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ξ CROSS to cross


 鈍い音を立てて、拳と拳が激突する。

 生身の拳同士がぶつかったとは思えない、重い音が路地裏に響き渡った。


「やるじゃねえか……」

「……あなたも」


 拳を突き出した体勢のまま、音の発生源となった二人が互いの顔を覗き込んで相対する。

 一人は、深い藍色を基調とした半袖のジャケットを着込み、大胆過ぎるスリットの入ったスカートを履いた長い黒髪の若い女性。

 ジャケットの下の黒いボディスーツの胸元には古びたロザリオを吊るし、その下にはスーツ越しにも分かる豊満な体をしているが、美しいとも言えるその顔には、不敵と無邪気の混じった、楽しげな笑みが浮かんでいた。

 そしてもう一人、こちらも女性だった。

 まるで対極のように白地の小袖を着込み、緋袴の下から脛当てと一体化した脚絆きゃはんを履いた足が地を踏みしめている。

 こちらも長い黒髪の先端を白地の布でまとめた、風変わりな巫女装束姿の女性は、相対する女性と比べて頭一つ分以上も背が小さい。

 中学生と言っても過言ではない背丈の女性の顔には凛とした鋭さが宿り、生真面目な瞳が相手を見据えていた。

 何から何まで、完全に対極としか言いようのない二人の女性の相対は、互いに突き出したままの拳のせめぎ合いとして続いていた。

 互いの拳には光がまとい、接触面には激しい閃光が断続的に走る。


「あたいの聖痕拳にタメはるとは……」

宝技ほうぎ砕玉さいぎょくと互角の拳……」


 お互いに得意とする技が拮抗する状況に、驚きと共に心身に衝撃が走る。

 ジャケット姿の女性の突き出した拳には、かつてキリストが受けた罪の証とされる聖痕から流れ出す血が拳を伝って力となり、巫女装束の女性の拳には更なる光が宿っていく。

 だが拮抗はいきなり破られた。

 ジャケット姿の女性が、拳を突き合わせたまま強引に、それを下へと振るう。

 力が篭ったままの拳は双方、吊られて外れたかと思った瞬間、血が滴る拳が解かれて蛇のように小袖の拳に絡みつく。

 そのまま相手の手首を掴むと、急激的に腕が戻される。

 絡み付いた腕が解けていくと、それはそのまま相手の腕を捻りつつ関節を決めていた。

 ジャケット姿の女性の顔に笑みが浮かぶ。

 そのままさらに捻りを加えて完全に巫女装束の女性の腕の関節を決めようとした時だった。

 突然、巫女装束の姿が掴まれていた腕を軸に旋回する。

 小柄な体が風車のように回り、それに応じて腕の関節技が解けていく。

 旋回はなおも止まらず、今度はジャケット姿の女性の手首を掴み、こちらが関節を決めていく。


「ちいっ!!」

「くっ!」


 腕を持っていかれると悟ったジャケット姿の女性は、力任せに己の腕ごと相手を地面へと叩きつける。

 衝撃で掴んでいた手が解け、互いにそのまま一気に後ろに飛び退って距離を取る。


「とんでもねえ奴だな………そんなデタラメな関節技初めてだ」

「弐式・闘技《旋風つむじ絡み》、外したのはあなたが初めてです」


 ジャケット姿の女性が捻られた腕の具合を確かめつつ呟き、巫女装束の姿の女性が腕を気にしつつ構える。

 右足を前に軽く突き出しやや半身を引いた状態で肘から曲げた右腕を縦に、それに交差させるように同じく肘から曲げた左腕を横にして十字を描くように己の体の前に構える、変わった構えにジャケット姿の女性の顔が驚きの色に変わった。


