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「それで今月に入って2件目?」
パリっとしたワイシャツに黒のスボン。
そんな普通の格好がモデルめいたスタイルと顔立ちがあいまってファッションに昇華している。
数枚の資料をパラパラとめくりながら、呟くように言った。
「そうです。まだ今月に入ってたったの三日です。先月には8件。まったく同じ場所で起こるのは異常ですよ」
そう言って、さらに数枚の資料をデスクの上に置く。資料は木目の綺麗なデスクの上にカサっと乾いた音を立てた。
それにも目を走らせ、確認すると、朱夏さんは煙草の箱を取り出し火をつけた。
そして一息つくと、
「なるほど。なぜ、こんな依頼が飛び込んで来たのか、よくわかった。だけど、勘違いしていないか?私は坊主でも神主でもない」
じろり、と鋭すぎる眼光を放つ。前世は猛禽の類いだろう。いや、絶対かな。
かなり蹴落とされそうになるけど今回ばかりは、と強気にいく。
「わかっていますよ。でも一応、これは原因調査として依頼されています。所長にお祓いを依頼してるのではありません」
それを聞いて、朱夏さんは依頼内容の項目を見る。それを見て、確かに、と呟いた。
その言葉が少しだけ朱夏さんを丸め込んだような気を錯覚させる。
錯覚だけどいつも丸め込まれている者にとってはなかなか気分がよかった。
だが、一筋縄ではいかないのが朱夏さんが朱夏さんたる所以だ。
むしろ、億の縄があっても思い通りにはいかないだろう。
「原因調査なら警察の仕事じゃないか。私達の出る幕はないよ」
「所長…。ニュース見てないんですか?警察もまったくのお手上げ、ってメディアに叩かれまくってたじゃないですか…。見通しもよくて、到底こうも頻繁に事故を起こすような場所じゃないらしいですよ。今じゃ魔の交差点で有名なんですから」
「魔の交差点…か。まあ、あながち魔の交差点ってのも存在しない訳ではないがね」
ニヤリ、と朱夏さんは意地の悪い笑みを浮かべて、煙草の灰を灰皿に落とす。
この人は僕がそいう話が苦手だと承知していて、ワザと含みを持たせて言っているんだ。
確かに商売柄、そいう話は五万と転がっているのにもかかわらず、まだ怖いと感じてしまうこちらにも非はあるけど、人の嫌がることはするなって教えてもらったことがないのだろうか?
「そ、そうなんですか?」
ゴクリ、喉が鳴った。
「そうなんです。しかし、滅多と繋るものじゃあない。そもそも繋ったら繋ったで、事故どころの話ではないからね」
「は、は…。って話がそれちゃいましたけど、この依頼受けるんですか?」
強引に話をそらす。デットゾーンに突入する前に止めなければ。
珍しく朱夏さんもそれを気にしなかった。恐らくめんどくさくなったに違いあるまい。
「…あまり気乗りしないなぁ」
なぁ」
と、朱夏さんはキィキィ椅子を鳴かせて、不満そうに訴えてくる。
しかし、今日は引き下がれない。
朝起きて、ノートパソコンにEメールで入っていた依頼を見た瞬間、今回こそはハッキリ言ってやろうって決めたんだ。
そして、一度わからないぐらいの小さな深呼吸。
「またですか?気分の問題で済ませないで下さいっ!先月みたいに給料半分ってことになるじゃないですか。所長には社員の生活を守る義務があるんですから。今回はどんな依頼でも受けてもらいますよ」
デスクに身を乗り出す勢いでそう言い切った。
「あー。わかったわかった。だからそうがなるな。先立つものは金…か。仕方無い受けよう」
朱夏さんは両耳を塞ぎながらやはり不満そうに言う。
まあ、この人のスゴいところを目の当たりにした僕でもかなり役不足な依頼だと思う。
増して本人なら尚更。だが、背に腹は変えられない。
「仕方無くありません。当然です。というより、お金が悪いっ言い方はしないで下さい。全部所長が気分で依頼を受けるか受けないかを決めるから悪いんですよ。先月だって三件あった依頼の一つしか受けないんですから」
「今日はいつになく噛み付くね。ははん、さては副職の家庭教師のバイトで女の子に言い寄って振られたんだろ?」
朱夏さんはからかいの目に見てきた。
「どうしてそんなデタラメを言うんですか?違いますよ。生活費が足りないから親に借りたんです」いくらお金に困ってたとは言え、勘当同然で家から飛び出してきた身で実家に連絡をとるのは流石に落ち込んだ。
「あー。それは悪いことをしたな」
明らかに『つまらん』と書いている顔で言われても全く謝罪の気持などは伝わらない。
むしろ、この世界に朱夏さんが心から謝るという現象など皆無なのだろう。
「はぁ…本当に悪いっていう顔ぐらいして下さいよ…嘘でも」
「善処する」
即答だ。
「…もういいです。言うだけ無駄だってわかってるんです。それよりもちゃんとこの書類に全部目を通してくださいよ」
「だったら、コーヒーを淹れてくれ。
まだモーニングコーヒーを飲んでいない」
すでに時計は午後二時をまわっていた。
「わかりました。いつものブラックですね?」
「ああ。頼む」
コト、と音を鳴らして朱夏さん専用のマグカップが机に置かれた。