ぐ中、一筋の業火となって生ける炎が敬一へと襲い掛かる。


「はああぁぁぁ!!」


 すれ違い様、敬一は気合と共に白刃を無数に振るう。


「光背一刀流、《光乱舞》」

「ぎゃああああぁぁ!」


 形の無い炎が、斬り刻まれるという予想だにしなかった攻撃に、絶叫を上げる。


「一白、二黒、三碧、四緑、五黄、六白、七赤、八白、九紫!」


 生ける炎の動きが鈍った隙に、空が九宮に応じた七色の呪符を投じ、呪符は三列×三列の方陣を形成する。


「九宮を方陣と成し、汝が在を封ず! 急々如律令! 勅!」


 空は手印を素早く組みながら口訣を唱え、最後に指を突き出すと呪符は七色の光の檻となって生ける炎を呪縛する。


「くそぉ、こんな物…」

「アーメン!」

「はあっ!」


 呪縛から逃れようともがく生ける炎に、瑠璃香と由奈の拳が同時に叩き込まれる。


「その程度!」

「ちいっ!」「くっ!」


 生ける炎は呪縛されながらも、火勢を増して二人を弾き飛ばし、巳津留の加護をも吹き飛ばしかける。


「なら、もっとだ! 主よ、汝全ての罪背負いし時の戒め、我に表し聖なる血潮流さん事を!」

「伍式・仏身 奥義《天宇受売あめのうずめ》!」


 瑠璃香が聖句の詠唱すると、両手と両足、そして頭部に聖痕が顕現して鮮血が流れ出し、由奈が呼吸を整えながら拍手を二回打つと、その全身が透き通ったエネルギー体へと変化していく。


「行くぜ!」「ええ!」

「燃やしてやる!」


 更に火勢を増そうとする生ける炎に向かって、まずは瑠璃香が大きく一歩を踏み込み、全身の筋力を拳一点に集中させた寸打を叩き込む。


「がっ…」

「鬼殺威流《訃砲》!」


 続けて由奈が大きく跳び上がったかと思うと、その小柄な体が回転を始め、回転の勢いを乗せた神器二本を同時に生ける炎へと叩きつける。


「ぐはっ!」

「弐式・闘技《旋月》!」


 肉弾攻撃が異様なまで効いてくる事に生ける炎が混乱している間にも、二人の攻撃は連続で叩き込まれる。


「鬼殺威流《鬼頭》!」

「壱式・闘技《崩岳ほうがく》!」


 渾身の頭突きと、両手を握り合わせて叩き落す技が同時に決まり、生ける炎の火勢が大きく揺らいでいく。


「この…」


 揺らいでもなお周囲を焦がさんばかりの火勢を前に、加護が薄れてあちこち火傷を負いながらも、二人の攻撃は止まらない。


「おらあぁ!」

「はああっ!」


 拳の連撃を二人は叩き込み、最後の同時の前蹴りが生ける炎へと突き刺さる。


「ふざけるなあぁ!」


 渾身の力を振り絞り、とうとう呪縛を解いた生ける炎は二人へと襲い掛かる。

 迫る炎に二人はそれぞれ左右で回し蹴りを叩きこもうとするが、生ける炎はそれを掻い潜る。


「そんな物。がはっ!?」


 だが掻い潜った直後、二人は回し蹴りの体勢のまま体を旋回、その勢いを乗せた裏拳を叩き込んでいた。


「鬼殺威流《仇返し》」

「弐式・闘技《追影撃ついえいげき》」


 全く同じ技をそれぞれ違う名で呼びながら、二人は左右へと跳ぶ。


「防げ、巻き込まれるぞ!」


 そこにイーシャが叫びながら、エンターキーをタイプする。


「SEAL PROTECT、A~D ALL RELEASE。FINAL CODE INPUT」


 最終解除信号を打ち込み、イーシャは正真正銘の奥の手を開放させる。


(何か来る! 土よ!)


 それがとんでもない物だと悟ったマリーがとっさにイーシャ以外の全員の周囲を土壁で覆い、防護する。


「CALL《D》!」


 イーシャは両腕のOIUユニットのディスプレイを生ける炎に突きつけるように向け、それを召喚。

 最初に聞こえたのは低い唸り声のような物、それはすぐに凄まじい咆哮と化し、同時にバーニング・トリガーの銃腕の砲撃にも勝るような業火が、ディスプレイから噴出される。


「うおお、すげえ!」

「なんだこいつは!」

「い、一体何を召喚したんですか!」

「知らないわよ!」


 土の防壁を貫けるような超高温の灼熱の業火に、皆が思わず悲鳴を上げる。

 だが、空だけは土の防壁越しに浄眼でその召喚された物を見透かしていた。


(あれは、龍か!)


 浄眼に映った物、OIUユニットのディスプレイからイーシャの身の丈よりも遥かに巨大なポリゴン構成された半透明のドラゴンの頭部が、その代名詞とも言える灼熱のブレスを生ける炎へと吐きつける。


(こんな物を己の中に封印しているのか。間違っても市街地では呼びだせん………)