「てめえ、どこでそれを……」

「先祖から受け継いできた、決意きめい神闘術しんとうじゅつの基礎構えですが?」

「そいつは奇遇だな」


 そういったジャケット姿の女性が、同じく半身を引いた状態でまったく同じ構えを取る。


「あたいのこれも、家に代々伝わるって奴だ」

「! 流派は?」

鬼殺威きさい流古柔術、もっとも後半は爺さんが勝手に付けたらしいけどな」


 何の偶然か、まったく同じ構えを取る二人の女性の間に、先程にも増した緊張感と闘気が張り詰めていく。


「あなたの、名は?」

「瑠璃香、アドル・バトルスタッフ、《ダーティエンジェル》の十字架とじか 瑠璃香だ」

「私はSシティ警察捜査十課所属、伍色いつしき家現当主 伍色 由奈ゆなと申します」


 こちらの問いに答えてくれた礼か、巫女装束の女性も名乗る。


「ふ~ん、あんたがそうか。強いって話は聞いてる」

「あなたこそ何者ですか? それ程の力を持っている者が、名が通っていないとはとても思えません」

「こっちの連中は秘密主義なんだよ。そっちもだろ?」

「ええ……」


 構えたまま、互いに動かずに相手を探る。

 だが、そこでジャケット姿の女性―瑠璃香の顔に再度笑みが浮かぶ。


「もっともそんなのあたいにはどうでもいい。ケンカにゃ能書きなんざ邪魔だし」

「ケンカ? あなたはこれをケンカと言うのですか?」


 巫女装束の女性―由奈が僅かに目じりを上げて微かな怒りを混めて問い質す。


「ああ、だから構えがどうこう言うのもどうでもいい。なぜなら、強え方が本物って事だ!」


 構えたまま、瑠璃香が一気に歩を踏み込む。

 それに応じるように、由奈が構えたまま手首を伸ばすと、袖の下から木製のトンファーが飛び出してその手に掴まれる。


「やっぱ得物隠してやがったな!」

「ここは、通させてもらいます!」


 二人の女性が、再度激突した…………




この戦いから20時間前


「四国《Sシティ》?」


 アドル本部の会議室で提示された場所に、その場にいた者達が皆疑問を持って聞いた。


「なんでまたそんな所に?」

「そもそも、アドルの管轄はMシティ管内だけじゃないんですか?」


 長いウェーブの掛かった金髪を持った若い女性―バトルスタッフの一人、《サイレント・ネィチャー》のコードネームを持つ精霊使い、マテリア・イデリュースことマリーの問いに、眼鏡を掛け優しげな顔をしたやや背の高い男性―バトルスタッフの一人、《イーグル オブ ウインドのコードネームを持つ拳法の達人にして霊幻道士の守門もりかど 空が更なる疑問を追加する。


「順を追って説明する」


 会議室の一番前にいた2m近い身長に筋肉質な体を白衣に包み、顔には野生と知性を兼ね備えた独特の雰囲気を持った者、アドル副総帥にして、直接戦闘部署であるバトル、科学解析 部門であるサイエンスの両スタッフチーフを勤め、その驚異的な頭脳と非常識過ぎる行動から《史上最強のマッド・サイエンティスト》の異名を取る異才、空の兄でもある守門 陸が会議室の大型ディスプレイに幾つかの画像を表示させていく。


「今から三日前、Sシティのある開発工事区域の古い社を取り壊した際、奇妙な物が見つかった。それがこれだ」


 表示された、ひどく錆びた細長い物に、全員が首を傾げる。


「なんだそりゃ?」

「ひょっとして………火縄銃?」


 後ろの方でそれを見ていた瑠璃香が首を傾げた所で、会議場でも愛刀を手放さない二十歳くらいのちと軽そうな青年―バトルスタッフ研修生にして退魔用剣術 光背一刀流を修める修行中の陰陽師―御神渡おみわたり 敬一がおおよその見当をつける。


「確かに、どうやら何かの儀礼用に用いられていた火縄銃らしい。祭っていたのか封じていたのか、社が完全に破壊された現状では調べようも無かったが、出てきたこいつは詳細分析のためにある研究所に持ち込まれた。で、その研究所の一時間前の様子がこれだ」


