なんで私があなたの代わりに婚約破棄してこないといけないんですかっ!!
「あのさ、申し訳ないんだけど、君とは婚約破棄させてもらう」
くるっと彼がこちらを向く。
そして、「これでどうかな?」と私に聞いてきた。
「そんな感じでいいと思う!」
私は、ピカっと笑ってみせた。
「いや〜、緊張するな〜、」
彼には、婚約者がいる。
ビオレという名前の、貴族の女の子だ。
婚約者は貴族の出身で、親同士の約束で婚約することになっているらしい。
私は、彼女との面識というのはそこまで無いが、彼女は実に柔和な感じで、身分の低い私にも普通に接してくれる数少ない貴族だ。
私は、ただの彼の使用人だったのだが、まあずっと彼の部屋を掃除していたら、恋心が芽生えてしまったというか、それで、ベッドに無理やり押し倒して、
まあ、いわば彼の浮気相手というわけだ。
彼の婚約者に申し訳ない、という気持ちも微量あるのだが、だからといってこの私の恋心を止められるのか、と思う気持ちがその何倍も強い。
「明日、どんな感じで言うの?」
私は部屋にある椅子に浅く腰掛けて、足をぶらぶらとさせながら彼に聞いた。
「え、・・・まあ、皆の前で言うのもいいかなって思ったんだけど、でも恥ずかしいから、ビオレの部屋に行って直接言おうかなって思ってる」
「じゃあ、絶対にだよ!!絶対に、ちゃんと、完璧に破棄してきてよっ!」
私の恋が成就するためには、どう考えてもあのお姫様が邪魔なのだ。
可憐で、清楚で、可愛らしくて、誰にでも礼儀正しい。
逆に言えば、それが彼のビオレ様に対するちょっとした退屈につながったわけだ。
そこを狙ったら、まあ簡単に彼は私に飛びついてきた。
だから、これを逃すわけにはいかない。
「明日頑張ってくるから、キスしてよ〜」
彼がそういって、私に唇を突き出してくる。
私は、「恥ずかしいよ、」と部屋をくるくると見回しながら言ったのだが、彼が抱きついてきて「誰もいないんだし、いいじゃん」と言って、私にキスをしてきた。
まあ、私もそれを受け入れたが、彼が舌を入れてこようとしたので、さすがに、と思って彼を突き放してから、「それは、婚約破棄してからね」と言った。
そして、私は召使い用の狭い宿舎に戻って、就寝し、翌日。
私は、かなり緊張していた。
なんだか、見慣れたはずの廊下や天井、彼の部屋が青白く見える。
彼の部屋に行くと、彼も私と同じように、足をガタガタと震わせて、そして、歯をガチガチと鳴らしながら震えていた。
私は、彼に「あの、大丈夫なの?」と、自分自身の緊張を和らげる意味も含めて尋ねた。
「・・・・・行ってくるわ」
そういって、彼がビクビクと頼りなく立ち上がった。
「・・・俺、ちゃんとビオレに言ってくるから!!」
そういって、彼は部屋を出ていった。
私は、椅子に座って彼の帰りを待とうと思ったのだが、どうしても心配になってしまい、彼の後をつけることにした。
彼は、平衡感覚を半分ほど失ったみたいで、廊下をジグザグと移動していた。
時折、通り過ぎる人とぶつかりそうになったりしながら、ふらふらと、途中で何回も挫折しかけて、座り込んだりしていたが、普段なら歩いて5分もかからないビオレ様の部屋に、一時間ほどかかってようやくたどり着いた。
彼が、震える手で扉をコンコン、とノックしたのだが、実際にはふるえていたのでドラムロールのようにゴゴゴゴゴゴゴ、という音が扉の反対側に伝わっていたのだと思う。
彼があまりにも時間をかけるものだから、私の緊張なんてものはどこかに行ってしまった。
彼が部屋に入ったのを確認して、私は壁に耳を当てて、部屋の中で何が起きているか確かめることにした。
「あら、どうされたのですか?」
ビオレ様の声だ。
「そ、そそそそそその、俺、ビオレに言いたいことがあって、」
「あら、どうされましたの?」
頼む!!頑張って、ちゃんと勇気を出して、婚約破棄するんだ!!
「その、そそそ、こ、お、きょ、今日、いい天気だね!」
「ええ、そうですわね。おひさまも、こんなにさんさんと輝いていますわ」
ほんと、こんなしょうもないことにそんなに返してくれるなんて、ビオレ様凄すぎるよ。
「そそそそ、そうだね〜〜」
「それで、言わなくてはならないこととは、どのようなことなのでしょうか?今日は、私とお話をしに来てくださったのですか?」
「・・・お、俺、その、そ、そそそ、その、申し訳ないんだけど、」
行け!!
私は、心の中で彼に最大限の勇気を送った。
頼む!!
私は、あんたと婚約したいんだから!!
