第8話 吹雪の夜に
十一月に入って最初の吹雪が来た。
予兆はあった。
朝から雲の動きが速く、午後には風が出てきた。
セリーヌが薪の追加補充を指示したのは、正午すぎだった。
「今夜は荒れます。中継宿に泊まっている旅人を確認して、食料と燃料が十分かどうか見てきてください」
使用人のアンを宿へ走らせた。
兵舎には余分の毛布を届けるよう手配した。
ラヴィの部屋の暖炉を確認して、薪を多めに入れておいた。
夕方には吹雪になった。
中継宿から使いが来た。
「旅の商人が四人と御者が二人、足止めになっています。食料は今夜分は何とかなりますが、明日の朝が」
「屋敷の保存食から分けます。持っていってください」
雪の中を使用人が走った。
屋敷の中では、ラヴィが怖がって泣いていた。
「うるさい、風が」
「そうね。でも大丈夫よ。家の中は暖かいから」
「こわい……」
「じゃあ、一緒に台所に行きましょう。温かいものを作りましょう」
ラヴィとテレーズと三人で、夜の台所に立った。
ミルクを温めて、蜂蜜を入れて、スパイスを少し。
「あまい」
「寒い夜はこれが一番」
ラヴィが両手でカップを包むように持って、ちびちびと飲んだ。
屋敷の使用人が一人また一人と台所に集まってきた。
温かい飲み物の匂いに引き寄せられるように。
セリーヌは人数分を作った。
誰も頼まなかったが、誰も断らなかった。
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夜中になっても吹雪は止まなかった。
セリーヌが屋敷の状態を最後にひと回りしていると、ルカスが外套を羽織って廊下を歩いてきた。
「まだ起きているのか」
「確認を」
「全部、手配済みだと報告を受けている」
「ええ。でも念のため」
ルカスは少し黙った。
「中継宿に足止めの客がいると聞いた」
「食料は届けました。朝まで持ちます」
「……お前が判断したのか」
「はい。旦那様に確認しようとしましたが、外におられたので」
「正しい判断だ」
短く言った。
廊下の窓が風で鳴った。
「お前は、こういうとき、焦らないのか」
ルカスが聞いた。
珍しい質問だった。
「焦ります。でも焦りながらでも手は動かせます」
「……なぜ」
「考えても現状は変わらないからです。動けることを動かすほうがいい」
ルカスはしばらく沈黙した。
「お前がいなければ、今夜は持たなかった」
それは、感謝なのか評価なのか、判断しかねる言葉だった。
「屋敷の皆がいたからです。私一人では無理です」
「お前が動いたから、皆が動いた」
「……」
セリーヌは何も言わなかった。
否定するのも違う気がした。
肯定するのも、なんとなく、照れくさい。
三年間、誰にもそういうことを言ってもらえなかったからかもしれない。
「今夜は休め。明日も早い」
ルカスが廊下の先へ歩き始めた。
「旦那様」
「何だ」
「今夜の判断について、事後報告になってしまいました。申し訳ありません」
「構わない。正しかった」
「次からは先に確認します」
「吹雪の中で私を探すな。お前の判断を信じる」
それだけ言って、彼は暗い廊下の奥へ消えた。
セリーヌは廊下に一人残って、窓の外の吹雪を見た。
――お前の判断を信じる。
そんなことを言う人が、いただろうか。
今まで。
風が窓を叩いた。
セリーヌは窓から離れて、自分の部屋へ歩き始めた。