 大型ディスプレイに、大きく破壊された建物の姿が表示される。


「これって………テロ?」

「内部からの爆発ですね……でもどこかおかしいような?」


 マリーがまじまじと画面を見詰めるが、空はその破壊の傷跡の違和感に気付く。


「当初はその可能性も考えられたが、現場調査の結果は爆発物の類は発見されなかった。なにより、爆発物なら付き物の延焼の痕跡一つ無い。つまり、これは爆発じゃあない」

「ちょ、ちょっと待った。じゃあ……」

「たまたまその研究所に、杉本財団の研究員がいてな。その謎の屑鉄の解析に関わっていた。一命を取り留めたそいつからの連絡でな、屑鉄の超音波スキャンの最中、いきなりその火縄銃だった物が暴発したって言う話だ」

「おい待てよ、そんなボロが暴発なんて…」

「考えられる可能性はただ一つ、こいつは何らかの魔術武器だ。しかも相当危険な」


 敬一と瑠璃香の疑問に次々答えた陸に、その場がざわつき始める。


「そういう事で、オレ達の目的はこの物騒な代物の入手、もしくは破壊だ。どうせならそのまま地面で腐ってた方が問題も無かったんだろうがな」

「陸さん、でもSシティは陰陽寮の管轄っすよ。しかも、場所的にもっとマズイっす………」

「だろうな」


 敬一が顔をしかめ、陸も幾分顔色を曇らせる。


「状況的にも、場所的にも絡んでくるだろう。瀬戸内の伍色家がな」

「誰だそりゃ?」

「ああ、瑠璃香さんは聞いた事無かったですか。ボクも名前くらいで……」

「瀬戸内の伍色家、国内でも有名な退魔の一族。かなり変わった退魔術を用い、外様だけど陰陽寮でも独自行動が容認されている超実力主義の一族。オヤジはそれなりに付き合いあったらしいっすけど………」


 空が思い出そうとした事を、敬一が代弁していく。


「オレも詳しい情報は無い。徳治さんは義理の都合でとか言って詳細は教えてくれなかったからな。僅かな情報によれば、Sシティにもかなり小規模ながら、こちらと似たような組織があり、そこに現当主が所属しているらしい。名は伍色 由奈、国内の退魔士でも屈指の実力者だそうだ」

「へえ、強えのか………」


 ぼそりと呟いた瑠璃香の方を皆が思わず見た所で、その先に浮かぶ楽しげな笑みを見つけてしまう。


「瑠璃香、何かヤバイ事考えてない?」

「何がだよ?」

「考えてる! 絶対やばい事考えてる!」

「交渉いかんでは、十分こちらと協力体制が取れるはずだ。だから間違っても本気で戦おうなんて思うなよ」

「いかん、だろ?」


 瑠璃香の顔から消えない笑みに、陸はそれ以上言葉を続けるのを断念する。


「すいません! 遅れました………」


 そこへ、会議室に小柄のいかにも気弱そうな少女―特殊能力サポート部門であるアビリティスタッフの一人、時空透視能力者である羽霧はぎり 由花ゆかが飛び込んでくる。


「あ、あの……」

「詳細はあとで教える。ちょっと遠出になるが、出発は30分後。総員準戦闘体勢を準備。それとこちらは未確認情報だが、この屑鉄を求めている組織が他にも存在するらしい」

「え?」

「こんな物騒な物、一体誰が………」




同時刻 関西・Nシティ


 日が没し始め、薄暗闇の中に大型ヘリの巻き起こすローター音の下、グレーのボディスーツに身を包み、タクティカルベストを羽織って戦闘準備を整えた者達が次々とハッチの中へと乗り込んでいく。