「お、ごん゙や゙ぐばぎじでぐれ゙ま゙ぜん゙がっ゙?!!!」
「え、・・・その、えっと、もう一度言ってもらってもいいですかね?その、聞き取れなかったもので、」
「その、その、・・・グスッ、そのぉ、コンヤクハキしてくれませんか?」
「子役?こやく、・・・こんにゃく巻き?ちょ、すいません、存じ上げなくて、・・・なんて言いましたか?」
「う、ううう、・・・グスッ、・・うぅ、」
「あ、ちょっと、すいません。え?その、落ち着いてくださいませ。ほら、泣かないで〜、」
私は無言のまま、扉の前でパンっと自分の額を叩いた。
ウソでしょ、
「も、・・・グスッ、ビオレの馬鹿っーー!!!」
「あ、ちょっと!!」
すると突然、扉がバンっと勢いよく開いて、彼が出てきて、そのまま走ってどこかへ行ってしまった。
それを追って、ビオレ様も部屋から出てきたので、私と彼女は鉢合わせしてしまった。
「あ、いらしてたのですか?その、さっき、」
「すいません。すぐ追いかけますので!!」
私はそういって、「失礼しました」と頭を下げてから、彼の後を追って走った。
□□□□
「ちょっと、どういうつもりなの?」
私が彼の部屋に戻ると、彼はベッドに倒れ込んで顔を枕に押し付けてシクシクと泣いていた。
「だっで、だって、・・・グスンッ、・・うわあああああ!!!俺、頑張って伝えたもん!!」
「は?!何言ってるの?あんた、ただ泣いて部屋から出てっただけじゃん!!信じられない!!」
彼が顔を上げた。鼻水と涙で、かなり汚れているが、彼はそんなことは気にせずに「え、なんで知ってるの?」なんて素っ頓狂なことを私に聞いてきた。
「・・・心配だったからついてったの!!でも、最悪!幻滅したわっ」
「だって、・・・俺、怖かったんだもん!!そんなこと言うなら、君がやってきてよっ!!」
「は?あんたじゃないと意味ないでしょうが!!ビオレ様と婚約してたのは、あんたなんだから!!」
「でも、ずるいよ!!俺の気持ちなんてなんにもわかってない!!俺、めっちゃ頑張ったもん!!」
そう言い終わると、彼はまた「うわあああ!!」と声を上げて泣き出した。
今までなら、「まあ、可愛いか」と思えていたかもしれないが、さすがにもうそんな気持ちは起きなかった。
「・・・はあ、いいわ。もう、別れましょう、私たち」
すると彼は涙と鼻水を手の平で拭ったあと、その手のまま私の肩をガチっと掴んで、「そ、それは酷いって」と私に言ってきた。
私は彼を思い切り蹴り飛ばす。
「うえ、」という情けない声を出して、彼は床に倒れ込んだ。
「ほんと、ここまで情けないやつだとは思わなかったわ。さようなら」
私はそういって、くるりと後ろを向いて、部屋から出ようとしたのだが、彼が私の足を掴んで「見捨てないで、」なんて情けないことを言ったものだから、私はその手を踏みつけて、彼の部屋から出た。
「ほんと、信じられないっ。馬鹿っ、・・・もう、・・・グスンッ、・・・ほんと、最悪、」
私は一人、廊下を突き進んでいった。
行くところは決まっている。
だって、あいつは婚約破棄しなかったのだからな。
私は、怒りのままビオレ様の部屋まで行った。
そして、どんどん、と彼女の部屋の扉を強く叩いた。
すると、扉が開き、彼女がそこから顔を出した。
「あら、・・・どうされましたか?」
「中に入れてください!!伝えたいことがあります!!」
そうして、私は彼女の部屋に入った。
「そ、今日はなんだか泣いている人が多いですねぇ」
彼女は笑顔でそんなことを言ってきた。
「ビオレ様、あの人は、彼は、ダメな人間なんです。勇気も根性も無く、男のくせにヘナヘナとしていて、それで、・・・うぅ、もう、信じられないです!!ビオレ様も、あんな奴と結婚なんてしない方がいいですっ!!ほんとに、もうっ、」
私が泣きながら彼女に訴えると、彼女は私の頭を優しく撫でた。
そして、彼女は優しく私のことを抱きしめた。
「期待が裏切られるのって、辛いですよね。信頼が裏切られるのって、辛いですよね。でも、大丈夫ですよ。ギュって抱きしめて、それで全部忘れてしまいましょう!」
彼女がそっと私を抱きしめてくるので、私は彼女のその華奢な体をギュっと抱きしめた。
「ほんとに、今まで私は、どれだけ彼に、・・・ずっと、やっとこの想いが成就すると思ったのに、」
「大丈夫ですよ。人間は皆、弱いんです。あなたも、彼も。信じていたものが崩れる瞬間を、見ていたくないんです。自分が間違っていたと思いたくないんです」
私は、一度彼女の体から離れた。そして、彼女の顔をまっすぐ見つめる。
透き通った瞳に、私の顔が映る。
さっきのあいつみたいに、私は泣き腫らして、鼻水と涙まみれになっていた。
「大丈夫ですよ。あなたの弱さは、私の強さで補いますから、」
そういって、彼女は天使みたいに微笑んだ。
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