 イーシャでも制御するのが精一杯の伝説上の幻獣の吐き出す灼熱のブレスは、やがて唐突に途切れる。


「Re・SEAL A~D ENTER」


 即座に再封印をかけるイーシャの前には、ブレスの吹き抜けた跡が、高温の轍となって残っているのみだった。


「や、やったか?」

「こんないいモン持ってんなら、もっと早く出せよ」

「物騒過ぎて使えるわけありません!」

「これ、直せるかしら?」


 高熱に耐え切った土の防壁が崩れ落ちる中、予想以上の光景に皆が口々にあれこれ言いつつ、周囲を探る。


「同じ炎とはいえ、オーラ量が違う。耐え切れたとは思えないが……」




「やったのか?」

『現在確認中です。周辺オーラの安定化まで、しばしお待ち下さい』


 デュポンのブリッジ内、あまりの業火に閃光遮断機能が働き、ようやく再度画面が表示されていく中、陸とLINAがサーチ作業に取り掛かる。


「とんでもない奥の手持ってやがったな、あのサイバー姉ちゃん」

「何が起こったのか全然分かりませんけど、神社の方は無事ですかね?」

「これは私でも処理しきれんぞ………」


 十課のメンバー達も惨状としか言いようの無い状況に、口々に苦言を漏らしていく。


「まだです! まだ相手は生きてます!」


 そこへ、由花の言葉がブリッジ内に響き渡る。


「なにぃ!? あんだけの攻撃食らって…」

『精密サーチ実行中! けどこれだけ周囲が不安定だとすぐには…』


 尚継が思わず叫び、LINAがなんとか相手の所在を掴もうとするが、簡単には見つからない。


「《LINA》、Sポッド射出。空、《赤滅《

せきめ》》抜刀及び使用許可」

『了解!』


 陸は即座に使う予定の無かったこちらの切り札の使用を決断、現場に向かって小さなポッドが発射された。




「まだ生きてるだぁ!?」

「どこに…」


 由花の通信が聞こえ、全員が一斉に周囲を見渡す。

 そこで、上空のダイダロスと、隠れていた二匹の霊犬が同時に虚空の一点へと向かって鳴いた。


「あれか」


 そこにある、小さな火花のような物を空は浄眼で見据える。

 一見すると先程のブレスの残り火のようにも見えたが、それはいつまで経っても消えずに虚空に浮かび続けている。


「燃やすもやすモヤス………」


 その火花から、小さいが確かな呪詛が響いてきたかと思うと、突如として猛烈に燃え上がる。


「モエロ、スベテ!!」


 炎が燃え上がりながら形を取ろうとしていく中、全員再度構える。


「ちっ、そぞろ限界…」


 剣神招来の効果が薄れてきてる事を悟った敬一が、残った力で白刃を縦横に振るい、早九字を描いていく。


「臨!兵!闘!者!皆!陣!列!在!前! オン!」

「ガッ!?」

「すんません、後頼ンます………」


 僅かだが相手の動きを封じた所で、剣神招来が解け、敬一がその場に膝を着く。


「十分だ」


 それに応じるように空は素早く指笛を吹き、ダイダロスを呼び寄せながら、こちらに向かってきてるポッドを遠目に確認していた。


「あれは………」


 イーシャもそれに気付き、目前まで迫ったポッドは逆噴射、速度を減速させながら分解してその中身を露にした。


「刀?」


 それが、赤黒い色に染め上げられた柄を持つ、一振りの日本刀だと由奈も気付くが、空は呼び寄せたダイダロスへと向かって跳び上がり、ダイダロスの背で再度跳ね上がると、飛来した刀を掴んだ。


「やべ、堪えろ!」

「使わないって言ってたのに!」


 瑠璃香が叫びながら十字を切り、マリーが精霊を周囲に呼び寄せる。

 そして空は虚空でその刀を一気に抜き放った。

 すると、今まで何も感じなかった刀から、凄まじいまでの瘴気が噴き出した。


「妖刀!? しかもなんて禍々しい……」

「おっぷ」


 鞘から抜き放たれた諸刃の刃が、炎の照り返しで妖艶な光を放ち、力持つ者なら誰もが不快感を感じざるを得ない瘴気に、由奈は愕然とし、敬一は押し寄せる嘔吐感を堪える。


「こおぉぉ……」


 空は妖刀《赤滅》を手に呼気を整えながら空中で型を舞い、炎へと対峙する。


「モエロオオォォ!!」


 向かってくる炎に向かって空はありったけの気を込め、一気に突き刺した。

 業火と瘴気がぶつかり合い、周辺を余波が荒れ狂う。


(オーラレベル、マイナス・ランクA! 私の《D》に匹敵するな………)


 吹き荒れる熱気と瘴気の余波からプロテクトを施しつつ、イーシャは生ける炎と対峙する空を見た。


(これだけの使い手達ですら影響を受ける。使用してる当人はこれの比ではあるまい。守門博士が最後まであれを使わせなかったのはそのためか)


「こおおおぉぉ………」


 互いのエネルギーの影響か、空中で静止したような状態になった空が、気を込めたまま呼吸を通じて外気を導引、それを内気とし練り上げ、己の残った力を全て妖刀・赤滅へと送り込んだ。


「ちょ、やり過ぎ………」

「い、一体あの刀は…」


 更に凄まじさを増す瘴気に、皆がたじろぐ中、荒れ狂う業火の中に刀身が深く突き刺さっていき、吹き荒れる瘴気が業火の中へと潜り込んでいく。


「ゴ、オオオォォ………」


 炎は一瞬膨れ上がったかのように見えたが、送り込まれた瘴気に耐え切れず、一気に爆散、今度こそ完全に消滅した。

 空中から投げ出されるような形になった空は、何度か回転して体勢を整えながら、赤滅を鞘へと戻し、溢れ出ていた瘴気がウソのように掻き消える。


「これで、終わりました」


 いつの間にか、普段の穏やかな口調に戻った空がどこかから眼鏡を取り出し、それを掛けながら皆へと宣言。


「BATTLE END」


 続けてのイーシャの呟きが、激戦の終わりを告げた………


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