 一見すると警察か軍隊の機動部隊のようにも見えるが、その者達の手には銃火器の類は握られておらず、何割かが手にロッドや錫杖、儀礼道具らしき物を持っている。


「ええな? 無理すんじゃないで?」


 20代半ばくらいの薄汚れた白衣姿でメガネを掛けた化粧っ気の無い女性が、かなりイントネーションの強い関西弁で皆に声をかけていく。


「まったく、なんでまたSシティまで出ばらなあかんね……」

「上からの命令だ。商売っ気の強い奴らだからな」


 白衣の女性の後ろから、一人の女性が現れて声を掛ける。


「言うてもな……」


 白衣の女性はボヤきながらそちらへと振り向く。

 そこに立っていたのは、薄暗闇の中でもなお目立つ、アルピノの女性だった。

 周囲のビル郡よりもなお高いビルの屋上ヘリポートへと差し込むビルの明かりにほのかに照らされ、純白の肌と抜けるように白い髪が浮かび上がる。

 それに対するかのように真紅の瞳と同色の薄い唇が、薄暗闇の中に一層栄えていた。

 落ち着きと冷静さを持ち、精巧な人形にも例えられそうな顔のアルピノ女性が、その顔を僅かに曇らせる。

 その体は他の者と違う銀色のボディスーツが覆い、均整の取れたボディラインを露にしている。

 上に上着代わりにもならないような丈の短いクリーム色のコートを羽織っていたが、僅かに身を捻った時に首筋にある物が光った。

 普通の人間にはまず有り得ない物、複数のコネクト端子が彼女の首筋に並んでいた。

 知識がある人間が見れば、それが人の頭脳を直接電子接続する、特殊な改造を施されたコネクタだという事が分かっただろうが、実際に行った者がほとんどいない改造の上、アルピノの肌に並ぶそれは不可思議な存在として異様を放っていた。


「ユリはやはり逃げたか……」

「行き先が故郷だと分かった時点で会議室からばっくれよったからな。よっぽど姉ちゃんに会いたくないらしいで」

「ルイスとも連絡が取れないが、こちらはいつもの事か」

「そやな……おっと、ほい調整済んでるで」


 白衣の女性が、大き目のアタッシュケースをアルピノの女性に手渡す。

 アルピノの女性はそれを受け取ると、アタッシュケースの電子ロックに目を移す。

 不意に、その紅瞳がまるでPCのランプがごとく何度か明滅し、それに応じるようにアタッシュケースが開く。

 ゆっくりと開いていくアタッシュケースの中には、奇妙な物があった。

 一見すればそれは甲冑の篭手のようにも見えるが、片面にディスプレイが、反対には旧式のボタンタイプキーボードが並んでいる。

 アルピノ女性はアタッシュケースを地面に置くと、左右一組でそろえられたその奇妙な物を取り出し、己の腕にセットしていく。

 オーダーメイドで完全フィットするように造られたそれを両腕にセットすると、今度は付随のHDユニットを腰にセットし、最後は顔の上半分を完全に覆うバイザー型HMDヘッドマウントディスプレイを被る。

 そしてそれらからのコードを首筋のコネクタへと繋ぐと、アルピノ女性が小さく呟く。


「LINK」


 ボイスと並列して脳内のHiRAMユニットからのコマンドが入力され、全てのシステムが機動。

 紅瞳が激しく明滅し、全ユニットのシステムがチェックされていく。

 チェックが終わると、アルピノ女性は両腕を自分の胸の前で上下の段になるように構える。

 腕の表にディスプレイ部分が、裏にキーボード部分が当たるように装備されたOIU(出力入力一体型)ユニットを、細い指がそれぞれ相対するユニットのキーボードをすさまじい速度でタイプしていく。

