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「はぁ…」
とため息を一つついて、コーヒーメーカーの電源を入れる。
真面目な仕事内容の書類に『コーヒーを入れる』と記載されていただけあって日に五回はコーヒーを入れる。今では目を閉じていても大丈夫だ。
今いる場所は事務所に備え付けられた給湯室。
壁紙がはがれて、コンクリートが見え始めている汚い場所だが、三ヶ月も通うと慣れ切ってしまった。
そして、朱夏さんと仕事をする(主にいじめられる)のにも慣れ始めている辺り人間の順応能力には脅かさせられる。
しかし、まだ自分の勤め先を聞かれるのには慣れていない。
いや、この先一生慣れれる訳がないのだ。
一見、やり手の女社長(女組長でもいいだろう)に見える朱夏さんの職業は、『心霊探偵』。
大学を辞めて、朱夏さんの事務所で働くと言ったときの両親の顔を今だに覚えている。勘当も当然だ。
だけど、自分がそこに就職しなければならない理由が確に存在するのも事実。
それは親がどうこう以上に自分を突き動かすものだ。
そんな風に考えにふけっていると、いつの間にかポットに黒い液体がたまっていた。
「はい、おまたせしました」
熱いコーヒーの入ったマグカップを朱夏さんに手渡す。
「ああ、すまない」
朱夏さんはこちらに目もくれず分厚い洋書の本を熱心に読みふけっている。
それは渡した資料ではない。何故なら僕はドイツ語なんかできないからだ。
「さっき渡した資料もう読んじゃったんですか?」
「あれなら読み終った」目線を洋書に落としたまま朱夏さんは答える。
その姿がもう何もいうことはないと言っている。
「それで、読んでわかったことはありますか?」
だが、敢えてここで聞いとかなければ
すると、じろりと鋭い目つきでこちらを睨んだ。
朱夏さんにとって睨むという行為は一般人の微笑みと同じ場面で使うのだろう。
「わかったことなんて何もないよ。情報だけで判断するのは急ぎすぎだ。…そうだな、夕方に一度行ってみようか」
久々の探偵らしい言葉に感動して、自分の机に戻ろうとすると、
「だが、私が行って解決できるかどうかはわからないぞ?そもそも、依頼主が解決ではなく調査とは…まあ行けばわかるか」
朱夏さんはアゴに手をあて、考えている。
考え事のときアゴに手をあてるのは朱夏さんの癖だ。
「解決じゃなくて調査の方が楽でいいんじゃないんですか?」
「それはそうなのだが、こういった類の依頼では不自然なんだ」
僕は首を傾げて、席に着いた。
もうすでに朱夏さんは周りが見えていない。
これ以上会話をしたら邪魔をすることになる。
それよりも今日中に片けなければならない書類がまだ残っていた。
この事務所は仕事がない割りに書類が多いのだ。
ふと、顔を上げるとまた洋書を読んでいる朱夏さんが見えた。
「えっ?」
「だから『四』という数字は昔どういうふうに思われてたかって知ってる?」
朱夏さんのバギーを運転していると朱夏さんが突然にたずねた。
あれから、三時間ほど経って空が薄オレンジ色に染まりだした頃に事務所を出た。
朱夏さんの事務所は町外れにあるために目的地の交差点まで四十分ほどかかる「えっと…不吉ですか?病院に四のつく病室はないですし」
「そう、四って数字は冥府されていた。そして、今日行く交差点は十字路。十字路の交差点は昔、四つ辻が交わる場所から四界、つまり死界にいけるとも考えられていた」
カチンとジッポの蓋をあけて、細長い煙草に火をつける。
「…ということはこれから行くところも…」
「ええ…死界に繋がるなんて可能性はかなり低いけどないとは言い切れない。昔といえどもなかなか馬鹿にはできない」
背中に寒気が走る。怖がりなのに毎回毎回こんな話をされるのは堪ったもんじゃない。
「死界ではなくとも場になりやすいことは確か…そういえば忘れていた」
急に朱夏さんはガサゴソと足元に置いてあった小さいアタッシュケースの中を物色して、ブレスレットを取り出した。
「場所についたら着けなさい」
僕の膝の上にそれを置いた。
「何ですか?それ」
「ルーン文字を施したお守りだ。そこいらの神社の御符より効く。今回が初めてだろ?現場に行くの」
何故だか、物凄い不安に襲われた。
区切りがめちゃくちゃですが、気にしないでやってください…