 最後に同時にエンターキーが叩かれると、HMD内に無数のプログラム列が高速で流れていく。


「大丈夫だな。急がせて悪かったな」

「別に構わんわ、こっちはそれで給料もろとる事やし」


 白衣の女性が頭をかきながら笑みを浮かべる。

 アルピノ女性もそれに吊られて、小さく笑みを浮かべた。


「では行ってくる。何かあったら非常コードでユリとルイスに任せてくれ」

「ユリならそっちは大丈夫やろけど、ルイスはどうかな………」

「行ってくる」

「無理せん程度にな~」


 アルピノ女性が乗り込んだ所で、大型ヘリが中へと舞い上がる。

 ある程度の高度まで上がると、大型ヘリは一気に加速してビルから飛び去っていった。


「にしても、NシティからわざわざSシティまで出張とはな……嫌な予感がするで」


 白衣女性の呟きが、静かになったビルの屋上を吹く風にまぎれて響いていった。




それより19時間後


 一台の覆面パトカーが、検挙速度ギリギリの速度で疾走していた。


「ったく、なんでわざわざ京都くんだりまで行かなきゃならんのだか……」


 ハンドルを握る、少しよれたスーツを着た中年男性がグチをこぼしつつ、運転を始めて何本目になるか分からないタバコを口に咥える。


「オレもそう思いますけどね。ただ、不用意に扱うと何が起きるか分からない代物では………」


 隣の助手席で、こちらは同じくらいによれた白衣をまとった若い男性が同意しつつ、その膝の上に載せられた、やけに細長いアタッシュケースを見る。

 一見するとそれは楽器か何かでも入れてそうなケースだったが、外装をチタン材で覆い、更に鍵部分の両脇に何か呪文が刻まれた御札で封印がなされていた。


「課長の指示ですし、私もこれは私達の手には余る代物だと思います」


 助手席の背後、こちらはやけに背の低い、しかも白地の小袖に緋袴という巫女装束の女性が凛とした声で主張する。


「私もだ。法律上はいかな危険物にも該当しないが、あの爆発事故の原因がそれなら、それは爆発物の所持よりも遥かに危険だろう」


 運転席の後ろ、スーツ姿のいかにも知的なクールさをまとった、めがねの女性も賛同する。


「やれやれ、女性陣は課長派か」

「個人的にも調べてみたいんですがね……」

「ダメです! これは陰陽寮の本部に封印してもらいます! それに、あそこになら何か資料が残ってるかもしれません」

「そうできればいいのだがな」


 強い口調で断言する巫女の女性、由奈にスーツ姿の女性が顔を険しくする。


「まだ通じないそうだな」

「ええ、何べんも掛けてるんですが……」


 巫女の女性が、懐からずいぶんと旧式に見える携帯電話を取り出し、登録してある番号に掛けるが、不通の音が鳴るだけだった。


「おかしいよな、どんな通信手段でも通じないなんて」

「何かあったとか?」

「それなら、他の組織も動くはずです。何より、今本部には陰陽五家の四人の当主が全員詰めてますし」

「オレ、あのぼっちゃん苦手なんだよな。一回しかあった事無いけど」

「そりゃ、尚継さんとは正反対ですからね」

「お前ともだろ、敦」


 運転手をしていた男、尚継が白衣の男、敦に苦い視線を送る。


「陰陽師の総領、土御門家の当主か………どんな人なんだ?」

「あ、綾さんは会った事ありませんでしたね。すごい優秀な方ですよ」


 スーツの女性、綾の問いに巫女の女性―由奈が答える。


「家柄もいい、陰陽師としても強い、何より頭も切れる。ちょっと固過ぎるけどな」

「ちょっとじゃないですよ、あの人………」

「あれは敦さんが悪いんですよ。すごくプライドが高い方ですからね………」


 前に一度綾以外の面子で会った時、激しい口論になった事を思い出しながら苦笑した時だった。


「所で、気付いてるか?」

「ええ」

「何が?」

「……この直線、こんなに長くなかったはず」


 いつの間にか、周囲を走っていたはずの他の車が一台も見当たらず、しかも走っても走っても信号一つ見あたらない。


「前もあったな、こんな事」

「はい、けどこれは少し違います。これは八問遁甲ですね」

「こ、攻撃!?」

「のようだ」


 車内の四人が、一斉に緊張する。


「いえ、その気になればとうの昔に攻撃されてます。相手はその気が無いみたいです。まだ」

「まだ、か。多分あいつらか」


 尚継が車の速度をゆるめて停車させる。

 その10m程前に、二つの影があった。

 一人は長身の温和そうな顔に眼鏡をかけ、深い藍色のジャケットを着た若い男、もう一人は見るも物騒な武装付きのバイクに乗ったメットを被り、同じ色合いのジャケットを着た女性だった。


「おいおい、道の真ん中で立ってたら危ないぞ」

「そうですね。けど、ここには他に車は来ませんよ」


 ゆっくりと車から降りながら、尚継が声を掛けると、男が笑みを浮かべながら答える。

 まるで敵意の無いその態度に、尚継はむしろ警戒を高めつつ、そっとホルスターに手を伸ばしながら続ける。


「それでも道交法的に問題だ。走行妨害だぞ」

「いいじゃねえか、どうせポリもこねえだろ」


 今度はメットの下から、若い女性の声が響く。


「いるんだけど、ここに」

「ああ、そうなんですか」


 車に乗ったまま、敦が尚継を指差し、男が少し困った顔をする。


「ならば別に問う。先程からこちらに妨害工作をしているのは君達か?」


 車から降りた綾が鋭く問う。


「この結界ですか? それならそうです。他の人に迷惑をかける訳にもいけませんしね」

「通信の妨害も?」


 続けての綾の問いに、男は首を捻って隣のメット姿の女性と互いに顔を向けて再度首を傾げる。


「そんな事聞いてます?」

「いんや」

「ですよね? う~ん」


 腕を組んで悩み始めた男に、ゆっくりと臨戦態勢を整えながら降りた由奈が、鋭い視線を向ける。


「ならば問います。あなた方の目的は?」

「それは…」

「あんたらが持ってる物騒なブツ、奪うか壊すかしろって言われててな」


 男が言うより早く、メット姿の女性が言い放つ。

 その言葉に、敦が緊張してアタッシュケースを強く抱きかかえた。


「あの、出来れば手荒な事はしたくないというか、するなと言われてるんで」

「いいじゃねえか。なんならこいつら全員のしちまえば」

「ちょっ……だから」


 明らかに好戦的な女性の言葉に、男の方が慌ててその首根っこを掴んで向こうを向かせ、小声で何かを言い争っていた。


「なんなんだこいつら………」

「気をつけてください。あの二人、相当強いです」


 対処に困る尚継だったが、由奈の言葉に緊張を強くする。


「え~と、何か連絡来てませんか?」

「どこから?」

「あれ? おかしいな………」

「そろそろ行っていいか? でないと公務執行妨害でパクるぞ」

「あたいの前を通れる自信があるならな」

『ちょっと待て!』


 バイクの方から、違う男性の声が響く。


『任務を忘れるな!』

「面倒くせえな、だからとっとと全員潰して…」

「だから違いますって!」


 すぐにでも戦闘に入れるように身構えようとする女性を、男が必死に抑える。

 そこに、乾いた銃声が響いた。

 そして続けて何かが路面に落ちる音が響く。


「ちっ………」

「あ、すいません! つい……」


 上空に向けて威嚇射撃をした尚継だったがその手から警察正式採用拳銃、ニューナンブは路面に落ちている。

 男は謝りながら、いつ投じたのか鋭い刃に極細のワイヤーが付いた武器を手元へと戻す。


「……なあ、見えたか」

「いや」

「ぜ、全然………」

「皆さんならそうでしょう……」


 由奈がゆっくりと、いつでも攻撃できるような足運びで前へと出る。


「縄鏢とは変わった武器を使うんですね」

「師匠から色々教わったんですが、これが一番使いやすかったんです」

「師匠の名は?」

「…………多分、言ったら絶対決裂しますから」


 由奈の問いに、男が心底困った顔で応対する。


「だからとっととやりゃいいんだよ」


 女性がメットを外し、それを投げ捨てる。

 メットの下には、いかにも好戦的な笑みを浮かべたかなり若い女性の顔があった。


「……どうしても渡していただけませんか?」

「残念だが、そちらの交渉に応じる要素が無い。何より、明確な敵対行為を行っている」

「あ、いやこれは条件反射というか、一応とっさに外したんですが」

「外さなかったら、どこを狙っていた」

「………言ったら絶対決裂かと」


 綾の質問に、男が更に困り果てる。


「つまり君は妨害のみならず、殺傷行為まで行使しようとした訳だな」

「あ、いやその………」

「だからとっとと」

『余計こじれるから黙ってろ!』


 しどろもどろになる男に、女性が嬉々として前にでようとするのを、バイクからの声が止める。


「気をつけて下さい。先程も見たように、もうあの人の攻撃範囲です」

「そのようだ。だがこれだけは通告する。この交渉は完全に決裂のようだ」

「あの………謝るのでどうにか」

「いいじゃねえかよ、別に」


 由奈の警告を聞きつつ、綾が交渉結果を告げる。


「やっぱり兄さんに任せるんだったかな……」

「どいてください。次はこちらも実力を行使します」

「いいねえ、じゃあこっちも」


 男が頭を抱え込む中、由奈が更に前へと出る。

 続けるように女性も前へと出るが、そこに小さな声が響いた。


「仕方ない、ようだな」


 頭を抱え込みながら、男がかけていた眼鏡を外すのが見えた。

 そして男の言葉が、途中からガラリと冷徹な雰囲気へと変わる。


「伏せて!」


 由奈が叫んだ次の瞬間、男は腰のホルスターから瞬時に複数の縄鏢、正確にはワイヤーの両端に刃の付いた双縄鏢を投じる。


「!」


 由奈が前へと出てそれを弾こうとするが、双縄鏢は突如として直線軌道から弧を描き、覆面パトカーに左右から迫る。


「おわっ!?」


 突然の事に声を上げた尚継の脇をすり抜け、双縄鏢の刃は覆面パトカーの左右のウインドゥガラスを突き破る。


「ひっ!」


 飛び散るガラス片に敦が思わず片手を上げた時、男は指に手を当てて甲高い指笛を吹いた。

 それに応じるように、上空から高速で迫る小さな影があった。

 影は瞬時に割れた窓から車内へと潜り込み、敦の手からアタッシュケースを奪い取って反対側の窓から飛び立つ。


「な、鷲!?」

「しまった、使い魔!」


 その影が、一羽の鷲だと由奈が気付いた時、迫る影があった。

 とっさに眼前で腕を交差させ、突き出された拳を受け止める。

 拳を突き出してきた女は、その顔に大きく笑みを浮かべた。


「悪いが、あんたの相手はあたいだぜ」

「くっ………」


 いつの間にか男の姿は消えうせ、アタッシュケースを掴んだ鷲の姿が遠ざかっていく。


「ふうぅ、はああ!」


 それを見た由奈は、大きく息をすると一気に拳ごと女を弾き飛ばす。


「ちっ!」

「四式・闘技『剣』!」


 そのまま後ろへと跳んで距離を取りつつ由奈は、懐から御札を数枚取り出し、それを上空へと投じると、拍手と共に叫ぶ。

 すると、御札は光の剣へと変じてそれぞれが一直線へと飛んでいき、外灯や路地、正確にはそこに張られていた呪符を貫く。

 貫かれた呪符が力を失って燃え尽きると、周囲に人の気配や騒音が戻ってくる。


「空の結界破りやがったか……」

「追ってください! こちらは、どうにかします!」

「頼むぞ!」

「返せ~!!」


 女がほくそえむ中、由奈の声に尚継が慌てて覆面パトに乗り込み、道を反転する。

 残った綾は、道の脇によけつつも携帯していた拳銃に手を伸ばす。


「手を出さないで下さい! 危険です!」

「雑魚は邪魔すんじゃねえ!」


 二つの声に、綾の手が止まる。


「じゃあ改めて始めようじゃねえか!」

「参ります!」


 声と同時に、二つの拳が同時に突き出された。




「ち、速ぇ……」

「忍者ですかあの人!」


 ようやく見える鷲とその真下をビルや建物の屋根を平然と渡っていく人影に、車でありながら追いつけるかどうかという速度に尚継と敦は絶句する。


「ヘリでも回してもらうか?」

「そんな予算あるかどうか……そもそも、追いついてもどうやって奪い返すか……」

「あの変な武器が届かない範囲から撃つか?」

「無理ですよ。さっきあの人、撃つかどうかの瞬間に攻撃してきたでしょ?」

「そういや……」

「おそらく、あれは銃声の前、トリガーを引く音に反応したんだと思います。卓越した兵士とかにはそういうのに敏感な人もいるって聞いた事が……」

「どこの生まれだあいつは!」


 悪態をついた尚継だったが、ふとそこで何かを感じる。


「何だこれは……何か来る!」

「今度は何が!?」



(追ってくるか……)


 背後から追尾してくる覆面パト、そこからこちらをじっと見ている二人の視線に気付きながら、男―空は会えて放置しておいた。

 もう直待機させておいた自分用のサポートマシン、ガルーダの場所まで辿り着く。

 あとはそのままガルーダに乗って立ち去ればいいだけ、のはずだった。


「!」


 眼鏡を外すと同時に、蒼く光り始めた右目、邪を見透かす浄眼が何かを捉え、思わず足が止まる。


「ダイダロス!」


 上空を飛んでいた相棒、大鷲のダイダロスに声をかけた時に、それは襲ってきた。

 翼の生えた小型の猿とも獣とも見える、異形の怪物が無数にこちらへと向かってくる。


「閉門にて閉ざす! 急々如律令!」


 とっさに空は腰から呪符を取り出し、間近にまで急降下してきたダイダロスごと結界を構築、襲ってきた怪物を阻んだ。


「SPACE DECISION、FIREWALL RANKE2」


 そこに突然女性の声が響き渡り、自分達の周囲を大型の結界で閉ざされた。


「………」


 使い魔らしき怪物で一瞬気を取られた隙に、完全に外界から隔絶された事に、容易ならざる相手の存在を感じた空は、油断無く周囲を見回す。


「おい、なんだこれ!」

「また結界!?」


 足元から結界内に入り込んでしまったらしい二人の声が聞こえてきたが、空の視線はそちらではなく、少し離れたビルの屋上にある人影へと向けられていた。


「RETURN」


 そこにいる人影は上へと手を伸ばして呟くと、その腕に嵌められた機械に怪物達が吸い込まれるようにして消えていく。

 そして怪物が完全に消えると、その人影、奇妙な装備を腕にした銀色のボディスーツに、頭部に大型HMDを装備した女性がゆっくりと手を降ろす。


「久しぶり、と言うべきか? もっとも前は一目だけだったが」


 その女性、イーシャの言葉に、空は無言でそちらを見詰める。


「目的は、言うまでもないだろう。それを渡してほしい」

「あれが何か分かっているのか?」

「詳細までは分からない。だが、こちらとしてはどうしてもそれが欲しい」

「こちらは破壊も考えている」

「それは困るな」


 イーシャが腕組みをするように見せかけながら、細い指が素早く腕のOIUユニットのキーボードをタイプする。


「《MACROPHAGE》GO」


 空の背後から、鋭い牙が無数に生えた口を持った巨大な半透明の地虫のような物が襲い掛かる。

 あらかじめ仕込んでおいたらしい敵襲に、空は慌てずに呪符を数枚取り出して地虫へと双縄鏢で突き刺した。


「火気によりて汝が在を禁ず! 急々如律令!」


 呪符が変じた炎が、地虫を焼き尽くそうとするが、途中で地虫が無数の光る極小のポリゴンに変じてイーシャのOIUユニットへと吸い込まれていく。


「なるほど、出来る」

「……そちらもな」

「話し合いで済みそうにも無い、と見ていいか」

「………」


 空が無言で呪符を取り出し、双縄鏢を構える。


「確かめさせてもらおう、そちらの実力を!」


 ビルの端から、イーシャが一気に跳び上がる。


「どうなってやがる!」


 尚継の声を開始の合図とするように、二人の術者が激突した………


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